うどんの街で行列のできる中華そば屋

 彦作村長の大好きなタレントの一人、ダニエル・カールの講演を聞いた後、うどんの街・加須市をぷかぷかドライブしていると、あたり一面田園風景の中に行列のできているラーメン屋が。「中華そば くりの木」という看板。駐車場は満杯。隣が小さな神社で、「これは全国でも珍しい神様が付いているラーメン屋さん」ではないだろうか。ラーメンは行列してまで食べるものではない、というグルメ哲学の持ち主(単なる無精)でもある村長は、あまりの混みように、日を改めてくることにした。

         くりの木① 
         土日は行列ができる

で、平日の昨日、午後1時過ぎ。この時間なら大丈夫だろうと思って、ポンコツ車をぶっ飛ばしてやってきた。さすがに車は少なかった。村長にも神様が付いているのだ。
「執念ね。食べることだけには貪欲で、ホント感心しちゃうわ」
元美女の村民2号がチクリと毒矢を放ってきた。それをするりとかわす。
店内は4人座れるカウンターが対面になっていて、さらに2人用のテーブルが4つ、奥は小上がりになっていて、4人用のテーブルが2つほど。平日の午後1時半近いのに半分以上席が埋まっていた。埼玉でも有数の人気店に上りつめているだけに、店員の応対もきびきびしている。最近はやりの黒いTシャツ姿が輝いている。

         くりの木③  
         見た目はあっさり系だが

村長は定番の「中華そば」(680円)を選んだ。「細麺と太麺、どちらにしますか?」と聞かれ、「もちろん太麺!」。村民2号はトッピングで「味付け半熟卵」(100円)を付けた。
「中華そば」という響きがいい。ここの主人は埼玉の人気店「もちもちの木」で修業したらしい。そのことを店員にさらっと聞いたら「関係ありません」とつれない答え。よほど聞かれるのに閉口しているのだろう。
「もちもちの木」は5年ほど前に本店(白岡)で賞味したことがある。30分ほど待たされて食べたが、透明な香油の膜が布団のように覆っていた。それが売りなのか、あまりに熱すぎて、食べるのに苦労したことを覚えている。

待ち時間は5~6分ほど。「くりの木」の中華そばは見るからにうまそう。いわゆる「節系」といわれるカツオと鯖などの魚介類ととんこつをベースにした醤油スープで、魚介のいい匂いが漂ってくる。よく見ると、表面には多分魚の脂で作った透明な香油が浮いている。焦げたような香りも食欲をそそる。丸い大きなチャーシューと白髪ネギ。穂先メンマと海苔(のり)。

            くりの木⑦  
            飛び込んではいけません

まずはスープ。魚粉も入れているのだろうか、少しトロみもある。熱いが「もちもちの木」ほどの異常な熱さではない。今流行のあっさりとこってりが波状攻撃してくるダブルな味わい。悪くないが、村長には脂が強すぎる。
「イリコとか煮干しが入ってるんじゃないかしら。私は好きな味。麺がもっちりしていて、歯ごたえがいい」
丸太麺は確かにもっちりしていてしっかりした食感。チャーシューはちょうどいい柔らかさのバラ肉。平面で見ると大きいが、厚さはそれほどでもない。あと1ミリ厚いと最高なのだが。

          くりの木⑤ 
          もっちりした太麺
                          kurino.jpg       
                         惜しいチャーシュー 
                          くりの木⑥ 
          穂先メンマ

感心したのはメンマ。柔らかい穂先の部分だけ使っている。これはうまい。
「好みの問題だが、焦がし香油とこってり感が前面に出過ぎではないかな。そのためスープを完飲できなかったよ」
「確かにうまいけど後味がちょっとね。でも、若い人にはウケる味ね。全体的にはうまい。うどんの街で中華そばの旗を揚げるという志も素敵じゃない?」
「でもこれは中華そばではない。ナルトがない中華そばは中華そばとは言えない」
「そんなこと言ってるから、村長は時代に取り残されちゃうのよ。中華そばにも進化する資格があるっていうもんよ」
神様よりエラい女神が締めくくった。



本日の大金言。

おどろ木、まけん木、こん木。たん木、そん木、ひじょうし木。日本は木の国でもある。木をないがしろにすると罰が当たる。


                 くりの木⑨   




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タイムマシンで「明治のどら焼き」を賞味

 老舗の「どら焼き」を幾度か取り上げたが、現在の二枚重ねの形になったのは大正時代に入ってから「上野うさぎや」が考案したと言われる。だが、それまでのどら焼きは一体どんな形をしていたのか?どら焼きファンとしてはその謎を知りたいところ。
「明治の昔のままの一枚皮どら焼き」の存在を知ったのは、約8年前。彦作村長が宮仕えに邁進していたころ。門前仲町・深川不動尊の仲見世にある「梅花亭」で、「元祖どら焼き」「明治のどら焼きを再現しました」という書き文字が見えた。「梅花亭」は霊岸島に本店があり、創業が嘉永6年(1850年)という和菓子の老舗。

          梅花亭① 
          こじんまりとした佇まい

ノレンをくぐってのぞいてみると、確かに一枚皮でまさに「銅鑼(どら)」の形だった。なぜ「どら焼き」というのかすぐに理解できた。5個買い求めて賞味したら、真っ平らな一枚皮の中にやや甘めの粒あんがギッシリと詰まっていた。うさぎやの洗練されたふわふわもっちり感とは違うある種の野暮ったい美味さ。「これが明治のころの(ひょっとして江戸時代も?)どら焼きかア」不思議な気分だった。

                梅花亭① 
        老舗はさりげない

以来、作家先生や取材相手にちょっとした手土産として持っていくと、結構喜ばれた。このブログに書くために久しぶりに「梅花亭」を訪ねた。
「あら、最近お顔が見えなかったけど、お元気でいらした?」
「その節はお世話になりました」
近況などを中心に女将と久しぶりに歓談してから「元祖どら焼き」を5個(1個210円)買い求めた。

         梅花亭② 
         明治のどら焼き

ウマズイめんくい村に帰って、久しぶりの賞味となった。濃いめにこんがり焼けた平べったい形。直径110ミリ。厚さ13ミリ。粒あんがうっすらと見え隠れしている。ハチミツが焦げたようないい匂いがプンと鼻腔をくすぐる。「これだこれだ」ガブリとひと口行くと、やや固めの皮の食感と北海道産の小豆のいい風味が絡み合って口中に広がってくる。濃い味。洗練とは違う明治の文明開化の熱い風を感じる。野暮を承知のどら焼き。口の中で明治の心意気が溶けていく。一瞬だけ明治の雑踏の中にタイムスリップしたような気分に襲われる。

         梅花亭⑨ 
         タイムスリップ!
         梅花亭⑤ 
         ホントのどら焼き

「職人さんがとっくの昔に亡くなっているので、再現には苦労したんですよ。皮の加減がむずかしんですよ。あんこを乗っけて焼くんだけど、その加減がむずかしくて大変だった。一枚一枚手づくりなので、量もそう多くは作れませんからね。でも、昔のどら焼きを知ってもらいたい気持ちも強くて頑張ったんですよ」
女将のけれんみのない話しぶりがよみがえる。

         どら焼き①  
         一枚の中に見事な粒あん

「久しぶりね。私はここのどら焼きが好き。この紙一重の野暮ったさがいい。粒あんの入れ方に感心するわ。昔は本当にこんな形をしてたのね」
村民2号が懐かしげに品評する。

「うさぎやのどら焼きとは全く違うどら焼きで、こちらの方が源流なんだよ。知らない人が見たら、これがどら焼き?って驚くだろうな。日本はどんどん小さくなっているけど、この明治のどら焼きを食べると、何だか元気が出てくるよ」
どら焼き食べて銅鑼を叩く。日本を取り戻すより、心意気を取り戻す。アベノミクスよりアベニドラヤキ、である。


本日の大金言。

明治は遠くなりにけり。昭和も遠くなりにけり。給料も遠くなりにけり。だが、どら焼きは近い。


                 梅花亭③

「究極の親子丼」の味とは?

 「あんなにうまい親子丼は食ったことないぜよ。村長は食べたことあるかい?」
彦作村長のグルメ仲間である柏の仙人が、先日、村長にメールを送ってよこした。東京・茅場町にある「鳥ふじ」である。最近、メディアでも「親子丼の名店」として取り上げられることが多い。
茅場町は秘密ペンクラブのある兜町の隣町。彦作村長は柏の仙人のやや挑発気味のメールに首を振りながら「親子丼の名店に美味い店はないよ。第一値段が高すぎる」とつぶやくのだった。

          鳥ふじ① 
          さ、さ奥へ奥へどうぞ

秘密ペンクラブの会議で地下鉄茅場町駅を降りたとき、小腹がキュンと鳴いた。時計を見ると午後1時20分。会議には少々時間がある。
「そうだ、行ってみるか。柏の仙人の舌を検証してみることにしよう」
売りきれたらその時点で終了、という超人気店だということは聞いていたので、とりあえず電話することにした。一日限定10食の特製親子丼(1400円)はすでになくなっていて、「親子丼」(950円)も残り1食分しか作れないという。ぎりぎりセーフ。応対した女性店員の感じはとてもよかった。
「それでは一つお願いします。あと10分ほどで到着します」

「鳥ふじ」はビルの2階にあった。入り口に「究極の親子丼」という看板。自分で「究極の親子丼」と名乗るからには相当な覚悟と自信があるはずだ。これは当たりかはずれか、多分どっちかしかない。

村長はエンターテインメント新聞社時代に、宝暦10年〈1760年)創業の老舗中の老舗、人形町「玉ひで」で約1時間並んで「元祖親子丼」(1500円)を賞味したことがある。ここはかの石原慎太郎ファミリーが贔屓(ひいき)にしている鳥料理の老舗で、土日などは2時間待ちということもある異常人気店。しかし、美味いにはうまいが、1時間待って1400円払うほどの味とは思えなかった。何よりも「親子丼」のメニューが多すぎる。「白レバ親子丼」や「匠親子丼」は1800円というお値段。価格と満足度が一致しなかった。
その後に入った喫茶店の女将が「あそこは地元の人は行かないよ。あんなに敷居が高くてあんなに待たされるなんてバカみたい」と言ったことが面白かった。

         鳥ふじ③ 
         まずはつくねと柴漬け

「鳥ふじ」の950円はそう安くはないが、問題は内容である。10人ほど座れる白木のカウンターとテーブルが4つほど。店内の雰囲気は和の清楚が隅々まで行き届いて好感が持てる。5、6分ほど待たされてからまず鳥のつくねの小鉢と柴漬けが置かれた。続いて鳥のスープ。「熱いですからお気を付けください」と女性店員。ダシの効いたつくねと柴漬けに感心した。特に柴漬けは絶品。スープは火傷しそうになったほど熱かったが、品のいい味わい。

         鳥ふじ⑤ 
         スキがない

さらに6、7分ほど待たされてから「親子丼」がやってきた。大きめの黒い漆器の丼ぶりに半トロふわふわの見事な卵が雲海のように広がり、その間に間に大きめの鶏肉がごろっごろっと岩肌のように鎮座している。名古屋コーチンの中でも最高級の稲垣牧場の純粋コーチンを使っているという。三つ葉の緑が村長の近眼の目に滲みる。

         鳥ふじ⑧ 
         着色しておりません

黄色というよりオレンジ色に近い「こだわり卵」と鶏肉とご飯を次々と口に運ぶ。割り下はやや甘めでダシがよく効いている。ご飯は固めだが、それは村長の好みでもある。五臓六腑(ごぞうろっぷ)にじんわりとじみこんでくるような自然な味だ。素材から味付けまで添加物を徹底して排除しているというのが理解できる。店主は湯島の老舗「鳥つね」で修業したという。

感心したのはスプーンを置いていないこと。トロトロの親子丼なのにギリギリのバランスで箸だけで食べれる。村長はそこにこの店のこだわりを感じる。卵はおそらく3個ほど使っているのではないか。鶏肉はもも肉と胸肉の両方を使っている。全体として「究極」かどうかはさておき、「見事な親子丼」と言わざるを得ない。完食した後に、どこかから柏の仙人の「オレの言ったとおりだろ?」という声が聞こえてきた。ぐやじい。



本日の大金言。

親子丼は1000円までだと思う。丼ぶりものが江戸の昔からのB級グルメだとしたら、の話だが。


                     鳥ふじ10 

午前中で売れ切れ、奇跡の「いがまんじゅう」

 「村長、北埼玉にすごい生菓子の店があることを知ってますか?」
ある日、グルメでやり手の税理士が、彦作村長が大のあんこマニアであることを知ってか、そんな情報を教えてくれた。しかも、北埼玉のB級グルメの「5番打者」的存在の「いがまんじゅう」が絶品で、早い時間に行かないと売り切れてしまうという。そこの主人が「頑固一徹な和菓子職人」で、手間ひまを惜しまず、納得のいく数だけしか作らないというのだ。これは行かずばなるまい。

           一福③ 
           隠れた名店

ポンコツのマイカーを吹っ飛ばして、彦作村長は、その店に向かった。鴻巣市郊外にある「一福」。この辺一帯には他にも「いがまんじゅう」の店はある。「いがまんじゅう」は鴻巣市や加須市、行田市、羽生市などに古くから伝わる「伝統生菓子」で、まんじゅうをお赤飯で包んだもの。見た目には、お赤飯の握り飯のようで、日本の和菓子の常識からいうと、不思議な和のスイーツである。みのもんたの「秘密のケンミンSHOW」で取り上げられ、そのあまりのお姿と味にスタジオが揺れたほど。まんじゅうをお赤飯で包むという発想自体がクールである。

          一福④ 
          ほとんど売り切れていた

店に着いたのはまだ陽も高い午後1時半。まさか?小さな古い店のケースの中はほとんど空。税理士の言葉が本当だったことにガク然とする村長。「いがまんじゅう」はもちろん「大福」もない。辛うじて、「草大福」が残っていた。そのあまりのデカさ。3個(1個140円)買い求めた。ご主人はかなりの高齢で、一見無愛想だが、その全身からいい職人特有の「頑固さ」が漂っている。
「今度来るときは電話をください。ちゃんと取っとくから」

         一福② 
         貴重ないがまんじゅう

後日、村長の自業自得の空振りを知った税理士が哀れと思ったのか、「いがまんじゅう」(1個150円)と「大福」(1個140円)を届けてくれた。さっそくウマズイめんくい村の村民2号も交えて賞味となった。いがまんじゅうは見事なお赤飯に包まれている。大きさを測ったら、直径8センチ、高さ5センチほど。握り飯くらいの大きさ。村長はこれまで何度かいがまんじゅうを食べたことがあるが、これほどの圧倒的な存在感を感じたことはない。何よりもお赤飯が見事な色つやでささげも福々としていて、その姿は重厚と表現したくなるほど。

          一福④ 
          この圧倒的な存在感

「普通のいがまんじゅうは蒸かしたまんじゅうにお赤飯を付けるくらいですが、ここのはしっかり包んでからさらに蒸すんですよ。つまり二度蒸しするんです。主人はその方が味がなじむと言うんです。ここまで手間ひまをかけてこだわるのがすごいんです」
税理士のウンチクを聞きながら、握り飯のようにがぶりと行く。もちもちしたお赤飯の奥から蒸かし立てのまんじゅうが現れる。北海道産の小豆を使ったこしあんはぎっしりと詰まっていて、しっとりした皮の食感とともに、予想外のハーモニーを生み出す。こしあんは控えめな甘さ。ミスマッチというより「三位一体の怒とうの寄り」でぐいぐいと素朴なうまさを押し出してくる。これまで食べた「いがまんじゅう」には感じなかったうまさ。その本格的で素朴な絶妙に少々感動を覚えてしまった。

         一福⑦ 
         大福でござる
         一福① 
         草大福でござる

「お赤飯には塩が少し入ってて、これだけでもうまいわね。それがまんじゅうのうまさを引きたてている。大福の方はホント素朴な大福餅って感じ。餅は固めでしっかりしているけど、これだけドテッとしてると、好みが別れるわね。大きさは昔の虎ノ門岡埜栄泉の豆大福みたいに巨大だけど、あの柔らかさとまるで違う田舎のお大尽(だいじん)って感じ。一個はとても食えないわ」
「比べるのがおかしいよ。草大福もホントに田舎の素朴な頑固一徹の味で、これだけしっかり作っているのが確かにすごい。村長は大福のつぶあんの方が好みだなあ。でも、いがまんじゅうがやっぱりすごいと思うよ。午前中で売り切れになるというのも納得できる。店主はご高齢だけど、この貴重な味を何とか守ってほしいよ」
村長がアホ顔で言うと、全員いがまんじゅうを口にしたまま、うなずくのだった。



本日の大金言。

手間ひまを惜しまない。この職人技が日本からどんどん失われていく。若い人へのバトンをどうつなぐか?


                    一福① 

デパ地下で見つけた不思議な「揚最中」

 いつものように怪しげな姿で大丸東京店のデパ地下「ほっぺタウン」を散策中に面白い和菓子を発見した。ほっぺタウンは「ウマズイめんくい村」の「領土」(勝手にそう思っている)で、東京駅丸の内駅舎復元に伴って昨年の2012年8月22日に大増床している。弁当売り場がそれまでの32店舗から55店舗に増え、和洋菓子売り場も52店舗から72店舗に増えた。日本有数のデパ地下王国といっていい。

         中里・大丸② 
         さり気ない異端

「揚最中(あげもなか)」という文字。最中を揚げたもの? 目をこすってよく見ると、確かにそう書いてある。以前にはなかった店だ。「駒込 御菓子司 中里」。デパ地下で「御菓子司(おんかしつかさ)」を堂々と名乗るくらいだから相当な店に違いない。スマホで調べてみると、創業明治6年(1874年)の老舗だった。し、知らなかった。「南蛮焼」というどら焼きの変形みたいなものも看板商品らしい。そういえば店の作りも格式を感じさせる。

         中里・大丸③ 
         ホントに最中?

「本当に最中を揚げてるの?」
とマヌケ顔で村長。最中というより、つぶあんを真ん中にして上下から薄いせんべいで挟んだように見える。
「本当です。ゴマ油で揚げてるんですよ。皮はパリッとしていてソフトサラダせんべいみたいな食感です。皮は塩味なので、甘いものは苦手な人でも大丈夫です。秋元康さんとか榮倉奈々さんとかファンも多いんですよ」
ときれいな女店員さん。
最後の一言で、揚最中4個(1個180円)と南蛮焼2個(1個240円)の詰め合わせ(1300円ナリ)を買い求めた。

比較的新しいウケ狙いのお菓子だと思ったが、「揚最中」も「南蛮焼」も3代目鈴木嘉吉が昭和の初期に考案した歴史のあるものだった。しかし、現在までポピュラーになっていないところを見ると、あまりに「おかしなお菓子すぎる」ということでもあると思う。浮いてるお菓子。スベってるお菓子。そのズレ具合は彦作村長の好みでもある。

          中里① 
          揚最中(右)と南蛮焼(左)

ウマズイめんくい村で賞味することにした。「揚最中」は直径55ミリほどできれいなキツネ色。ホントにソフトサラダせんべいのような食感と塩味で、パリパリしている。中のつぶあんはかなり甘め。初めての味と食感にいささか戸惑いを覚える。口中で異種格闘技戦が寝技の応酬を始めたよう。奇妙な美味さ。このユニークさにハマるファンもいるということなのか。

         中里② 
         このユニークさがたまらない
         中里④ 
         最中というよりソフトサラダせんべい

「うまいけど、これで180円はちょっと高いわね。つぶあんも十勝産のいい小豆でしっかり作っているけど、風味が立ってこない。ま、村長みたいな珍しいもの好きにはいいかもしれないけど」
元美女・・・じゃなかった美熟女の村民2号が辛口品評。

         中里⑤ 
         中には宇宙人が?
         中里⑦ 
         独特の食感

「南蛮焼は形はまるでUFOみたいだ。黒糖のどら焼きといったところかな。皮は固めの蒸しパンみたいな食感で、ユニークだよ。中のつぶあんは揚最中のつぶあんと同じでかなり甘い。格式の高い味というより実に庶民的な味だね。洗練とは別の野暮ったい味。そう考えると、1個240円という値段も中途半端な気がする。普通にうまいけど、これだけ滑っていると、逆にシンパシーを感じてしまう。村長のファンでもある猫ひろしとかヒロシを連想してしまったよ」
村長はこのユニークなお菓子を考案した3代目鈴木嘉吉に会いたいと思った。タイムマシンを予約することにしよう。



本日の大金言。

正統と異端。和菓子界にもその二つの流れがあると思う。伝統は異端があって初めて輝く。「揚最中」よ、これからも突っ走ってくれー。


                    中里包み

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まさかの黒糖蒸しパンと甘食

オンボロ車であちらこちら旅していると、意外な発見がある。スコーンと抜けた空の下、ひな人形の街でも知られる埼玉・鴻巣の郊外をドライブ中のこと。花好きの村民2号が「フラワーセンター」を見つけた。花にはまったくと言って興味がない彦作村長だが、泣く子と村民には勝てない。

         オリーブ① 
         発見の楽しみ

ここは花はもちろんのこと農産物直売所やうどん屋などもある。よく見るとラーメン屋もある。その一角に一軒家のパン屋「ベーカリー オリーブ」があった。花を見た後に入ると、すぐにいいパン屋さんだとわかった。「地産地消」を目指して何から何まですべて自家製で、この周辺ではよく知られたパン屋さんであることもわかった。同名のパン屋さんは東京にもあるが、「全然関係ないんですよ。ここ一軒です」(女性店員)という。

フランスパンから菓子パン、サンドイッチ類まで種類は豊富で、いい匂いが充満している。奥には喫茶スペースもあり、コーヒーがお代わり自由で50円というベラボーな安さ。パンの値段も東京のパン屋さんに比べて1~2割は安い。その中に見るからにうまそうな「黒糖蒸しパン」(1個140円)と「甘食(あましょく)」(1個60円)を見つけてしまった。村長はぎっくり腰であることを忘れて小躍りした。

          オリーブ③ 
          わおーん

「蒸しパン」は以前、北千住「伊勢屋」の「黒蒸しパン」をご紹介したが、「これは」という村長の好みに合う蒸しパンはきわめて少ない。ほとんどがカップ蒸しパンで、ふわふわしすぎなのと小ぎれいさを前面に押し出していることが気に食わない。その意味ではどこにでも売っている「ヤマザキの黒糖パン」は長方形でデカくて村長も嫌いではないが、添加物が多すぎるのがあまりにも悲しい。

だが、ここの「黒糖蒸しパン」は違った。添加物はほとんど使っていず、何より、その素朴な手作り感とボリュームが圧倒的だった。干しブドウとクルミが星雲のように散りばめられているのも「マル!」だった。さらに「甘食」。こちらも手づくり感にあふれ、その素朴な存在感に「懐かしさ」が一杯詰まっている。1個60円というのもうれしい。

          黒糖蒸しパン① 
          この圧倒、この手づくり感

「ウマズイめんくい村」に持ち帰ってさっそく賞味することにした。沖縄産の黒糖を使った「黒糖蒸しパン」はどっしりと重量があり、ガブリと行くと、まずもっちり感と黒糖のほんのりと抑制された甘みが押し寄せてくる。そこにゴロッとしたクルミと干しぶどうの食感がスコット・ラファロのベースのように「どうだ、どうだ」とお腹の底から響いてくる。さらにマーガリンを付けてみる。村長は蒸しパンにマーガリンをどっかと付けて食べるのが大好き。むむむむ。こ、これはた、たまらん!

         黒糖蒸しパン② 
         マーガリンをどっかと・・・
         甘食① 
         素朴な甘食

「この素朴な手作り感がいいわね。田舎の蒸しパンって感じ。でも、都会的な私にはちょっと合わないかもよ」
村民2号がほとんど陶酔状態の村長を冷ややかに見ながらつぶやく。
「甘食」は口に入れたとたんミルクの風味が立ち上がってくる。ぎっしりと詰まった、あの昭和の懐かしい味。南蛮菓子の影響を受けて、明治の中ごろに東京で誕生したと言われる甘食だが、村長にとっては幼少のころからの懐かしい味でもある。
「これも素朴な味ね。これで60円は安いと思うわ。あんな関東平野の田園風景の中にこんなパン屋さんがあるなんて、世の中ってホントに広いわね。村長は井の中の蛙だけど」
すでに目が遠い世界へと一人旅し始めた村長を置いて、村民2号がコーヒーを入れ替えに立ち上がった。



本日の大金言。

しっかり作ることと安いことは矛盾しないのかもしれない。うまくて高いは当たり前だが、世の中にはうまくて安いものも確かに存在する。


               オリーブ② 

深川丼はこうでなくっちゃ、という発見

私め、つまり赤羽彦作村長が少し前まで宮仕えしていたのは深川近くの新聞社。情報を売り物にする記者という職業柄、というより単に「探索好き」というサガゆえ、深川一帯にかけてはかなりの情報通になってしまった。特にうまい店については、ガイドブックがいかにアテにならないかを実感させられることが多かった。

                深川丼⑨ 
          久しぶりの深川不動尊!

その最たるものが名物「深川丼」だった。もとももとが深川の漁師めしで、江戸時代から、このあたりの漁師が、ご飯に味噌汁をぶっかけてかっ込む。それがいつの間にか「名物」になり、グルメ本やグルメ番組などメディアに取り上げられ、「美味いドンブリ」として名前が広まっていった。

白状すると、彦作村長は「これは」と感嘆するほどうまい深川丼に出会ったことがない。それ以上に高すぎる。「深川丼」を売り物にする店は多いが、有名店ほど最低でも1500円はする。2000円以上という店もある。考えてみてほしい。もともとはご飯に味噌汁をぶっかけただけの漁師めしである。「なんだこれは?これで1800円もとるの?」何度がっかりさせられたことか。

         深川丼⑧ 
         悪くない店構え

宮仕えを辞してから、約1年ぶりの門前仲町。時間は午後1時半。ある会合に出席する前に深川不動尊の大鳥居をくぐった。宮仕え時代によくしたように100円のお賽銭(おさいせん)で、山のようなお願いごとをしてから、周辺をうろうろすると、新しい小さな店が目に入った。「和食堂 たこ井」という看板。「深川丼 950円」というメニュー。村長は「安くてうまい店」を見つける能力に関しては少々自信がある。他の能力にはまったく自信がないが。店構えから「これは当たりかも」。

「深川丼」という看板を掲げていても、炊き込みご飯だったりすることも多い。入ると、6~7人ほど座れる白木のカウンターとテーブルが一つしかない。食堂というより小料理屋といった雰囲気。白衣に和帽子姿のメガネをかけた正統派料理人(店主)が一人。その立ち姿がよかった。テーブルに腰を下ろして、「ぶっかけ」かどうかを尋ねると、「うちはぶっかけです」。ストライク!平日のためか客は他に女性が一人。有名店「近為」が7~8人ほど並んでいたのと比べて、これはいかにもである。

         深川丼① 
         深川丼である

いい味噌のだし汁の匂いとともに「深川丼」がやってきた。大きめのドンブリにふっくらしたむき身のアサリがゴロッゴロッと鎮座し、賽(さい)の目切りにした豆腐と大根、人参が「ぶっかけ」られている。三つ葉がパラパラ乗っている。普通ならランチで950円は安くはない。しかし、深川丼のあまりの価格高騰を考えると、ここは良心的と言える。見た目は合格。問題は味である。

木のスプーンですくってひと口。イケる。何より出汁がよく効いている。合わせ味噌を溶け込ませただし汁が絶妙で、ふっくらと炊かれた白米とのバランスがいい。そして、深川丼の主役でもあるむき身のアサリの姿がいい。ふっくらとグラマラス。化学調味料の匂いもしない。どんどん食が進んでいく。

        深川丼② 
        これこれ、このぶっかけ

彦作村長がこれまで食べた「深川丼」はひどいものになると、ただのみそ汁としか思えないものをぶっかけたものだったりした。あえて名前は書かないが、有名老舗である。

          深川丼④ 
          アサリと出汁が決め手

「深川丼はアサリと出汁なんですよ。出汁をしっかり取るのは手間がかかるので、それをちゃんとやってるかどうかが決め手だと思います。味噌は合わせが一番です」
と店主がさり気なく言った。
聞くと、山形出身で、今話題のNHK大河ドラマ「八重の桜」が関わることになる同志社出身だという。祖先が会津藩士(足軽)でもある彦作村長とどこかでつながっているかもしれない。それにしても、うまくてリーズナブルな深川丼を山形出身の料理人が作っているとは・・・。東京の下町・深川。本来の深川は上げ底の街ではない。人気に胡坐(あぐら)をかいて「高くてうまくはない深川丼」を平気で出していると、やがて「深い川のドンブリ」になってしまうと心配になってしまった。



本日の大金言。

深川は小津安二郎監督の故郷でもある。傑作「東京物語」の世界はもうどこにもないのか。日本人はどこへ向かっている?


                深川丼⑦ 




浅草セキネ、シューマイの肉汁

 以前、赤羽セキネの肉まんを書いたところ、その記事を読んだ知人から「セキネは肉まんも旨いけど、シューマイも旨いんですよ。崎陽軒のシウマイにも負けませんよ。普通サイズと特大サイズがあるけど、特大の方がおすすめ。今度は浅草の本店に行ってみてくださいよ」とアドバイスを受けた。崎陽軒が「シウマイ」なのに対して、セキネは「シューマイ」。この表現のこだわりに敬意を表したい。

         セキネ1 
         浅草本店

浅草本店は横浜崎陽軒とほぼ同じ頃創業したようだ(崎陽軒は1928年=昭和3年創業)。店に確認したところ「詳しいことはわからないんだよ。おそらく大正末期じゃないかな」というお答え。最初は大衆食堂としてスタートしたようだ。当時の浅草はモダンで流行の最先端の街でもあった。浅草オペラやコメディー一座が人気を呼び、そこからエノケンが生まれ、無声映画トーキー(昭和4年に日本初登場)へとつながっていく。大正ロマンの香りが残る「よき時代」の浅草。「エロ・グロ・ナンセンス」の時代でもある。セキネはそのモダンなごった煮の鍋の底で誕生した。

江戸に出たついでにセキネ浅草本店に足を延ばす。大正ロマンの香りを残す店構え(約6年前に改装)。中に入ると持ち帰り専門(赤羽店も同じ)のため奥行きはない。やや無愛想な女性店員が2人、来客の応対をしていた。特大はすでに売り切れていて、「普通サイズしか残っていません。味は同じですよ」。仕方ないので、10個入り(460円)を買い求めることにした。

         セキネ2 
         特大は売り切れていた

ウマズイめんくい村に帰ってから、賞味となった。包装を解くと、経木(きょうぎ)のフタがしてある。懐かしい経木!木の匂いとともにシューマイの匂いが漂ってきた。シューマイの大きさは崎陽軒の「昔ながらのシウマイ」(15個入り550円)より気持ち大きい。特製醤油だれと練り辛子が付いている。肉まんの時は蒸かしたが、今度は「レンジでチン」することにした。約1分。

          セキネ② 
          包みを解くと・・・
          セキネ⑤ 
          湯上り美女

ポークの甘い匂いがさらに広がる。半透明の薄い皮から透ける肉の塊は湯上り美女のようにほんのりとピンクがかっている。いい雰囲気である。口に運ぶ。豚肉とタマネギしか使っていないという具は甘い食感と歯ごたえで肉汁をじゅわじゅわと押し出してくる。同時に臭みと紙一重の豚肉のいい匂いが鼻腔へと抜けていく。肉まんにも感じた圧倒的な豚肉の存在感。タマネギの甘さが豚肉を盛り立てている。崎陽軒のような干しホタテの風味はない。シューマイのために作られた特製醤油だれは甘めで、練り辛子を付けて食べると、さらにうまさが広がってくるようだ。

         セキネ⑧ 
         肉汁がしたたるよう

驚くほどのうまさではないが、質と価格でも「ホタテの崎陽軒」に対抗できる「肉汁のセキネ」という構図。崎陽軒ほど手広く展開しない分、彦作村長のシンパシーはこちらにある。
「村長の判官びいきね。私は崎陽軒の方が好きだけど、セキネも悪くない。次は特大を買ってきてね」
村民2号が最近肉まんのようになってきたお腹周りをポンポンと叩いて言った。「肉まんも」と言わない分、まだ救いはあるようだ。


本日の大金言。

シューマイとシウマイと焼売。大した違いはない、と言ったら、もうオシュマイである。


                    セキネ① 

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日本橋でレアな「こだわりお茶漬け」

 秘密ペン結社の新年会に出席するために久しぶりに江戸表へ。スタートの午後6時半にはまだ1時間半ほど間があったので、ぶらりぶらりと茅場町から日本橋の丸善方面へ歩いていくと、「山本山本店」の看板が目に入った。ここは元禄元年(1690年)創業という東京でも指折りの老舗だ。海苔とお茶で有名だが、この奥に喫茶室があることを知っている人は意外に少ない。

          山本山① 
          この奥に隠れ家が・・・

彦作村長は以前ここを老舗出版社の敏腕編集者から教えてもらい、「日本橋うさぎやのどらやきと煎茶セット」(350円)を賞味、「こんなところにこんな場所があるとは」と内心驚嘆、その編集者の底知れぬ心配りに舌を巻いたものだった。野点傘(のだてがさ)が置かれたスペースにゆったり座れるテーブルとイス。メニューはそれほど多くはないが、その中にお茶漬けがあったことを覚えていた。

          山本山② 
          ただのお茶漬け?

ちょうど小腹がすいていたのと、生来の食い意地と好奇心がむむむくと湧きあがった。「平日限定 こだわりのお茶漬け」の中から「お茶屋のお茶漬け」(900円)を注文することにした。最高級の海苔(あさくさ)と静岡産の厳選煎茶(清鷹)、それにうめ味の抹茶塩(海人の藻塩)を使った実にシンプルなお茶漬けで、なくなり次第終了というレアもの。「菓子司 長門」の京和菓子もセットになっている。ほうじ茶と冷茶まで付いてくる。これで900円が高いと思うか安いと思うか、判断の別れるところだが、シティーホテルのラウンジのコーヒー1杯が同じくらいの値段ということを考えると、総合的に見て、彦作村長はそれほど高いとは思えない。

          山本山③ 
          おいでやす

10分ほどで着物姿の店員さんがお盆に載った「お茶屋のお茶漬け」を運んできた。日本橋のメーンストリートにかような「超絶した時間の流れ」があろうとはお釈迦様でも知るめえ、知るめえ。しかも、時間が時間ゆえか、お客は1組しかいない。美濃焼の茶碗に炊き立てのご飯(宮城南郷産ささにしき)が盛られ、手で千切られた見事に黒光りした海苔が乗っている。別盛りの抹茶塩を木の匙(さじ)ですくって、パラパラとふりかけ、その上から、熱い「清鷹」を注ぐ。お茶と海苔とうめ味の抹茶塩が茶碗の中で融合し、何とも言えないいい香りが鼻腔から脳の深奥に入り込み、それはオーバーではなく真冬の雪景色が春の新芽の景色へと切り替わるようだ。

          山本山④ 
          シンプルな深み
          山本山⑨ 
          あーん

木の匙で口に運ぶと、シンプルな美味さがストレートに伝わってくる。その奥深さ。来た来た来た。白と黒と緑の小さなドラマチック。脳内劇場の場面転換。半径50センチほどの春の予感の至福。お茶漬けは日本独特の食文化でご飯にお茶をかける食べ方は中国にもないという。平安時代には湯漬けがすでにあり、戦国時代には武士の常食だったともいう。寂しく貧しい即席料理という言い方もできるが、料亭などでは、最後にお茶漬けを出すことも多く、粗食が最高級の食事にもなるという不思議な日本の食文化のシンボルでもある。

          山本山11 
          菓子司のこしあん

そんなうんちくはさておき、小腹に一足早い春を収めてから、「長門の和菓子」に手を伸ばす。甘さを抑えたこしあんが絶妙なうまさ。品のいい味と表現するしかない。冷茶で締める。目を閉じると、ヤポネシアンでよかったとしみじみ思うのだった。



本日の大金言。

たかが茶漬け、されど茶漬け。紙一重の価値観。それを日本橋のど真ん中で味わうのもたまにはいい。


                   山本山13

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170円の絶品もつ煮込みとの遭遇

B級居酒屋好きの彦作村長だが、大宮で驚きの居酒屋に遭遇した。宮仕え時代は北千住や門前仲町、有楽町のガード下などを主に徘徊(はいかい)していたが、大宮の居酒屋はほとんど未知のゾーンだった。それがひょんなことで、東口にある「いづみや本店」のノレンをくぐることになった。

         いずみや① 
         夕方の誘惑

時間は午後5時。大宮駅で降りたものの、友人との待ち合わせに少々時間があり、ふと見ると、放置自転車の海の向こうに、横書きで「いづみや本店」と書かれた巨大な看板が目に入った。それが村長に「おいでおいで」しているではないか。「大衆酒亭・食堂」という文字も見えた。すぐ隣にも同じように「いづみや 第二支店」の看板がある。本店と第二支店。これはかなりのユーモアではないか。これは入るしかない。

ここは大宮では有名な居酒屋で、創業が昭和22年。首都圏には新宿の思い出横丁(通称しょんべん横丁)をはじめ、戦後の焼け跡闇市時代から続く大衆飲み屋街が今もキラ星のごとく存在している。ここも多分その一つだろう。メニューは豊富で、壁には刺身から焼き鳥、コロッケまでズラリと書かれている。ラーメンやカツ丼まである。それらが驚くほど安い。

                いずみや④ 
        おっとっとっと

村長は「名代 もつ煮込み」(170円)と「おでん」(400円)を注文した。170円とは! 目を3度ほどこすってみたが、見間違いではない。姫路の地酒「名城 新酒しぼりたて」(460円)も注文する。〆て1030円ナリ。驚くべきはもう一つ。働いているのが、60年前は美人だったかも?という女性ばかり。数えてみたら6人! なんだかうれしくなってきた。

店内を見渡すと、幅80センチもない狭くてなが~いテーブルが2列、それに4人用とか3人用とかのテーブルもある。見知らぬ者同士が否応もなく隣合ったり、向かい合ったりする造りになっている。全部で50人くらいは入れるだろうか。ある種の大衆居酒屋の原点を見る思いがした。村長は北千住の「大はし」や「永見」が贔屓(ひいき)でたまに行くが、それよりももっと大衆的な匂いが残っている。

         いずみや⑥ 
         驚嘆の170円もつ煮込み

「かわいいね」酔っぱらい客がからかっても、元美女たちはびくともしない。これは凄い居酒屋だ。「もつ煮込み」は小ぶりの器によく煮込んである牛のもつとコンニャクと大根が「年季が違うよ」とでも言いたげに納まっている。輪切りにした新鮮なネギが乗っかっている。ネギに心意気を感じる。これが実に美味い。よく煮込まれたもつは濃厚でトロトロと表現したくなるほど。時間を置くと脂のこってりがわかる。「永見」の煮込み(500円)と比べてもそん色はないどころか上だと思う。

         いずみや⑦ 
         おでんの季節

おでんは関西風の薄味で、こちらは味の浸みこみはそれほどでもない。コンニャク、ちくわ、厚揚げ、さつま揚げ、それに卵という内容。これで400円とはやはり安い。受け皿にこぼれるほど並々と注がれた生しぼりたてをチビリチビリ飲みながら、もつ煮込みを口に運ぶと、孤独な幸せ感がジワリと胃袋から立ち上がってくる。それを繰り返す。おでんのコンニャクで沈殿した汚れを洗う。ふと、BGMが耳に入ってきた。「こんなァ女にィだあれがしたァ」菊池章子の『星の流れに』だった。日本の戦後はまだ生きている。


本日の大金言。

大衆居酒屋。あの大衆はどこに行ってしまったのか?居酒屋の中にその答えがあるということなのか。


                    いずみや⑧

頂点か?上野うさぎやのどらやき

 「どらやき」と言えば「うさぎや」といわれるほど、うさぎやの「どらやき界」に占める立ち位置は他の追従を許さないものがある。二枚重ねの間に餡を挟むという現在の形は、大正3年(1914年)、うさぎやの創業者で初代・谷口喜作が考案したと言われている。それまでのどらやきは二枚ではなく一枚で打楽器の銅鑼(どら)のような形をしていたという。門前仲町の梅花亭が「元祖どら焼き」として売り出しているものはまさにこの形で、明治の頃のペチャンコのどらやきを再現したもの。つぶあんもしっかり入っている。彦作村長はよくこの店に通って、明治のどらやきを楽しんだものだった。

うさぎやは創業者が開いた「上野うさぎや」、ノレン分けした「日本橋うさぎや」、「阿佐ヶ谷うさぎや」と今では3系統あるが、いずれの店も看板商品だけに絶品である。それぞれ微妙に味わいが違うが、全体としてみれば、ほとんど同系と言っていい。添加物を使わず賞味期限が1~2日という点も老舗ゆえのこだわりで、皮といい餡といい絶妙なつくりで、いまだに人気が高いのもうなずける。

          うさぎや① 
          この店構え

彦作村長がふらりと立ち寄ったのは、一番古い「上野うさぎや」。通りを挟んで、松坂屋の斜め向かい側に位置している。コンクリートの打ちっ放しのモダンな店構えに藍染のノレンが下がっていて、お客がひっきりなしに出入りしている。それだけで人気ぶりがわかる。

財政事情がひっ迫している彦作村長は、ゴホンとわざとらしく咳をしてから一番安い箱詰め(どらやき3個、喜作最中3個入り900円)を注文した。どらやきは単品でも買えるが(1個200円)、さすがに1個とか2個ください、とは言えない。武士は食わねど高楊枝(たかようじ)ではなく、武士は食う時は少し見栄を張る、である。ちょっと字余り。

          うさぎや② 
          見事などらやき様

江戸での用事を終えてウマズイめんくい村に戻ると、さっそく「どらやき界の最高峰」といわれるものを賞味することにした。村民2号が健気にもお茶を入れて待っていた。箱を開けると見事なきつね色のどらやきが顔を出した。大きさを測ってみると、直径は92ミリ、厚さは30ミリだった。どらやきの老舗の一つでもある浅草「亀十」の巨大などらやき(1個315円)よりは小さいが、普通のどらやきよりは大きい。まるでお月様のようで、中でうさぎが餅つきをしているといいたくなる優雅さがある。

         うさぎや③ 
         皮の実力

何よりもここの凄味はその皮だろう。しっとりしている上にもっちり感にあふれている。日本橋うさぎやに比べて、ほんの気持ち、弾力性が高い気がする。そのあたりはまさに好みの世界。「亀十」などはもっとふわふわしている。彦作村長の好みはふわふわよりしっとりなので、上野うさぎやの味は好みである。卵とレンゲのハチミツの香りがいい具合に立ち上がってくる。

「つぶあんはいい風味ね。品のいい甘さで、少し甘めかな。十勝産の小豆の柔らかいつぶつぶ感がさすがね。でも、正直に言うと、私は日本橋の方が好み。全体が気持ちふわっと調和していて、皮とつぶあんのバランスがより絶妙な気がする」
村民2号が品評した。

         うさぎや⑤ 
         ふっくらした小豆

「村長は正直、どちらも好みとしか言いようがない。亀十は値段も高く、ふわふわ感がありすぎるので、村長の評価はそれほど高くはない。どらやきはうさぎやがあまりにも有名だが、意外やほとんど無名の掘り出し物があったりする。すでにこのブログでも紹介しているが、春日部や佐野市の小さな店などその好例だと思う。値段ももう少し安くて、しっかり作っている。村長はそういう店も発掘していきたい」
村長が珍しく真面目な顔で締めくくった。あまりの寒気に頭に異変が起きたのか。どらやきを頭にのせる河童かな。


本日の大金言。

関西ではどら焼きとは言わず、三笠山と呼ぶ。形が奈良の三笠山に似ていることに由来している。名称一つとっても関西と関東の違いが面白い。


                うさぎや⑨ 



女が走る昭和レトロカフェの「玄米」

 「村長にはあまり教えたくなかったけど、とってもいい店があるの。私好みの料理と雰囲気のとってもヘルシーなカフェよ」
美熟女の村民2号が彦作村長の耳元で、意味ありげな言葉をつぶやいた。

「愛のコリーダ」や「戦場のメリークリスマス」などで知られる大島渚監督の訃報が伝えられた日の午後。村長はかつて勤めていた新聞社が主催する映画賞で、「御法度」(結局この作品が遺作となった)が監督賞を受賞。車椅子でメガホンを取リつづけた鬼気迫る姿は忘れられない。その贈呈式。審査委員長はビートたけし。たけしは大島渚監督によって役者としての才能と映画への傾斜を深めていったという側面もあると思う。たけしの軽妙なスピーチをにこやかに聴いていた大島渚監督の姿が昨日のことのようだ。戦後の夜空を彩った大きな才能がまた一つ墜ちたことに、彦作村長はウマズイめんくい村を代表して弔意を表したいと思う。

         カフェくうわ14       
         こんなところに

しばし合掌。彦作村長は頭を切り替えてから、村民2号の誘いに耳を澄ました。
「野菜からお肉から何から何まで自然の素材を吟味していて、お客はほとんど女性ばかり。村長みたいな自然というより自然すぎる男は皆無。でも、私は、村長にもっと立派な人になってもらいたいから、今回、特別に連れて行こうと思うわけよ」
彦作村長は久しぶりに顔を洗ってから越中ふんどしを新しいものに取り換えることにした。無精ひげも剃ってから、うむ、と立ち上がった。大島渚監督とのあまりの落差。

ポンコツの愛車を1時間ほど飛ばして、村民2号の案内で久喜市菖蒲町にある「カフェ couwa(くうわ)」に到着。驚いた。周囲には田園が広がり、まるで時代から取り残されたような道路。そこに、ポツンと「カフェ くうわ」が。古い洋品店を改装して、約5年前にオープンしたという。今流行のレトロなレストランカフェで、何やら、女性誌「クロワッサン」にでも出てきそうな雰囲気。

                カフェくうわ10 
          古民家を改装

店内に足を踏み入れると、昭和がそのまま生きているようで、昭和30年代のブラウン管テレビがさり気なく置かれていたり、懐かしい足踏み式ミシンをそのままテーブルとして利用していたりする。感じのいい若いスタッフが注文を取りに来た。手書きのメニューの中から、村長は「青森産ホワイトチキンのスパイシーフライドチキン定食 ハニーマスタードソース添え」(紅茶付き1200円)を選んだ。もっと簡単なメニューにできないものか。言い終えるまで3度も噛んでしまった。ご飯は白米と玄米、好きな方を選べる。村長は「玄米」にした。

         カフェくうわ③ 
         玄米と地場野菜とチキン
         カフェくうわ⑤ 
         こちらは玄米クッパ

村民2号は「牛カルビとたっぷり野菜のキムチ玄米クッパ」(有機コーヒー付き1200円)を噛まずに言った。ぐやじい。周囲を見渡すと確かに女性客がほとんど。若いカップルが一組だけで、残りは多分主婦同士。ゆったりとしたスペースと午後のひと時を楽しんでいるのがわかる。旦那はどうしているのやら。時代は女へ、ということを実感させられる。好スタートを切ったNHK大河ドラマ「八重の桜」を見ても、男の存在が薄くなってきているのは確かだ。

          カフェくうわ⑧ 
          この自然な色

「青森産」(長いので以下省略)は何よりも野菜の自然な色に驚く。ややもすると鮮度が悪いのではと思ってしまうほど。しかし、この近くで採れたというニンジンやジャガイモの自然な色味はどうだ。鶏肉も朝採りした新鮮な肉を使っているという。コロモがカリカリしていて確かに肉は極めてジューシー。味がやや濃いめだが、甘酸っぱい「ハニーマスタードソース」に付けると甘みのバランスがいい。添えられた地場野菜と一緒に口に運ぶと、「ヘルシーな幸福感」に浸れる。ニンニクが一片、皮ごと揚げられているのも女性をさらに元気にする目的か?

          カフェくうわ⑦  
          コシヒカリの玄米

特筆したいのは玄米のうまさ。村長は玄米をかなり食べているが、これほどほほっこりと柔らかく炊かれた玄米と出会ったのは数えるほどしかない。大利根産のコシヒカリを仕入れているという。

「どう、村長、気に入った? 私の玄米クッパの方はまずまずの味だけど、コーヒーはマル。ホントはデザートのケーキも食べたいところだけど、今日はやめとくわ」
村民2号が正月太りした体で、珍しく自分にブレーキをかけた。そういえば周りの女性客はヘルシーな店なのに栄養がたっぷり行き渡ったお方が多かった。店名の「くうわ」とは「暖かな和み」という意味もあるそうだが、本当は「食うわ」ではないか。村長はそう確信するのだった。


本日の大金言。

「カフェ」と「和」。昭和とモダン。日本とアジアン。こうした価値の異種格闘技戦はトレンドになっているが、ここから新しいものが出てくるのかもしれない。明治が和洋折衷からスタートしたように。


              カフェくうわ13 


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花の銀座であの「伊勢うどん」の衝撃

 以前、知人の人気コラムニスト・石原壮一郎さんからコシのない「伊勢うどん」の存在を教えてもらい、その驚嘆の味覚世界をこのブログで書いたが、今回はその第2弾・花の銀座編である。本来なら本場の伊勢に行って食べたいのだが、ウマズイめんくい村は財政事情がひっ迫している。それに何より赤羽彦作村長は実に実に怠惰(なまけ者)である。

で、たまたま内幸町にある日本プレスセンターというところで、知る人ぞ知る「おつなの会」の新年会が開かれる。それに引っ掛けて、東京でも数少ない「伊勢うどんを食べれる店」をのぞいてみることにしたのだった。それは銀座6丁目にある「花大根」というお箸屋さんが経営する和食の店。そこに、あの「伊勢うどん」があるというのだ。あの柔らかな衝撃を再び味わえる! 彦作村長はぎっくり腰を抱えながら、ヨッコラショと立ち上がった。

                花大根10 
         ここに伊勢うどんが・・・

「花大根」は「箸 夏野」の地下1階にあった。照明を落とした和のテイストのモダンな店で、カウンターとテーブル席、それに奥には半個室という間取り。カウンターに座ってメニューを見ると、和牛料理に飛騨高山の日和田そば、そして伊勢うどんの文字が。彦作村長は迷うことなく「伊勢うどん 釜揚げ」(800円)を選んだ。野菜か牛筋、どちらか一品も付いている。

         花大根① 
         本場・伊勢直送のうどん

待つこと10分ほど。お盆に載ってあの「伊勢うどん」がしゃなりとやってきた。ありゃ?半熟の温玉が乗って、刻みネギが白い。
「本場では原則的には温玉はないですが、このほうが旨味が出るのです。ネギも本場では青ネギですが、白ネギも意外と合うんですよ」
店の人がそう説明する。伊勢うどんの特徴は「形がない」こと。「コシのないうどんなどうどんではない」という世間の常識とはまるでかけ離れた「融通無碍(ゆうずうむげ)の曼荼羅世界」とでも言いたくなるうどん。温玉があろうとなかろうと、「たいした問題ではおまへんでー。もそっともそっと裃(かみしも)脱いで、ま、食べておくれやす」そうささやかれているようだ。

         花大根② 
         コシのないうどんの衝撃

それ以外はまさに「伊勢うどん」。ぶっ太い釜揚げうどんはもっちりしていて、コシというものがまるでない。ヘンな表現だが、遠い昔にお世話になった母親のおっぱいのような、究極の柔らかさに似ている。そうか、伊勢うどんの食感にどこか救済の匂いがするのはそのためか? 底に沈んでいるダシの効いた溜まり醤油に絡ませる。これだ、これだ。甘めの醤油だれとコシのない柔らかな食感が、彦作村長を陶酔の曼荼羅世界へと連れて行く。温玉を箸でつつくと、どろりとした黄身がほとんどそのまま流出してくる。それをさらに絡ませる。

         花大根④ 
         これだこれだ

ひと味違う旨味が立ち上がってくる。本場でも生卵の黄身をまぶす食べ方もある。これはこれで成立する世界でもある。しかし、ネギはやはり青ネギの方が色目的にも食感としても「伊勢うどん」には合うと思う。小鉢の野菜の煮びたしは気の利いたうまさで、これはマル。花の銀座のほぼド真ん中で伊勢うどんを堪能する幸せ。時計の針で約20分ほどだったが、コシのない伊勢うどんの深~いメッセージ。曲がり角でも柔軟に行け。無腰でも負けるな。それでいいのだ。そんな気にさせてくれる。ぎっくり腰を抑えながら、村長はそろそろと立ち上がった。


本日の大金言。

「伊勢うどん」がもっと普及すれば、世界はもっと柔軟になる。コシがなくてもいいじゃないか。


                    花大根⑨

東京で一番うまい串だんごとは?

 「串だんご」は彦作村長にとって、特別のスイーツである。餓鬼、いや幼少のみぎりから、特にあんだんごには目がなかった。祖先の眠る会津若松にはかつて、飛び切りうまい団子屋があったが、とうの昔に店をたたんでしまい、「これはうまい!」というだんごにお目にかかることは皆無となってしまった。日本の衰退はうまい団子屋がなくなってしまったことと深い関係があると思う。

東京・日暮里の「羽二重団子」は老舗中の老舗団子屋としても有名だが、販売店舗を増やしたことと値段が高すぎることなどで、彦作村長の評価は「それなり」である。うまいにはうまいが、品がよすぎて、感動が不足している。正岡子規や夏目漱石、司馬遼太郎などそうそうたる文人に愛された団子屋ではあるが。B級あんこ道は厳しいんである。

彦作村長がこれまで東京で食べた串だんご(あんだんご)の最高峰は、築地にあった「福市だんご」の名を挙げたい。約10年ほど前に「後継者がいない」という理由で店をたたんでしまった。毎日、少量しか作らず、午前中には売り切れてしまうほど。夕方には固くなってしまうので、店(狭い)で食べるのが一番だった。それだけに、店を閉めたことを知って、彦作村長は大いに嘆き悲しんだものだった。以後、この福市のだんごに太刀打ちできるだんごにお目にかかったことはない。

         槍かけだんご① 
         売れ切れたらおしまい

「かどやの槍(やり)かけだんご」の存在を知ったのは、約8年前。この時期、彦作村長は北千住に「別荘」(安アパート)を構えていた。仕事との関係で、深夜帰宅することが多く、タクシー代節約という目的もあって、北千住に一部屋借りることにしたのだった。で、早朝、近所を散歩していて、今にも倒れそうな古い団子屋(明治の建物)を見つけたのだった。地元ではかなり知られた団子屋だった。メニューは「あんだんご」と「やきだんご」のみ。それが、彦作村長に甘い流し目を送ってきた。

          かどや① 
          この手づくり感

これがうまかった。こしあんは北海道産の小豆を使い、口に入れた瞬間、自家製のいい風味が立ち上ってきた。やや控えめの甘さだが、彦作村長のハートを射抜いた。餅は「羽二重団子」に負けない本物の「羽二重」のような柔らかさ。かつての会津の絶品だんごや「羽二重団子」のようにあんを一個一個手作業で包んではいないのは残念だが、いわば東京風の、あんを上にべたっと乗せただんごだった。それでも、一本一本手づくりで、その素朴な熱意と味わいが直球で伝わってきた。一本90円(現在も)というのも店の志を感じる。

          槍かけだんご2 
          このさりげない凄味

宿場町通りを荒川方面に向かって7~8分ほど歩いていくと、「槍かけだんご かどや」がある。去年11月に建て替えたそうで、店はすっかり小ぎれいになっていた。しかし、味はまったく変わっていなかった。「あんだんご」と「やきだんご」(各90円)を買い、店の脇の縁台で賞味した。「あんだんご」はあんも餅も添加物をまったく使っていないので、すぐに固くなってしまう。買ってすぐ食べるのが一番うまい。「やきだんご」はみたらし団子で、少量を備長炭で焼いている。その焦げ目がいい。味が濃く、甘さもあるが、むしろ醤油の強さが前面に出たみたらし団子だ。これは好みが別れる味だが、餅の柔らかさが素晴らしいので、ファンも多い。

           槍かけだんご⑤ 
           参りました

彦作村長の知る限り、ここの「あんだんご」が今現在、総合力で東京ナンバーワンだと思う。見事なこしあんとつき立ての餅の絶妙な甘さと風味は例えようがない。彦作村長流に表現すると、「脳内エンドルフィンがそよ風のように頭の中を通り過ぎていく」味だ。
「槍かけ」とは水戸光圀公が江戸に行く途中で、この近くの松に槍をかけたことに由来するとか。「かどや」自体の歴史は昭和23年創業とそれほど古くはないが、江戸の昔には、このあたりに団子屋や茶屋が存在していたことに由来するという。

         槍かけだんご④ 
         こちらはやきだんご

そういえば、村長が愛していた北千住のもう一つの老舗和菓子屋「なか井」も後継者がいなくなったために少し前に店をたたんでいる。ここの求肥(ぎゅうひ)入り最中「槍かけ最中」も絶品だった。いい店が後継者難でどんどん店をたたんでいく。これほどの悲しみはない。槍ではなくペンを縁台に置きながら、彦作村長は、「日本の衰退」を嘆くのだった。



本日の大金言。

たかが団子、されどだんご。うまい串だんごは手間ヒマがかかる。日本が「取り戻せる」かどうかは串だんごの行方にかかっている、と思う。


               槍かけだんご⑦ 



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南光園みそホルモンと格闘

 寅さんのようにフラッと、文吾ジイがウマズイめんくい村にやってきた。
「新年のあいさつじゃよ。手ぶらじゃなんだから、みそホルモンをもってきたよ」
手にはあの札幌・南光園の「みそホルモン」が。どうした風の吹き回しか。
「今年は寒いから、これでも食って栄養を付けようと思ってな」  

焼肉で有名な札幌・南光園のみそホルモンは村長にとっては未知の味である。スーパーやデパートなどで北海道の物産展をやると、かなりの人気を呼ぶそう。文吾ジイも物産展で仕入れてきたようで、その特徴は、豚の大腸の中でも特に量がきわめて少ない直腸を使っていること。カロリーがヒレ肉の約半分しかないうえ、ビタミンB類やコラーゲンが大量に含まれていて、直腸という言葉とは裏腹に、美容や疲労回復にも効果があるとか。

            みそホルモン⑧ 
            札幌や~い

「私のために買ってきてくれたのね。最近、寒さと疲れでお肌が荒れちゃってるし、低カロリーというのも惹かれる」
村民2号が目をウルウルさせながら、村長のほうを見た。「早く作ってね」というサインのようだ。村長がフライパンで料理することになった。料理といっても、すでに特製の味噌ダレに漬けられているので、ただ炒めるだけである。本来なら、キャベツやタマネギを入れたいところだが、たまたま正月と野菜の高騰が重なって、冷蔵庫は空だった。

         みそホルモン① 
         貴重な直腸

「大丈夫じゃよ。これだけでもうまい。酒のツマミとしても最高じゃよ。高級ワインも合うかもしれん」
文吾ジイは酒は持ってきていなかった。どうやら、エビで鯛を釣る作戦のようだ。
「南光園みそホルモン」(1袋220グラム=498円)を開けて、アルミホイルを敷いて熱したフライパンに入れると、味噌とごま油の何とも言えないいい匂いが立ち上がってきた。強火で炒めてから蓋をして、中火にする。脂がバチバチ飛んでいるのがわかる。水分が飛び、ねっとりしてきて、ホルモン(直腸)に火が通ったら、出来上がり。時間にして7~8分ほど。

         みそホルモン③  
         いい匂いが・・・

「うわー凄い脂ね。これでもカロリーが低いとは信じられない。でも、このギタギタした焦げ目が実にうまそう」
村民2号が、最初にアタック。続いて文吾ジイ。最後に村長の順。声が出ない。
「臭みはないが、砂糖と味りんをかなり使っとる。唐辛子とニンニクも効いていてうまいが、ちょっと甘すぎる」
文吾ジイが正月用にとっておいたブルゴーニュの白ワインをガバガバ飲みながら品評した。

         南光園②  
         意外や白ワインと合う

「確かに。もう少し甘さを抑えた方がいいかもね。でも、この独特のこりこり感とプニュプニュ感はさすが南光園という感じだね。歯ごたえが圧倒的だ」
村長が言うと、村民2号がすかさず「みんなで札幌行きたいわね。村長って、確か札幌のすすき野は詳しいんでしょ? 記者時代はずいぶん遊んだでしょうから」
久しぶりに毒矢が飛んできた。一矢、二矢・・・それを間一髪でかわす。

高いワインをガバガバ飲んで酔っぱらった文吾ジイが、「ソーラン節」を歌いだした。音程がズレている。みそホルモンの辛みと妙な甘さが口中でプリプリ踊り始める。おっとっとっと、直腸君、どこへ行くんだい? 今年のウマズイめんくい村はどうなるのか、少々心配になってきた。


本日の大金言。

意外やホルモン焼きは日本人の胃袋にマッチしている。その語源には諸説あるが、「ほうるもん=捨てるもの」から来ているという説もある。捨てる神あれば、拾う神あり。ホルモンの底力。


                味噌ホルモン⑨ 

鯨の絶品ベーコンに出くわす

 久しぶりに東京・北千住の妖しい路地裏を歩いていると、「本日のおすすめ 鯨ベーコン にこごり」と書かれた手書きのメニューが目に飛び込んできた。「ぶり刺」「かきフライ」など他のメニューも書いてあったが、彦作村長は「、鯨ベーコンと煮こごり」二つの言葉にパブロフの犬状態になってしまった。紺地のノレンが下がった「シチュー屋」。北千住では知る人ぞ知る居酒屋の一つだ。

         シチュー屋② 
         魔界への入り口?

「大はし」や「永見」「天七」といった老舗居酒屋には何度か入っているが、「シチュー屋」にはこれまで入ったことがない。その店名から「シチューの専門店」と誤解していたことも大きい。しかし、鯨のベーコンと煮こごり。その手書きの文字が彦作村長をある種の郷愁へと運んで行った。どちらも村長にとっては子どもの頃からの好物だったからだ。これは飛び込むしかない。

          シチュー屋④ 
          いい雰囲気の店構え

店内はカウンター席とテーブル席があり、二階まである。永見や大はしよりは狭いが、それなりの広さ。午後6時を過ぎたばかりなのに、結構混み合っていた。カウンターの奥に女将だろうか、貫録のある女性がいて、テキパキとした動きで、スタッフに指示を出している。店名の「シチュー屋」は戦後、このあたりで初めて店を出した時に、鍋物をシチューと言ったことに由来しているとか。シチュー専門の店ではなく、海鮮居酒屋というのが本当のところ。

         シチュー屋⑦ 
         鯨ベーコンさま!

カウンターの隅っこに座って、「鯨ベーコン」(680円)と「煮こごり」(480円)を注文。雪でも振りそうな寒さだったので、日本酒熱かん(1合300円)もしっかりと注文した。しばらくして、見事な鯨のベーコンと煮こごりが運ばれてきた。ベーコンはたぶんミンククジラだろう、近くの「足立市場」から仕入れているという。「畝須(うすね)」というお腹の部位で、皮と身が付いていて、ベーコンに最も適した部位だという。脂身と肉が和牛の霜降りのようにきれいで、燻製の独特の臭みが、周囲1メートルを支配している。皮の部分が食紅で赤く縁取られているのも正統派「鯨ベーコン」の証でもある。昔ながらの本格ベーコン!

         シチュー屋⑧ 
         言葉がない

何とも言えない新鮮な脂の甘みとコリコリした食感が口中で踊り出す。これだこれだ、ザッツ・エンターテインメント・鯨ベーコン!鯨にはDPAやコラーゲンなど身体にいい栄養分が豊富に含まれている。 鯨に対する感謝の気持ちを忘れるんじゃないぞ、そう自分を戒めながらも、どんどん食が進む。ごめん、うまい、ごめん、うまい・・・現代において鯨を賞味することの心理的困難を感じながら、それでも止まらない。自己矛盾的B級グルメ道。

昔食べた鯨の缶詰はうまかったなあ。煮こごりの付いた鯨の甘辛煮を熱々のご飯の上に乗っけると、それだけで幸せ感がちゃぶ台の上に降り注いでくるようだった。ベーコンはこんなにうまくはなかったけど、それでもオヤジはうまそうに酒のツマミにしていた。そんな日本が貧しかった時代。単なる感傷に過ぎないが、一夜のベーコンとの出会いが時空の大波を超えて、村長をあの「鯨の時代」へと連れて行く。

         シチュー屋⑥ 
         あっしを忘れちゃ困りますぜ

「煮こごり」もなつかしい味覚だが、熱かんによく合う。口中で溶けていく甘辛の過去。郷愁の2連ちゃん。中に入っている白身の種類が気になって、店員さんに聞くと、しばらくして、「鮫(さめ)の肉だそうです」。ジョーズか!うーむ。北千住の迷路のような路地裏で鯨と鮫を肴(さかな)に熱かんを飲んでいるという現実。一瞬にして目の前に海が広がり、それは氷の海でもある。村長に食べられてしまった哀れな鯨と鮫。これってピノキオの逆ではないか? 村長のお腹のあたりで、鯨と鮫のピノキオがぶつぶつ文句を言ってるような気がして、村長はとりあえず合掌するのだった。


本日の大金言。

確かに、人は生きているというより生かされているのかもしれない。これも新年の教訓である。


               シチュー屋

これはルビー?奇跡の干し柿の存在

 何を隠そう、ウマズイめんくい村は知る人ぞ知る「干し柿シンジケート」の拠点の一つである。ほとんどの人は干し柿を単なる冬の風物詩で、市場に出回っている中国産の安い干し柿などを食って、「けっ、まずいわ」と切り捨てる人もいる。村長の周辺にも「干し柿?そんなにうまいとは思わない」と言う人が多い。いまならはっきり言える。それは人生の損失というものである、と。

          干し柿②  
          偉大なる枯露柿

彦作村長も13年前まではその一人だった。だが、しかし。仕事がらみで山梨の枯露柿(ころがき)をたまたま賞味して、仰天した。値段は少々張っていたが、その洗練された柔らかい歯ごたえと驚くべき奥深い甘みに目を見開かされた。それまで食べたことのある固くて安い干し柿とは別の次元のうまさだった。「これに匹敵するのはフランス菓子のマロングラッセしかないのではないか」そのくらいの衝撃を受けた。ファミリーヒストリーより干し柿ヒストリーをなぜNHKはやらないんだ?

ほとんどの人が誤解しているが、干し柿はワイン造りなどと同じように手間ひまのかかる和のスイーツである。いいものになればなるほど、干し柿職人の気の遠くなるような手間ひまを経てきている。
干し柿界の最高峰に位置する「堂上蜂屋柿(どうじょうはちやがき)」は1000年以上の歴史があり、値段もたった1個で1500円以上するものまであり、天皇はもちろん、あの信長や秀吉や家康まで賞味していた。すべて予約生産な上に値段が値段だけに、悲しいことに彦作村長もまだ賞味する機会に恵まれていない。

         干し柿① 
         ついに干し柿対決

事態が事態だけに、ついつい前置きと言い訳が長くなってしまったことをお許しいただきたい。今回、禁を破って、干し柿シンジケートが総力を挙げてお届けするのは、山梨の「枯露柿」(20個入り2980円)と山形・上山特産の「紅柿」(32個入り2480円)。どちらも今市場に出回っているので、スーパーなどで、見かけることがあるかもしれない。今月いっぱいが一般的に賞味期間なので、固くなりすぎる前に、まな板にのせて品評することにした。ちなみに買った値段はシンジケート値段で破格の安さであることを付け加えておこう。

「枯露柿」は渋柿の中でも巨大な品種、甲州百目か大和百目を使う。彦作村長が手に入れたのは大和百目(やまとひゃくめ)のほう。箱を開けた瞬間、ルビーのような見事な赤が潜んだ白い粉の吹いた干し柿が整然と並んでいた。甲州百目より色が明るい気がする。甲州百目が王様で、大和百目は女王様という表現もある。一個の大きさは少々バラツキはあるものの、タテ70ミリ、ヨコ52ミリほど。厚みは28ミリ。

          干し柿④ 
          奇跡の結晶?
     
真ん中で切ってみると、見事なゼリーのような、熟成したブルゴーニュワインのような、ガーネットのような、そんな表現でも足りない驚きの世界。

         干し柿⑤ 
         こんな色ってありか

「外側はやや固めだけど、中のねっとり感がすごい。濃厚な甘みとその奥には果実の酸味も感じる。私が食べた中でも最高峰の一つと言わざるを得ないわ」
干し柿シンジケートの陰の実力者でもある村民2号が品評する。

         干し柿13  
         こちらは紅柿

上山特産の「紅柿」は一個当たりの大きさが枯露柿の半分もない。しかし、その味わいはより素朴でより自然な甘さが特徴だろう。つるしている間にブラシで何度もこすったりして、甘さと柔らかさを調整する。完成するまで手間ひまを惜しまないのは「枯露柿」と同様だ。こちらは、赤がかなり沈んでいて、紅色というより、黒味と赤味の中間の色合い。中に種が1、2個入っていたりする。ヘタと枝が付いているのが絵になる。

          干し柿⑦ 
          ヘタ付きの妙味

「今回は富山の干し柿を賞味できなかったけど、私はこの三種が干し柿御三家だと思う。堂上蜂屋柿は値段からして別格ということに」
「そうだな。これを機会に干し柿の凄味をもっとアピールしていく事にしよう。干し柿シンジケート活動を少しずつ広げていって、世界のスイーツ界に衝撃を与えよう。エイエイ、オー」
どう見ても干し柿のような村民約2名が気炎を上げた。遠くで、カラスがカアと鳴いていた。


本日の大金言。

干し柿は何も言わない。ふと、座布団にのったきんさんぎんさんを想う。干し柿が日本のルビーになる日はいつだろう?


                     干し柿14 

札幌味噌らーめんとレ・ミゼラブル!

 正月に引いてしまった風邪がなかなか抜けない。今年の寒さにやられてしまったのかもしれない。
「ねえレ・ミゼラブル、観に行かない?」
村民2号が、4日夜から二夜連ちゃんで葛根湯と卵酒を飲んで、うんうん唸っている村長の耳もとで、ささやいいた。熱は38度を切ったのに、全身のけだるさが取れない。
「もう大丈夫よ。北海道ラーメンを食べて、レ・ミゼラブルを観れば、風邪なんか吹っ飛ぶわよ」
「それもそうだな。このまま家にいてもミゼラブルだしな。マスクして行ってみるか」
「味噌らーめんも風邪薬の一種よ。身体が温まって、免疫力も上がるわよ」

          走馬①  
          風邪も吹っ飛ぶ味噌らーめん

ポンコツ車がやってきたのは「モラージュ菖蒲」。まずはここの一階にある「北海道らーめん 走馬」で、「札幌味噌らーめん」(780円)を食べることにした。村民2号は煮卵(100円)をトッピングした。この店は北海道らーめんの「味源」や「ひむろ」と同じ系列の店で、彦作村長は、東京・上野にある「ひむろ」で何度か味噌らーめんを賞味している。こってり系の味噌らーめんで、北の厳しい寒さの中ではぐくまれた濃厚な味は好き嫌いがはっきりしていると思う。

店内は混み合っている。店の外には順番待ちの客が4~5人ほど。「走馬」は豚骨ベースの強い味噌らーめん。「ひむろ」よりも豚骨の白濁が前面に出ている気がする。注文してから作るので、そこは好感が持てる。濃厚なミルクのようなこってりスープと札幌ラーメンにしては細めの縮れ麺。炒めたもやしの上には刻みネギと でっかいチャーシューが。特筆ものは鮮度のいいワカメがどっさり乗っかっていること。豚骨の脂とヘルシーのバランスを考えた構成ということか。

          走馬④   
          体もポカポカ

村長がここで食べるのは久しぶりだが、見た目の好感度はマル。まずはスープをひと口。ラードを焦がしたような匂いが鼻腔をくすぐる。これは好き嫌いの別れるところかもしれない。味噌は白みそを使っているのか、どろりとした白濁スープは体が温まってくる予感に襲われる。唐辛子なのか、奥の方から辛みもじわりと効いてくる。麵は細めの縮れ麺で、結構コシが強い。村長はもう少し太い麺の方が好みだが、これはこれで悪くはない。

          走馬⑥ 
          麵は中太というより細め
          走馬⑧ 
          レベルアップしたチャーシュー君

チャーシューは以前は少しパサパサした印象だったが、改善されたようだ。これならまずまずの歯ごたえ。ワカメともやしはいい感じ。シナチクはふつう。全体の印象は「中くらいかな おらが春」といったところか。気になったのは食後に残る豚の匂い。たまたま風邪気味だったので、敏感になっていたのかもしれないが。
「私は気にならない。でも、味がちょっと濃いかな。初めに頼むときに麺の固さや味の濃さや脂の量を指定できるので、今度来るときは軽めにしてもらいましょ。そろそろレ・ミゼラブルの上映時間よ。行きましょ」

          走馬⑨ 
          濃厚こってりスープ

今年のアカデミー賞の有力候補にもなっている「レ・ミゼラブル」は熟年カップルや若い女性客でほぼ満員の盛況ぶり。大ヒットした伝説のミュージカルを映画化したもので、元々の原作は18世紀フランスの作家ヴィクトル・ユーゴーの小説。レ・ミゼラブルとは「悲惨な人々」という意味。上映が終わった瞬間、拍手が起こった。ここにも悲惨な人々がいるということか。

だが、彦作村長を襲ったのは失望感だった。この映画をなぜ今作ったのか、その核となるものが村長には伝わってこない。愛の大事さ?まさか。村長の感性が少々ひねくれているのか、メディアなどの好評価とのあまりの落差に戸惑いすら覚える。村長にとっては、年末に観た「人生の特等席」の方が伝わってくるメッセージと余韻が数段よかった。これは監督とリアリティーの問題なのかもしれないが。

札幌味噌らーめんとレ・ミゼラブルをたっぷり賞味したものの、風邪がよくなる兆候はない。逆に頭痛までしてきた。
「私は満足、満足。これ以上望んだら罰が当たるわよ。村長はやっぱり世間の常識とずれているのよ。今夜も卵酒でレ・ミゼラブルの日々を過ごしましょ。世界はみんなミゼラブル!」
村民2号が明るく言った。ミュージカル調になっていた。



本日の大金言。

ひょっとしてトム・フーパー監督は、この時代錯誤の映画で世界をレ・ミゼラブルにしたかったのかもしれないぞ。




                    走馬10 






いいことありそうな浅草の仰天カレーそば

 スカイツリーで浅草が再び脚光を浴びているが、彦作村長は宮仕え時代から、ヒマを見つけては浅草を歩き回るのが好きだった。浅草はため息をつきたくなるほど懐の深い街である。江戸歌舞伎や落語や芸人の街だった時代もあり、ヨシカミなど洋食屋や天婦羅屋、ドジョウ屋、居酒屋・・・うまい店も多く、挙げれば切りがないほど庶民文化が長い歴史とともに迷路のように息づいている街でもある。西の京都と東の浅草。共通しているのは外人の観光客がやたら多いこと。外人は目ざとい。

                 翁そば② 
         浅草寺の初春

正月の3日。午後2時過ぎ。彦作村長は浅草寺へと足を延ばした。浅草寺の大香炉の煙を浴びようと思ったからだ。その後、知る人ぞ知る「翁そば」でカレーそばを賞味する。我ながらいいアイデアではないか。「翁そば」は創業が大正3年(1914年)の庶民的なそば屋。かつて彦作村長はここで林家三平(先代)を見たことがある。ただ黙々とそばを食っていただけだが、テレビとは違う生真面目な表情に驚いた記憶がある。喜劇王エノケンや売れる前のビートたけしなども通っていたそう。

          翁そば① 
          この煙の先は?

浅草寺の香煙で身を清めると「今年は何かいいことが起きるかもしれない」という気になる。これまで何度も浴びてきたが、一向に頭もよくならないし、髪の毛には効かない。それでも「何かいいことが起きるかもしれない」と思わせる魔力がある。初詣客は3日だというのに引きも切らない。外人の観光客も目立つ。

                翁そば③ 
        ジャーン、翁そば

浅草寺周辺は混み合っていたが、少し離れると、それほどではない。「翁そば」は敷居の低い店である。言われなければ、老舗だということもわからない。浅草下町の心意気というものはこういうものかもしれない。入ると、「いらっしゃい」という掛け声。4人用のテーブルが二つと6人くらい座れるテーブルが三つ、それに小上がり。多分常連だろう、初老の紳士が黙々とカレーそばを食べていた。「すいません、今日はなくなり次第、おしまいです」動きのテキパキした女性(女将かも)が申し訳なさそうにそう言った。江戸しぐさの伝統を感じる物腰がさわやかである。

          翁そば④ 
          これがカレーそばのひやだい

「カレーそば」は何とか大丈夫だった。正式には「カレー南蛮そば」だが、常連は「カレーそば」と言っている。彦作村長は「ひやだい」(600円)にした。「ひやだい」とは冷水で冷やしたそばの上に熱いカレーのあんをかけたもの。その大盛りを「ひやだい」と言うようだ。すぐ近くの三ノ輪の老舗のそば屋「角萬」でも常連が同じような言い方をしていた。言葉を短くしてしまう江戸の下町文化ということか。最近のギャル語「てへぺろ」だとか「きゃわたん」とかもこの伝統を引き継いでいるのかも。

         翁そば⑦ 
         おう、いい湯加減だぜ

来た、来た。これだ、これだ。初めに見たときは仰天ものの「カレーそばのひやだい」。大きめのドンブリに目いっぱいカレーあんが乗っかっている。表面張力でカレーあんがこぼれずに踏み止まっている。そうとしか思えない圧倒的なボリューム。その濃いめの色の奥から「おいトウヘンボク、めン玉よーく開いて、食べてくんな」そんな声が聞こえてきた。これぞ大正のB級グルメのご先祖さまの声ではないか。しっかり食えよ、トウヘンボク。

         翁そば⑥ 
         うどんではありません

どろりとした濃厚なカレーあんは、よく見ると玉ねぎとかしわ肉が入っていて、熱々だが、その下のそばはぶっとくて冷たい。そのアンバランスが絶妙と表現するしかない。どんどん入ってくる。うまい。素朴にうまい。辛さがじんわりと効いてくる。この「粋」とは対極の「野暮」さはどうだ。ヘンな表現だが、洗練された野暮とも言うべきカレーそば。余計な講釈はいらない。黙って味わえ。小皿の刻みネギを入れてみる。鮮度のいいシャキッとした刻みネギを入れると、それが濃いカレーあんを一瞬無化する。その感触がいい。ぶっといそばはたぶん二八そばだろうが、ボソッとした歯ごたえが悪くない。あっという間に平らげてしまった。これで舌代が600円とは。

勘定を払って外に出ると、「こいつは春から縁起がいいや」というセリフが与太郎のお腹の中から出てくるのだった。



本日の大金言。

儲けばかり追求するB級グルメもどきと本物の違い。「翁そば」にその答えがあるかもしれない。


                   翁そば⑧ 

築地のバッテラ寿司と除夜の鐘

 昨年、京都であの「末廣」の鯖寿司を賞味してからというもの、彦作村長は鯖寿司に少々憑りつかれてしまった。たまたまテレビで京都特集をしていて、その中で、「末廣」ではない店を紹介していた。末廣と同じ姿寿司。末廣が一本3800円なのに対して、4000円というかなりのお値段。レポーターの某タレントが目をまん丸くして、「こんな鯖寿司、食べたことない」などとため息を漏らしていた。

これは京都にお住いのグルメ大魔王・調布先生にお伺いするしかない。
「あっ、あそこね。ボクも行ったことがあるけど、ま、それなりの味、です。テレビに出ること自体が観光客用ということです。末廣が大関だとしたらせいぜい前頭クラスです。そんなもん、一緒にしたら、末廣に失礼というもんです」
ガリ漬けのお声で見事な辛口の包丁さばき。これこれ、この毒気がないと年が明けないというもの。
「で、調布先生にお伺いしたいのです。東京で末廣並みとは行かないまでも、美味い鯖寿司はないでしょうか?」
「鯖寿司中毒患者」」一歩手前の彦作村長は、電話口でお伺いを立てた。
「それなら、『八竹(はちく)』でしょう。姿寿司ではなく、バッテラだけど、実に美味い。値段も姿寿司ほど高くない。原宿から築地に引っ越して、歌舞伎座にも近くなった。ここの大阪寿司を買って、歌舞伎を楽しむ。そのくらいの余裕が肝要というものです。特にあんたには。ぐひぐひぐひひひ」

          ハ竹① 
          この店構え

これは行かねばならぬ。年も押し詰まった大みそかに彦作村長は江戸は築地まで足を延ばしたのだった。売り切れてしまうことも考えて、電話で「鯖バッテラ」と「穴子バッテラ」を予約しておいた。これを除夜の鐘を聞きながら賞味して、新しい年を迎えようという算段だった。年越しそばよりバッテラ寿司。明治の頃、その姿からポルトガル語で「小舟」の意味を持つバッテイラから「バッテラ」と命名されたそう。年越しや小舟で渡る除夜の鐘。

大阪寿司「八竹」は築地木村家の並びだった。おととしの9月に原宿から築地に移転したとのこと。持ち帰り専門の老舗で、創業は大正13年(1924年)。「大阪寿司」というより「大阪鮓」と書いた方がぴったりくる。店構えは新しいが、老舗特有の隅まで行き届いた気配りがいい具合に漂っている。

「お待ちしておりました。ご自宅用ということでしたので、折詰にせずにご用意しました」
女将らしい品のある女性が、鯖と穴子のバッテラの包みを取り出してきた。箱詰めにしない分、値段もそれぞれ80円ほど引いている。いい心がけである。鯖が1300円、穴子は1260円ナリ。

         ハ竹② 
         圧巻の揃い踏み

ウマズイめんくい村に持ち帰って、除夜の鐘を聞きながらの賞味となった。包みを開けると、それぞれ8切れずつ、見事に自然な色合いのバッテラが横たわっていた。食品添加物などは使用していないので賞味期限は今晩中に、とのこと。。末廣の姿寿司と比べると、軽量級だが、「よう来はりましたなあ。もそっとお近くに」そう艶っぽくささやきかけてくる。半透明の白板昆布が乗った鯖のバッテラはダシ醤油がほんのりとかかっていて、ギュッと押された酢飯と絶妙な調和をかもし出している。なるほど、調布先生がすすめるわけだ。やや甘めの食感と冬の〆鯖の新鮮な食感が心地いい。脂ののった下町育ちの浪花娘のような味わいといったところか。

          ハ竹⑥ 
          鯖のバッテラどす
          ハ竹⑤ 
          うちが穴子どす

「私は穴子の方が好き。ここまで穴子を柔らかく煮てあるのはすごい。しかも、シャリの間にもはさんである。二層になっているのはちょっと驚きね。この自然な甘みは飽きがこない。それと、山椒の実の佃煮と生姜の甘酢漬けが絶品。こんなものがさり気なく置いてあるなんて。さすがは調布先生のおすすめね。除夜の鐘を聞きながら、きっと今ごろくしゃみをしてるわよ。隣にいるのはどこの猫なんてね」
村民2号が番茶を飲みながら、遠い目をするのだった。

          ハ竹⑧ 
          山椒の実もお忘れなく



本日の大金言。

いい店は隠れている。だからこそ探す楽しみもある。メディアにあまり載っていない店にこそ福よ来い。


                     ハ竹② 




セーラー服と鷲宮神社初詣のかけそば

「ウマズイめんくい村」の初詣は埼玉・鷲宮神社と決めている。ここは関東最古の神社。見た人が残っていないので本当かどうかは不明だが、平安時代後期の武将・源義家が馬をつないだ古木まで残っている。2007年以降はアニメ「らき☆すた」のおかげで、アニメファンの聖地にもなってしまった。いまや正月三が日の参拝客は大宮の氷川神社に次いで、埼玉県内では第2位の47万人(昨年)。ことしも40万人から50万人の参拝が予想されている。何ということだ。

               鷲宮神社⑨ 
          神様、大忙し

元日は敬遠して、彦作村長ご一行が向かったのは本日2日の午前9時ちょい過ぎ。午後から混み合うのはわかっていたので、早めに行くことにした。それでも大鳥居の前から凄い行列。苦しい時の神頼み。10円玉1枚で願う大きな幸せ。海老で鯛を釣ろうとする悲しくもキュートな心掛け。彦作村長も10円玉を握りしめて、行列に並ぶ。参道周辺にはテキヤさんの店と商店街の店がうまい具合に「棲み分け」して、平成25年正月を祝っている。巳年でも猿回しの大道芸が出ていて、大きな人垣ができている。猿と人類の共存。

                鷲宮神社⑦ 
         お呼びでない?

で、本題。ちょいと時間は早いが、参拝を終えて、大鳥居前の「大酉(おおとり)茶屋」に入った。ここは築約110年の古民家を改修して、軽食を楽しめる茶屋にしたもの。6年ほど前のオープン時に入ったことがあるが、そのときは客もいない殺風景な茶屋だった。それが見事な変身を遂げていた。「らき☆すた」人気でここまで変わるのか? 囲炉裏まであるアンティークなインテリアは悪くない。メニューも豊富でそば・ドンブリものからぜんざいまでスイーツ類も充実している。

         鷲宮神社②  
         シンプル・イズ・ベスト

彦作村長は「すっぴん」(450円)を選んだ。かけそばのことである。「かけそば」を「すっぴん」、「たぬきそば」を「こなたぬき」などとメニューを「らき☆すた」調に変換しているらしい。年越しそばではなく初詣のかけそば。ほとんど味は期待していなかった。だが、これが予想外にうまかった。シンプル・イズ・ベスト。そばは二八蕎麦で、かけ汁は鰹節と昆布の出汁が本格的だったのである。しかも関西風の薄味。これってありか?

         鷲宮神社④ 
         予想以上の味

店の女性に聞くと、「ソバは特注です。どこのそばかですって? そこまでは知りません」と訳のわからない答え。関東最古の神社で関西風味のかけそば。この自己否定的矛盾内包的味覚逆流的東西食文化うっちゃりドコイケナイ的世界。すべてが混在する、これでイイノダの世界が初詣で体験できるとは。素晴らしい!彦作村長は感動で胸がいっぱいになってしまった。

だが、しかし。そば湯がない! ここはどうにかしてもらえないものか? いつまでもあると思うな、親とカネとそば湯。これは鷲宮神社の神様のお告げなのだろうか? 「そば屋のお釜にはなるんじゃないよ。いつもゆーだけ」という暗示なのか?
「めでたさも中くらいなりおらが春」村長はブツブツつぶやきながら勘定を終えて外に出た。セーラー服のコスプレ男がはしゃいでいた。おらが春より肩がハル。日本の将来はしばらくは大丈夫である、そう思うことにした。

        鷲宮神社① 
        未来は明るい


本日の大金言。

初詣。ハツモウデ。発毛出。今年は何かいいことが起きそうな気がする。


                   鷲宮神社10 



鬼が出るか蛇が出るか、元日の餅三昧

 2013年、平成25年がスタートした。何ということだ、平成も25年になっちまったよ。「平らかに成る」どころか「平らかに凹んでしまった」とか「平らかにひび割れてしまった」という実感の方がぴったりくる。日本が有史以来の地殻変動期に入ったのはたぶん間違いないと思う。そんな中での元旦。午前8時。寝ぼけマナコで今年一年のことをあれこれ考えていると、突然ケイタイが鳴った。「こらっせ くわっせ」のシゲちゃんからだった。双葉町の和菓子職人・森正夫さんの伝言を伝えてきた。

「これから餅つき、やるんだけど、彦作村長にぜひ来てもらいたい。一年の計は餅つきにあります。つき立ての餅をあげるからさ」
森さんは村長のあんこ道(茶道や剣道に並ぶ厳しい道)の師匠筋に当たる。これは断れない。昔の林家彦六と木久蔵の関係みたいなもんかもしれない。

新しい越中ふんどしに穿き替えると、ぎっくり腰を抑えながら、ポンコツ車を吹っ飛ばした。約1時間ほどで、埼玉県加須市騎西町にある「こらっせ くわっせ」に到着。時計を見ると、午前9時20分。すでに蒸し器でもち米が炊かれ、その蒸し上がったもち米を木の臼に運んでいるところだった。

          餅つき② 
          元旦の餅つき、ここから始まる

「村長も手伝ってよ。ナニ、ぎっくり腰? そんなもの、餅つきやればすぐ治るっぺ」
森師匠の愛のムチで、手伝わされる羽目になってしまった。ペッタンペッタン。格闘約40分。つき上がった餅をもらって、ウマズイめんくい村に戻ると、美熟女の村民2号が待っていた。

「村長もたまには役に立つのね。お腹ぺこぺこよ。早く作りましょ」
お雑煮と田舎ぜんざいを作ることにした。本年初の昼飯は餅三昧のメニューでスタート。まずはカツオと昆布の出汁パックでダシを取り、鶏肉を加え、千切りにした大根、ニンジン、さらにささがきにしたゴボウを入れる。それから薄口しょうゆと塩を少々。この作業は村民2号。鶏のいい脂がうっすらと浮いてきて、いい匂いが周囲に立ち込める。

         餅つき③ 
         お雑煮と田舎ぜんざい

田舎ぜんざいは村長のお仕事。近くのスーパーで買ってきた800グラム498円の小倉あんをひと塊り絞り出して、小鍋に移して、濾過水を加える。弱火でコトコト煮込む。焦げ付かないようにしゃもじでゆっくりかき回しながら。いいテカりと小豆の匂い。

          餅つき⑤ 
          絹サヤを乗せて出来上がり
          餅つき⑥ 
          ぜんざいをゾンザイに扱うな

つき立ての餅を入れて、出来上がり。餅はタダだったので、材料費としてせいぜい2人分で200円ほどではないか。質素の中の豊かさ。
「意外にうまい。お雑煮はその辺の料理屋に負けないわよ。ぜんざいはこんなものかな、というウマズさだけど、村長にしてはまあ上出来。やっぱり日本人は正月はお餅よね。なが~く、粘っこく、質素に。これこれ、今年はこれで行きましょ」
村民2号が巳年生まれだったことを思い出した。巳年の元旦。まずは餅を食って長くヘビーに行こうぜ、というメッセージのつもりなのか?
鬼が出ても蛇が出ても驚くことはない。怯(ひる)んではいけない。怯むな、というメッセージ。今年一年の計は確かにこの餅の中にある、のかもしれない。ほとんどダジャレの世界なのに、餅を見ていると、なぜかそんな気がしてくるのだった。



本日の大金言。

元日の餅つき。そこから見えてくる光景。原発への距離。すべてが連関していることを忘れない。


               餅つき11 
プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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