ドイツの理不尽なロールキャベツと格闘

「村長、どうしたんですか? その恰好」
美熟女の村民2号の目が点になっている。
いつもはよれよれの作業着姿の赤羽彦作村長が、なぜかこぎれいなグレーの綿スーツ姿。

「うむ、今日はちょっとな、久しぶりに江戸まで足をのばそうと思ってな

「腰痛は大丈夫なんですか?」
「それより小遣いちょーだい」
「だめっ。また北千住に遊びに行くんでしょ?」

「今日は特別な日なんじゃよ。渓流斎先生のお祝いなんじゃよ」

江戸のはずれのそのまたはずれにある「ウマズイめんくい村」でそんな会話が・・・。


昨夜は村長が敬愛する円月殺法の使い手・渓流斎先生の米寿のお祝い、じゃなかった「祝ブログ100万アクセス大パーティー」に行ってきた。

今やブログ界では知らない人はモグリといわれるまでになった「渓流斎日乗」。スタートしたのが7年前。雨ニモマケズ風ニモマケズ、東に大震災が起きてもブログを書き続け、西に調布先生がひっくり返ってもキーボードを打ち続け、一日たりとも休まず、ついに100万アクセス突破という偉業を成し遂げたのだった。

渓流斎先生の仮の姿は某大手メディアのサラリーマンでもある。クラーク・ケントとスーパーマンをイメージしてみてほしい。「だいじょうぶ、マイフレンド」に近いかもしれないが。

西新橋にある「はらぺこ」という居酒屋で行われたお祝いの会は、実に気持ちのいい会だった。

「次は200万アクセスですね。そのときは向島で料亭を借り切ってパーッとやりましょう」「仮面舞踏会にしてもいいね」「京都から調布先生にも来てもらいましょう」アルコールがすすむにつれて、話がどんどん大きくなっていった。このいい加減さもこの一夜の花火に彩りを添えるのだった。

最後に美女二人が渓流斎先生に花束を渡すというサプライズも。村長はクールを装う渓流斎先生の目にきらりと光るものが出かかるのを見逃さなかった。


            ロールキャベツ(ハイデルベルク) 

さて本題、B級グルメの話。ドイツの古都・ハイデルベルクで食べたロールキャベツについて、書かなければならない。

日本にいると、食べるという行為が「闘い」であることをついつい忘れてしまう。それはまさに「格闘」だった。
「ハイデルベルクのロールキャベツはうまいですよ。かのヘーゲルやヤスパースも食べたはずです」
ハイデルベルク在住30年という女性ガイドのひと言で、「HUTZEWALD」というレストランで賞味することになった。

大哲学者ヘーゲル、ヤスパース、さらにはマックス・ウエーバーといった思想家が、この街にあるドイツ最古の大学ハイデルベルク大学で教鞭をとっている。

日本でイメージするロールキャベツとは外見は似ているもののまるで違っていたナイフを突き立てても切れない。

硬いなんてものではない。ゴムまりにナイフを突き立てている感触とでもいおうか、額から汗がにじみだし、悪戦苦闘の末、ようやくかぶりつくとまるでゴムタイヤでも口に入れたような硬さ。

味はちょっと甘めだが、確かにロールキャベツの味。しかし、中の具にたどり着くまでが大変。村長はへとへとになりながら、ヘーゲルもヤスパースもこのあまりといえばあまりな現実と格闘することによって、思索を広げていったのだろうか? そんなことを考えていた。

これはオーバーな話ではない。

ガイドの女性によると、「今日のは特別に硬い。去年のキャベツを使っているからでしょう。そのキャベツも日本のとは全然違います。外見は似ていますが、ズシッと重くて、ボウリングのボールを持ったみたいですよ。でも、ドイツの底力を感じたでしょ?

白ワインはうまかったが。村長はロールキャベツの理不尽に生きることの理不尽を重ね合わせるのだった。

本日の大金言。

食べることは格闘技である。ロールキャベツをなめてはいけない。

          ハイデルベルク城 

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山岸一雄、一人歩きするビッグネーム

 つけ麺の開発者で、池袋大勝軒の創業者・山岸一雄といえば、ラーメン好きなら知らない人はいない、今や伝説上の人物である。

昭和25年(1950年)、長野の中学を卒業後、上京。東京大空襲の傷跡が残る昭和26年、「兄貴」と慕っていた従兄弟にくっついてラーメン屋で修業をスタートさせ、その後、一緒に中野で「大勝軒」の暖簾を掲げる。敗戦の焼け跡闇市から戦後の復興への坩堝(るつぼ)のような時代の中で、年齢的には青年というより少年と言った方がいい山岸一雄のラーメン人生の原点である。

その後、昭和36年に「東池袋大勝軒」として暖簾分け、賄食だったつけ麺を「特製もりそば」メニューとして出し、その味に惹かれるファンがどんどん増加し、高度経済成長とともに起きたラーメンブームの波に乗って、一躍その名を全国にとどろかせるようになった。

職人気質と仕事への責任意識が無理を重ねることになったのか、持病の下肢静脈瘤が悪化、厨房に立てなくなり、平成19年3月30日、46年にわたる山岸一雄の「東池袋大勝軒」を閉店した。それは全国的なニュースとなり、閉店を惜しむファンの行列が連日続いたことは記憶に新しい。

その凄まじいラーメン人生は、暖簾分けした「大勝軒」という名前が全国あちこちで見られるようになった現在でも、すっかり消えてしまった戦後の匂いとともに、記憶の底から湯気とともに立ち上ってくるようだ。
あの、頭にタオルを巻き、鋭い目で、一心不乱にラーメン作りに励む姿。「オヤジ」という言葉が似合うその汗の匂いのする巨体。それらは、漂流する「きれい社会」の中で、忘れかけられている姿のはず。

その姿が、突如、埼玉・久喜郊外のショッピングモール「菖蒲モラージュ」3Fフードコートに現れたのだ。「大勝軒」ではなく、「山岸一雄製麺所」という名前で。


            山岸一雄製麺所① 


教えてくれたのは美熟女の村民2号。ちょっとイジワル目で、
「村長、知ってるでしょ? ヤマギシなんとかというラーメンの凄い店がモラージュにできたらしいわよ。行かなくていいのかしら」
し、知らなかった。クヤジイ。

赤羽彦作村長は「ウマズイめんくい村」の村長に就任するずっと以前から、あちこちの「大勝軒」で山岸一雄の味を楽しんできた。
へそ曲がりの村長は「つけ麺」より「ラーメン」のほうが好み。特に味玉のファンである。

ヘルニアのぎっくり腰にムチ打って、駆けつけると、平日だというのに、「20分ほどお待ちいただきますが、よろしいでしょうか」という混み具合。
黒と朱色をベースにした店構え。「山岸一雄製麺所」という巨大な看板と、あの頭にタオルを巻いた山岸一雄のシンボル写真がドーンとこっちを見て笑っている。

なぜか村長の胸に去来したのは「とうとうここまで来てしまったのか」という一種痛ましい思いだった。
B級食の勇だったラーメン戦後の復興の底辺から光りを放ったラーメン職人・山岸一雄。それが汗の匂いのしない巨大な記号となって、こちらを見ている。

「いいんじゃないかしら。うまいラーメンを多くの人に味わってもらうんだから。村長はヘン。待たされすぎは嫌だけど」
村民2号は屈託ない。
村長は「ラーメン」(680円)、村民2号は「味玉付きラーメン」(780円)。


         山岸一雄製麺所③ 


たぶん魚粉も入れているのだろう豚骨魚介系の濁ったスープ。ますはひと口すする。見た目はギトギトしているが、それほどくどい感じはしない。「大勝軒」のスープとは違って、今人気の「どろっとコッテリ」した感触。細い縮れ麺はシャキッとしていて歯ごたえがいい。豚ばら肉のチャーシューは柔らかめ。シナチクはない。ナルトが彩りを添えている。

「うまい。ラードとか背油も入っているみたいね。村長はどう?」
「今はやりのラーメン人気店の要素をシンプルを装いつつ全部入れた味って感じだなあ。味玉は確かにうまい。でも、これが本当に山岸一雄の理想のラーメンなのか? 村長はどこか違う感じがするよ」

山岸一雄の巨大な写真に背を向けて、村長はトボトボとフードコートを後にするのだった。


本日の大金言。

山岸一雄とカーネル・サンダース、敗戦国と戦勝国の未来は味わい深い。

北千住、味噌タンメンの妖しい夜

 北千住といえば、尾崎豊「最後の聖地」でもあり、ビートたけしの実家も近い。駅周辺の再開発で、モダンな丸井が出現し、ルミネがきらめき、ここ十年くらいで「若いおしゃれな街」に生まれ変わった、かのように見える。悪い事ではない。

しかし、一歩老舗の居酒屋「永見」の方向へ入ると、途端に猥雑で艶めかしい「あの昔ながらの北千住」が生きている。細い路地には居酒屋が暖簾を競い合い、今や死語となりつつあるピンサロだってある。客引きもいる。まるで、タイムマシンで戦後の闇市時代から昭和40年代の世界に紛れ込んでしまったような錯覚に陥る。

これだ、これだ。赤羽彦作村長はルーツの一つである北千住を久しぶりに歩きながら、仙腸関節あたりが懐かしく疼くのを感じるのだった。腰痛ヘルニアさえなかったら、10軒はハシゴしたい。ハリウッドだって行きたい。福富太郎さんにだって会いたい。あまり関係ないが、村長はその昔、福富太郎さんの担当編集者だったのである。

その北千住がラーメン激戦区になっている。駅前であの「手打ちラーメン 珍来」がチラシを配っていた。創業84年の珍来がチラシを配っている。「本券持参でジャンボ餃子3個無料!」。「丸井の中には「青葉」が入っているし、「空海」も競っている。

彦作村長は駅ビルを背に、商店街を日光街道の方向へヨボヨボと歩いて行った。目的は「蔵味噌屋」である。味噌を前面に押し出した「味噌タンメン」を食いたくなったからだ。2年ほど前にオープン、あっという間に北千住の人気店になった店だ。半年ぶりの味噌タンメン。


         北千住・蔵味噌屋 


テーブル席とカウンター席があるが、カウンター好きの村長は、ちょこんと座ると、「味噌タンメン」(690円)を注文した。ガッツリとあっさりがあり、村長はあっさりを選んだ。細ちじれ麺が好みなのである。

ちなみにガッツリは極太麺で濃厚とんこつスープ。麺の量は大・中・小の中から「中」を選んだ。大でも小でも値段は同じ。
味噌ラーメンとは言わずに味噌タンメンというところにかなりのこだわりを持っているのではないか。

「味噌は赤味噌2種類と白味噌1種類をブレンドして使ってます。すりごまと練りごまも入れてじっくり作っているので、旨味が違います」と店員さん。

タンメンというだけあって野菜がどっかりと載っている。もやしの合間にニンジン、タマネギ、小松菜、きくらげあたりが顔を出し、豚肉も「オレを忘れないでくれよ」と流し目を送ってくる。確かにあっさりとしているが、何とも言えない深い味噌のハーモニーが口中の粘膜に一夜の愛をささやきかけてくる。(何という文学的な表現だろう?我ながら呆れる)。

麺は細麺とはいうものの、結構太い。これで細麺なら極太麺はどのくらいの太さなのか、つい心配になるほど。札幌の西山ラーメンくらいはある。しかし、その縮れ具合と歯ごたえの良さは村長の好みである。

味玉(プラス90円)を付けたかったが、ビンボーな村長は「味玉を食べたつもり」で我慢。それでもゴマの香りもする味噌スープを完飲みしてしまった。余計な濃厚がないダシの効いたあっさり味噌味が五臓六腑に染み入ってくる。


          北千住・蔵味噌屋 味噌タンメン 


ビンボーの勝利、なのか。いやそうではない。これは味噌の勝利なのである。ここの味噌の勝利なのだ。村長は仙腸関節のあたりに忘れかけていたパワーが宿ってくるのを感じていた。

「今夜は特別だ。もう一軒ハシゴするぞ」

一人でわめきながら猥雑な北千住の路地裏へと向かっていく赤羽彦作村長の情けない後ろ姿を、チャイニーズの美人客引きの妖しい目がしっかり捕らえていた。大丈夫か、村長・・・。

本日の大金言。

天然味噌があればバイアグラなんていらないぞ。


黒焼きそばは坂本冬美とガガの味?

 「安くてうまくて、ちょっと変わったB級の麺類ある?」
彦作村長の謎かけみたいな、無茶な要求にベコちゃんは百万ドルの笑顔で答えた。
「村長みたいな変なメニューでよかったら、ありますよ」
とある日の夕暮れどき、とある駅前のこじゃれたカフェバー「veco cafe」。
オーナー兼料理人のベコちゃんが妙にきっぱりと言った。

村長みたいな変なメニューという表現は気になるが、待つこと10分。

出てきたのが「黒焼きそば」(680円)だった。イカの墨を使った真っ黒スパゲティは今や定番となっているが、黒い焼きそばは初めてだった。上に目玉焼きがドンと載っている。


         黒焼きそば(ベコの店) 


「何これ?」

「村長、知らないんですか? 遅れてる~(笑い)。東村山が開発したんですよ。イカスミと鹿児島の黒酒をブレンドしたソースを使った焼きそばで、東村山ではすごい人気なんですよ」
とベコちゃん。ベコちゃんはまだ20代で、鹿児島出身のかわいい系。農業大学を出て、得意の料理の腕前を生かして、パートナーと一緒にこの店をオープンさせたやり手でもある。

東村山だとお? お笑い好きの村長の頭に、一瞬、志村けんの顔がぱっと浮かび、東村山音頭が流れた。何ということだ。時代はすっかり変わってしまったようだ。
東村山イコール志村けんではなく、黒焼きそばとは。気を持ち直すのに15秒ほどかかった。

う、うまいっ。意外にもまろやかな甘み。豚肉とキャベツが黒い焼きそばと絡まって、ラードを使っているのだろうか、深い味わいを舌の上で奏でる。音楽に例えると、演歌でなく、民謡でもなく、ロックでもない。坂本冬美と前田敦子とレディ・ガガをミキサーに入れたような味とでもいおうか、かすかなマヨネーズも効いていて、不思議な調和性がある。

「若い人に特に人気があるんですよ。村長はうどんの方が合うと思ったけど、変な人なので、こっちを出したんです。当たり、でしたね(笑い)」

B級グルメという言葉が流行語になったのは、1985、6年ごろから。ライターの田沢竜次が初めて使い、文藝春秋社が「高い料理ばっかり取り上げるメディアの風潮に対して、B級こそが庶民の王道なのだ」という旗を掲げ、B級グルメという言葉がどんどん広まっていった。


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いまでは「Bー1グランプリ」をはじめ、星の数ほどのご当地B級グルメ大会が、町おこしや新しいビジネスとして定着している。これでいいのかB級グルメ、といいたくなるようなチェーン店展開に乗り出している企業もある。

初代B-1グランプリ王者「富士宮焼きそば」は今やB級とはいえない。地元から離れ、全国展開となり、B級をはるかに超えてしまったと思う。それを食べたときの感動、それが隠し味として重要だと思う。黒焼きそばにそれがあるかどうかはまだ不明だが。

本日の大金言。
もともとB級の焼きそばにB級の冠はいらない。


400円の至福、永田町より永野のソバ

 都内でうまい手打ちソバ屋を探すと、まずもり一枚700~1000円は覚悟しなければならない。それに天ぷらをつけたりすると、最低でも1100円~1500円ほどの出費となる。
いまやソバは昔のように銭湯の値段とほぼ同じというわけにはいかなくなってしまった。いいソバを提供しようとすれなするほど、どんどん高級にならざるを得ない、というわけである。

玄そばの価格が高騰しているために、こうなっちゃうんですよ。それでも儲けは出ない。では何で儲けを出しているかというと、酒類とツマミなんです。特に酒類は利幅が大きい。蕎麦屋はこれで何とか持っているんですよ(笑い)」
これは東京・銀座で暖簾を下げている有名店の店主の内緒話である。

「昔そこそこ、今ビンボー」な赤羽彦作村長にとって、こうした傾向は悲しすぎる。うまいソバがB級麺グルメの守備範囲を超えて、高級料理への道を歩んでしまったら、「ウマズイめんくい村」の財政はひっ迫し、ギリシャのように破たん同然になってしまう。美熟女の村民2号も闘病中の村犬チャイも失業してしまう! 村長も腰痛ヘルニアを抱えながら出稼ぎに出なければならなくなってしまう。そんなのヤダ。

突然、文吾ジイが寅さんみたいにフラリとやってきた。まだ日が高いというのに酔っぱらっているみたい。誰も聞いていないのに何かわめいている。

「こんなときに国会は何をやっているんだ。ドジョウに消費税を上げる資格なんてあるのか? そもそも国会議員って必要なのか? 一人あたま諸手当合わせて年間1億円くらいもらっておきながら、それについては削減のサの字も言わずに、何が国民のための政治だ。いいか、政治家の言ってることと実際にやってることをよく見るんだ。野田も小沢も谷垣も国会議員と称する人種は永田町・霞が関利益共同体という意味では同じだ。大手メディアは何をやってるんだい? ちゃんと報道しろー」

あれっ、ソバの話がどっかへ行っちゃった。


         そばの里 永野① 


安くて、うまくて、ソバ本来のポジションを維持している、そんな蕎麦屋はないものか? 
そんなウマズイ難問に答えてくれるのが、いまやソバ通の間でも知られてきている「そばの里永野」だ。栃木インターから20分ほど鹿沼方面に走ったあたりに「永野農産物直売所」とともに「そばの里永野」という旗がヒラヒラ。ここは麻の産地として有名だが、その麻の収穫が終わった7~8月にソバの栽培を始める。この地元農家の作戦が見事に当たって、一躍永野はソバの産地として関東でも有数の隠れメッカとなった。

彦作村長は約10か月ぶりの賞味。村民2号も小さい胸を膨らませてソバを待つ。エンターテインメント新聞社時代の友人M夫妻も合流しての「ソバ会議」となった。
村長と村民2号は「もりそば」(400円)と野菜天ぷら(200円)を注文。ソバ通のM夫妻は豪快に「五合そば」(1600円)と野菜天ぷら。

ソバがやってきた。永野の玄そば100%の二八蕎麦である。見るからにうまそうな色黒の細切り。つけ汁は甘すぎず辛すぎず。天ぷらも地物でもちろん揚げ立て。


          そばの里永野③ 


「いただきまーす」
しばし無言。いいそばの香りとノドごし。東京なら一枚1000円は取られるのではないか。至福のズズズ時間が流れていく。

まだ午前11時半だというのに座敷は満員。土日しか営業していないというのが難点だが、地元の農家のおばさんたちの手間ひまを考えるとそれもやむを得ない。外で待ってる人もいる。
永野のソバのうまさの秘密の一つが水。ミネラル分の多い地下の天然水を使っているのだ。

「これだ、これだ」
「これよ、これよ」

うまいソバに言葉はいらない。ビンボーなB級ソバ好きの胃袋に「400円の至福」が天使のように舞い降りてくるのだった。


本日の大金言。

幸せは永田町より永野村に埋まっている。

             ソバの里永野② 

パリのトイレで日本のトイレを考える

 EUは経済危機で大揺れだが、パリを歩きながら、赤羽彦作村長の関心事は別のところにあった。日本のトイレ危機、である。

よく考えてみてほしい。人間も他の生き物と同様に、食べたものを排泄する。

それなのに、食べものの結果については、ほとんど無関心である。うれしい入口問題と悲しい出口問題。

テレビを見ても、雑誌を見ても、食べることへのあくなき欲求は常軌を逸している.。何かが変だ。何かがおかしい。何かが過剰だ。


        パリのビストロ エスカルゴ 



本題に入ることにしよう。いつのまにか、気が付いたら、日本人は「温水便座」が当たり前の生活になってしまった。温かい便座、気持ちのいい温湯。中には小鳥や清流の音の出るトイレまである。

自分で出したものなのに、それをすぐにでも視界から消したい。そのことだけのために当然のごとく、水もじゃんじゃん使う。トイレットペーパーも無尽蔵に使う。

          

一体、いつから日本人はこんなに「恐るべき無自覚大浪費体質」になってしまったんだろう? 少なくとも、80年代半ばくらいまでは、ウォシュレットはこれほどまでには普及していなかった。「もったいない」という言葉も死語にはなっていなかったと思う。

バブルはトイレまで変えてしまった。そして、構造的な不況に突入して、福島の原発事故。にもかかわらず、トイレへの意識はバブルのまま。生き物としての現実感覚がどこかへ消えたしまったようだ。

これらを保証しているのが電気と水であることに思い致せば、今起きている原発事故の問題を、便座から考えてみることも必要ではないか。温水のスイッチを切って、ロダンの考える人、になる。
一日に一回はうーんと唸ってみる。

パリをウロウロ歩き回りながら、感心させられたことが、そのトイレに対する徹底した考え方である。ホテルのトイレやレストラン、デパートのトイレ、どこに入っても、温水など出ないし、便座も冷たい。
この冷たい現実が人間の思い上がりや傲慢を引き留める鍵となるのだ、と思う。

トイレットペーパーなども日本よりもはるかに質素に使っている。「わかってるな。大事に使えよ」と無言の声が聞こえてくるのだ。

         ミュンヘン ホテルのトイレ② 

日本に来た外人が、テレビなどのインタビューに答えて、「日本のトイレはすばらしい。きれいだし、何より温水が出るなんて。ヨーロッパでもアメリカでもありえないよ。クールだ、スーパーだ!」などと感嘆するように話している光景を目にすることも多い。これを額面通りに喜ぶ視聴者も多いかもしれない。

パリは19世紀まで上下水道が整備していない世界でも有数の「クサい街」だった。一般庶民までがオマルに貯めた糞尿を窓から平気で投げていたそう。「ガルディ、ルー!(水に気をつけろ)」と叫んでぶちまける。下を歩いていた人は、一目散に逃げるのが日々の光景だったという。

ハイヒールがパリで生まれたのは、
はこのウンコ回避のための苦肉の策だったという説もあるほど。

こういう歴史があるために、パリは犬の糞に対しても寛容なのだともいえる。そして、トイレに対する考え方も実にシンプルで、余計なものはいらない。電気も水もトイレットペーパーも節約して大事に使う。グルメの都パリは、最も人間臭い出口問題に対しても、感動的なほどシンプルだった。

本日の大金言。

グルメの結果について、冷たい便座から未来を考えること。



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パリの水道水はミョーな味だった

 ヨーロッパはユーロ危機と失業、移民の増加という綱渡り的な状況が続いている。花の都パリもこの流れの真っただ中にいる。彦作村長がパリをほっつき歩いて体感したことは、やはり移民が多いな、ということ。アフリカ系、中東系、アジア系のパリっ子が何気なく生活している。


          DSCN0571.jpg 


ホテルの従業員に聞いたら、
「最近は中国人が多くなっている。中国人は団体でいるからすぐにわかるよ」
そんなことを話していた。
そのことを裏付けるように、そのホテルのロビーには中国語のフィガロが置いてあった
悲しいかな日本語版はなかった。

それでもパリはパリ。ちょっと横道に入ると、犬の糞があったり、たばこの吸い殻が吹き溜まっていたり、落書きが書かれていたりと、実に人間の匂いがする。人間の匂いのする文化、しない文化。19世紀から20世紀にかけてパリが多くの画家や作家、芸術家を生んだのは、こうした人間の匂い、猥雑さと無縁ではないのではないか。


                   パリ・犬の糞 


きれいで清潔な街は確かに気持ちがいいが、そこに人間がいる、という裏付けがないと、ある種の恐ろしさを感じてしまう。「きれいな全体主義」とも「抗生物質至上主義」とでもいおうか、「異色」を認めない社会・・・。

さて、パリの日本食レストラン事情。オペラ座近くのサンタンヌ通りは「日本人レストラン街」として有名だが、ここでも、ちょっとした規制の動きがある。
日本食レストランが増えすぎて、景観や文化をを守ろうとするパリの老舗などが「このままいくと、パリがパリでなくなるし、自分たちの商売があがったりになる」として、出店規制をかけようとしているのだ。

それもこれも世界的な寿司ブームに乗って、80年代には約50店ほどしかなかったパリの日本食レストランが、90年代後半からどんどん増え、今では何と1000店前後にまで膨れ上がっているという事情がある。

その中にはとても日本食とは思えない、まがいものも多く、寿司と言いながら、妙なドンブリが出たり、アジア風のヤキトリとセットになっていたり、ひどいのになると、「スシ」ガ「スジ」と表記されていたりするという。経営者が中国人だったり、料理人や店員も「顔が日本人と区別がつかない」というだけで、修業もせずに、店に出ているケースも多い。

さてさて。ビンボーな彦作村長は腰痛といえども、ポイントでは鼻が利く。ルーブル美術館近くの札幌ラーメン「ひぐま」に入った。ここは経営者が日本人。隣も日本食レストラン「江戸っ子」。
店員は中国人だったが、愛想がいい。

「ナニシマスカ?水タダね。水道水だから。ノミマスカ?」

パリもそうだが、水は有料のミネラルウオーターで、2~3ユーロ取られたりする。それがいきなり「タダ」と言われて村長は仰天。美熟女の村民2号も「大丈夫かしらね」と不安そうな顔。
それを見越したように、店員はニヤリとして「ダイジョウブ。心配しなくても。ボクも飲んでるから」。

ボクも飲んでる?反対に心配になったが、死ぬことはあるまい、そう思って、ハイネッケンビールと一緒に頼んだ。ギョーザとネギチャーシュー、カレーライスも一緒に注文。


           パリ・日本食レストラン(中華) 

ネギチャーシューが圧巻だった。
日本だとせいぜい7~8枚くらいで500~600円くらいはする。それが量はその2倍くらいで、値段は5ユーロほどと安い。しかも1枚が分厚い。味も日本のとそう変わらない。

ギョーザは小ぶりで、香辛料が強め。新宿あたりの台湾料理屋にいるような気分だった。カレーライスもご飯がちょっと違うくらいで、日本のものとほとんど変わりなかった。全体としては満足。パリの「ウマズイ味」だった。

「ひぐま」はパリの日本食の老舗で、パリっ子の評判も良く、日本にはラーメンもあるぞ、と評判を呼んだ店でもある。
最後に、コップの水道水を恐るおそる飲んでみた。ちゃんと飲める。うーむ。

本日の大金言。

お金がないときは、エビアンよりも水道水。

彦作村長、花の都パリへ行く

ビンボーな「 ウマズイめんくい村」赤羽彦作村長の子どものころからの夢の一つが、ヨーロッパ食べ歩きである。
で、行ってきた。その間の苦節骨折は長くなるのでここでは省くことにする。

とりあえず、花の都パリ! 

まだ裕福な頃の村長はある日突然ワインにはまってしまい、分不相応にもワインセラーなど買ってしまい恐ろしいことに、シュバルブラン90とかラターシュ93、マルゴー98などを買い込んで、悦に入っていたりした。
ほとんどビョーキだった。夜中にこっそり起き上がって、グースカ寝ている女房に内緒で、ワインリスト一覧を見ながら、ムフフフ「次はルパンにしようかな」などとこっそり妄想を楽しんでいた。そんな時代もあったのだ。

そんなわけでパリに行ったら、ワイン! フィサンだってジャンジャン飲んでやるぞ、パリで倒れても本望だ! そう思っていたのだが、ツアーの代金だけで村の予算の3分の2ほど使ってしまった。そのため、同行している村民2号に財布を握られ「テーブルワインだけよ」と自宅軟禁並みの規制がかかっていたのだった。

安いビストロでグラスワインの日々。それも悪くはない。パリ到着3日目。洋食にそろそろ飽きてきたころ、オペラ座近くをほっつき歩いていると、サンタンヌ通りに迷い込んだ。ここは日本人ばかりでなく、地元のフランス人にも人気の日本食レストラン街。午後7時過ぎだというのにまだ明るい。

「久しぶりにラーメンでも食うか」と村長。
「私は焼きそばがいいな」と村民2号。

         パリ・日本食レストラン街 かどや 

「KADOYA(かどや)」という外見的にはこじゃれた日本食レストランに入った。お客のほとんどはパリっ子みたい。パリっ子はなんとなく雰囲気でわかる。「わたしはわたし」「オレはオレ」個人主義がプンプン匂っているし、ファッションが地味系のおしゃれ。

おとといパリ在住32年という日本人オヤジガイドに聞いた話が頭をよぎる。

「パリも移民が3割を占め、治安も悪くなっている。パリっ子って、ホントに底意地が悪い。ボクは日本に帰りたい。日本人のような思いやりが欠けているのがパリです。日本人がイメージしているパリは真実ではないんですよ。ちょっと裏道に入ると、たばこの吸い殻が無造作に落ちているし、犬のフンなども平気です。ま、人間的と言えばあまりに人間的ですがね」


「かどや」は予想よりいい味で、結構食えた。「焼きそば」「鶏のから揚げ」、それにグラスで白ワインと赤ワイン。


焼きそばはかなりのボリューム。日本の1.3倍くらいの量。ソースと醤油とオイスターソースがいい具合に絡み合っているようだった。

鶏のから揚げも日本で食べるのとそん色なく、まるで新宿の安い居酒屋のような味。値段もそれぞれ8~4ユーロほどで安め。
ワインも1杯4~5ユーロで、しかも本場の安ワイン。酸化防止剤が入っていないのか、果実味がそのまま沈殿しているようでうまかった。面白いのはビール。ハイネッケンが一本3.5ユーロなのに、日本のビール(アサヒ)は6ユーロ。よく考えると当たり前なのだが、妙に感動してしまった。

         パリ日本食レストラン街  

だけど、この店、トイレはダメ。ひぐまの方がきれいだったわよ」(村民2号)

「ひぐま」というのはパリの老舗の札幌ラーメン屋のこと。パリの日本食レストラン事情については次回をお楽しみに。

あっと驚くトイレ事情についてもいずれ詳しくレポートしよう。パリの出口問題は哲学的だ。


「ウマズイめんくい村」誕生の秘密

 ここで「ウマズイめんくい村」について、ごく簡単にご紹介したい。

少しずつ読んでくれる層が出始めてきたことと、家出した村長の娘が「ウマズイって何? 意味がわからないよー」などとメールしてきたからだ。「意味がわからない?」だと? そう簡単に意味がわかられてたまるか、と返しておこう。

「村長、それは傲慢というものです。村民を増やしたいなら、もう少し丁寧に説明してください! 私だってわからないんだから」
美熟女の村民2号がプリプリし始めた。これは怖いので、少々説明の必要があるのかもなあ。

で、まずはこの村の構成について。村長はもちろん赤羽彦作である。人口は他にホモサピエンス1名(美熟女の村民2号)と犬1匹(アイドル犬チャイ、現在闘病中)。これだけ。少数精鋭だなどと強がりを言っている。ご意見番として文吾ジイもいるが、寅さんみたいでたまにしか顔を見せない。


        赤羽彦作村長② 


村長の赤羽彦作はあの幕末の悪役を一手に引き受けて、
最後は悲惨な目に遭ってしまった会津藩の下級武士が祖先と自称している。真偽のほどは不明。最近までセンセーショナリズム系のエンターテインメント新聞社にいたそう。

そこを振り切って退社。周囲は「なぜだ?」と訝ったが、それにはすぐには言えない様々な理由があるらしい。3.11も一つの切っ掛けになっているそう。「会社ではやるべきことを9割やり終えた。残された時間を自分の本来の仕事に賭けたいということじゃよ。結構、将来を嘱望されたんだがのう」などともほざいているが、こちらも真偽のほどは不明。実態は人材不足で、他になり手がいなかったので、出世できたというのが真相に近いらしい。腰痛ヘルニアに苦しんでいる。

さて、「ウマズイ」とは何か? 「めんくい」については麺類を食するのが大好き、つまり麺食いというのはすぐにわかると思う。「美女が大好き」という意味もあるらしい。ちなみに村民2号も「めんくい」で、柏レイソルの田中順也に熱を上げている。

「ウマズイ」はキーポイントなので、赤羽彦作村長本人にサラッと語ってもらおう。

「最近のグルメブームに違和感を感じてねえ。特にデジタル世代の価値観が優先されるようになって、うまいかまずいか、の二元論が大手を振リ始めていると思う。影響の大きいテレビなどは視聴率を稼がなければいけない悲しいサガを持っていることもあり、派手で、タレントのリアクションもどんどんエスカレートしている。ただうまい、だけではダメで、うわっ、鳥肌が立った! などと平気で演出するようになった。本来のB級グルメはもっと多様な味わい方や反応があるはず。ウマイでもなくマズイでもない。つまり、もっと深く、もっと多様な味や味わい方があってもしかるべき。それをワシはウマズイ領域と名付けることにしたんだよ。もともとラーメン、そば、うどんなどが好きだったこともあり、まずは麺類に関して、ささやかな価値の転換を現場から発信しましょう、そう決意したんです。ウマズイめんくい村通信の編集長兼記者を兼任しているのもその表れなのです。いろんなところに斬り込む予定です。これから、これから。あまり期待せず、少しは期待してほしい。ジャーン、本日はここまで。腰痛とともに去りぬじゃ。杉作、行くぞ!」

杉作なんかいないのに、鞍馬天狗気取りで、ヨタヨタと去って行った。何が何だか、説明を聞いてもよくわからない。

とりあえず、そんなとこ。で、「うまい」でもなく「まずい」でもない「ウマズイ」のうどん屋を最後にご紹介しよう。

それは「うどんの街・加須」の「よしもと」で食った「野菜天ぷらそば」(620円)と「野菜天ぷらうどん」(600円)。


         よしもと・野菜天ぷらそば   


はっきり言って、メチャウマではない、まずくもない。店内には正月でもないのに琴の音が流れ、テーブルと座敷の配置が「あなた、ゆっくりしてっていいのよ」とささやいているようなのだ。開放的な空間がここちよい。トイレもきれい。

つまり、店全体がお客をリラックスさせ、正月に高原にでもいるような気分にさせてくれるのだ。店のおばはんたちも飾り気がない。
うどんは腰の強い加須独特の素朴な手打ち太麺。そばは江戸前風手打ち。どちらも甘辛の汁によく合う。天ぷらはかき揚げとかぼちゃの2種類。天つゆは甘め
「平凡であることの幸せ」を噛みしめてしまう。
ここで昼寝が出来たら、そう思っただけで、「うまい」と「まずい」の二元論的な世界の呪縛から解放されるのだった。

本日の大金言。

「ウマズイ」の世界は、曼荼羅の世界に通じている。





あの伝説のよか楼はいずこへ? 熊谷の新星を発見

「 ウマズイめんくい村」のアイドル犬チャイの続報は、しばらくお預けにしたい。悲しいかな、容体を見守るしかないからだ。

さて、台風一過。むし暑い一日となった。彦作村長と美熟女の村民2号はチャイの回復を祈りながら、埼玉・熊谷に足を延ばした。

知り合いの絵の仲間が「大沢未利子・鈴木美恵子二人展」と題して星川通り「スペースK](℡048・580・7852)で絵画展を開いているからだ。二年ぶりの絵画展とあって、水彩画、油彩画、彫塑など力作ぞろいだった。二人の作風が、便宜上それぞれ「自然派」と「ポエム派」とでも名付けたほうがいいくらい違っているのが面白い。24日まで開催しているので、興味のある人は行ってみてはどうか。たまには宣伝しちゃうのだ。

ところで、本題。そのスペースKの向かい側にあるはずの、あの伝説と言ってもいいくらいのラーメン屋「よか楼」が閉店していたのだった。な、何ということだ!

           熊谷 よか楼外観 

「久しぶりによか楼のラーメンが食える。うれじーいなあ」
村長は朝から興奮気味。村民2号も「ほんとね。絵の後に行きましょ」
と小さい胸を膨らませていた。

村長にとっては約1年ぶりの至福の楽しみのはずだった。
透明であっさりとしていて、何と表現していいのかわからないくらいの奥深くまろやかなしょう油だれのラーメン、そして実にジューシーな餃子。それが、消えてしまったのだ。

あれほど混んでいたラーメン界の伝説の店が消えてしまった。なぜだ!元記者だった彦作村長は、あちこち電話をかけまくってその理由に迫ることにした。
ところが、ごく近いはずのラーメン関係者の口は重い。

「理由はわかりません。とにかく星川通りの店は閉じちゃった。別の店をプロデュースしているという噂もあります。あれだけの店がなぜやめたのか?こっちが教えてほしいくらいですよ」

主人に何があったのか? テレビなどメディアにあまり登場しないことが、逆に本物の証明ともなっていた、そう思っていたのに、目の前に大きな壁が出現したようだった。

肩を落とす村長と村民2号。期待が大きかった分だけ、ガックリ度も倍加する。この状況で昼は何を食えばいいんだ?
そんな二人の乾いた目に、古い一軒家、うどん屋の暖簾が目に入った。

「純手打ちうどん 市くら」

同時に、村長のセンサーがぴくぴく動いた。これは当たりかも!

          熊谷 市くら外観 

座敷に上がって、メニューの中から「鶏葱汁うどん」(580円)を頼むことに。村民2号は「きのこ汁うどん」(580円)。
待つこと15分ほど。

当たりだった。色白のうどんはやや太麺で、コシともっちり感が見事に調和している。

さらに、村長を感動させたのはつけ汁。アツアツで油揚げが惜しげもなく浮いており、鶏肉、葱(ネギ)、シイタケなど具の量がちょうどいい。感心したのは関西風とでも言ったらいいのか、薄口なのにじんわりとコクが口中で広がってくる。そのまろやかみ。関東のうどんのつけ汁は濃口で甘辛が多いのに、まるで違う。麺とつけ汁のバランスが絶妙なのだ。

         熊谷 市くら 

ついつい若い主人に話しかけてしまった。聞いてみると、「ボクで3代目です。オヤジが早く死んだので、自分でいろいろ試行錯誤しながら工夫しました。関西で修業したことはないんですよ。小麦粉も5種類ほどテストして選んだんです。この味とこの麺は工夫のたまものなんです」

トイレがきれいだったことも付け加えておきたい。いい店はトイレでもわかる。暖簾を出るときには「よか楼ショック」は半分ほど消えていた。本日の大金言。

人生、悪いことばかりじゃない。










まさか!村犬チャイを襲ったさらなる苦難

 ここで再び村犬チャイについて書くことをお許しいただきたい。改めてご紹介するまでもなく、チャイは「ウマズイめんくい村」のアイドル犬でもあり、いい加減な村長と美熟女の村民2号の間に入って、癒しの役目も担っている。ときには一緒にうまい麺を食べに車に同乗することもある。その大事なチャイに異変が起きているのだ。

動物病院のヤギ先生の治療のおかげで、順調に回復するものと思っていたのに、世の中はうまくいかない。期待がどんどん裏切られて行くようだった。

腰痛ヘルニアとぶどう膜炎と診断され、ヘルニアの方は運動を控えること、ぶどう膜炎は眼圧を下げる薬を投与することで、快方へ向かっているはずだった。ところが・・・。


         DSCN0853.jpg 


16日土曜から17日日曜にかけて、動きもさらに悪くなり、何よりあれほど旺盛だった食欲がすっかりなくなってしまったのだ。
100歳の老人どころか、100歳の要介護老人になってしまったよう。

まだ11歳(人間の年齢だと60代)だというのにこれはおかしい。大好きな鳥のささみのジャーキーは何とか少しだけ食べるが、それ以外はたとえ1缶130円のドッグフードを上げても食べようとしない。

で、きのう月曜の朝、ヤギ先生のもとに連れていく事にした。
「うーん、おかしいなあ。点滴してから、検査してみましょう」

その結果、腎臓に障害が出始めている、という診断だった。

「この前の数値と比べてみてください。腎機能が悪化してます。ヘルニアとぶどう膜炎だけで食欲がこんなに衰えるはずはないからなあ。このままいくと腎臓が完全にやられてしまうぞ。水はどんどんあげてください。鳥のジャーキーでもなんでもとにかく栄養を摂ることが事が必要です。もし食べなかったら、点滴を続けるしかない。様子を見ておかしかったら直ぐに連れてきてください」
いつもはアバウトそうなヤギ先生の目は真剣そのものだった。

そして、目をこすらないようにと、エリザベスを取り付けられて、点滴のためかちょっと元気になったチャイは村に帰ってきたのだった。
チャイの異常事態は、スタートしたばかりの「ウマズイめんくい村」の危機でもあった。 


         ちゃい 闘病中

冷やし中華はバブル以降ひと夏の愛人なのか?

 梅雨だというのに昨日、今日と夏日。一体、どうしちゃったんだろう? 天候まで異変続きとは。

東日本大震災を契機として、日本列島周辺が変だ。1000年に一度の地殻変動どころか数万年に一度くらいの巨大地殻変動が日本列島周辺のプレート沿いに起きているんじゃないのか? あまり深刻に考えたくはないが、小松左京の「日本沈没」が何やら絵空事とは思えなくなってきている。

SF的に空想の羽根を伸ばすと、太陽系自体が大きな変動期に入っているかもしれない。太陽の黒点の動きも気になる。約70億人に膨れ上がった地球上の人類はどう対応すればいいのか? 策はあるのか? テーブルの下で足を蹴りあっている場合ではない。というのはわかっていても、原発の問題さえ何一つ解決できないのに、もっと巨大な危機への対策など想像すらできない、想像したとしてもどうしたらいいの? 何か策でもあったら教えてほしいよ。これが現実とはいえあまりに悲しすぎる現実である。

政治や経済や社会がおかしくなってきたのも、この大きな地殻変動と無関係ではないと思う。

テレビで永田町のドタバタ劇を見ていると、原点であるはずの国会議員の削減がどこかへ消えてしまっている。いくら「消費税増税は国家国民のため」と声高に言っても、反対に「今は増税をやる時ではない」と言っても、自分たちの既得権益については1ミリも譲らないという本音が見え見え。それもこれも最後は選んだ国民が悪い、ということになるのか?

きれいごとを声高に言い始めた時こそ危険だ、というのは歴史の教訓でもあるのに、メディアも含めてニワトリ化している。官僚もそのあたりの急所はちゃんと知っているので、巨大な闇と化している既得権益にアグラをかいているにちがいない。知らぬは国民ばかりなり、ってかあ?

あ、脱線してしまった。今回は夏の定番「冷やし中華」である。最近ではあの大勝軒の山岸一雄が創作したといわれる「つけ麺」に夏の暫定王座を奪われ、山形が発祥といわれる冷やしラーメンにも猛追を受けている。

          ごまだれ 冷やし中華② 

冷やし中華のルーツについては諸説あるが、ラーメンと同じように中国人が日本の熱くてジメッとした気候に合わせて発明したというのは大筋で間違っていないと思う。
 
昭和12年に「仙台支那ソバ同業組合」が七夕の観光客を増やすために作ったという説や、東京・神田の揚子江菜館が最初という説など実にさまざまで、まるで迷路だ。

さて、関東の冷やし中華の定番はきゅうり、ハム、チャーシュー、卵焼きを細切りにして、冷水にくぐらせた麺の上に載せ、タレは甘酢で合わせたしょうゆダレ。店によってはモヤシや鶏肉、ゆで卵などを加えたりもする。

昭和50年代あたりまでは、夏はしょうゆダレの冷やし中華と相場が決まっていたが、最近ではゴマダレ人気が高い。

「トコロテンの酢醤油みたいで、あの味がうまかったのは、日本人が汗水たらして働いてた高度成長時代までだよ。その後プラザ合意以来日本は分不相応に裕福になってしまった。それと同時に日本人の味覚もぜいたくになってしまったんだ。

夏のチャンプだった冷やし中華と冷麦はどんどん日陰へと追いやられ、まあ、何というか、もっとうまい夏のメニューが幅を利かせるようになり、冷やし中華は女房に内緒で楽しむひと夏の愛人になってしまったんだよ。甘酸っぱい恋の思い出になりつつある。冷やし中華を見るとバブル以降の日本人の驕りがわかる。冷やし中華好きとしては悲しい流れだがね」(文吾ジイ)

最近あるフードコートで気が付いたこと。冷やし中華が630円なのに、つけ麺が680円。なんでこうなるの? 中身の充実度から言っても、この50円の違いは納得がいかない。消費税10%の中身以上に不可解だ。

本日の大金言。夏の愛人「冷やし中華」をもっとソバに置くべし。




上州名物・大根そばに完敗

 上州と言えば、赤城おろしとカカア天下。何を隠そう、美熟女の村民2号はこの上州出身である。その桐生にはうどんばかりでなくソバのうまい店が多い。オレ、失礼わたくしめ赤羽彦作村長も桐生周辺のソバ屋はほとんど回ったが、レベルの高さはかなりのものである。栃木といい、群馬といい土壌に恵まれていない土地は、歴史的にソバやうどんの栽培が盛んで、その分、いいソバ屋やうどん屋が多い。

「村長は大根そばってご存知?」と村民2号。
「知っとるよ。大根足の美人がつくるソバだろ?」と苦しい冗談を飛ばす村長。
いきなり大根足の回し蹴りが跳んできた。(10分ほど気絶のため休憩)


         桐生・橘① 


で、桐生郊外のソバ処「橘(たちばな)」の暖簾をくぐることに。村長はきのこ好きなので、キノコ汁そば(893円)を注文。村民2号は「もちろん大根そばに決まってます」。


ここは手打ちうどんも看板の一つで、ざるうどん(578円)、天ざるうどん(並1050円)という値段設定。

待つことしばし。腰痛に悩む村長はその間、腰を丸めて地酒赤城山を冷やでちびりちびり。赤城山は辛口だが、芳醇と淡麗がほどよく融合していて、好みの酒でもある。

江戸前のように細打ちのソバが来た。そば粉は北海道の玄そばを使っているという。二八ソバである。まず、そのまま食してみる。シャキッとした腰が気持ちいい。

「私はこの店が好み。門構えも平屋造りで、テーブル席、小上がり、奥座敷と揃っていて、古民家のような雰囲気で、なんだかホッとする。地元の人が太鼓判を押す店よ」と村民2号。

村長はキノコ汁にソバをつけて勢いよくすする。たぶんカツオと昆布で取ったダシとキノコが甘辛く、ほどの良い味わい。赤城山でほろ酔い気分の村長がふと目の前を見ると、村民2号が大根そばを「ひと口、食べてみて」と誘惑。うーむ。

        桐生・橘③大根そば 


う、うまい! 細切りにした大根とソバが2対8くらいの割合で合わされている。つけ汁でズズっとすすると、大根とソバの香りが口中で広がり、高原にでも迷い込んだような清涼感がここちよい。村長にとっては実は初めての大根そば。

「どう? いつも大根そばをあんなのソバじゃないって言ってたけど、これまでの暴言を取り消しますか?」
赤城おろしそっくりの口撃。ぐやじい。

「大根そばって、もともとは上州の中でも館林名物なんですよ。歴史的にはとても古くて江戸中期の料理本にも登場しているくらい。佐野周辺でも昔はよく食べたらしい。昭和の40年ころまでは大晦日にはこの大根ソバで厄落としをしたんですよ。村長も厄落としがまだ済んでないようだから、もう一枚いかが?」

一説によると、ソバを節約するために大根を合わせたともいわれる。細切りにしたソバと細切りにした大根を湯にくぐらせ、冷水でシャキッとさせるのがコツとか。貧しい食文化を知恵でひっくり返す。このは発想が今の日本には必要かもな。大根ソバ、恐るべし。

本日の大金言。大根を笑うものは大根足に泣かされる。


佐野ラーメンの不思議な奥深さについて

 関東のラーメン王国、あの佐野市に足を延ばした。

「ウマズイめんくい村」通信としては、ここははずせない。昭和の初めに中国人がこの地に「宝来軒」(今でも人気店)を開いたのが始まりで、今では200軒以上のラーメン屋が味を競っている。

青竹で打つ独特の平打ち縮れ麺は、腰があり、歯ごたえがある。硬めの腰から、「三井」のように、ワンタンかと思えるほど、ふわっとした腰の麺まで幅広い。

赤羽彦作村長兼編集長兼記者は、実はこの佐野ラーメンが喜多方ラーメンと同じくらい好きである。

透き通った鶏ガラのスープと平打ちの縮れ麺、それにナルトがのっかったさり気ない姿は、シンプルだが、それゆえに絵になり、奥の深さを感じ取ってしまう。「秘すれば花」という日本文化の伝統をラーメン分野で引き継いでいるのではないか?(おいおい、どうしちゃったんだい?熱でもあるんじゃないのか?)

佐野ラーメンのうまさの秘密は、あの喜多方ラーメンと共通しているのだが、水!にもある。水についてはテーマが大きすぎるので別の機会に追跡取材することにする。これは約束だ。

でだ、村長は缶ビールを飲みながらふらふらと、とある一軒に入った。紺地に白抜きの文字で「らーめん大金」という暖簾が下がっている

いい店は佇まいである程度わかる。これは、昔あの名コック周富徳に取材したときに、彼が「いいコックというのはね、立ち姿でわかるんですよ。きりっとしていて、自然体で隙がない。いいコックの条件なんですよ。店も同じです。佇まいである程度わかる」。その言葉は至言だと思う。

「いらっしゃい!」威勢のいい声が飛び込んできた。奥に大将らしき人がいて、若い店員さんが5~6人テキパキと働いている。これだこれだ。店内は実にこぎれい。いい店の条件クリア。

ラーメン(550円)と餃子を注文した。餃子は5個入り(400円)と3個入り(240円)があるが、村長はビンボーなので3個入りにした。待つこと10分ほど。

             
            佐野・大金ラーメン① 

まずラーメン。塩ラーメンではないかと思うくらい、見事な透明感あふれるスープ。どんぶり半分が隠れてしまいそうなほど大きいチャーシューがのっかっている。ナルト、メンマ、きざみネギも「わたしもここにいますどえ」と控えている。これだこれだ、と村長。 

スープをひと口。あっさりしていて、一瞬、物足りなさを覚えたが、次第にじんわりとしたコクと深みが口中に広がってきた。うむむ。そのスープをからめ取るように、腰のしっかりした平打ち縮れ麺が、つるりとした触感と歯ごたえとともにノドを通って胃袋へと降りていく。

気が付くとあっという間にスープまで完食してしまった。チャーシューはやや固めだが、それが逆にいい歯ごたえとなっている。こってり系のラーメン好きには物足りないかもしれない。しかし、このあっさりした奥行きのあるコクが、村長にとっては「マル!」なのである。

大将はあの名店「おぐら屋」で修業をして、自分の新しさを入れて、この「大金」(おおがね)を開いたそう。
餃子についてもレポートしたい。佐野ラーメンには餃子のうまい店も多い。ラーメンよりも餃子のうまい店もある。

この「大金」の餃子は、村長が食べた中でも上位10傑に入るうまさだった。表面の焦げ目がパリッとしていて、皮全体がもちっとしている。具は野菜が多く、よく練られている。自然な甘みがありジューシー。一つが大きいので3個入りで十分。     

           佐野ラーメン③
 

ラーメンが500円代で、餃子も内容に比して安めに抑えているのも気に入った。トイレが清潔だったことも添えておきたい。

で、本日の大金言。

いいラーメン屋はトイレもきれいである。

危機一髪、村犬チャイの苦難はつづく

 「眼圧が異常に高くなっています。場合によっては手術か、最悪の場合は左目の摘出も考えなければなりません」

動物病院のヤギ先生のひと言にショックを受けた赤羽彦作村長。ヤギ先生はきっと名医に違いない。顔はヤギみたいな変な顔だが、心は動物に対する愛情で一杯にちがいない。まさか金儲けで動物病院を運営しているなんてことはないだろうね。この際だから、ヤギ先生を信じよう。

世の中に完全な絶望はない。ヤギ先生はちゃんと次の言葉を用意していた。

「眼圧を下げる薬を出します。朝と夜の2回、目に点してください。これでもし下がる兆候が出たなら、手術しなくてもすむかもしれません。また明日、チャイ君を連れてきてください。それである程度わかりますから」

         病気のチャイ 
                
100歳の老人のようになってしまった村犬チャイ。眼圧のためか左目がかなり飛び出していて、しかも充血している。ぶどうの実のように白く薄い膜がかかっている。

つい先日までは、優秀な村犬として村長とともに、あちらこちら走って回って、うまいうどん屋や蕎麦屋、ラーメン屋の情報を嗅ぎまわっていたというのに。神様、いつもお賽銭を入れている神様、どうかチャイをお救いください。村長と美熟女の」村民2号は近くの神社にお参りに行くことも忘れなかった。

次の日、村長はチャイ君を車に乗せて、ヤギ先生のもとへ。

「さて、どうかな?」

ヤギ先生がチャイの目に麻酔を点し、眼圧を計る。見た目にはチャイの左目は同じようだ。痛々しい。
「ん? うーむ、おおっ」
ヤギ先生、もったいぶらないで、どうなのか、はやく言ってください。

「下がっとる、下がっとる。村長、ほら見てごらんなさい。45あったのが、33に下がっとるでしょ。手術しなくて済むかもしれません。よかったですね。でもですよ、視力の回復は残念ですが期待できないでしょう。これはある程度仕方のない事です」

最悪の事態を脱出しただけでも、とりあえずはよかった。神様、感謝したします。お賽銭も忘れないようにします。村民2号も最近とみにペチャンコになってきた胸をそっと撫でおろすのだった。

そんな村長たちを尻目に、チャイがヨロヨロしながら丸椅子にオシッコをしていた。



         DSCN0862.jpg
 

大変だ、村犬チャイの様子がおかしいぞ

今回は麺の話から外れることを許してほしい。なぜなら・・・。

「ウマズイめんくい村」誕生以来の重要メンバーである村犬チャイがここ一か月ほど様子がおかしい。まだ11歳なのに突然のように老け込んでしまったのだ。

最初の兆候は「腰痛」だった。いつもなら朝、犬小屋をのぞくと、すぐに出てくるのに出てこない。どうしたのかな? 上に上がっていた見事な尻尾がダラリと下がっている。いつもなら散歩に出ると、ぐいぐい引っ張っていくのに、よろよろオタオタとまるで100歳の老人のような歩き。ご飯をあげても、食べようとすらしない。よく見ると目も充血している。

「変ねえ。急に年より臭くなってしまったわねえ」と美熟女の村民2号。
「ウマズイめんくい村」の人口は今のところ、村長も入れて人間2名と村犬1匹だけ。その大事な村犬チャイ君がおかしい。
「何だか村長を見てるみたい。腰痛もそっくりだし。でも、村長はまだ食欲ある分だけマシかもね」
何がマシなんだ。

村長は何だか嫌な予感がして、動物病院に連れて行くとこにした。1時間ほど待たされて、診察後、よくしゃべるヤギ院長先生が暗い表情でこう言った。

腰の方はヘルニアですね。まあ、老化でもあります。人間と同じですよ。11歳と言えば人間の年齢では60代ですよ。でもちょっと早すぎますね。しばらく散歩を控えて、様子を見ましょう」

何だ、ただのヘルニアか。大したことない、そう高をくくった村長に、院長先生が深刻な表情で話を続けた。

「問題は左の眼です。眼圧が異常に高くなっています。これは痛いんですよ。目をガンガン殴られているような痛みです。チャイ君はこのままいくと緑内障になってしまう。ぶどう膜炎も併発しています。場合によっては摘出手術ということもあるかもしれません。何とか手術しないで済むように頑張りますが」

村長も頭がガンガンしてくるほどのショックだった。治療代のこともあるが、それ以上に家族同然の村犬チャイがそんな大病にかかっていたとは・・・。チャイ、気づかなくてごめんな。フランスだ、ドイツだとヨーロッパ旅行に10日間も行っていて、遊びほうけてきた村長を許しておくれ。パリのビストロで欲望に駆られてついつい高いワインを飲んでしまった村長を許しておくれ。

村犬チャイの運命やいかに?


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恐るべし、カップめんの実力

本日は、村長が幼少の頃に衝撃を受けた即席めんを取り上げることにする。
とはいえ、即席めんとひと口にいっても銀河系宇宙くらい実に幅広いので、今回はカップめんの不滅の金字塔、あの日清の「カップヌードル」、それだけでは面白くないので安さで勝負の「ヌードル」をピックアップしてのガチンコ対決である。

永田町では国民そっちのけで「消費税増税」がヒートアップしている。何という事だ!

「野田総理は大ばかモンだ。財務省にマインドコントロールされおって、このままじゃ日本はお役人独裁国家になる。旧ソビエトになってしまう。メディアもひどすぎる。このエリートバカ者どもめ、カップめんでも食って庶民の苦しい台所事情にもう一度立ち返るべきだよ」(赤羽彦作村長談)

で、突然カップめん対決と相成ったのである。

言うまでもない事だが、「カップヌードル」は日本で初めてチキンラーメンを開発したといわれるあの伝説の男、安藤百福が「紙コップで食べれる即席めんがあったらいいね」のひと言が発端となって研究開発、1971年に誕生したもの。

今では世界80か国、累計販売数310億食〈2011年資料)という世界のモンスター食になってしまった。カップめんの元祖なのである。残念なことに、その間、健康被害問題などさまざまな波に襲われた。その問題については、これからもどんどん取り上げていく所存である(エラソーに)。で、今回。

その大横綱に勝負を挑むのは、イオンが開発したプライベートブランド、トップバリュでその名も「ヌードル」である。と勝手にストーリー付けてみた。

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村長が気になったのは、その値段。同じ醤油味のカップめんなのに方や138円、方や88円。もちろん、高い方がカップヌードルである。


たまたまスーパーでの値段がそうなっていたのだが、ビンボーな村長にとっては50円の差はでかい。50円を10回貯めると、500円になるのだ。500円あれば銭湯にも行けるし、安いワインも1本買える!

で、村民2号の美熟女と試食することに。

熱湯で3分。ふたを開けてみるまず見た目。カップヌードルの方が具が多い。村民2号が言う。「やっぱり元祖は値段が高いだけある。うまそう」。

村長が言う。「物事は表面で判断してはいかん。具が多すぎるのはよくない。見た目で飛びつくから、塩谷何がしみたいのがはびこるんだ。富永愛までダマされおって、村長はがっかりだよ」。

「村長って富永愛ファンだったものね。見た目でだまされているのはどこのどなた?」


ぐやじい。で、ひと口。「カップヌードル」の濃厚なこってり味にまず唸った。次に「ヌードル」。味が薄い。物足りない。そう思ったことを正直に書いてしまおう。

ところがだ、二箸、三箸と進むにつれて、情勢は変わってきた。「カップヌードル」の味の濃さが嫌味になってきたのだ。反対に「ヌードル」の味の薄さが、柔らかい奥行に感じられてきた。

な、なんなんだ、これは? 例えて言うと関東風味付けと関西風味付けの違いとでも言ったらいいのか。

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ま、好みの問題でもあるが、村長は「ヌードル」に1票入れることに。マニアの間で「謎肉」と言われる具の肉についても、どちらも正体は不明だが、味わいでは「ヌードル」の方がまろやかで甘みもあり、固めでチャーシュー仕立ての「カップヌードル」よりうまい、と思った。

村民2号も、「私もヌードルに軍配をあげちゃう。50円も安いのもいい。ビンボー人に対する愛情を感じる」ですと。ヌードルだけにヌードになっちゃおうかしら。

美熟女でもある村民2号だが、それだけはやめてほしい。村長は必死になって押しとどめたのだが。

これが極楽か? 梅雨入りにうどんとアジサイ

とうとう 関東地方も梅雨入りした。梅雨時は憂鬱という人は多い。何を隠そう、村長も梅雨は好きじゃない。しかし、激務の組織を離れ、ウマズイめんくい村の村長に就任してからは、少しずつ考えが変わりつつある。

美熟女の村民2号の極秘情報で、埼玉・鴻巣の郊外にうどんのいい店がある、というのだ。そこは「花久の里」といって、5年ほど前に「花と音楽の里かわさと」いうキャッチフレーズでできたそうな。村民2号は花も大好きで、その昔は絵を描きかき花屋でバイトしていたこともあるほど。村長には内緒でときどき息抜きに友達と遊びに行ったりしていたとか。

で、今回、いつもは元気な村長が憂鬱そうだったので、「いかが?」と誘ってくれたのだ。
埼玉県民でもここを知らない人は多いそう。行ってみて、驚いた。古民家の作りで、庭園も広く花がほどよく植えられている。いい風情である。梅雨のおかげで花がとてもきれいだ。
花は梅雨が好きなんじゃのう。生き生きしている。村長は梅雨は梅雨でもうどんのツユのほうが好きじゃが〈このダジャレかなり苦しい)。
うどん屋「花音里うどん」は建物の奥にあった。広い座敷に中庭がクールクルである。白いアジサイのけなげさが村長のボロボロになった心に染み入ってくる。


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注文したのは「田舎汁もりうどん天ぷら付」(700円)。村民2号は村の金欠財政を心配しているのか、ちと安い「もりうどん天ぷら付」(600円)を注文した。
これが、かなりの満足度だった。まずうどん。かなりの太麺で少々色黒、地粉を使っていて、腰が強く、実に素朴な味だ。汁は甘すぎず辛すぎずでやや濃厚。それが麺とほどよく調和している。村長が頼んだ田舎汁はナス、ネギ、しいたけ、鶏肉を油でいためて汁に合わせたもの。これが実にいい。関東の穴場を発見した気分だぜよ。

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天ぷらをもう少しカラッと揚げたらもっといいのだが、それはぜいたくというものか。うどんの量が多めなので、天ぷら付だと少食の人には「腹十二分」となるかも。もりうどんは500円。

かなりの満足感でお腹をさする村長だったが、ふと中庭の雨に濡れるアジサイが目に入った。アジサイに雨はよく似合う。梅雨も悪くはないなあ。ここにいい純米酒と美女が2~3人はべっていたら天国だがなあ。
うっかりそうつぶやいたら、村民2号がキッとにらんでチクリ。「ぜいたくは過ぎると毒ですよ。腰のヘルニアも治ってないくせに」。

人生には晴れの日があれば雨の日もある。地震の日だってある。だから、どうだという事もないが。

村長のチョー質素な食生活公開しますダ

無類の麺類好き赤羽彦作村長だが、たまにはご飯も食べる。本日は箸休めに、ある日の村長の昼メシを公開することにしよう。


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哀しいくらい質素だが、別の視点で見ると、うれしいくらいぜいたくで、村長の満足度は高い。
ちなみに、ストリップではないが、おいおい村長の秘密を明かしていく。麺と同じくらい、いやそれ以上に好きなのが酒!であることなども。特に日本酒、ワインには目がない。というよりも、一時はワインにはまってしまい、全財産の半分をつぎ込んだこともあるくらいだ。
村民2号に大目玉をくらって、今はビンボーになってしまい、安ワインしか飲めないが(ぐすん)。

あ、話が脱線してしまった。昼メシである。

まずご飯は胚芽米に赤米を入れたもの。写真を見てほしい。お赤飯に見えるが、赤米入りである。一度に3合くらい炊いておき、残りはラップで小分けにして、冷凍しておく。必要に応じてチンする。

次にみそ汁は会津産の赤みそを使ったネギ入り。おかずは厚揚げを煮しめたもの。一度にいっぱい作って、それをタッパに入れて冷蔵庫に保存しておくと楽である。

肉みそも同じようにまとめて作っておいたもの。昆布の佃煮はスーパーでかったもの。なすの漬け物は、なすを買ってきて、なす漬の元に漬けたもの。

梅干しは埼玉・越生で買ってきた「訳あり小梅干し」。梅干しは梅干しババア(あ、ごめん)村民2号の大好物。

ま、こんなところかな。平均すると、一食当たり100円ちょっとで済む。金銭的にもいいし、健康にもいい。昔はジャンクフードにはまったこともあるが、その時は精神的にもジェットコースター状態だった。食と心の関係は想像以上に深いつながりがあるかもしれないのう。

安くてうまくて手間ひまがかからない。これが村長のポリシーなんじゃよ。

要はなまけものということかもな?

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讃岐うどんは食の秀吉なのか?

十年ひと昔というが、最近のブームの浮き沈みは猫もびっくりする速さだ。10年前は無名かローカル人気だったのに、あっという間に全国制覇したのは、AKBと讃岐うどんではないか? 

本日取り上げるのは、この讃岐うどんだ。80年代あたりから少しずつ香川県周辺の人気だけだったのに、雑誌やテレビなどのメディアが火をつけ、ブームが広がってきた。
決定的になったのは2002年あたり。はなまるチェーンの全国展開なども大きかった。香川県から飛び出して、県外へ、全国へと広がり、今や首都圏はもちろん北海道や沖縄にも「讃岐うどん」の旗がう、うどーんとひるがえっている(このダジャレちょっと苦しい)。
讃岐うどん、恐るべし。信長死去の後、あっという間に天下を取った豊臣秀吉みたいだ。庶民に人気があった、というあたりも似ている。

で、じゃ。讃岐うどんの底力の話に移ろう。関東のうどんの街・加須郊外のビバモールに讃岐うどん「うまげな」が殴り込みをかけてきたのは4、5年前になるかのう。天気がいいので村長も久しぶりに行ってみた。

イカ天(110円)と唐揚げ(90円)を小皿にのせ、うどんはかけにしようかぶっかけにしようか迷ったが、金欠なのでかけの小(280円)にした。計480円。



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ここははなまるの別ブランドで、はなまるより値段が少々高い。それでもこの値段。コシと噛みごたえ、ダシのほどよいまろやかみ。イカ天も唐揚げもちょうど揚げ立てだったこともあり満足度は高い。

加須うどんの立場がなくなるんじゃないか?
 

つい心配する村長に、隣の「昨日美女」村民2号がチクリとつぶやいた。

「でも、ショウガとネギをもっと出してほしいわよ。それと卵の天ぷらは絶対欲しい」

秀吉の天下は15年ほど続き、家康に取って代わられたので、讃岐うどん=秀吉説はちと苦しい。はなまるとしては徳川の天下を目指しているかも。たぬきとさぬき、案外近いかもしれんのう。



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奥会津のそばの奥は深すぎる

6月6日が「ムムの日」であることを知ってる人はほとんどいない。村長が作った日だからのう。自分の足元をムムとつぶやいて、じっくり見つめ直す日。特に福島の原発事故以来、日本はどこか狂っとる。だから、ムムの日が大事なんじゃよ。

で、その日にふさわしい蕎麦屋を発見してしまった。加須はうどんばかりではない。とっかかりは村民、いや村犬のチャイ君が聞きつけてきた情報である。
はあはあベロで「村長、いい蕎麦屋がありますワン」
「ふむふむ」とワシ。
「藤の花でも少々知られている騎西町にある山福という店ですワン」

        加須・山福外観
 

で、行ってみた。玉敷神社近くの住宅街の一角。純手打ち「山福」という旗がはためいている。入ると、畳敷きの和室に見事な1枚板の和テーブルが4つ。こじんまりと清楚な風情。玄そばは奥会津矢の原高原の霧下蕎麦を使っているとか。

それを自家製粉石臼で何度も引いているというかなりのこだわりよう。
で、だ。金欠病の村長はメニューの中から、財布と満足度をあれこれ勘案して、野菜天ぷらセット1000円を頼んだ。
まず、そば。二八そばである。つゆに付けずにひと口。むむむ。いいそばの条件である香りとシャキッとしたのど越しが口中に涼風を運んできた。掛け値なくうまい。だし汁も甘くもなく辛くもなくまろやか。

「そばは一番粉だけを使ってるんですよ」と女店主。「塩で食べてもうまいですよ」

水は奥会津まで行って天然水を汲んでくるとか。さり気なくこだわりを話す。

他にメニューは盛りそば1枚700円。きのこ汁セット950円など。加須だけにうどんもある。
奥会津のそばを看板にしているだけに、季節限定の山菜やきのこ類の天ぷら、小どんぶりもある。
こんな目立たない場所にこんないい蕎麦屋があるとは、正直仰天だ。日本の食職人はまだちゃんと生きている。

そう確信して、村長はよろよろと山福を後にしたのだった。

        加須・山福野菜天もり

福中の「なすいためうどん」は訳ありの熟女

B級グルメの村長が「上を向いて歩こう」を口ずさみながら今回ワラジを脱いだのは、北埼玉のうどんの街・加須市内にある「福中」である。

福中 店舗


不動ヶ岡不動尊から旧図書館の方へぶらりと歩いて5分ほど、車一台がやっと通れるくらいの細い横道に入ると、左手の奥まったところに紺地に白抜きで「手打ちうどん 福中」と暖簾が下がっている。

加須市には「手打ちうどん会」という親睦団体があって24店ほどが加盟している。「久下屋脩兵衛」「子亀」など比較的有名店が加盟しているが、なぜか「福中」は加盟していない。
ところが、である。地元のうどん好きにこの「福中」が人気なのである

「なんつっても福中だっぺよー。
50年くらいの歴史しかないがよー、とにかくうめえんだ。土日なんか入れなくなることも多いよ。だまされたと思って、なすいためうどんを食ってみなよ」。
で、中に入ると、建て替えたのか、店内はこぎれいである。メニューは至ってシンプル。「うどん500円」「大盛り+100円」などと何品か書いてあるだけ「なすいためうどん 650円」を注文することに。

待つこと10分ほど。出てきたのはどんぶり二つ。ひとつはもりうどん、もう一つには温かいナスいため汁」が7、8分目くらいどーんとはいっている。無神経なくらい豪快である。
麺は太くて腰の強い加須うどんと比較すると、細身でつるっとしていて、ノドごしが実にいい。例えて言うと、訳ありの熟女と田舎家でしっぽり濡れているような気分。汁はダシがよく効いていてかなり甘めで、しかもコクがある。確かにこの味加減は病み付きになる。この甘めが合わない人もいるかもしれない。しかし、村長ははまってしまった。ダシ汁をついつい完飲みしてしまった。へそのあたりを中心に満足感がじんわりと広がる。

お代を払って外に出て、56歩歩いて振り返ると、暖簾の福中が「めでたさも 中くらいかな おらが春」とささやいているようだった。また、上がらせてもらうぜよ。

加須・福中うどん

喜多方ラーメンの底力の秘密

喜多方ラーメンについてさらにレポートしよう。この醤油ベースの素朴なラーメンがなぜおいしいか? 今風のコッテリでも背脂ギトギトでもない。


「やっぱり水だよ。喜多方は水道水ではなく自然の地下水を使っているんです。東京にも進出している坂内でも同じ材料を使っているのに、喜多方で食べると一味違う。喜多方で食べるとおいしさが違う。水が違うんですよ」

ウマズイめんくい村のご意見番・文吾ジイは鼻をひくひくさせて、こう断言する。

さらに、もう一つの隠し味についてもこう講釈を垂れた。鼻毛が2、3本はみ出ている。


醤油だよ。喜多方は江戸の昔から商業が盛んで、会津食文化の一端を担ってきた。いい酒蔵が多いし、醤油屋も江戸中期からの老舗もあり、これがまたいいんだよ。喜多方ラーメンのスープが旨いのもこの醤油の隠れた実力が欠かせない


例えば、「若喜」。喜多方に行くとメーンストリートに見事な蔵造りの建物が建っている。江戸中期から醤油一筋の老舗中の老舗だ。添加物などは使わず、会津産の大豆と自然塩などの素材を土蔵の中でじっくり醸造する。

値段は少々高いが、利き醤油をすると、その何とも言えない旨味に舌鼓を打ちたくなる。
あえていうと、こうした長い歴史と食文化が喜多方ラーメンの底力を支えている。

「そのあたりが今風ラーメンとは一味違うところなんだよ」と文吾ジイ。ドヤ顔というよりドウダ顔の講釈がちょいと鼻につく。その鼻毛、どうにかなりませんか? クヤジイけど、一朝一夕に五臓六腑から「うまい」としみじみ言えるラーメンなど誕生しないのかもしれない。たかがラーメン、されどラーメンてか。


                kitakata-syouyu.jpg 

すいとんは麺類か?

すごいぞ、今回は久喜の埼玉B級グルメ祭りに行ってきた。そこで見つけたのが「すいとん」である。「ウマズイめんくい村」の村長としては、避けて通れない難題にぶち当たってしまった。飯能市が3年前からB級グルメとして編み出した新しい感覚の「すいとん」だ。
60代以上にとってはすいとんは貧しい時代のシンボリックな主食だろう。ところが最近ではヘルシーでおいしい見た目もきれいなメニューとなっている。まるでうどんやラーメンのようで、バリエーションも豊かになってきている。
村長は困った。すいとんは麺なのか麺でないのか、すいとん自身に答えてほしいくらいだ。
しかし、蕎麦がきが麺類だとしたら、すいとんも麺類に入れてもいいんじゃないの? そう主張するのは「サンショウウオ」君だ。サンショウウオ君自身が同じような悩みでバッシングを受けた歴史があるからだ。
すいとんが麺類なら、肉まんや餡まんだって麺類になってしまうよ。アンパンマン君がそう言いだした。
うーん、困った。ぼちぼち軍配を上げてしまおう。ポイントは醤油仕立てのスープ汁だ
麺類に入れてもいいんじゃないか? 麺類の世界を広げるというのもこのブログの狙いの一つだ。
飯能のすいとんはえび、肉、チーズ、野菜なども練り込んでいて「むむむ」と唸りたくなるいい味だった。スープ汁もダシがよく効いていてまるでいいうどんに出会ったようだしかも代金も本日は300円なり。名誉村民の「先日美女」と二人、「うまいねえ」「極楽極楽」などとニンマリしたのだった。  

すいとんB級
                                      久喜 B級グルメ

最近のラーメンは変だ!

最近のラーメンは変だ、そう言ってしまおう。グルメ雑誌や「うまいラーメン屋」などと称するメディアで取り上げられるのは、なぜか今風の黒いお揃いのシャツを着て、なぜかバンダナや手ぬぐい、あるいはキャップをかぶったイケメン君(どうしたわけか髭も必須アイテム)が、2~3人くらいで忙しく働いている。


BGMはなぜかジャズが流れている。どこかニューヨークにでもいるような錯覚を起こしたくなるインテリアと環境。そして、ダシは魚介系とか獣系とかと称して脂ギトギトでこってり。麺も太麺、ラードをいっぱい浮かばせて、仕上げに背脂をどっと入れている。化学調味料もいっぱい使っている。もちろん、すべての店がそうだと言っているわけではない。

さて、赤羽彦作村長は必要以上に脂と化学調味料を使うラーメンのことを「あぶラーメン」と命名することにしよう。もちろん「あぶラーメン」があってもいいし、村長も時々食べたくもなる。そのうえでささやかに声を上げたい。大手メディアの取り上げ方も含めて、「ちょっと行きすぎじゃないのか? そりゃないぜよ」と。

見るからにカロリーが軽く1000キロカロリーは行きそうなくらいの圧巻である。
コレステロールや中性脂肪の多い人には、毒である。「そんな人、相手にしてませんよ。うちはうまいラーメン、病み付きになるラーメンで商売してるんだから」という店主の反応も大体似通っている。

「ラーメンはアートなんですよ」などというラーメン評論家までいる。
ラーメンがここまで到達したことはめでたいことかもしれない。しかし、ラーメンが100円の時代から愛食している赤羽彦作村長としては、どこか違うんじゃないか? ついつい違和感を感じてしまう。

個性的と言いながら、実際のところは非個性なのではないのか。
いつからラーメン屋がこんな似たり寄ったりの今風になっちゃったんだ? しかも一杯の値段が高くなってきていることも気になる。 650円~1000円くらいで、ラーメンは今や高級食になりつつある。ビンボーな村長としてはこれは悲しい。 


まるでAKBだよ。メディアのお囃子に乗って終わりのない踊りを踊る。合言葉は流行を追え。

本物は外側にあるのではない。内側からにじみ出てくるものなんだと思う。今はラーメンの異常ブームがまだ続いている状況。時間がかかるのはわかっている。

玉石混交の中から、きっといいラーメン職人が出てくると思う。内側から出てくる本物の個性的なラーメン屋の出現を待っている。赤信号みんなで渡れば怖くない、じゃなくて、信号のないところを独りで切りひらく。

野球でいうと、野茂とかイチローとかそんなラーメン屋が必ず出てくるはずだ。




下の写真はあの喜多方ラーメンである。ここにはラーメンの原点があるような気がする。「今風」「背脂ギトギト」もない。そんなものがなくても旨いものはうまい! 値段もおしんこ付きで500円だった。村長は歌の世界はまだしもラーメンの世界にAKBはこんなにいっぱいはいらないと思う。



で、ささやかな宣言。「ウマズイめんくい村」通信はメディアに対しても「そりゃ変だよ」と言っちゃうことにする。(拍手、爆笑)。



       喜多方ラーメン
プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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