駅前食堂のカレーチャーハン

 急な用事ができ、福島・郡山までポンコツ車を飛ばした。

東北では仙台に次ぐ商業都市で、3.11以降、風評被害などで観光客減に悩まされてきたが、それも少しずつ戻っているようだ。今回テーブルに乗せるのは、郡山駅西口の大衆食堂で食べた「カレーチャーハン」である。

実のところ郡山で美味い物を食べた記憶がほとんどない。

村長の中では「味覚不毛地帯」(失礼)の街でもある。午後4時過ぎ、ビルの谷間に夕暮れが忍び始める頃、小腹がすいてきた。昼飯が那須高原SAで食べたメロンパン一個だったこともある。クルマをパーキングに止めて、西口周辺をブラ歩きすることにした。
          三松  
          奥の世界
          三松② 
        ワインがお出迎え?

メーンストリートから横道に入ると、「三松会館」の建物が見え、その下に「総合食堂 三松(さんまつ)」の暖簾が下がっていた。昭和のよき食堂の匂い。浅草「水口食堂」のようなサンプルケースがあり、その上下にブルゴーニュワインの瓶が無造作に並べられていた。

よく考えれば不思議な世界。ポエム。
           
サンプルケースにはオムライスなど洋食からタンメン、ハンバーグ、天ぷらまで和・洋・中まで幅広い数と種類が並んでいた。一瞬、ハズレの予感が頭をよぎったが、店構えがどこか昭和の職人の気配がして、ダメもとで黒い暖簾をくぐることにした。
          三松3 
          いい地酒も
          三松③ 
          メニューの一部

日本酒の熱カンを飲みたくなったが、クルマなので我慢。

迷った末に、メニューの中から「カレーチャーハン」(税込み680円)を頼むことにした。ご高齢の店主夫妻と若い女性スタッフが2~3人ほど。アットホームな家族経営の匂い。テーブル席、小上がり席、壁に張られた日本酒のラインアップ・・・すべてから「昭和のよき食堂居酒屋」の風合いが滲んでいる。
          三松④ 
          まさかの出会い

10分ほどで、スープとともに「カレーチャーハン」がやってきた。カレー粉のいい匂いがゆらゆらと立ち上がってくる。スープはラーメンスープで、普通の美味さ。外の寒さからようやく解放されて、緊張が緩む。
          三松⑤ 
          カレーの風味
          三松⑨ 
          よき昭和か

カレーチャーハンはこれまで一度しか食べたことがない。それほどの感動はなかったが、ここのカレーチャーハンはひと味違った。火力が相当強いのだろう、ライスのパラパラ感と旨味がチャーハンの名店に負けていない

ひと口で、その美味さに「うむ」となってしまった。
          三松⑦ 
          あーん

カレー粉がかなり効いていて、口中に広がるスパイシーな感触と余韻が大衆食堂のレベルを超えている。具は卵、ナルト、人参、チャーシュー、それにグリーンピース。ネギの姿は見えない。

グリーンピースの姿がとてもいい。あっという間に平らげると、小さな満足感に包まれた。680円のシアワセ。
          三松⑧ 
          あああーん
 
まさか郡山駅前の横丁でかようなチャーハンに出会うとは、今年に入っていいことの少ない日々だが、そうそう悪いことばかりは続かない

カレーチャーハンの中に神様が宿っていた、そう思うことにした。 

支払いをするときに、ご高齢の店主と雑談。店は昭和28年(1953年)創業だそうで、厨房は息子さん(3代目)が立っているとか。ご本人が立つこともあるそう。もっとあれこれ話したかったが、どんどん常連らしい客が入ってきたので、早々に引き揚げることにした。

本日の大金言。

古きよき大衆食堂の実力に驚かされることも多い。この店もその一つで、ブルゴーニュワインまで置く。大衆食堂は元々はモダンだったことに改めて気づかされる。




                 三松11 





スポンサーサイト

ただ一軒「づんだ餅」頂点の味わい

 今回の東北ポンコツ旅の食べ納めは杜の都・仙台の「ずんだ餅」。3.11後ほぼ4年かけて修復した青葉城公園を見てから、ポンコツ車をプカプカ走らせ、中央郵便局近くの有料パーキングに止める。仙台は大小有料パーキングがやたら多い。東北随一の都会であることを改めて実感する。

以前から一度行ってみたかった餅専門店「村上屋」は裏手の通りにある。ここは知る人ぞ知るずんだ餅の老舗。全国展開している「ずんだ茶寮」とは一線を画し、ひたすら孤塁を守り続けている。餅屋の暖簾を下げたのは明治10年(1877年)だが、それ以前は伊達家の菓子司だったようだ。
         村上屋 
         暖簾を広げない

村長が衝撃を受けた京都・北野天満宮そば「粟餅所 澤屋」(創業天和2年=1682年)も暖簾を広げず、一か所で代々粟餅を作り続けている。その歴史の凄み。「村上屋」も同じ匂いがする。

思ったよりも小さな、地味な店構えで、店先には屋号のように大きく「餅」という文字が見える。ずんだ色のきれいな暖簾が下がっている。期待で胸がときめく。店内は豆大福やくず餅などの餅菓子類が並べられ、左側に木のテーブルが4つほど。店内でも食べれるのがうれしい。
         村上屋2 
         どれにすっべか?
         村上屋② 
         メニュー

時刻は午前11時過ぎ。ランチの前のデザート(ん?)というわけである。村長はむろん「づんだ餅」(税別610円)を選んだ。「ランチの前のデザートなんて冗談じゃないわよ」と言っていた村民2号は、店の本物感に方針を撤回、「三色餅」(づんだ、くるみ、黒ごま 同640円)を頼んだ。

一般的には「ずんだ餅」だが、この店だけは「づんだ餅」と表記している。枝豆を搗(つ)いて砂糖を加えたものがずんだなので、意味的にはこの店の「づんだ」が正しいと思う。老舗のこだわりに舌を巻く。
         村上屋⑤ 
         最高峰か?
         村上屋④ 
         こちらは三色餅

10分ほどで、お茶が置かれ、角盆に乗った「づんだ餅」がやってきた。黒い陶製の器に、ずんだ餅が3個ほど。きれいな淡い色のずんだ餡が下の餅を覆い隠している。箸休めの紫蘇の実の小皿。ポエム。どこか気品のあるずんだ餡の香りが鼻先を撫でるように「おいでおいで」をした。脳の中枢がヨロとよろめくのがわかった。うむむ。
         村上屋3 
         づんだ餡の洗練

ひと口。冷たいずんだ餡の粒のきめ細やかさに驚く。自然で淡い甘さ。「ずんだ茶寮」などの野暮ったいほどの粒つぶ感と甘さとは別世界の洗練された味わい。村長は野暮ったいずんだ餅も大好きだが、この洗練感も捨てがたい。
         村上屋⑧ 
         たまらん
         村上屋⑦ 
         餅の伸び
         村上屋10 
         伝統の重み

女将さんらしき女性によると、「枝豆の薄皮をひとつひとつ丁寧に取り除いている」そう。それがフツーのずんだ餅とはひと味違う、なめらかできめ細やかな「づんだ」を作っている。さらに餅の柔らかさとほどよいコシ。そのバランスが絶妙と言わざるを得ない。
 
ずんだ餅は田舎娘で、づんだ餅はお姫様ってところかしら。好みの問題よね。でも、村長には申し訳ないけど、私はくるみ餅の美味さに惹かれたわ。こんなに美味いくるみ餅は初めてといっていいくらい」

「暖簾のプライドを感じるなあ。田舎娘もお姫様も両方大好きだけど、確かにくるみ餅の美味さは衝撃的だな。単純に比べるのは難しいけれど、京都『澤屋』が西の横綱だとしたら、ここは東の大関クラスだと思う。この味はずっと守ってほしいよ」
              村上屋12 
        「ずんだ」じゃないよ~

「当代は4代目で、跡継ぎがいないそうよ。暖簾の伝統が終わらないことを祈るばかりだわ」
「もし仙台からこの店の暖簾が消えるようなことになったら、日本の損失だよ。首相の代わりはいるけど、この暖簾の代わりはいない」
「確かに。村長の代わりはいくらでもいるけど、私の代わりはいないようなものよね」
「・・・・・・」

本日の大金言。

ずんだ餅は岩手南部、宮城、山形、福島などの郷土料理だが、今やその美味さは全国にまで広がっている。ずんだおはぎやずんだ団子などもスーパーなどで売られるようになった。東北食文化の素晴らしさの一つで、3.11後もその魅力は広がっている。イケイケずんだ!



                仙台②

石巻の伝説カレーライス

 3.11で最も津波被害の大きかった石巻。その年の夏、エンタメ新聞社の夏休みを利用して、曇空の下、ポンコツ車で石巻に向かった。現場を見たいというサガを抑え切れずに、東北道を古川インターで降り、そこから石巻に向かい、規制線をくぐりぬけるように海岸線をできる限り走った。

その途中、トラックが荒々しく行き交い、テレビのニュースで見た凄まじい光景が延々と続いていた。横たわる現実に言葉を失う。痛ましい光景も目にした。自分は一体何をしているんだろう? カメラを持参したのに、ついにシャッターを切ることができなかった。

あれから5年近くたった。晴れ渡った空の下、ほぼ同じコースを同じポンコツ車で走っている。石巻女川線(県道240号)を日和橋方面へと向かう。悪夢のような瓦礫(がれき)は見た目にはきれいに撤去されているが、土地区画整備事業などの工事が今も続いており、考えていた以上に復旧は途上のようだ。工事用塀で遮蔽された道路からは海がほとんど見えない。
         石巻 
         5年後の工場

黙とうしてから、当時壊滅状態だった日本製紙石巻工場、石巻漁港の今をシャッターに納める。漁港は午後1時を過ぎていたので閑散としていた。カモメが3.11などなかったかのようにゆったりと舞っていた。
         石巻漁港 
         石巻漁港

「そろそろ復活したカレーライスを食べに行こうか」
「その言葉、待ってたわ。腹の虫がぎゃあぎゃあ喚いてうるさくてしょうがないわ」

津波にやられた中里地区から須江しらさぎ台へと移転した「コーヒーとカレーの店 豆の木」へとポンコツ車を走らせる。ここは3.11後、営業をやめたが、ファンからの復活を求める声に勇気づけられるように、その約1年後に高台に移転して再オープンしている。ここのオリジナルカレーは石巻でも有名だった。いわば伝説の店。
         豆の木② 
         復活した「豆の木」

場所はわかりにくかったが、何とかたどり着く。クリーム色のヨーロッパのロッジ風の一軒家で、入ると、イージーリスニングのピアノ曲が流れ、木の匂いのするどこか心が落ち着く店だった。

メニューから定番の「特製オリジナルカレー」(ミニサラダ付き レギュラーサイズ600円=税込み)選んだ。ランチタイムなので、コーヒー(プラス200円)も頼んだ。
         豆の木③ 
         復活したメニュー
         豆の木④ 
         落ち着く

10分ほどでミニサラダ、特製オリジナルカレーの順でやってきた。カレーは香ばしく、色が濃い目。インドカレーのようにかなりの辛さで、その複雑なスパイスがしばらくすると、口中にいい余韻を残す。具はゴロンとした肉が一個。玉ネギや具の姿はない。擂(す)っているか、煮込まれているか、その両方だと思える手間ひまをかけた旨味で、地元の人が愛した理由がそれとなくわかる。
         豆の木⑤ 
       オリジナルカレー登場
         豆の木⑦ 
         辛みと辛酸
         豆の木⑨ 
       デカい肉の存在感

「ライスがいいわ。ササニシキだと思うな。この肉は多分牛肉よ
鶏肉じゃないかな。辛さが思ったよりくるけど、ふっくらと炊かれたライスとの相性がいい。ミニサラダは普通かな」
「鶏肉のはずがないでしょ」

あわや内紛ぼっ発。女性スタッフに聞いてみると、「豚肉です」

食後のコーヒーもマイルドで美味かった。その後、ママさんと雑談。地震で不思議な因縁。

「店は1978年の宮城沖地震の年に中里で始めたんですよ。それが3.11で終える結果になってしまった。地震で始まり地震で終わった。主人が亡くなり、もう店はできないと思っていたんです。それがお客さんの声に押されるように復活できたんです」

きれいに平らげたカレー皿を前に、極楽とんぼが二匹。ただ旨いだけではない。そこに重い記憶が詰まっていた。合掌。

本日の大金言。

月日は恐ろしい。3.11は記憶の中から次第に消えかかっている。だが、実際に足を運ぶと、それは深い傷跡となって隠れていることが実感できる。忘れていいことと忘れてはいけないことがある。たまには東北へ。

               豆の木11

続きを読む

気仙沼ふかひれ寿司の夜

 陸前高田から気仙沼へポンコツ車を走らせた。気仙沼も3.11で大きな被害を受けた。まずは魚市場に行って、黙とうすることにした。時間が午後4時過ぎだったので、閑散としていた。魚の残りを狙っているのかカラスが多い。鳶(とび)とウミネコもいる。空の世界も生存競争が激しいようだ。
         気仙沼市魚市場④ 
         気仙沼市魚市場

漁港に隣接している「海の市」の自販機の上に「東日本大震災 津波浸水ここまで」の表示があった。見上げる。高さ約6メートルほど。周辺からは一見3.11の痕跡は消えているように見えるが、その表示を見上げながら、改めて大津波の凄まじさを想像する。だが、想像は現実に到底届かない。
         気仙沼市魚市場② 
         津波の高さに驚く

「この表示がなければ、実感がわかないわ。空も海ものどかで、3.11が夢の世界に思えてくる。でも、それは現実で、その深い傷跡にいまだに苦しんでいる人が沢山いる。私たちは呑気なものね」
「あちこちの道路の歩道橋にもこの表示があったなあ。そのたびにギクリとする。記憶を風化させてはいけないという地元の強い意志を感じるよ」
「最近物忘れのひどい村長にはもってこいね。日本中が村長のようになったら困るわ」
「そう来たか。一億総認知症化なんて嫌だよ」

安ホテルにチェックインして、気仙沼のもう一つの目的「ふかひれ寿司」を食べに行くことにした。ふかひれは忘れない。

気仙沼は日本一のふかひれの産地で、マグロやカツオやサンマなど遠洋・沖合漁業の水揚げも3.11後に一時中断したもののその後徐々に復活している。もともと三陸海岸は世界三大漁業地帯の一つで、気仙沼市魚市場はその中心をなしている。
         ゆう寿司① 
         渋い店構え

どこの寿司屋に行くか、歩き回った末に福幸通り近くの「ゆう寿司 田谷店」を選んだ。創業が昭和53年(1978年)で、気仙沼でも有数のお寿司屋さん。地味で渋い店構えが気に入った。有田焼の湯飲み茶碗がさり気なく飾られている。

メニューの中から「ふかひれ食べくらべセット」(3カン2000円=税別)と「上にぎり寿司」(2000円=同)を頼んだ。安くはないが、気仙沼に来たからにはこれは欠かせない。その他にもいくつか肴と生ビール(中ジョッキ600円)もしっかりと頼んだ。
         ゆう寿司③ 
         清水の舞台?
         ゆう寿司② 
         どれにすんべか
         ゆう寿司④ 
         開始のゴング

「上にぎり寿司」はマグロの中トロが絶品だった。いい脂の乗り。女将さんに聞くと「生の本マグロです」とか。道理で旨いはず。酢飯は宮城産ササニシキ。ウニ好きの村民2号が黙々と食べまくっている。毒舌が止まっているのがありがたい。
         ゆう寿司⑦  
         見事な上にぎり寿司
         ゆう寿司⑧ 
         中トロの美味

最後になって、ようやく「ふかひれ食べくらべセット」が登場した。「注文を受けてから作り始めるので、かなりお時間を頂いてるんです」と女将さん。トロリと煮込んだ中華風のヨシキリザメの最高級下ビレ「トロふかひれ」1カンと「クズレ」2カン。この店のオリジナルで、トロふかひれは口中に入れた瞬間、オーバーではなくとろけるようにノド奥へと消えて行った。濃厚で甘い余韻。サメも人間には敵わない。
         ゆう寿司11 
         トロふかひれ寿司
         ゆう寿司13  
         ヨシキリザメのクズレ
         ゆう寿司⑨ 
         ふかひれスープ

「クズレ」はこってり感とシャキシャキ感があり、こちらはこちらで悪くない。だが、村長はマグロの中トロとお通しに出た「しらすの釜揚げ」の旨さの方が特に印象に残った。どちらも築地で食べるより旨いと思った。

「3.11の時は津波が大川から氾濫してきて、店が衝立(ついたて)の高さまで浸水したんですよ。私たちは高台まで逃げて何とか助かったんです。再開するまで大変でした。それでも海岸から離れていたのでこの程度で済んだんです。魚市場近くにあった本店は流されてしまいました。今はそちらは移転してバイパス店として復活してます」(女将さん)

生ビールを飲み、旨い寿司を食べ、ふかひれを味わえる幸せがジワリじわりと押し寄せてくるのだった。

本日の大金言。

熊本地震の被害は続いている。3.11のほぼ5年後。日本はどこにいても被災者になる可能性があると思う。原発の問題。霞が関と永田町の想像力の欠如が恐ろしい。強欲と現実感覚の希薄さ。



                 ゆう寿司14 





奇跡の一本松と磯ラーメン

 今回の旅の目的の一つが「奇跡の一本松」を直に見ること。日本百景の一つだった名勝「高田松原」の7万本もの松の木が、あの日、牙をむく大津波によって一瞬にしてなぎ倒され、奇跡的に一本だけが残った。メディアが「希望の松」として大々的に伝え、痛々しいその姿に村長も胸を打たれた。
         奇跡の一本松1  
         何語る?奇跡の一本松

その「奇跡の一本松」が目の前に見える。辺り一帯は大規模造成工事中で、最大12メートルのかさ上げのために巨大なベルトコンベアーが毎日ダンプ4000台分の土砂を近くの山から取り崩し運んでくる。その音が青空に吸い込まれていく。何という構図だろう。
           奇跡の一本松③ 
         5年後の世界
         奇跡の一本松①   
         大規模造成工事中

「奇跡の一本松」は2012年5月、専門家によって「枯れ死」していることが明らかになった。その後、市は約1億5000万円かけて、合成樹脂などで形を維持し、モニュメントとして残すことになった。その費用は募金によって賄い、2013年6月末に完成している。

「震災から時が経ち、だんだん見に来る人が減ってきている。苦しいですよ。陸前高田の被害は風化させたくない」(近くのカフェの店主)。

数人の観光客らしき人たちが写真を撮っている(村長もその一人)。突然、見ているつもりが奇跡の一本松が無言でこうした光景を眺めている気がした。沈黙の饒舌という言葉が浮かんだ。さらにそれが地球の近未来のように感じてしまった。眺めているのは宇宙からの観光客で、「かつて地球ではこんなことがあったんだよ」と子どもに言い聞かせている・・・。

「村長も一本松のようになりたいんでしょ?」
「まだ枯れ死してないぞ。でも、あんなに立派で、あんなに孤独で、痛ましいなあ」
「枯れ死しないように、早く昼ごはん食べに行きましょ」

ポンコツ車を走らせて、近くの「こんの直売センター」へと向かう。ここには知る人ぞ知る名物「磯ラーメン」がある。旧店舗は津波で流され、約2年後に高台の米崎町県道38号線沿いに移転して再開にこぎつけた。
         こんの直売センター 
         再開まで2年

店内は地元客が7~8人ほど。それなりの活気がある。村長はメニューの中から「磯ラーメン」(税込み600円)を選んだ。村民2号は「ホタテ丼」にしようかどうか迷った末、結局同じものを選んだ。
         こんの直売センター② 
         メニューの一部

12~3分ほどで、磯ラーメンがやって来た。大きめのどんぶり。まん中にドデカいホタテがどっかと乗り、周囲を新鮮なワカメ、海苔、ふのり、マツモ、刻みネギが覆っていた。ホタテはこの店の自家養殖物。ポエム。
         こんの直売センター③ 
         ポエム
         こんの直売センター⑦ 
         透き通ったスープ
         こんの直売センター⑧ 
         自家養殖ホタテ
         こんの直売センター⑨ 
         裏から失礼します

スープは驚くほど透明で、賞味するとかなり薄い塩味。海藻とホタテの出汁がうっすらと滲んでくる。インパクトの強いラーメンに慣れた舌には少し物足りないかもしれない。
         こんの直売センター⑥ 
         細縮れ麺

麺は黄色みの強い縮れ細麺で、「麺は固めでお願いします」と注文したせいか、ドンピシャ村長の好み。何よりも自家養殖のホタテが見事で、そのプリプリ感が首都圏で食べるものとひと味違う。新鮮な海の甘み。内臓も美味。スープを一滴残さず飲み干すと、本来の陸前高田のきれいな海を飲み込んでしまったような感覚に陥ってしまった。胃袋の中の海。遠くに一本松・・・合掌。

本日の大金言。

奇跡の一本松は人類の未来かもしれない。今や73億にも膨れ上がった人間の生存競争がこ先どうなるか? 原発事故、テロと戦争、環境問題、ウイルス、そして自然の猛威・・・それを少しの間考えるだけでも奇跡の一本松を見る価値はあると思う。



                  こんの直売センター10 



続きを読む

プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

最新記事
カテゴリ
彦作のつぶやき
最新コメント
月別アーカイブ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR