「地下神殿」後のオモニ冷麺

「地下神殿」の異名もある ワンダーな首都圏外郭放水路を見学してから、河川マニア一行と別れて、埼玉・春日部駅で途中下車した。クレヨンしんちゃんの街だが、「ララガーデン」の街でもある。草なぎ剛やATHUSHIなど芸能人もこの街とかかわりがある。このあたりはディープなネタすぎるので今回はスルーしたい。
          首都圏外郭放水路① 
      地下のパルテノン神殿

時計を見ると、午後3時過ぎ。小腹がすいていたのとあまりの暑さで、何故か冷麺が食べたくなった。この一か月ほど金正恩とトランプのおかげで、頭の中の38度線に冷麺がプカプカ浮くようになってしまった、せいもある。核兵器より冷麺の方が胃袋にはいい。
          おもに亭 
          冷麺はないか

ようやく探し当てたのがララガーデン春日部店3Fにある「焼肉 おもに亭」だった。首都圏を中心に約10店ほどある「食肉問屋の直営店」だが、正しい冷麺があるかどうかわからない(正しくない冷麺なんてあったっけ?)。北朝鮮系が冷麺のルーツで、随分昔、千葉・市川で本物を賞味したことがある。

そば粉にジャガイモのデンプンをつなぎに使った、黒々と噛みきれない硬い麺と牛テールスープが絶妙だった。チャーシューの他にキムチやパイナップル、梨も浮いていた。さくらんぼもあったと思う。舌代は安くはなかったが、その後、あれほどの冷麺には出会ったことがない。
          おもに亭12 
        店内はおもてなし?

派手気味の入り口で「冷麺、ありますか?」と確認すると、黒服が「ありますよ。スープ冷麺です」。

これが当たりだった。メニューの隅っこに「自家製スープ冷麺」(税別 690円)の文字。安すぎる。ま、多分ハズレだろうな、と思いながら、おばさんスタッフに「これ、お願いします」。
          おもに亭① 
          辿り着いた

手抜きのない熱いおしぼりと冷たい水、それに箸と長いスプーン。悪くない細部。待ち時間10分ほどで「自家製スープ冷麺」がやって来た。
          おもに亭③ 
          舌の国境
          おもに亭② 
          予想外の世界

ステンレス製の大きめの冷麺ドンブリ。その中に多めの錦糸卵、厚めのチャーシューが2枚、ワカメ、白髪ねぎ、キムチがいい存在感で乗っていた。白ゴマと氷がしっかり浮いている。透明な牛骨スープ。その下のグレーの細麺。パイナップルやさくらんぼがないのが少々残念だが、ひと目で「これは予想を超える」と味覚の38度線が高鳴った。
          おもに亭④ 
          トランプが隠れてる?
          おもに亭⑤ 
          当たり、かも

牛骨スープはやや塩気が強いあっさり系で、市川で食べたものと比べるとコクに欠けるが、一定のレベルには達していると思う。チャーシュー、錦糸卵、白髪ねぎ、ワカメもいいレベル。それに三つ葉。キムチは食べやすく切ってあるが、これは余計なお世話だと思う。冷麺は食べやすくし過ぎるとよくない。
          おもに亭⑨ 
          牛骨スープ
          おもに亭10 
          いい眺め
          おもに亭2  
          グレーな細麺
          おもに亭⑦  
          チャーシュー
          おもに亭⑧ 
          キムチ

麺はかなりの細麺で、市川で食べたものほど黒くはない。だが、そばやラーメンとは別世界の強いコシはマル。北朝鮮系かもしれない。
          おもに亭3 
          冷麺のコシ

ボリュームもある。税込みだと745円だったが、コスパ的に見てもこれは拾い物だと思う。スープを一滴残らず飲み干すと、9割ほどの満足感が胃袋の底から湧き上がってきた。朝鮮半島の情勢が今後どうなるか、気にはなるが、冷麺を食べてただ唸っている身には実感が来ない。いかん、いかん、いかの金・・・(危ないアブナイ)。

おばさんスタッフがまたおしぼりと今度は熱いそば茶を持ってきた。こんな安い客なのに・・・何故かため息。おもてなし文化はひょっとして日本だけの専売特許ではない? しばらく余韻に浸りながら、棚に飾ってある陶芸作品を見つめるのだった。

本日の大金言。

本格的な冷麺がこの内容でこの価格。焼肉屋にはほとんど行かないが、冷麺はまた食べに行きたい。探せば穴場はあるもんだ。



                  おもに亭11 





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極上?富山の駅弁「ますとぶり」

 「極上の孤独」(下重暁子著 幻冬舎新書)が売れているらしい。読者の多くはリタイア世代かそれに以上の世代のようだ。孤独というと、どこか寂しい、マイナスのイメージに取られがちだが、「極上の」という形容詞を付けただけで、意味ががらりと変わる。「素敵な人はみな孤独」とかくすぐり方も上手い。「孤独を味わえるのは選ばれし人」に至ってはへえー、そんなもんですか? と茶々を入れたくなるが、これで救われる人もいるかもしれないと考えると、めでたいことではある。「極上の孤独」ではなく「ご不浄の孤独」を噛みしめている人にとっては、「極上の」は「極下の」の間違いではないか、と悪態をついているかもしれない(勝手な想像だが)。
          源18 
          極上の孤独だって?

村長のエンタメ新聞社時代の上司だった川北義則さんが5年前に書いた「『孤独』が一流の男をつくる」(アスコム刊)の方が、現役世代も含めて面白いのでは、と思うのは身びいき過ぎるか? この方もベストセラーの仕掛け人で当時ミリオンセラーの「天中殺」や「脳内革命」をプロデュースしている。業界ではちょっとは知られた人。「孤独」を同じようにプラスのステップと考えている点や「幸福になろうとする者は、まず孤独であれ」というハンガリーの詩人の言葉を底流に置いていて、男性、特に若い世代に対して示唆に富んでいる。村長から見れば「極上の孤独」はこの老年版としか見えない。ちなみに幻冬舎の見城徹さんは角川書店に入る前に川北さんの薫陶も受けている(ご本人は否定するかもしれないが)。
          源  
        富山に来たらここ

と書いたところで、本日テーブルに乗せるのは、「極中の孤独」を感じた北陸旅行で食べた駅弁である。富山駅構内の「ますのすし本舗 源(みなもと)」で見つけた「ますとぶり」(税込み 850円)。ます寿司は高いし、これまで何度も食べているので、ぶり寿司にしようかと迷った。だが、ぶり寿司は特に人気があり、売り切れ。すると、店員さんが勧めてくれたのが、両方楽しめる「ますとぶり」だった。
          源② 
          二つを楽しむ

しかも850円と手ごろ。これを買い込んで、「あいの風とやま号」に飛び乗った。相方はサントリー「金麦」。合計1000円以内で、車窓から日本海を眺めながら、富山の粋を味わう。考えようによっては最高のぜい沢だと思う。
          源③ 
       車窓から日本海
          源④ 
          これで極上になる?

ます寿司が3切れ、ぶり寿司も3切れ。しかも押し寿司の素朴な形を整えていて、孟宗竹の笹の葉まで付いている。「ますのすし本舗 源」は元々が料理屋で、駅弁屋を始めたのが明治41年(1908年)という老舗。その4年後に「ますのすし」を売り出している。「ぶりのすし」を売り出したのは昭和32年(1957)。
          源⑤ 
          この丁寧さ
          源⑦ 
          わおー
          源⑧ 
          ます寿司
          源⑨ 
          極中の味わい
          源16 
          醤油も大事

ます寿司はほんのりといい脂が乗っていて、身は薄いが、酢飯のふっくら感との相性がいい。醤油を垂らすと旨味がさらに引き立ってきた。ますは昔は地場のものを使っていたようだが、現在は北海道産を使っているようだ。
          源11 
          ぶり寿司
          源15 
          醤油を垂らせ

期待していたぶり寿司はぶりの存在感が薄い。金沢のかぶら寿司のようで、薄いかぶらと人参、それに厚さ1ミリほどの酢締めしたぶり。昆布と生姜の隠し味が効いている。こちらも醤油を垂らすと旨味が増した。もう少しメーンのぶりを厚くしてほしい気がする。

車窓から見える日本海がなければ、味わいが一ランク下がるが、安い金麦で咽喉を洗うと、ほどよいアルコールと泡がじんわりと体中に滲み込んでくる。「極中の孤独」が黄金の時間になってくる。糸魚川に近づくあたりで、トイレに行きたくなった。「ご不浄の孤独」も考え方一つでそう悪くはない。考え方一つで世界が変わる・・・はずだが、果たしてそううまくいくか? オムツの愛犬なぐは何を思うや?

本日の大金言。

孤独と孤高は紙一重。孤立は論外。思い込みは足元を見間違える。極上も極下も要は楽しめるか、ということだと思う。悩み深いYさん、Tさん、Sさん、Hさん、Kさんも。ニ、ニ、ニーチェかサルトルか、みーんな悩んで大きくなったァ。か、軽すぎるゥ。


                     源17 


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「鈴木越後」直伝、江戸幻の羊羹

 今回の北陸巡りの最大の目的、幻の羊羹(ようかん)との出会いを忘れていた(笑)。詳しく書くと、かなり長くなるので、今回はほんのデッサン程度にしたい。ようかんにんやで。

煉り羊羹のルーツを求めて京都・伏見「駿河屋(するがや)」を訪ねたのは約1年半前。関白秀吉がその初代に作らせたという紅煉り羊羹の正体は、結局のところ、最後の最後までベールに包まれたままだった。

寒天を使った煉り羊羹が初めて登場したのは寛政年間(1789~1801年)の江戸・日本橋と言われる。喜太郎という和菓子職人が一般に売り出したところ、大評判を呼び、そこから煉り羊羹が江戸の人気和菓子になっていった。この喜太郎というお方、元は幕府の菓子司「鈴木越後(すずきえちご)」で修業を積んだ人らしい。
          鈴木亭② 
          幻の羊羹を求めて

さてさて、この「鈴木越後」こそ、煉り羊羹の最高峰だった。「江戸買物独案内(えどかいものひとりあんない)」(江戸時代のガイドブック)で料理屋も含めた美味いもの番付で「東の大関」にランクされている。当時は横綱の地位はなく大関が最高位だったので、つまりは江戸の美味いものナンバー1ということになる。「鈴木越後」の煉り羊羹は高根の花で、同じように格の高い「金沢丹後(かなざわたんご)」(幕府御用達の菓子司)の煉り羊羹でさえ、まがい物扱いされたほど。
          鈴木亭① 
          鈴木越後の直系

村長にとって、その「鈴木越後」の煉り羊羹は幻の羊羹だった。一体どんな味だったんだろう? タイムマシンでもない限り、それを賞味することは不可能・・・と思っていたが、羊羹を取材するうちに、その流れを汲む煉り羊羹が北陸・富山市に存在していることを知った。それが慶応2年(1866)創業の「鈴木亭」だったのである。
          鈴木亭⑤ 
          歴史の面影

ここの初代が江戸・日本橋の「鈴木越後」で15年間修業し、暖簾分け同様に「鈴木亭」の屋号をもらい、故郷の富山に戻り、直伝の煉り羊羹を作り、さらに独自の「杢目羊羹(もくめようかん)」を考案、売り出し、今も老舗として暖簾を下げているという情報を摑んだ。

すぐに電話したところ、たまたま五代目が電話口に出て、「昔のままの作り方という意味では、『枠流し』があります。鈴木越後の羊羹に近いかもしれません」とおっしゃった。その数日後、電車に飛び乗り、富山へ向かった、というわけである。
          鈴木亭④ 
          江戸が見える

途中省略。その「杢目羊羹 枠流し」(一棹700グラム 税別1300円)は想像を超えていた。当の五代目が多忙にもかかわらず、時間を取ってくれた。予想外の展開。

作り方は秘中の秘なんです。テレビが一度取材に来たときも作っているところはお見せしませんでした。うちの初代が鈴木越後の煉り羊羹に白インゲンで杢目(もくめ)を付けたんです。その加減がとても難しい。『鈴木越後』は小豆羊羹なので白インゲンは使っていないはずです。それでも作り方は想像ですが、そう変わっていないと思います」
          鈴木亭① 
          ついに目の前に
          鈴木亭④ 
          この存在感

生ものなので賞味期限は1週間。ウマズイめんくい村に持ち帰って、包みを解くと、つややかで見事な小倉色が現れた。ずしりと世界を引き込むような重厚。そこにきれいな白インゲンの杢目が入っていた。生の素朴と洗練が緻密に煉り込まれているよう。北海道産小豆の風味と蜜がうっすらとにじみ出ている。
          鈴木亭⑦ 
          慌ててはいけない

虎屋の煉り羊羹「おもかげ」より少し大きい。これで1300円は驚きに値する。

包丁で切り、日本橋「さるや」の黒文字で口に運ぶ。あまりのきめ細やかさとねっとり感。甘さは思ったほど甘くはない。寒天と水飴が絶妙に隠れている。こしあんのベースに白インゲンの風味。素朴と手の温もり。上質の塩気がほんのり。オーバーではなくこれほどの煉り羊羹はそうはないと思う。遠く江戸の粋を想う。あきらめていた世界が舌の上でスーッと溶けて行く。ふくよかな余韻と後味のよさ。
          鈴木亭⑧ 
          胸が高まる
          鈴木亭12 
          お見事
          鈴木亭13  
          きめ細やかさ

まさに想像以上の味わいで、夢の時間はあっという間に終わった。

おまけ。その後、四分の一だけ残して6日間、空気にさらしておいた。少しずつ表面が白く糖化し、佐賀の小城羊羹や日光「ひしや」(悲しいかな閉店してしまった)のような状態にしてからさらに賞味してみた。
          鈴木亭② 
          6日後
          鈴木亭11  
          表面が糖化
          鈴木亭⑦   
          江戸を想え

ザラッとした歯触りとその後から来る、濃いきめ細やかさ。五代目が「それはそれで楽しめるはずです」とも話していた。「江戸時代の方が保存の関係で砂糖を多く使っていたと思いますね。当時の羊羹は、今のものよりもっと甘かったと思いますよ」とさわやかに笑った。

本日の大金言。

現代人より江戸時代の方が舌が肥えていたと思う。その中で「鈴木越後」は頂点にいた。あきらめていた夢の世界のシッポくらいは摑んだのでは、と思いたい。ここからさらに旅が始まる・・・はずであるが、さて。





                       鈴木亭10 




近江町市場の回転寿司

 金沢の台所、近江町市場は有名になり過ぎて、東京・築地市場のように観光客が多い。江戸時代中期にはすでに加賀百万石の台所として機能していたという(諸説あり)。それでもここは外せない。
          近江町市場④ 
          近江町市場

築地と同じように海鮮丼屋が多く、築地と同じように観光客目当ての高値で、フトコロと相談しながらセンサーを回転させてあちこち探索することになる。
          回転寿司大倉② 
        当たりかハズレか?

で、ようやく「ここなら」という着地点を見つけた。それが「かいてん寿し 大倉」だった。地元の金沢っ子が教えてくれた店である。金沢は回転寿司のメッカでもある。入り口が派手なので、ハズレかも、という予感もどこかにある。
          回転寿司大倉③ 
          まさかの舌代
          回転寿司大倉④ 
          普通の回転寿司?

メニューを見ると、他の店に比べて驚くほど安い。「平日ランチ限定」という条件付きだが、まさかの「近江町盛りA 500円(10貫)」「近江町盛りB 1000円(10貫)」(税別)。どちらもみそ汁付き。ダマされて元々の気分で、活気のある店内に入り、少々見栄を張って「近江町盛りB」を頼んだ。AよりB、である。

一見、普通の回転寿司だが、中の寿司職人さんの手さばきがかなりのレベルに見えた。魚は地場のモノ中心だそう。10分ほどで、アサリのみそ汁とともに「近江町盛りB」がやって来た。
          近江町市場1  
          北陸オールスター?
          回転寿司大倉1 
          これで1000円
          回転寿司大倉2 
          口福の基準

まず紅ズワイが目に飛び込んできた。ネタの鮮度、大きさも申し分ない。ホタテ、ネギトロ、ヤリイカ、マグロの赤身、ブリ・・・ぼたん海老のような海老もある。それが10貫。1000円でこの内容はちょっと驚く。
          回転寿司大倉4 
          たまらん

アサリのみそ汁は市場のもので、フツーに美味い。紅ズワイに舌鼓を打ち、むっちり感のある海老に手を伸ばした。プリプリ感と甘み。ぼたん海老がこの安さで入っているのが不思議だった。女性スタッフに念のために「これ、ぼたん海老?」と聞いてみた。
          回転寿司大倉13 
          ガス海老だって?

「いえ、ガス海老です。このあたりで獲れる地場の海老です」

ガス海老? 説明によると、見た目は悪いが、味は抜群とか。カスのような海老というところから「ガス海老」と呼ばれている、と笑いながら答えてくれた。海老に失礼なほど、美味。ソイ八目(黒メバル)など、北陸の海の幸に次々と手を伸ばす。
          回転寿司大倉⑨ 
          あーん
          回転寿司大倉7 
          北陸バンザイ

シャリも回転寿司レベルを超えていると思う。マグロの赤身だけが平均点で、その他は予想以上の味わいだった。築地だったら、多分倍の値段は行く内容だと思う。というより近江町市場でもこの内容でこの舌代は珍しいのかもしれない。つまりは、当たり~ということになる。日ごろの行いは悪いのに当たることもある。
          回転寿司大倉3 
          アサリのみそ汁

4年ほど前に近江町市場で高い海鮮丼を食べ、少々がっかりさせられたことを思い出した。後で調べたら、この店は創業約40年だそうで、回転寿司激戦区の金沢でも評価の高い店だった。高くて美味いは当たり前、安くて美味いを探すのがB級グルメ道の本筋、と改めて思い直すのだった。じっと手を見る。

本日の大金言。

近江町市場は観光化されてはいても、探せばいい店は残っている。いい和菓子屋まである。ハズレがあってもそれを探す楽しみもある。だから市場は楽しい。





                  回転寿司大倉11 

元祖の「金沢ロースカツカレー」

 この際なので(何がこの際なのかわからない)、金沢まで足を延ばすことにした。近江町市場もあるし和菓子の名店も多い。加賀百万石のきらびやかな歴史が今も息づいている。ちょうど夜桜が満開で、兼六園へとぶら歩き。もちろん狙いは別にもう一つある。
          金沢城夜景④ 
          兼六園の夜桜
          兼六園① 
          逆さ夜桜どす

B級シンジケートの極秘指令。「金沢カレー」を腹いっぱいかっ込め。知る人ぞ知るB級の真っ黒いカレー、である。神田・神保町の「キッチン南海」の黒いカレーに負けないとか。

香林坊の安ホテルで仕込んだフロント情報。「金沢に来たら、おでんと金沢カレーは外せません。金沢カレーなら『ターバンカレー』が一番です」。おでんもいいが、フトコロの関係で、真っ黒い金沢カレーを選ぶことにした。
          ターバンカレー 
          ターバンカレー本店

目指すは「ターバンカレー本店」。ここは元祖の一つで、創業は昭和46年(1971年)。兼六園から近いというのもありがたい。夜桜を楽しんでから午後7時少し前、閉店直前に滑り込んだ。黄と茶、カレー色の外観、それに外から中が見えるのも敷居が低くて好感。
          ターバンカレー① 
     金沢カレーメニューの一部
          ターバンカレー4 
          ビールでまつ

L字のカウンター席が10席ほど。2人用のテーブルが三つ、カウンターの対面が厨房になっていて、そこに下町のおばはん風の女将さんと娘さんらしき女性が2人で切り盛りしていた。

迷った末に「ロースカツカレー」(中 税込み780円)を頼んだ。少しも迷わずにビール(中ビン 同450円)も追加した。東南アジア人らしい若い男女4人組が入ってきた。「もう閉店です」と断るのかと思ったら、女将さんはたおやかな応対。「大丈夫ですよ、どうぞ」。この素晴らしき金沢流もてなし。
          ターバンカレー③ 
          来たあ~
          ターバンカレー④ 
          これぞ金沢カレー

注文してからトンカツを揚げるようで、いい音と匂いが鼻腔をくすぐる。待ち時間は10分ほど。これが「キッチン南海」とは別の意味でスグレモノだった。ステンレス製の楕円皿。ソースのかかった揚げたてのトンカツ、その下に真っ黒いカレーがドロリと広がっていた。そのボリューム。左側には千切りキャベツの山。これぞ金沢カレーという構成。
          ターバンカレー⑥  
          ドロリと黒い

よく見ると、黒いカレーの中に金沢豚がごろごろ4つほど潜んでいた。黒いルーは思ったほど辛くはなく、むしろ複雑な旨味がじわじわと舌から口中に広がってきた。濃厚なコクと旨味。20種類ほどのスパイスを煮込んでいるそう。
          ターバンカレー1 
          豚ロースカツ
            ターバンカレー5 
                              やや固めのライス
          ターバンカレー⑨ 
         こうでなくっちゃ

トンカツはサクサクと揚がっていて、ロース肉は厚みが1センチほどだが、柔らかくて美味。ソースのかかり具合がほどよい。ライスはやや固め。金沢産コシヒカリか?

途中で女将さんが「これ、かけてみてください。ひと味変わりますよ」とラー油を薄めたようなものを差し出した。酸味と辛味のある液体で、それをかけたら、絶妙なプラスアルファが広がった。いい女将さん。「こりゃあ・・・うめえ、うんめえ」とつぶやいてしまった。薄味の福神漬けもいい出来。
          ターバンカレー⑧ 
          魔法のスパイス
          ターバンカレー10 
          キャベツと福神漬け

どんどん食べ進む。ビールのほろ酔いとカレーの旨みが脳内で絡み合う。その勢いで「この黒の正体って何? ひょっとしてイカスミ?」と軽く聞いてみた。娘さんが「それは秘密です」とやんわり。女将さんが後ろで笑っていた。そのお顔が数秒後、芳春院に見えてきた。まつかまたぬか、槍のまたざ・・・(意味不明)。

本日の大金言。

金沢カレーは首都圏にも進出していて、「ゴーゴーカレー」や「アルバカレー」などチェーン店も増えてきている。元々は「カレーのチャンピオン」が金沢独自のカレーを作ろうと考案したものらしい。「ターバンカレー本店」はその本流中の本流と言われる。黒の秘密は一説ではカラメルとも、スパイスを炒めることによって黒くなるとも言われる。真相は謎のまま。


                 ターバンカレー3 





プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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