「会津郷土料理」のフルコース

 会津の郷土料理と言えば、棒たら煮やニシンの山椒漬けがすぐに頭に浮かぶ。山国なので新鮮な魚介類は手に入らない。江戸時代、北前船経由で越後(新潟)から塩乾物や身欠きにしんなどが入ってきた。それらを山国の知恵で美味に変換する。美味の都・京都も同じ山国だが、その洗練と料理人の質において会津はとても敵わない。スルメや饅頭の天ぷらなど「秘密のケンミンSHOW」(日本テレビ系)で笑いのネタにされるほど。確かに笑えるが、どこかぐやじい~。

それでも会津の郷土料理はそれなりに美味いと思う。特に地酒のツマミとしてはかなり渋い。
          渋川問屋 
       大正時代の木造商家造り

その会津郷土料理のフルコースを食べることになった。場所は戦国武将・蒲生氏郷が拓いた七日町通りにある「渋川問屋」。元々は明治時代創業の海産物問屋で、主に北海道や日本海でとれた塩だらや鮭の塩引き、身欠きにしんなどを扱っていた。
          渋川問屋① 
          ええのう会津

市の歴史的景観指定建造物にも選ばれている蔵のある木造二階建て。以前は非公開だったが、昭和55年(1980年)に料理屋兼旅館として再デビュー、今ではテレビや雑誌などで取り上げられることも多い。
          渋川問屋② 
          タイムトンネル?
          渋川問屋③ 
        これがフルコース

法事の後の会食で、目の前に並んだのは「会津会席膳」(税込み 4400円)。村長にとっても初めてのフルコース。安くはないが、せっかく用意してくれたもの。楽しむことにした。地酒「栄川(えいせん)」をちびりと飲みながら、箸を付ける。
          渋川問屋④ 
          最初のお膳

ニシンの山椒漬け、こづゆ、棒たら煮、ニシンの昆布巻き、天ぷらなどなど食前酒も含めて全部で14種が時間差を置いて並ぶ。全部は書き切れないので、ポイントだけ。こういっては申し訳ないが、観光客が喜びそうな構成だと思う。つまり、きれいにまとまってはいるが、それなりの味わい。料理以上に大正時代に建て替えられた建物の雰囲気が素晴らしい。その中で食べることに意義を見つけたい。
          渋川問屋⑦ 
          こづゆ

メディアなどで必ず取り上げられる栄町の「田季野(たきの)」などと同じレベルだと思う。故に村長が知っている本物の会津郷土料理とは少し違う。例えばこづゆ。貝柱の出汁と醤油でキクラゲ、豆麩、里芋、糸こんにゃくなどを煮込んだお吸い物だが、旨みと深みが物足りない。
          渋川問屋⑤ 
          ニシンの山椒漬け

ニシンの山椒漬けもそれなりに美味いが、去年秋に相生町の「鰊屋敷(にしんやしき) 太田」で食べたものの方が本物感があった。客は多くなかった。
          渋川問屋⑥ 
          棒たら煮
          渋川問屋⑧ 
          ニシンの昆布巻き

14種類の中で一番感動したのはニシンの昆布巻き。昆布がトロトロに柔らかく煮込まれていて、ニシンとの相性が絶妙だった。「これならオーケー」というもの。炊き込みご飯も美味。
          渋川問屋⑨ 
       炊き込みご飯とそば粒がゆ

多分、お客のほとんどは観光客で、会津の友人などは「高くて行げね。ウチで作った方が旨いべ」とのたまっていた。雰囲気を味わいたい人には最高クラスのいい店だが、安くて昔からの会津を求めるディープ好きにはおすすめできない。この際だからエラソーに言ってみました(笑)。さすけねえ?

本日の大金言。

同席した鳥取県の女性は、初めて食べたニシンの山椒漬けを残した。魚の美味い土地の人から見れば、ひょっとして食べ物と思えなかったのかもしれない。会津郷土料理の真髄は恵まれない食材の変換にある。乾物マジック・・・悲しい知恵、とも言えるが、この知恵が将来生きるかもしれないぞ。


                                                             渋川問屋10 

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駅弁「小原庄助」の味わい

 法事で会津若松へ。去年秋、故早乙女貢さんの墓参以来。会津には法事で行くことが多くなった。

最近、明治維新150年を少し別の角度から見る動きが出ているが、ウソで塗り固められた明治維新(薩長史観)について、生涯をかけて異議申し立てを行ってきた直木賞作家・早乙女さんの主張がようやく公に認められた気分で、ちょっとだけすがすがしい。その「勝てば官軍」の末えいのインチキぶりが森友問題でメディアを賑わわせているが、これって昔からあった話ではないかと冷ややかに見たくなる。ウソだと思う人は「錦の御旗(にしきのみはた)」を調べてほしい。負ければ賊軍、のひがみかもしれないが(笑)。
          福豆屋1  
          駅弁の楽しみ
          福豆屋① 
          これこれ

で、本題。本日テーブルに乗せるのは、東北新幹線から磐越西線に乗り換えのときに、郡山駅で買い込んだ名物「小原庄助べんとう」(税込み1100円)であります。村民2号は駅弁ランキングでも上位の「海苔のりべんとう」(同950円)。
          福豆屋② 
        雪景色がお出迎え

車窓から磐梯山の雪景色を眺めながらの昼めしとなった。この「小原庄助べんとう」、二段になっていて、発売元は郡山に本拠地を置く福豆屋(ふくまめや)。大正13年(1924年)創業の老舗駅弁屋さんである。
          福豆屋③ 
          小原庄助べんとう
          のりべん① 
    こちらは海苔のりべんとう

人気の「海苔のりべんとう」は8年ほど前のデビューだが、こちらは昭和60年(1985年)に発売されている。上の段が白飯で、おかずは焼鮭、鶏肉の酒粕味噌やき、玉子焼き、牛肉糸こんにゃく煮、なめこソバの実和えなど。白飯の上には昆布の佃煮、大根の味噌漬けが乗っている。
          福豆屋⑤ 
          まずは上の段
          福豆屋3 
         横から見ると・・・
          福豆屋④ 
       上段(左)と下段(右)

下段はシメジご飯菜の花添えで、海老天、ニシンの甘露煮、ざくざく煮、それに豆味噌という構成。福島の食材や郷土食を二段の真四角の折詰に閉じ込めようとしたもの。その心意気や良し、としよう。この際だから、エラそうに言ってみた(笑)。
          福豆屋4 
          見事な構成
          福豆屋⑥ 
        冷えてても美味い

さて、見た目と構成は素晴らしいのに、全体的に味がかなり濃い。焼鮭とシメジご飯菜の花添えだけはレベル3か4だと思うが、いくら駅弁の賞味期限が「本日中」でも、その味まで濃い(濃過ぎ)なのはどうしたものか。織田信長のように薄味の京料理に怒ったというタイプならいざしらず、もう少し、せめて塩と醤油と砂糖を少しだけ抑えてほしい気がする。
          福豆屋⑧ 
          海老天だべ
          福豆屋10 
     ニシンの甘露煮とシメジご飯

牛肉糸こんにゃく煮など口に入れた瞬間、おおこう来たか、と叫びたくなった。むろん好みの問題ではあるが、この味の濃さは福島と言えどもせっかくの構成なのに「もったいない」気がする。

例えば「煎り豆味噌」は福島の郷土食だが、甘辛みそ味でこれは納得がいく。なめこソバの実和えも甘辛が過剰だと思う。
          福豆屋5 
      煎り豆味噌、渋い

人気の「海苔のりべんとう」を食べ終えた村民2号が満足顔で、
「海苔とおかかが二段になっていて、美味かったわ。でも味が濃いのはこちらも同じね」
と感想をひとくさり。

味が濃いという前提で食べる。そう思えば、この二つの駅弁がスグレモノであることに異論はない。勝っても負けても駅弁は駅弁である。勝者の側に立つ思い込み型の首相にこの駅弁を差し入れしたくなった。あっそう大臣を交えてあきれ夫人と味わってみたらいかがだろう? 賊軍にされてしまった気持ちが少しはわかるかもしれない。なんてね。

本日の大金言。

例えば、自殺してしまった近畿財務局のノンキャリの無念を思う。歴史の表面だけを見ていると、影の部分に目が行かない。メディアもまた。



                   福豆屋11 


京都と会津の「ニシンそば」

 何を隠そう、会津での隠れた目的の一つが「ニシンそば」。ニシンの山椒漬けは会津独特のものだが、保存食「身欠きニシン文化」の頂点は京都である。

地形的に会津も京都も山国(盆地)なので、乾物をどう美味く調理するかというのが、先人の知恵だった。北海道から北前船で運ばれた身欠きにしんは、その意味でも重要なタンパク源だった。食の都でもある京都のニシン文化の洗練は頭一つ抜けている。
                                   河道屋銀華 
                     「河道屋 銀華」のにしんそば

数年前、先斗町の路地裏「河道屋 銀華」で食べた「にしんそば」や、京都のグルメ仙人にいただいた南座横「松葉」のニシン棒煮の美味さは舌の記憶の奥座敷にしっかり残っている。ちなみにニシンそばの元祖は、この「松葉」。明治の初めに二代目が棒煮をそばの上に乗っけることを発案、それが京都の隠れ名物にもなっている。
          千本蕎麦① 
          千本蕎麦へ
          千本蕎麦1 
          ポエムな世界

という前置きはこのくらいにして、「強清水(こわしみず)」で、遅い昼めしを取ることにした。目的がそば茶屋「千本蕎麦(せんぼんそば)」。庶民的な「清水屋」ほどの歴史はないが、地粉をしっかりと手打ちしている本格的なそば屋。ここの「手打にしんそば」(税別 950円)は会津のニシンそばの実力を測るうえでは格好の店だと思う。
          千本蕎麦④ 
          待つ時間
          千本蕎麦⑤ 
          メニューの一部

注文してから20分ほど待つ。奥の板場でしっかり作っているのがわかる。その間、会津の名物「まんじゅうの天ぷら」(1個 同100円)を賞味してみる。カラッと揚がったコロモと中のこしあんが甘さが控えめで美味。さすがに醤油はかけずに食べる。
          千本蕎麦⑥ 
        まんじゅうの天ぷら

他の客も待たされている。イタリアンのコックだったという男性スタッフが「お待たせしました」と「手打ちにしんそば(温)」を運んできた。いい匂いと湯気。
          千本蕎麦⑨ 
       手打にしんそば登場
          千本蕎麦⑧ 
          ええのう

中央にはニシンの半身が横たわっていて、大根おろしが乗っていた。それにワカメ、刻みネギが浮いている。ニシンは山椒漬けで、京都の出汁を使ってじっくりと炊いたふっくら感のある棒煮とは見た目からして少々違った。

つゆはあっさりしていて、昆布と鰹の出汁も効いている。ニシンはそれなりに柔らかい。山椒の香りも悪くない。だが、京都ほどのほくほくと口中で崩れ落ちるような柔らかさはない。
          千本蕎麦12 
          半身の期待感
          千本蕎麦10 
          田舎そば、マル

そばは太打ちの田舎そばで、これは村長の好み。挽きくるみの二八そば。ボソリとした歯ごたえ、そば自体の香りもいい。だが、ニシンが京都のものとは比較にならない。フツーに食べれば美味いだろうが、京都の名店のニシンそばと比較すると、横綱と小結くらいの違いがあると思う。
          千本蕎麦11 
          京都は遠い?

京都のグルメ先生のしゃがれ声が黒光りした天井あたりから聞こえた気がした。
「あーた、それは会津に失礼というもんですよ。会津には会津のよさがありますよ。そもそも比べようというのが無茶というもんです。ひーっひっひ」

本日の大金言。

会津と京都の縁は意外に深い。平安時代初期に最澄や空海と論争した高僧・徳一(とくいつ)は陸奥国会津を拠点にしていた。千年の都・京都と片田舎・陸奥国会津。幕末には望まない京都守護職まで引き受けさせられた。現在の京都府庁舎はその跡地である。あまり知られていないが。


                  千本蕎麦15 

古民家のニシン「山椒丼」

 「ニシンの山椒(さんしょ)漬け」は江戸時代から伝わる会津の郷土料理で、日本酒のツマミとしては番付上位にランクすると思う。メチャウマではないが、不思議に美味い。見た目も地味すぎる。

海のない山国・会津の食の知恵がぎっしりと詰まっている。珍しさで言えば、いわば料理界のシーラカンスみたいな存在だと思う。素材の身欠きにしんは北前船で北海道から新潟を経て、荷馬車などで会津へ運ばれた。棒鱈(ぼうだら)もその中に混じっていたようだ。
          鰊屋敷 
          まさかの世界

会津に来てこれを食べないと、どうにも落ち着かない。このブログでも何度か取り上げたことがあるが、店によって美味いマズイの濃淡はある。今日テーブルに乗せるのは「鰊屋敷 太田(にしんやしき おおた)」の「山椒丼セット」(税込み 1080円)である。
          鰊屋敷① 
          タイムスリップ
          鰊屋敷② 
       ようこそ、隠れ家へ

早乙女一座と別れて、夕暮れどき友人のタカシ君とヨシフミ君と待ち合わせ。市内の相生町(旧博労町)の古民家がそのニシン屋敷。まだ日が落ちていないが、暖簾をくぐって中に入ると、タイムスリップしたような錯覚に陥る。下郷村から移築したという古民家は、わっぱめし「田季野」に劣らない江戸・明治古民家の世界で、時間が早すぎたせいもあるのか、広い屋敷内には客の姿はない。タカ&ヨシもまだ来ていない。
          鰊屋敷③ 
          ええのう
          鰊屋敷13 
       ここだけのメニュー

すぐに目的の「山椒丼セット」を頼んだ。主役のニシンの山椒漬け丼は、おそらくこの店でしか食べられない。ニシンの山椒漬けを炙ってドンブリにするというは発想が素晴らしい。創業23年ほどで、お隣りの魚屋が経営している。

生ビール(中ジョッキ 580円)とアテのニシン山椒漬け(絶品だった)でしばし待っていると、「山椒丼セット」がやって来た。こづゆ、棒鱈煮、漬け物、果物を従えるように。
          鰊屋敷1 
        本物の会津料理

小ぶりのドンブリに炙ったニシンの山椒漬けが4切れほど、まん中には自家製の山椒みそ。いい香りがそこからフワリと立ち上がっていた。すべて手間ひまかけた手づくりというのが、あまり宣伝していない分、凄いことだと思う。
          鰊屋敷⑥ 
          初の山椒丼

まずは、こづゆ。貝柱の出汁がジワリと効いていて美味。観光客に人気の「田季野」や「渋川問屋」のものなどよりも本物だと思う。棒鱈煮はちょっと味が濃い。
          鰊屋敷5 
          こづゆ
          棒鱈煮① 
          棒鱈煮

山椒丼へ。身欠きにしんはタレ(醤油、ザラメ、酢を煮て冷ましたもの)によく漬かっていて、噛むとホロリと柔らかい。女将によると、山椒の葉を挟んで本郷焼き宗像窯のニシン鉢に入れ、3~4週間ほど漬け込むそう。固さが絶妙で、山椒の香りが食欲を刺激する。表面を炙ることによって、全体の風味が倍加しているようだ。
          山椒漬け丼①  
          当たり
          鰊屋敷7 
          ええのう×2

無添加の山椒みその美味さが光る。山椒の粒もそのまま生かしている。炊きたてのご飯にドンピシャで、思っていたよりもシンプルで素朴に美味い。少し残念なのは、ニシンの山椒漬けの数。もう一切れほど乗っていれば文句なしなのだが。
          鰊屋敷11 
          地酒チビチビ

追加した地酒「豊国(とよくに) 純米酒」をチビチビ楽しんでいると、下駄履きのタカシ君がやって来た。他にお客はまだ誰もいない。これだけの屋敷と味わいを一人で独占するのは少々気が引ける。観光客は本当の会津の味わいを知らない、改めてそう思う。その後、酔っぱらった辛口のタカ&ヨシ君が「ここ、意外にうめえな」と漏らした。会津人もかくのごとし、とは。

本日の大金言。

会津は来年が戊辰戦争150年となる。かつて賊軍と呼ばれ、詐欺同然に官軍を名乗った薩長の末えいの一人が現下の首相である。「大義なき衆院解散」と言われても、臆面もなく「国難突破」を旗印に掲げる。ダマされてはいけないが、ダマされる方にも責任がないとは言えない。その意味で、会津の悲しい歴史は教訓でもある。



                鰊屋敷12 










涙のソースカツ丼と半ラーメン

 毎年この時期は会津祭見物と直木賞作家・早乙女貢さんの墓参を兼ねて、会津へ行く。早乙女さんが亡くなったのは平成20年(2008年)12月23日。享年82歳。エンタメ紙で長年担当していたこともあり、取り巻きの編集者や作家、女優などと墓参へ行く。亡くなった日の前後のことは今でも鮮明に覚えている。
          会津祭り③  
        藩侯行列が始まった
          会津祭り① 
          綾瀬はるかの姿も

ライフワークとなった「會津士魂」(吉川英治文学賞受賞)の作者が、今は天寧寺の墓所に眠っている。会津祭「藩侯行列」では西郷頼母役として、馬上にまたがって、観衆に手を振っていた姿が忘れられない。文壇でも有名な遅筆で、村長も大いに悩まされたが、それもいい思い出として胸の奥に仕舞ってある。銀座のクラブや向島の料亭で接待したことなど昨日のことのようだ。

さて、今回テーブルに乗せるのは、猪苗代町で食べたソースカツ丼とラーメンである。
「猪苗代にソースカツ丼とラーメンの美味い店がある」
という情報は、地元の食通からしっかり仕入れていた。
          まるいち食堂① 
          そそられる世界

それが本町通り沿い(町尻)ある「まるいち食堂」である。人気店なので、早めのランチとなった。昭和の匂いの残る素朴な外観。紺地の暖簾とその奥の白い長暖簾がポエム。時刻は午前11時。一番乗り。
          まるいち食堂② 
          メニューの一部

テーブルが六つほど。正面奥が広めの板場になっていて、感じのいい店主(三代目)が水の入ったコップを持ってきてくれた。定番の「ソースカツ丼」(税込み 950円)を頼み、さらに「半ラーメン」(同 300円)も追加した。半ラーメンはメニュー札にはないが、「麺類はすべて半分にできます」(店主)との一言が効いた。単品だと500円。自家製手打ち麺、というのが店のこだわりを感じる。
          まるいち食堂④ 
          まずは半ラーメン

10分ほどで「半ラーメン」がやってきた。喜多方ラーメンに似ているが、正統派会津ラーメンの系譜である豚骨鶏ガラ出汁の醤油スープで、まずはレンゲでひと口。あっさりしているのにコクと旨味がある。麺は平打ち縮れ麺で、もっちりとした歯ごたえ。自家製の煮チャーシュー、大きめのナルト、メンマもフツーに美味い。
          まるいち食堂⑤ 
       スープはあっさり系
          まるいち食堂⑥ 
          自家製麺

食べてる途中に「ソースカツ丼」がやって来た。蓋から見事な色のトンカツがはみ出そうになっていた。タクワンとスープ付き。
          まるいち食堂⑦ 
          主役のソースカツ丼
          まるいち食堂⑧ 
          オオオの世界

蓋を取ると、赤みの強い巨大なトンカツが「おおお」と横たわっていた。7切れ。その自家製ソースにくぐらせた揚げ色の素晴らしさに2秒ほど見入ってしまった。これまで会津では何度もソースカツ丼を食べているが、色の見事さにおいてはベスト3に入る。
          まるいち食堂⑨ 
          この色の凄味

肉の厚さは1.5センチ~2センチとかなり厚め。脂身がほどよく入った国産ロース肉。その下には千切りキャベツと炊き立てのご飯。

ガブリと行くと、コロモのカリッとした歯ごたえ。ここまでカリッとした食感のコロモはあまりないと思う。肉は妙に柔らかすぎず、妙に固くもなく。ほどよい旨味と自家製ソースだれの甘味と酸味が絶妙だと思う。
          まるいち食堂10 
          国産ロース肉
          まるいち食堂11 
          下界はどないや?

ただ残念なのはご飯。炊き立てのせいか柔らかすぎる。むろん好みの問題だが、ここはもう少し固めに炊いてほしい。タレのかかり具合はほどよい。
          まるいち食堂13 
          脂身のよさ
          まるいち食堂12 
          ボリューム3層

全部食べ終えると、ベルトをひと回り緩めたくなった。最後に残ったタクワンの美味さ。次第に客が増え、三代目だという店主と雑談する時間がどんどんなくなってきた。

創業が約50年前で、元々は小さなラーメン屋だったそう。二代目(実母?)も板場に立っている。美人の女性(奥さん?)も平ザルを慣れた手つきで操っていた。
「トンカツを揚げる油はラードでしょう?」
「はい、そうです」
それだけ聞くと、また次の客が入ってきた。外に出ると、ラードのきれいな旨みが口中に残ったまま。空を見上げると、なぜか涙が一滴ほど出かかった。

本日の大金言。

会津のソースかつ丼は名物になっているが、昔はさほどではなかった。いつのまにか会津名物として人気が出、メディアも取り上げ、店の数も飛躍的に増えた。1000円以上が普通になっているが、会津ソースカツ丼の元祖と言われる「若松食堂」なども1000円以内である。デカ盛りで1000円を優に超えるソースカツ丼競争は意味がないと思う。


                  まるいち食堂14 

プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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