京都と会津の「ニシンそば」

 何を隠そう、会津での隠れた目的の一つが「ニシンそば」。ニシンの山椒漬けは会津独特のものだが、保存食「身欠きニシン文化」の頂点は京都である。

地形的に会津も京都も山国(盆地)なので、乾物をどう美味く調理するかというのが、先人の知恵だった。北海道から北前船で運ばれた身欠きにしんは、その意味でも重要なタンパク源だった。食の都でもある京都のニシン文化の洗練は頭一つ抜けている。
                                   河道屋銀華 
                     「河道屋 銀華」のにしんそば

数年前、先斗町の路地裏「河道屋 銀華」で食べた「にしんそば」や、京都のグルメ仙人にいただいた南座横「松葉」のニシン棒煮の美味さは舌の記憶の奥座敷にしっかり残っている。ちなみにニシンそばの元祖は、この「松葉」。明治の初めに二代目が棒煮をそばの上に乗っけることを発案、それが京都の隠れ名物にもなっている。
          千本蕎麦① 
          千本蕎麦へ
          千本蕎麦1 
          ポエムな世界

という前置きはこのくらいにして、「強清水(こわしみず)」で、遅い昼めしを取ることにした。目的がそば茶屋「千本蕎麦(せんぼんそば)」。庶民的な「清水屋」ほどの歴史はないが、地粉をしっかりと手打ちしている本格的なそば屋。ここの「手打にしんそば」(税別 950円)は会津のニシンそばの実力を測るうえでは格好の店だと思う。
          千本蕎麦④ 
          待つ時間
          千本蕎麦⑤ 
          メニューの一部

注文してから20分ほど待つ。奥の板場でしっかり作っているのがわかる。その間、会津の名物「まんじゅうの天ぷら」(1個 同100円)を賞味してみる。カラッと揚がったコロモと中のこしあんが甘さが控えめで美味。さすがに醤油はかけずに食べる。
          千本蕎麦⑥ 
        まんじゅうの天ぷら

他の客も待たされている。イタリアンのコックだったという男性スタッフが「お待たせしました」と「手打ちにしんそば(温)」を運んできた。いい匂いと湯気。
          千本蕎麦⑨ 
       手打にしんそば登場
          千本蕎麦⑧ 
          ええのう

中央にはニシンの半身が横たわっていて、大根おろしが乗っていた。それにワカメ、刻みネギが浮いている。ニシンは山椒漬けで、京都の出汁を使ってじっくりと炊いたふっくら感のある棒煮とは見た目からして少々違った。

つゆはあっさりしていて、昆布と鰹の出汁も効いている。ニシンはそれなりに柔らかい。山椒の香りも悪くない。だが、京都ほどのほくほくと口中で崩れ落ちるような柔らかさはない。
          千本蕎麦12 
          半身の期待感
          千本蕎麦10 
          田舎そば、マル

そばは太打ちの田舎そばで、これは村長の好み。挽きくるみの二八そば。ボソリとした歯ごたえ、そば自体の香りもいい。だが、ニシンが京都のものとは比較にならない。フツーに食べれば美味いだろうが、京都の名店のニシンそばと比較すると、横綱と小結くらいの違いがあると思う。
          千本蕎麦11 
          京都は遠い?

京都のグルメ先生のしゃがれ声が黒光りした天井あたりから聞こえた気がした。
「あーた、それは会津に失礼というもんですよ。会津には会津のよさがありますよ。そもそも比べようというのが無茶というもんです。ひーっひっひ」

本日の大金言。

会津と京都の縁は意外に深い。平安時代初期に最澄や空海と論争した高僧・徳一(とくいつ)は陸奥国会津を拠点にしていた。千年の都・京都と片田舎・陸奥国会津。幕末には望まない京都守護職まで引き受けさせられた。現在の京都府庁舎はその跡地である。あまり知られていないが。


                  千本蕎麦15 

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古民家のニシン「山椒丼」

 「ニシンの山椒(さんしょ)漬け」は江戸時代から伝わる会津の郷土料理で、日本酒のツマミとしては番付上位にランクすると思う。メチャウマではないが、不思議に美味い。見た目も地味すぎる。

海のない山国・会津の食の知恵がぎっしりと詰まっている。珍しさで言えば、いわば料理界のシーラカンスみたいな存在だと思う。素材の身欠きにしんは北前船で北海道から新潟を経て、荷馬車などで会津へ運ばれた。棒鱈(ぼうだら)もその中に混じっていたようだ。
          鰊屋敷 
          まさかの世界

会津に来てこれを食べないと、どうにも落ち着かない。このブログでも何度か取り上げたことがあるが、店によって美味いマズイの濃淡はある。今日テーブルに乗せるのは「鰊屋敷 太田(にしんやしき おおた)」の「山椒丼セット」(税込み 1080円)である。
          鰊屋敷① 
          タイムスリップ
          鰊屋敷② 
       ようこそ、隠れ家へ

早乙女一座と別れて、夕暮れどき友人のタカシ君とヨシフミ君と待ち合わせ。市内の相生町(旧博労町)の古民家がそのニシン屋敷。まだ日が落ちていないが、暖簾をくぐって中に入ると、タイムスリップしたような錯覚に陥る。下郷村から移築したという古民家は、わっぱめし「田季野」に劣らない江戸・明治古民家の世界で、時間が早すぎたせいもあるのか、広い屋敷内には客の姿はない。タカ&ヨシもまだ来ていない。
          鰊屋敷③ 
          ええのう
          鰊屋敷13 
       ここだけのメニュー

すぐに目的の「山椒丼セット」を頼んだ。主役のニシンの山椒漬け丼は、おそらくこの店でしか食べられない。ニシンの山椒漬けを炙ってドンブリにするというは発想が素晴らしい。創業23年ほどで、お隣りの魚屋が経営している。

生ビール(中ジョッキ 580円)とアテのニシン山椒漬け(絶品だった)でしばし待っていると、「山椒丼セット」がやって来た。こづゆ、棒鱈煮、漬け物、果物を従えるように。
          鰊屋敷1 
        本物の会津料理

小ぶりのドンブリに炙ったニシンの山椒漬けが4切れほど、まん中には自家製の山椒みそ。いい香りがそこからフワリと立ち上がっていた。すべて手間ひまかけた手づくりというのが、あまり宣伝していない分、凄いことだと思う。
          鰊屋敷⑥ 
          初の山椒丼

まずは、こづゆ。貝柱の出汁がジワリと効いていて美味。観光客に人気の「田季野」や「渋川問屋」のものなどよりも本物だと思う。棒鱈煮はちょっと味が濃い。
          鰊屋敷5 
          こづゆ
          棒鱈煮① 
          棒鱈煮

山椒丼へ。身欠きにしんはタレ(醤油、ザラメ、酢を煮て冷ましたもの)によく漬かっていて、噛むとホロリと柔らかい。女将によると、山椒の葉を挟んで本郷焼き宗像窯のニシン鉢に入れ、3~4週間ほど漬け込むそう。固さが絶妙で、山椒の香りが食欲を刺激する。表面を炙ることによって、全体の風味が倍加しているようだ。
          山椒漬け丼①  
          当たり
          鰊屋敷7 
          ええのう×2

無添加の山椒みその美味さが光る。山椒の粒もそのまま生かしている。炊きたてのご飯にドンピシャで、思っていたよりもシンプルで素朴に美味い。少し残念なのは、ニシンの山椒漬けの数。もう一切れほど乗っていれば文句なしなのだが。
          鰊屋敷11 
          地酒チビチビ

追加した地酒「豊国(とよくに) 純米酒」をチビチビ楽しんでいると、下駄履きのタカシ君がやって来た。他にお客はまだ誰もいない。これだけの屋敷と味わいを一人で独占するのは少々気が引ける。観光客は本当の会津の味わいを知らない、改めてそう思う。その後、酔っぱらった辛口のタカ&ヨシ君が「ここ、意外にうめえな」と漏らした。会津人もかくのごとし、とは。

本日の大金言。

会津は来年が戊辰戦争150年となる。かつて賊軍と呼ばれ、詐欺同然に官軍を名乗った薩長の末えいの一人が現下の首相である。「大義なき衆院解散」と言われても、臆面もなく「国難突破」を旗印に掲げる。ダマされてはいけないが、ダマされる方にも責任がないとは言えない。その意味で、会津の悲しい歴史は教訓でもある。



                鰊屋敷12 










涙のソースカツ丼と半ラーメン

 毎年この時期は会津祭見物と直木賞作家・早乙女貢さんの墓参を兼ねて、会津へ行く。早乙女さんが亡くなったのは平成20年(2008年)12月23日。享年82歳。エンタメ紙で長年担当していたこともあり、取り巻きの編集者や作家、女優などと墓参へ行く。亡くなった日の前後のことは今でも鮮明に覚えている。
          会津祭り③  
        藩侯行列が始まった
          会津祭り① 
          綾瀬はるかの姿も

ライフワークとなった「會津士魂」(吉川英治文学賞受賞)の作者が、今は天寧寺の墓所に眠っている。会津祭「藩侯行列」では西郷頼母役として、馬上にまたがって、観衆に手を振っていた姿が忘れられない。文壇でも有名な遅筆で、村長も大いに悩まされたが、それもいい思い出として胸の奥に仕舞ってある。銀座のクラブや向島の料亭で接待したことなど昨日のことのようだ。

さて、今回テーブルに乗せるのは、猪苗代町で食べたソースカツ丼とラーメンである。
「猪苗代にソースカツ丼とラーメンの美味い店がある」
という情報は、地元の食通からしっかり仕入れていた。
          まるいち食堂① 
          そそられる世界

それが本町通り沿い(町尻)ある「まるいち食堂」である。人気店なので、早めのランチとなった。昭和の匂いの残る素朴な外観。紺地の暖簾とその奥の白い長暖簾がポエム。時刻は午前11時。一番乗り。
          まるいち食堂② 
          メニューの一部

テーブルが六つほど。正面奥が広めの板場になっていて、感じのいい店主(三代目)が水の入ったコップを持ってきてくれた。定番の「ソースカツ丼」(税込み 950円)を頼み、さらに「半ラーメン」(同 300円)も追加した。半ラーメンはメニュー札にはないが、「麺類はすべて半分にできます」(店主)との一言が効いた。単品だと500円。自家製手打ち麺、というのが店のこだわりを感じる。
          まるいち食堂④ 
          まずは半ラーメン

10分ほどで「半ラーメン」がやってきた。喜多方ラーメンに似ているが、正統派会津ラーメンの系譜である豚骨鶏ガラ出汁の醤油スープで、まずはレンゲでひと口。あっさりしているのにコクと旨味がある。麺は平打ち縮れ麺で、もっちりとした歯ごたえ。自家製の煮チャーシュー、大きめのナルト、メンマもフツーに美味い。
          まるいち食堂⑤ 
       スープはあっさり系
          まるいち食堂⑥ 
          自家製麺

食べてる途中に「ソースカツ丼」がやって来た。蓋から見事な色のトンカツがはみ出そうになっていた。タクワンとスープ付き。
          まるいち食堂⑦ 
          主役のソースカツ丼
          まるいち食堂⑧ 
          オオオの世界

蓋を取ると、赤みの強い巨大なトンカツが「おおお」と横たわっていた。7切れ。その自家製ソースにくぐらせた揚げ色の素晴らしさに2秒ほど見入ってしまった。これまで会津では何度もソースカツ丼を食べているが、色の見事さにおいてはベスト3に入る。
          まるいち食堂⑨ 
          この色の凄味

肉の厚さは1.5センチ~2センチとかなり厚め。脂身がほどよく入った国産ロース肉。その下には千切りキャベツと炊き立てのご飯。

ガブリと行くと、コロモのカリッとした歯ごたえ。ここまでカリッとした食感のコロモはあまりないと思う。肉は妙に柔らかすぎず、妙に固くもなく。ほどよい旨味と自家製ソースだれの甘味と酸味が絶妙だと思う。
          まるいち食堂10 
          国産ロース肉
          まるいち食堂11 
          下界はどないや?

ただ残念なのはご飯。炊き立てのせいか柔らかすぎる。むろん好みの問題だが、ここはもう少し固めに炊いてほしい。タレのかかり具合はほどよい。
          まるいち食堂13 
          脂身のよさ
          まるいち食堂12 
          ボリューム3層

全部食べ終えると、ベルトをひと回り緩めたくなった。最後に残ったタクワンの美味さ。次第に客が増え、三代目だという店主と雑談する時間がどんどんなくなってきた。

創業が約50年前で、元々は小さなラーメン屋だったそう。二代目(実母?)も板場に立っている。美人の女性(奥さん?)も平ザルを慣れた手つきで操っていた。
「トンカツを揚げる油はラードでしょう?」
「はい、そうです」
それだけ聞くと、また次の客が入ってきた。外に出ると、ラードのきれいな旨みが口中に残ったまま。空を見上げると、なぜか涙が一滴ほど出かかった。

本日の大金言。

会津のソースかつ丼は名物になっているが、昔はさほどではなかった。いつのまにか会津名物として人気が出、メディアも取り上げ、店の数も飛躍的に増えた。1000円以上が普通になっているが、会津ソースカツ丼の元祖と言われる「若松食堂」なども1000円以内である。デカ盛りで1000円を優に超えるソースカツ丼競争は意味がないと思う。


                  まるいち食堂14 

三百年前の「そばと栃餅」の味

 大内宿と言えば、会津と日光を結ぶ旧宿場として、約300年前の茅葺きの街並みがそのまま残る歴史的建造物群として知られている。江戸時代初期(1640年頃)に宿場となり、その後、正徳元年(1711年)の大火で、ほとんどが消失、建て直されている。
          大内宿⑤ 
       300年の世界(大内宿)

現在の建物の多くは、その時に建て替えられたもの。それでも300年以上の歴史を持っている。現在残っているのは、茅葺き(かやぶき)33戸で、その他の建物を入れると、44戸もの歴史的建造物が通りの両側に並んでいる。タイムマシンの世界。


会津の帰りに、ランチを取るために、ポンコツ車で久しぶりに立ち寄ってみた。観光客でにぎわっているのは相変わらず。観光化され過ぎて、「ちょっと興ざめ」という声もあるほど。
          こめや① 
          こめや

それでも大内宿は立ち寄りたくなる場所である。いつもは「山本屋」に寄ることが多いが、今回は、その隣こめや」にワラジを脱ぐことにした。入り口の餅やイワナを焼く光景に、村民2号が「今日はここにしない?」と鼻の穴をぴくつかせたからだ。
         こめや⑥ 
         タイムスリップ

「手打ちそばとつきたて餅」の文字がポエム。時間がちょうど正午過ぎだったこともあり、待ち客が7~8組みほど。15分ほどの待ち時間で、囲炉裏のある入り口を抜け、広い座敷へと案内された。山本屋とほとんど同じ開放的な世界。黒光りした天井と梁、それに畳が心地いい。
          こめや③ 
        そばのメニュー(一部)
          こめや④ 
          つきたて餅

メニューから「ざるそば」(税込み850円)をまず選んだ。村民2号も同じもの。さらに目が「つきたて餅」をしっかり捉えていた。その中でも「大内宿名物 栃餅(とちもち)」がぺこりと頭を下げた・・・気がした。きな粉とあんこが一個ずつ。それで550円。

ざるそばは観光地値段だが、栃餅はその作り方の手間ひまを考えると、リーズナブルだと思う。
          こめや⑦ 
          ポエム

この栃餅がうまかった。甘さが控えめなこしあんの風味もよく、青きな粉の風味も素晴らしい。何より栃餅はつきたてということもあるのだろう、その伸びやかさと十分なコシが、舌の上で歴史をささやきかけてくる。
          こめや⑧ 
          あんころ餅
          こめや⑨ 
          こちらがきな粉

フツーの餅に栃の実を加えた栃餅だが、独特の風味が口中から鼻へと抜けていく。何と言ったらいいのか、あえて言うと、硫黄のような匂いがかすかにする。それが意外に面白い味わいになっている。隠し味は300年の風雪の歴史ということか。
          こめや10 
          ざるそば

その後に来た「ざるそば」はグレー色の田舎そばで、悪くはないが、去年、檜枝岐(ひのえまた)で食べた裁ちそばほどの感動はない。地粉9割、つなぎ(小麦粉?)1割だそう。ボソッとしたコシ。ツユは鰹節の出汁が効いていて、どちらかというと辛め。
          こめや13 
          300年の歴史
          こめや15 
          キュウリの塩もみ

「そばは山本屋の方が好きだわ。でも、栃餅がうまい。特にきな粉。栃餅の茶色といい組み合わせになっているわ。きな粉もあんこももう少し量が欲しいけど」

「確かに。そばはどうってことないけど、栃餅はいいね。硫黄のような風味が大内宿、って感じだ。ネギ一本と辛味大根の薬味で食べる高遠そばもあるけど、高いだけで、一度食べればいい。今回は食わずで、正解だと思う」

「財布のひもの関係でしょ。無駄にカッコつけちゃうとこが村長の悪い癖ね」

「武士は食わずに爪楊枝、ネギ一本なんてとんでもない」

「十分食ってるわよ。バッカみたい」

「・・・・・・」

本日の大金言。

大内宿にはおばあちゃんが店先で頑張っている光景が微笑ましい。草餅と豆餅を買ったが、その際の会話のやりとりも面白い。「おつり、なし」という会津弁を久しぶりに聞いた。この場合の「なし」はお釣りがない、という意味ではない。「おつり、です」の丁寧語なのである。幕末に会津藩が京都で苦労した一つの理由に会津弁がある。今では考えられないが。




                  こめや17 

「会津山塩らーめん」の深味

 四国食べまくり行脚の疲れも取れないまま、所用のため、ポンコツ車を駆って会津へ。胃袋がうれしい悲鳴(?)を上げている。

四国も東京もすでに桜が散っているのに、こちらはまだ二分咲き。会津の春は遅い。日本が縦に長いことを改めて実感させられる。「八重の桜」も遠い昔のよう。

市内に着いたのは、予定より早い午前11時を少し回ったところ。まずは昼めし。

「軽いものがいいわ」
四国で体重が2キロほどオーバーしてしまった村民2号が、疲れた声で、暴走しがちな彦作の胃袋に待ったをかけた。
          大一① 
          オープン前だった

思案の末、ワシントンホテルの先にある「麺や 大一(たいいち)」の暖簾をくぐることにした。ところが、時間が早すぎて、まだオープン前だった。それでも客が数人並んでいた。

ここは会津の友人から聞いていた噂のラーメン屋で、特に山塩ラーメンが美味いとのこと。それを思い出した。寒空の下、15分ほど待つと、店が開いた。
          大一② 
          どちらにしようか?
          大一1 
          右奥が厨房

村長は「会津山塩らーめん」(税込み700円)を、村民2号は「地鶏醤油らーめん」(同600円)を頼んだ。

カウンター席の向こうが広い厨房になっていて、そこに初老の店主らしき人が、他のスタッフとともに調理に励んでいた。いい匂いと湯気が店主のさり気ない動きを浮かび上がらせている。この店主、只者ではない。
          大一③ 
       こちらは地鶏醤油らーめん

10分ほどの待ち時間で、「会津山塩らーめん」がやって来た。透明度の高い黄金色のスープ。きれいな脂が浮いている。厚みのある煮豚チャーシューが2枚。極太のメンマが3本。刻みネギ。その下に揺蕩う太縮れ麺・・・。ひと目で気に入った。
          大一④ 
        こちらが会津塩らーめん
          大一12 
          極みの世界?

それらが白い深ドンブリに隙のない世界を作って、「ま、食べてみてくなんしょ」とささやいていた。

黄金色のスープをひと口。最初のアタックで、穏やかで深みのある旨味が口中に広がった。掛け値なしに美味い。
          大一⑥ 
          白金色のスープ

会津山塩とは裏磐梯大塩温泉に含まれる塩を煮詰めたもので、知る人ぞ知る会津のブランド塩。江戸時代は会津藩御用達の塩だったとか。ただの塩ではない。

それが地鶏、豚骨、焼きアゴ、香味野菜などで作った出汁スープに溶け込んでいる。

          大一⑧ 
          たまりません
          大一⑨ 
        チャーシューの存在
          大一10 
          メンマの極み

「ここは当たりね。喜多方ラーメンとは違う味わいで、首都圏に出したら、かなり受けると思うわ。そのくらいすべてが極められている。チャーシューも柔らかさがほどよくて、すごくおいしい。メンマもシャキシャキ感がすごい。塩よりこっちの方が美味いかもよ。ほとんどが自家製というのも好感。化学調味料の匂いもしないわ。ただ麺は私の好みじゃない」

「逆だなあ。麺も素晴らしいよ。もっちり感といい歯ごたえといい、小麦粉の風味といい、かなりのレベルだと思う。麺だけは特注麺だそう。スープを吸い込むのが早いので、早めに食べた方がいい」
          大一3 
          早く食べなはれ

店はオープンして4年になるそう。女性スタッフにそっと聞いてみたら、店主はワシントンホテルの料理長だったとか。それがラーメンの世界に挑戦したらしい。オメーン転身。

そういうことか・・・素材へのこだわり方、作り方が半端ではないことに合点がいった。会津にまた新しい星(年期の入った)が誕生したことを素直に祝福したい。

本日の大金言。

喜多方ラーメンと会津ラーメン。よく似ているが、微妙に違う。「会津山塩らーめん」はそこにシェフの要素が加わっている。会津も少しずつ進化(?)している。キーワードはシンプルの深みと旨味。その目線は全国の名店を捉えているはずだ。




                 大一11 




プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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