青梅レトロ街で見つけた「百年昔のもなか」

 オッサン仲間と梅の季節に青梅をぶらり散策としゃれ込んだ。と、書きたいところだが、実態はアップダウンの激しい奥多摩の丘陵地帯を5時間ほど歩き回り、ヘトヘトになってしまった。で、一服しようと相成り、青梅昭和レトロ通りに紛れ込んだ、と言った方が正しい。

青梅昭和レトロ通りは市の中心部にあり、あちらこちらに昭和の映画スターの看板や街並みが人工的に再現され、市と商店街が新しい観光スポットとして売り出そうとしているもの。昭和のよき時代にタイムスリップ! とまでは行かないが、それなりに楽しめる。

          青梅② 
          昭和レトロ通りの中心

「昭和レトロ商品博物館」に入館料300円を払って入る。懐かしい駄菓子屋があり、「丹下作善」や「キューポラの街」の吉永小百合など往年のポスターが張られ・・・と昭和30年代、40年代の雰囲気が演出されている。「ビートルズ来日記念盤」のLPジャケットなども美空ひばりのLPとともに飾られてある。

          青梅④ 
          ビートルズと美空ひばり

「でもなあ、これで300円は高すぎるんじゃない? 内容がな薄すぎる。100円で十分だよ」
誰かがそう言うと、全員がうなずくのだった。

隣の「赤塚不二夫会館」も覗いてみたが、青梅にほとんど縁のない赤塚不二夫の記念館がなぜこの地にあるのか、説明を聞いてもよくわからなかった。エンターテインメント新聞の記者時代にご本人を何度か取材した経験のある彦作村長は、映画好きの赤塚不二夫さんが、存命中に「映画に絡めるならいいよ」と鷹揚に記念館設立を許可した姿を想像した。それでいいのだ精神。

昭和レトロ通りというより昭和レレレ通りに苦笑しながら周囲を見渡すと、いい店構えの和菓子屋が目に入った。「道味」という看板。ここは昭和レトロをはるかに超えた創業弘化3年(1846年)の老舗の和菓子屋さんだった。入ると、気さくな女将さんがいて、しばし雑談。

          青梅⑤ 
          ここは創業が江戸末期

「かわらせんべいが創業当時からのものでうちの看板ですけど、もう一つ最中(もなか)も100年以上の歴史があります。昔のままの味なんですよ。大きいでしょう? ビニールとか紙で包装してないのも特徴で、そのまま空気に触れてお出ししてます。ファンも多くて遠くからわざわざ買いに来る方も多いんですよ。小豆がぎっしり詰まっていて、皮も厚くてバリバリしてます。素朴においしいですよ」

          道味⑦ 
          むき出しのもなか

確かに普通の最中より一回り以上大きい。一つ一つむき出しになっている。そのドッカとした野暮ったい佇まいに心が動いた。これだけの大きさなのに1個105円。6個を箱に詰めてもらって、ウマズイめんくい村に持ち帰り、賞味することにした。

          道味② 
          皮もあんも圧倒的

手に取るとどっしりと重い。何よりも皮の香りが周囲を圧倒している。野趣豊かな「道味もなか」。店名の「道味」は祖先の俳号から取ったという。二つに割ると、やや濃いめの小倉あんがドッカと横たわっていた。皮がパリパリではなくバリバリしていて、「最中(もなか)を食べている」という実感がドドドッと押し寄せてくる。あんは小豆の粒つぶが際立っていて、かなりの甘さ。皮とあんのバランスが青梅の山々を思わせるスケール。人も食べ物もその土地の風土に影響されるというグルメの定理は正しい。好き嫌いがはっきり分かれるだろうが、これは青梅宿の最中なのだ。

1個を何とか食べ終えると、腹が一杯になった。その満足感が素晴らしい。美熟女の村民2号は半分でギブアップしてしまった。

         道味③ 
         江戸グルメ


本日の大金言。

町おこしは難しい。あまりやりすぎると安っぽくなる。アンコの少ない最中はまず売れない。江戸の味「道味もなか」が青梅レトロを救うかもしれない。


                     青梅⑦ 

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どん底からの出発「和風まぜそば」って何だ?

赤羽彦作村長は、以前から気になっていた「まぜそば」を賞味すべく、福島県郡山駅で下車した。頭の中には約1年半前の8月の出来事があった。まだ宮仕えだった彦作村長は早めの夏休みを取って、3.11大震災後の東北を旅した。その途中で郡山駅周辺を歩き回ったときのこと。一軒の赤ちょうちんに入った。10人ほど入れる小さな店だったが、客はいなかった。

和服姿の瀬川瑛子似の女将が「もう郡山はダメよ。私も40年続けたこの店をたたまなきゃ。まさかこんな事故が起きるなんて」淡々と話していた。
途中で常連客の高齢男性が入ってきて、飲むほどに酔いが早まり、「もう郡山も福島も終わりだよ」「日本の終わりだ、世界の終りだ」の合唱になり、どうしたわけか最後は肩を組み、涙を流し、握手をして別れた。

          まぜそば② 
          負けないまぜそば

どうしようもない空虚が押し寄せてきて、この怒りをどこにぶつけたらいいのか、しばらく周辺を歩き回っているときに、「まぜそば凛々亭」の看板が目に入った。まぜそばってなんだ? 店はまだオープンしたてらしく入り口には花輪が飾られていた。こんな時期にオープンするとは・・・かなり酩酊していたので、店には入らなかったが、暗闇の底に一輪の花・・・そんなイメージの光景が脳裏に焼きついた。

郡山は福島県の心臓部で商業の中心地。西田敏行の出身地でもある。3.11後も「安積魂(あさかだましい)」を発揮して、少しずつ以前の活気が戻りつつある。彦作村長はアーケード街を歩いて、「まぜそば 凛々亭」を探した。あった! 時計を見ると午後1時半過ぎ。今では郡山有数の人気店になっていて、埼玉・越谷にも分店をオープンさせた。

引き手を開けて店内に入ると、10人ほど座れる木のカウンターが。さらに小さなテーブル席と5、6人ほど座れるカウンターが背中合わせになっている。ジャズが流れ、都会的な小じゃれた店内には6~7人ほどの若いサラリーマン客が「まぜそば」を食べていた。

         まぜそば④ 
         進化系油そば?

黒いTシャツに黒のキャップ。お決まりのファッションの若い女性が注文を取りに来た。まぜそばのメニューは豊富で、塩味、味噌味、和風など数種類。その中から「イチオシの定番」の「和風まぜそば」(並盛700円)を選んだ。
「よくかき混ぜて、3分の1ほど食べたら、お酢とラー油を入れて、またかき混ぜますと、別の味が楽しめます」
丁寧にまぜそばの食べ方を教えてくれる。悪い感じはしない。

         まぜそば⑥ 
         混ぜるのがもったいない

10分ほど待って、「和風まぜそば」がやってきた。美濃焼(?)の器に刻み海苔と大きい煮豚のチャーシュー、大きめのメンマ、多めの刻みネギ。極太の茹でめんがその下に控えている。見事と言っていいレイアウト。まぜそばは油そばの一種で、タレと麺の相性が重要な要素。魚介系の秘伝の醤油ダレと極太の麺を思い切ってかき混ぜる。タレにゴマ油も入っているのか、何とも言えない混じり合ったいい匂いが立ち上がってきた。

          まぜそば⑧ 
          混ぜ混ぜ後

まずはひと口。自家製の極太麵にやや甘めの醤油ダレが絡みついて、そのもっちり感がいい歯ごたえとなって、口中の粘膜に愛をささやき始める。「郡山は負けませんよ」愛の卍固め。カツオの風味がグワンと広がる。結構イケる。メンマはシャキッとしたいい歯ごたえ。チャーシューは脂身の少ないもも肉。ネギは白身と青味の2種類でそれが刻み海苔とともにいい脇役で絡んでくる。よく考えられた構成。

          まぜそば11 
          酢とラー油を加えると・・・
          まぜそば⑨ 
          あらら味が二度楽しめる
          まぜそば10 
          むふむふむふ

途中で酢と特製ラー油をかけてまた混ぜ混ぜ。確かに味がキュッと締まった。ほんわか美女からきつめの美女へ。長澤まさみから沢尻エリカへ。これはこれで美味い。ところで、沢尻エリカはどうしているんだろう? 郡山の復活を確信しながら、彦作村長は「まぜそばの豊饒(ほうじょう)」に身を任せるのだった。



本日の大金言。

絶望からの復活はどん底から始まる。ドンブリの底にある希望。それが見えるか見えないか。


                     まぜそば13 

大正の味とは? 会津ラーメン元祖の味

好スタートを切った NHK「八重の桜」の影響もあり、このところ会津を取り上げるテレビ番組や雑誌が増えている。祖先が会津藩士足軽だった赤羽彦作村長にとっては、複雑な思いはあるものの悪い話ではない。周囲をぐるりと山に囲まれた会津は意外にもグルメの街なのである。ソースカツ丼、そば、最近ではカレー焼きそばなどB級グルメにとっては見逃せない美味いものが多い。地勢学的に魚介類が入りにくかったために、古くから食文化の知恵が発達せざるを得なかったという側面もある。

中でも意外と思われるかもしれないのが、会津ラーメンの存在である。隣の喜多方市が「ラーメンと蔵の街」として人気の定番となっていることもあり、会津ラーメンという言葉自体が喜多方ラーメンの後追いのイメージが強いが、実際はそうではない。雪が降る中をその元祖とも言うべき「三角屋」に行ってみた。会津の総合病院「竹田病院」から200メートルほど離れたまさに三角地帯に古い建築物がポツネンと佇んでいる。

         三角屋① 
         粉雪と最古の中華そば屋

「みちのく最古の手打ち中華そば」と書かれた看板。古ぼけた清潔なノレン。そのすべてが時間の流れから隔離されたよう。そこだけ時間が止まっているとでもいったらいいのか、創業が大正初期というのも納得できる雰囲気が漂っている。中に入ると、懐かしい割烹着を着たかなりご高齢の「看板娘」が、テキパキとお客の注文取りやら何やらをしていた。店内は昭和の雰囲気そのまま。それが今流行のレトロではなく、ホンマものであることがすぐ理解できる。会津でも人気のラーメン屋さんらしく、午後1時過ぎだというのに店は半分くらいの混み具合。

          三角屋④ 
          メニューは少ない方がいい

メニューが少ないのがいい。ソースカツ丼にも食指が動いたが、やはりここは「みちのく最古の手打ち中華そば」(600円)しかない。ご高齢の看板娘は先代の奥さんで、現在の当主は四代目だという。白衣姿が、東京北千住の老舗居酒屋「大はし」の老大将とそっくりだった。立ち姿でわかる大衆食堂の正しい伝統・・・。

          三角屋⑤ 
          大正からタイムスリップ!

待つこと10分ほど。湯気とともに「手打ち中華そば」がやってきた。白い磁器のどんぶりに醤油ベースの透明なスープがたっぷり入っている。煮干しとカツオの魚介系のいい匂いが立ち上ってくる。大きめの煮豚チャーシューが3枚、湯上り美女のようないい色で乗っかっている。それにシナチクと刻みネギ。ここにナルトと海苔があれば言うことなしだが、元祖ということに敬意を表して、このあまりに素朴でシンプルな構成でよしとしよう。

         三角屋⑧ 
         これは絶妙

まずスープ。何ともまろやかな、じんわりと五臓六腑に滲み渡るようなやさしい味だ。人工を感じさせない奥深さ。今流行の濃厚で脂の多いラーメンファンにとっては物足りなく感じるかもしれない。喜多方ラーメンにも通じる出汁が効いた醤油ベースの、昔ながらの味わい。

          三角屋⑥ 
          家伝の手打ち

麵は平打ちの太麺。ツルっとしていて、もっちり感がかなりある。村長の好みの味。自家製のチャーシューはもも肉だろう、噛むとやや固めだが、すぐに噛みきれる。厚さがまちまちで、作り手の長い歴史と息遣いを感じる。口中に広がる肉汁の甘みが圧倒的で、会津という風雪の中で育まれた無骨な心意気がぎっしりと詰まっているようだ。

         三角屋⑦ 
         あちきを食べてくなんしょ

スープを完飲みしてから、ふーっと息をつく。店内には会津弁が飛び交っている。喜多方ラーメンと会津ラーメン。どちらも基本的には同じタイプのラーメンだと思う。ここには割烹着姿の看板元娘を生で見れるというプラスアルファもある。若ければいいという風潮の中で、案外これは大事なことかもしれない。「年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ」という会津の「什の掟」(じゅうのおきて)の一つが頭をよぎった。この無礼者め。



本日の大金言。

歴史を守り続けるというのは難しい。守りすぎてもよくないが、守ることを小バカにするのも小バカな話である。守りつつ攻める。会津の悲惨な歴史の教訓でもある。


                     三角屋⑨ 

春ははるか、地粉十割のざる蕎麦

 再び所用で会津へ。NHK大河ドラマ「八重の桜」で盛り上がっているはずの会津若松。だが、例年にない厳しい寒さで、彦作村長を出迎えてくれたのは大雪だった。真っ白いじゅうたんが駅前から広がっていた。見上げると、鉛色の空から、粉雪がとめどなく舞い降りてきて、「これが会津の冬だべした。早くコタツに入らんしょ」という綾瀬はるかの声が聞こえてくるようだった。

大町通りをとぼとぼと歩いて、四つ角に到着。ここは1590年(天正18年)、豊臣秀吉の命によって伊勢松阪から会津に入封した戦国の雄・蒲生氏郷が始めに造った商店街のかなめの地。江戸末期の戊辰戦争の際には激戦の舞台になった場所でもある。ここに気になるそば屋があった。「そば酒菜 祥」。地粉十割の手打ちそば屋である。いつしか時刻は午後6時をまわっていた。雪は止んでいた。

          祥② 
          ちこう寄れ

店構えが雑誌のグラビア向き?の古い町屋造りで、観光客が喜びそうな雰囲気に満ち満ちている。信長の楽市楽座を継承した蒲生氏郷が見たら、きっと「おお、洒落ておる。まるで京にいるようじゃ」とでも言ったに違いない。(氏郷を招待できないのは残念だが)。ノレンをくぐって引き戸を開けると、見事な囲炉裏が視界に入った。その炉辺を囲んだ席に腰を下ろした。テーブル席と座敷もあり、気持ちのいい広々とした造り。これだけいい雰囲気なのに、客は一人旅らしい女性が一人だけ。何というもったいなさ!

                祥⑤ 
        いい雰囲気である

メニューの中からそう安くはない「ざる蕎麦(そば)」(900円)を選ぶ。和服姿(会津木綿?)の品のいい女性がそば職人で、かなりの年季を感じさせる。高橋祥子さんという名前で、出張そば打ちもしてくれるそう。フトコロ具合も真冬の彦作村長だが、地酒の濁り酒(グラス800円)を追加注文した。会津で「ざる蕎麦一枚900円」というのは相当な自信と中身がないと成立しない。会津はそばどころでもあるからだ。

12~3分ほどして、地元・本郷焼の器に盛られた「ざる蕎麦」がやってきた。海苔(のり)がない。もともとざるそばとはざるに盛られたそばのことで、明治に入ってから、海苔を添えるようになった。今では、海苔がかかっていないのがもりそば、かかっているのがざる蕎麦と勘違いしている人も店も多い。

          祥⑥ 
          見事なざる蕎麦

「ざる蕎麦」はつなぎはお湯だけという十割そばで、見事な洗練を感じさせる盛り方。
「会津はいいそばがあちこちで栽培されているんですよ。うちで使っている食材はすべて店主が山に入って採ってきたものです。きのこや山菜も天然の地物です。ぜひご賞味してください」(高橋さん)

そう言われても、ちとフトコロ具合が・・・。彦作村長は黙って、そばを口に運んだ。いいそば特有のほのかな甘い香りが広がる。一番粉を多く使っているのではないか。驚いたのはコシ。更科のような白めのきれいなそばからは想像できないほどの強いコシ。相当な力技が必要で、失礼ながら女性の細腕、しかもご高齢(?)のそば職人のどこにそんな力が潜んでいるのか? それが会津の女の底力なのか?

            祥⑧ 
            まずは食わんしょ

そばつゆは鰹と昆布の出汁が効いていて甘くもなく辛くもなく。そばとのバランスが実にいい。深々と降り積もる外の雪を想いながら、濁り酒を合いの手にズズズと音を立てながら、会津の真冬のそばを楽しむ。「岩うちわ」という希少植物の葉がさり気なく器の横に置かれている。

ただ、ワサビが天然本わさびではなく練りワサビだったのが少々残念。もう一点、濁り酒が小じゃれたグラスだったこと。好みの問題かもしれないが、酒どころでもある会津ということを考えると、ここはやはり枡(ます)とシンプルなグラスだと思う。〆て1700円の舌代を払って外に出ると、会津の夜がごろりと横たわっていた。

         祥10 
         なじょすんべ



本日の大金言。

「八重の桜」の効果はこれからだろう。桜の蕾はまだ雪の下。会津に春が訪れるのは「はるか」次第とは。なじょすんべ。


                      祥⑨ 

TV特番で超人気だったラーメン店の味

 かつては庶民の味だったラーメンがいつしかどんどん進化して、日本の料理の中でも特異な位置を占めるようになった。たかがラーメン、されどラーメン。書店でもテレビでも「ラーメン特集」を組めば売れる。その世界はそれだけで一つの宇宙みたいになり、醤油、塩、みそとかのスープ別、札幌、喜多方、博多などの地名別はすでに紀元前の分類となっている。今では家系(店名の最後に家が付く)、大勝軒系(山岸一雄が教祖)、がんこ系(一条安雪が家元)など数十種の系統に分類され、さらにはブラック系(醤油ベース)、ホワイト系(豚骨ベース)、ベジポタ系(濃厚な豚骨スープに野菜のポタージュを加えたスープ)やドロ系(ドロドロしたスープ)など聞いてるだけで頭がクラクラしてくる。何やらピカチュウの世界みたいで、ラーメンの進化系ビッグバン、一体どこまで行くのか、心配になってしまうほど。

          大喜① 
          ノレンと自販機

その複雑な流れの中で、彦作村長は、かつて日テレのラーメン特番「史上最大!全国民が選ぶ美味しいラーメン屋さんベスト99」で見事2位(銀メダル)に輝いた「天神下 らーめん 大喜」に足を運んだ。東京・御徒町駅から歩いて5分ほど。史上最大の特番で2位の実力とはどんなものか、気になっていたからである(ちなみに1位は「俺の空」)。

かつては待ち時間が最低でも1時間以上という時期もあったというが、到着したのが午後2時半過ぎということもあって、並ばずに入ることができた。ここは「とり系」ラーメンがウリで、20食限定の「純とりそば」を食べるのは至難のワザ。店内は8人くらい座れるカウンターと3人ほど座れるカウンター、それに4人用と2人用のテーブル席という構成。

彦作村長は入るなり、ダメもとで「純とりそば、ありますか?」と聞いてみた。「純とりそばは1月いっぱいで終わってます。すいません」という返事。改めてメニューを見て、ちょっと高いが、「特製とりそば」(950円)を注文することにした。店員さんはお決まりの黒のTシャツに頭には白いタオル。動きがテキパキしていて、好感が持てる。

         大喜④ 
         見事な構成

10分ほどして、「特製とりそば」がやってきた。鶏の出汁が効いた透明なスープ、鶏のチャーシューが2種類、鶏のそぼろ、ワンタン、二つに切った半熟の煮卵、シナチク、海苔、白髪ねぎ、その下にはきれいな細麺が・・・ビジュアル的には見事で、実にうまそう! ドンブリの全体から鶏のいい香りがふわりと立ち上がり、プンと鼻をくすぐる。

          大喜⑧ 
          透明な奥行き
          大喜⑤ 
          絹のような細麺

まずスープ。鳥の脂が浮いていて、品のいい塩味。多分無化調(化学調味料を使っていない)だろう、自然な奥行きを感じさせる。店主が和の料理人出身だったということが理解できる。麵は細麺で、太麺好きの彦作村長にとっては少々物足りないが、柔らかさの中にコシも結構あり、全体の中でよく考えられた細麵と言える。

          大喜⑥ 
          鶏肉の絶妙

鶏のチャーシューは見事で、その美しさと柔らかな食感は完ぺきに近い。煮卵もちょうどいい味で、鶏そぼろとワンタンの絶妙さはさすが銀メダルの実力と唸りたくなる。だが、しかし、と彦作村長は思う。それぞれが素晴らしいのに、全体としての感動がどこか物足りないのだ。これはどうしたことか? しばらくすると細麺がふにゃりとなってきた。これはゆっくり食べてはいけない、ということなのか。

         大喜⑦ 
         完ぺきな鶏チャーシュー

彦作村長の舌がおかしいのか、食べているうちに、胃袋の底から次第に飽きがにじみ出てきた。1+1+1が3の世界の物足りなさとでも言ったらいいのか、すべてが素晴らしいのに感動が来ない。メニューのあまりの多さも気になった。テレビなどマスメディアの情報を疑ってかかる彦作村長にとっては、「なるほどね」という思いが胸の奥に沈殿したまま、寒空の下、「超人気店」を後にした。



本日の大金言。

ラーメンの世界は今や一つの宇宙になったが、原点を忘れると、ブラックホールに飲み込まれてしまうこともある。


                      大喜10 



大鵬も愛した湯島「花月」のかりんとう

梅は咲いたか、桜はまだかいな・・・ 彦作村長は柄にもなくそんな端唄(はうた)を口ずさみながら、湯島界隈をうろついていた。人形町での夜の会合に出席するには2時間ほど時間があったからだ。かつて近くの池之端の親せき宅に下宿していたこともあり、このあたりには若干の土地勘がある。

知る人ぞ知るかりんとうの名店「花月」をのぞいてみようと思った。駄菓子屋から出発して、東京大空襲以後も花街として名残を残していた湯島の粋筋から「何か美味いお土産はないか」という要望を受けて、かりんとうづくりを始めたという。

          花月③  
          このシビれる佇まい

湯島の「花月」は、浅草の「小桜」、銀座の「たちばな」と並んで東京三大かりんとうと呼ぶ人もいる。かりんとう自体の起源は古く、中国起源説、スペインーオランダ起源説、日本オリジナル説など諸説あるが、東京三大かりんとうはいずれも戦後に誕生していて、歴史的にはそれほど古くはない。

          花月⑤ 
          タイムスリップ!

「花月」は歴史を感じさせるしもた屋風の佇まい。藍染めのノレンをくぐって引き戸を開けると、そこは江戸の下町がそのまま息づいているような錯覚に陥った。質素と紙一重の飾り気のないわびの世界。よき時代の駄菓子屋の雰囲気とはこういうものだったのではあるまいか。「かりんとうの老舗」という敷居の高いイメージがどこかへ飛んで行った。すぐ近くにはどら焼きの「うさぎや」があるが、そのあまりに老舗然とした店構えとの落差。

村の財政事情が厳しい彦作村長は、見栄を捨てて、一番安い一袋780円(200グラム入り)を買った。女性店員の対応は江戸しぐさでとてもいい。安い客なのに、桜色のきれいな包装紙に丁寧に納めてから、「これ、よかったらどうぞ」とはじきかりんとうを一袋付けてくれたのだった。この形の崩れた「はじきかりんとう」がメチャウマで、これが欲しいためにかりんとうを買うファンもいるほど。日本にもこういう店がまだ残っていることにウルウルしてしまう。

                花月①  
         たかがかりんとう、されどかりんとう

「花月」のかりんとうは、見事なきつね色。黒糖のごっついかりんとうを見慣れている人にとっては、その品の良さに物足りなさを覚えるかもしれない。実際、彦作村長もその口だった。女性の薬指大のかりんとうは1本1本丁寧な職人技で透明な糖蜜にくるまれている。店の人の話では、「うちの特徴は三度揚げにしていることと油を頻繁に取り換えることです。古い油だと味が落ちてしまいます」という。それを上白糖を煮詰めた糖蜜に何度もくるむ。「この一連の作業は熟練の職人さんにしかできません」ときっぱり。
 
          花月③ 
          この見事な柳腰・・・
          花月④ 
          なんというテカリ

口に入れると、カリッとした固めの食感。だが、すぐにスーッと口中で溶けていく。品のいい甘さという表現がぴったりする。ごつごつした黒糖かりんとうとは対極にある洗練されたかりんとう。先日亡くなった大鵬をはじめこの店のかりんとうを愛した著名人も多い。

だが、彦作村長は吉永小百合よりレディ・ガガファンである。ごつごつした矛盾だらけの黒糖かりんとうの方を好んでしまう。「花月」のかりんとうを想いながら、レディ・ガガかりんとうに手を伸ばす。お土産には花月のかりんとう、自分で食べるのは黒糖かりんとう。ハレの日とケの日。B級グルメ道は奥が深すぎる。



本日の大金言。

人生は矛盾で成り立っている。かりんとうの世界もまた。



                   花月① 

駅弁発祥の地の「豚釜めし」

 国元からの急な知らせで、しばしの間「ウマズイめんくい村」を留守にしてしまった。転んでもただでは起きない彦作村長。久しぶりに宇都宮駅で駅弁を買い込んだ。ここは駅弁発祥の地とも言われ、駅弁マニアにとってはある種の聖地でもある。その日本最初の駅弁とは握り飯2個とたくあんを竹の皮で包んだものだったという。明治18年(1885年)7月のこと。

          豚釜飯①   
          これにしようっと

その約128年後、彦作村長は新幹線の駅構内で松廼家(まつのや)の「豚釜めし」(900円)と熱いお茶(130円)を買い込んだ。「霧降高原豚使用 ピリ辛味噌焼き仕上げ」というキャプションに惹かれたからである。松廼家は「とりめし」(700円)が有名だが、村長は豚好きなのである。

         豚釜飯⑤ 
         包みを解く前の楽しい時間

東北新幹線の車中から白い那須連山を眺めながら「豚釜めし」の包みを解く。駅弁の楽しみはこの包みを解く瞬間である。女性との初めてのデートとどこか似ている。128年で竹の皮は黒いプラスチックの釜に変わっていた。彼女は昔の彼女ならず。せめて益子焼くらいにはしてほしい。あまりに興醒めな薄っぺらい釜もどきに一瞬めまいが起きてしまった。

それでも中身に期待しようと気持ちを立て直して、ふたを開けた。味噌焼きの霧降高原豚、ぜんまいの甘辛煮、ゴボウ、それに赤と黄のパプリカが見目麗しくレイアウトされている。デザイン的にはよく考えられている。問題は味だ。周辺から中心へ。これが恋愛の鉄則である。まずはゴボウ。甘辛煮で崩れたところがなく、いい歯ごたえでいい味だと思う。

          豚釜飯⑥ 
          おっ、うまそう

次はぜんまい。彦作村長は大のぜんまい好きで、かつてエンターテインメント新聞社で宮仕えしていたころ、料理屋でぜんまいが出ただけで「この店はマル」と手帳に書いていたほど。こちらも甘辛煮で白ゴマが花びらのように振りかけられている。濃いめの味だが、まずまずのうまさ。

いよいよ豚肉。霧降高原豚は飼料にウコンを混入していて、肉質が軟らかくきめが細かいのが特徴といわれている。味噌と唐辛子などで甘辛く焼き上げた豚肉はそれなりのボリュームがあり、主役を張っているのがわかる。だが、しかし。冷たーい! 冬だから当然のことかもしれないが、夏場ならいざ知らず、真冬にこの冷たさは工夫がなさすぎると思う。冷や飯好きにはいいかもしれないが。

         豚釜飯⑦ 
         あーん
         豚釜飯⑧ 
         冷えますなあ

さらに五目ご飯がいただけない。もち米入りの五目ご飯で、出来立てはうまいだろうな、と思うが、寒風の中で置かれた五目ご飯は箸で取ろうと思っても固まりが崩れず、せっかくの見目麗しい構成が台無しになってしまっている。ネーミングと表紙は素晴らしいが、これでは画龍点睛を欠くではないか。安くはない900円で冷や飯を食べるというのも一考だが、彦作村長の脳裏には駅弁発祥の地で「とんだ豚釜めし」というキャッチフレーズが浮かんだ。



本日の大金言。

見かけと中身は正比例しない。恋愛においても駅弁においても悲しいかなそれが現実かもしれない。


                     豚釜飯11 

行列のメンチカツよりコロッケ!

 東京・吉祥寺は彦作村長にとっては懐かしい街である。ウマズイめんくい村に引っ越す前に住んでいた街で、ハーモニカ横丁の迷路や井の頭公園、さらにはファンキーやサムタイムなどのジャズ屋、しゃれた店・・・すべてが気に入っていた。この街で行列のできる店といえば、「吉祥寺さとう」と「小ざさ」が双璧だろう。

         メンチカツ 
         行列の彼方

この2軒はほとんど隣り合っていて、今では吉祥寺の名物となっている。「吉祥寺さとう」はメンチカツ、「小ざさ」はようかん。それを買うために朝早くから行列ができる。「小ざさ」のようかんは一度食べたことがあるが、「吉祥寺さとう」のメンチカツは食べたことがない。日と時間によっては2時間以上も待つことがあるという伝説のメンチカツだ。

「ねえねえ、並んでみない? 今日は50~60人くらいしか並んでいないわよ。どんな味か試してみたい」
「B級グルメを名乗るからにはここは避けては通れないなあ。並ぶとするか」

村長と村民2号は寒風の中、行列の最後尾に並んだ。

         メンチカツ② 
         もう少しだ

「メンチカツ1コ 180円  5コ以上は1コ140円 メンチ以外はすぐにお買い求めいただけます」
そう書かれた黄色いボードを手渡される。
「メディアでもメンチばかりが取り上げられているけど、実はコロッケがうまいという情報があるよ」
へそ曲がりの村長は、メンチ2個とコロッケ(120円)を2個買い求めることにした。

          さとう⑤ 
          メンチカツとご対め~ん

30分ほどの待ち時間でゲット。ここは松坂牛など国産黒毛和牛を看板にした肉屋さんで、1階は肉屋で2階はステーキ屋になっている。最高級の松坂牛を安く買える、安く食べれるというのが昔からのウリで、その国産黒毛和牛を使ったメンチカツが大人気となっているのだ。「メンチカツ界の最高峰」とまで言われる。

ウマズイめんくい村に持ち帰って、さっそく賞味することに。電子レンジで30秒ほど温めてからオーブントースターで2~3分温める。こうすれば、揚げたてに近い状態になる。メンチはテニスボール大の球状で、いいラードでカラッと揚がっている。コロッケは一見して同じような球状だが、下の部分が平らになっている。村長の狙いはこちらの方。

         さとう⑧ 
         テニスボール大の圧倒
         さとう⑨  
        メンチカツ界のキング

まずはメンチカツ。二つに割ると、黒毛和牛のひき肉とタマネギのいい匂いがぐわんと立ち上がってきた。強烈な匂いで、それが旨さと表裏一体となって肉の進撃を開始してくる。口に入れただけで肉汁がじゅわりと広がってくる。絶妙な甘みと旨味。コロモのサクサク感もいい感触。ソースを付けなくても塩加減がちょうどいい具合に味付られている。
「メンチカツの最高峰と言われるだけのことはあるわね。180円というのは安くないけど、納得せざるを得ない。私が食べた中では一番うまい。揚げたてを食べたら、もっとうまかったわね、きっと」
村民2号が甘口の品評。

         コロッケ① 
         こちらがコロッケ
         コロッケ② 
         シンデレラ姫

お次はコロッケ。真ん中を割る。粗めにマッシュされた男爵イモと和牛の肉片が混じった見事な世界が現れた。メンチに比べて人気がないが、見た瞬間、「これは当たり!」というひらめきが走った。

「これはうまいよ。サクサクのコロモとレベルの高い男爵イモ。その間に間に柔らかい肉の塊。これで1個120円というのはチョー納得。これが待ち時間なく買えるんだから不思議だよ。客はどこを見てるんだろう? 総合点でメンチより上ではないか。メンチがキングならコロッケはシンデレラだと思うよ。競馬でいうと穴馬」
「客がその魅力に気づいていないというのは確かに。でも、着実にコロッケファンが増えているようよ。コロッケの行列ができる前にまた行きましょ。今度はその場で揚げたてを食べたいわ」
村長にメンチを切る村民2号。その顔がコロッケに見えてきた。



本日の大金言。

新しいスターは最初は見えにくい。シンデレラの教訓は示唆的である。すぐ足元に小さなスターがいるというのに。



                コロッケ③ 



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汁なし担担麺で日中友好?

 「文芸春秋9月号」で「司馬遼太郎の見たアジア」という特集を組んでいる。藤沢周平ファンであると同時に司馬遼太郎好きでもある彦作村長は、1971年4月号の中国史学者・貝塚茂樹との対談記事に目を見張らされた。「毛沢東とつきあう法」を「日中衝突の原点」と改題して全文再録している。40年以上も前の対談である。

あまり引用はできないが、尖閣諸島をめぐってなぜあれだけ中国が強硬なのか、日本人にとっては不可解としか言いようのない精神構造の秘密が見事に語られている。中国人は演技のうまい民族で、団十郎、菊五郎クラスが揃っていること、日本では通用する言葉だけで「わかるわかる」は通用しないこと、実行することで相手を評価すること、同じことを何十ペンでも繰り返して主張すること・・・などなど今現在の問題まで通底している。改めて中国人という隣人を考えるキッカケになると思う。

          新橋・担担麺① 
          ニーハオ

夕暮れ時、久しぶりにサラリーマンの街・東京新橋を散策中に、「汁なし担担麺(たんたんめん)」という文字が視界に飛び込んできた。汁なし担担麺? 珍しモノ好きの村長はふらりと「担担麺 匠心」に飛び込んだ。日中B級グルメ問題というテーマが頭をかすった。ラーメンは中国のものか今や日本のオリジナルなのか?

夜の会合の前に敵情視察を兼ねて小腹に収めるのもいい。中に入ると、椅子が9つほどのカウンターだけの小さな店だった。中国風の大雑把な雰囲気。お世辞にもきれいとは言えない。上海出身の店主が日本語で「いらっしゃい」と迎えてくれた。感じは悪くない。ここは担担麺がウリ。「本格担担麺(汁なし)」(780円)を注文した。「上海風焼きワンタン」(800円)にも目が行ったが、容量オーバーになってしまうのでガマンガマン。

          新橋・担担麺③ 
          汁のない担担麺

「汁なしって珍しいね」
「担担麺は四川料理ですけど、もともとは屋台料理で、汁がないのが元祖なんですよ」
「四川は鄧小平さんの出身地だったね。鄧小平が存命だったら、今の日中関係をどう思うだろうね」

カウンターを挟んで日中友好のひと時が繰り広げられる。
料理好きが高じて1年半前にこの店をオープンしたという。日中の関係がおかしくなっているときだけに、こうした村民レベルの交流が重要になってくるのではないか。

          新橋・担担麺⑥ 
          混ぜると旨そうに・・・

7~8分ほどで「本格担担麺」が目の前に置かれた。ラー油とゴマのいい匂いが漂っている。かすかに豆板醤の香りもする。麺以外はすべて自家製だという。肉みそと白髪ねぎ、それに水菜、半熟卵がシンプルな彩りを添えている。今、日本で流行っている油そばはこの汁なし担担麺からヒントを得たのではないか? 柔らかくてコシのある中太の平麺に箸を入れてをかき混ぜると、自家製の醤油ダレが絡まってきて実にうまそうな「四川の素朴な世界」が立ち上がってきた。かき混ぜることで1+1が3にもなる世界。

         新橋・担担麺⑤   
         絶妙な味?

思ったほど辛くはない。肉みそと醤油ダレは甘め。麵のもっちり感がいい。あえて言うと、肉みそはもう少し多い方がいいと思う。量は多くもなく少なくもなく。全体として日本人の舌に合う旨さに仕上がっているが、隣が安い「博多天神」ということを考えると780円という価格設定も微妙なところ。
だが、それ以上に、この難しい時期に日本で店を開くという志に静かに声援を送りたくなった。ラーメンが中国に帰属するか日本に帰属するかなんてどうでもいい。善悪二元論に未来はあるか? 司馬遼太郎の視点で日本と中国を見直してみる。村長は空になったドンブリを見ながら、タンタンと思うのだった。



本日の大金言。

日本にいる中国人。中国にいる日本人。敵対ではなく認め合うこと。汁なし担担麺の知恵。


                   新橋・担担麺⑧ 

恐るべき「カレーセイロひも川うどん」

 「村長、見てみて! 伊勢うどんには驚かされたけど、見た目ならこっちの方がすごいわよ」
美熟女の村民2号が、友人のうどん通からの情報を持って、農作業中の村長のところに飛んできた。メールで送られてきた写真を見て、彦作村長も仰天した。優に幅5、6センチはあろうかという幅広うどんが映っていた。箸がツマヨウジのように細く見えた。まるでうどんというよりきしめんの親分ではないか?カレー汁にたっぷり付けてうまそうに食べようとしている村民2号の友人女性。手でVサインなどをしている。

「くやしい~。先を越された! 私も目を付けていた店なのよ」
村民2号の目が三角になっていた。村長は、黙って水を一杯持ってきた。落ち着いてから、おもむろに言った。
「合成写真かもしれないよ。とにかく行ってみよう」

          藤屋本店② 
          いい店構え

ポンコツ車を飛ばして、上州は桐生市に到着。ここは村民2号のお膝元でもある。かつては織物の街として栄え、文豪・坂口安吾が晩年を過ごした街でもある。カカア天下の本場としても知られている。66号線沿いに問題の「藤屋本店」があった。桐生には何度も来ているが、ノーマークの店だった。世界は本当に広い。

「藤屋本店」は2階建ての古民家造りの雰囲気のある店だった。暖簾(のれん)をくぐって中に入ると、カウンター席、仕切りのあるテーブル席などがいくつかあり、ゆったりとした和のスペースが広がっていた。テーブル席に腰を下ろしてメニューを見る。
「これだこれだ。『カレーセイロひも川』(800円)。これください」
「私は同じものはプライドが許さない。『ソースカツ丼』(820円)にするわ。会津のソースかつ丼と比べてみたいしね」

         藤屋本店③ 
         マーベラス!
         藤屋本店10 
         桐生ソースカツ丼

「藤屋本店」は明治23年創業の老舗だった。うどん・そば・地酒が看板で、中でも「ひも川」はディープなファンが多く、土日などは首都圏から訪れる客も多いという。待つこと12、3分ほど。ソースカツ丼に続いて、「カレーセイロひも川」がやってきた。ドデカいどんぶりにカレーのつけ汁が並々と入っていた。青ネギと豚肉がボコッボコッと浮いている。いい匂いが半径70センチを支配する。そば屋やうどん屋のつけ汁は出汁がよく効いていて旨味が独特だ。浅草の「翁そば」のカレー南蛮などはその最たるものだと思う。

          藤屋本店④ 
          どんぶりにカレーつけ汁

さらに村長を驚かせたのは「ひも川」。村民2号の友人が送ってきた写真は合成ではなかった。確かに幅5~6センチはある。それがきれいに折りたたまれている。きしめんの親分というより、これはまるで「ゲゲゲの鬼太郎」の一反もめんだよ。箸で挟むのにひと工夫しながら、カレーのつけ汁にたっぷり付けて、口元に運ぶ。うまくいかない。

         藤屋本店⑤ 
         恐るべきひも川
         藤屋本店12  
         一反もめんではありません

あまりに長いので、途中で切ってから、再びトライ。もっちりしていてつるりとした感触は想像以上のうまさ。地粉100%のひも川うどんで、それが濃厚なカレーのつけ汁と相まって絶妙な寝技を仕掛けてくる。ボリュームもある。イケる。次第に村長の体が「カレーなるひも川」の中に飲み込まれ、予想外の美味に頭が真っ白になりかかる。格闘の末、15分ほどで完食。結構な満腹感にしばし揺蕩う(たゆたう)。

「ソースカツ丼は肉の量が会津よりずっと少なくて私にはちょうどいい。タレは甘めかな。キャベツがないのが桐生のソースカツ丼の特徴なんだけど、やっぱり野菜が欲しいわね。サラダでも付けてほしい」
「カレーセイロひも川は何と表現していいのか、これは反則スレスレだと思う。ちょっと前までは秋冬限定で出していたそうだけど、ファンの要望が多くて、1年を通してのメニューにしたそうだよ。こういう世界があってもいいとは思うけど、この店のように伝統の裏付けがあっての世界だと思うよ。ウケ狙いでこんなのがいっぱい出てきたら、一反もめんの行くところが無くなっちゃうよ(笑い)」
「村長も一反もめんの仲間だもんね。ふんどし好きだし」
村民2号の毒矢が飛んできた。
村長は、ここはカラスも「カア」と鳴かずに「カカア」と鳴く上州だったことを思い出した。



本日の大金言。

世界は広いが、うどんの世界も広い。埼玉には「川幅うどん」なるものまである。そのうち本当に「一反もめんうどん」が登場するかもしれない。


                    藤屋本店⑨ 


西荻で「あの伊勢うどんの行列」に並ぶ

うどん界の常識をくつがえすコシのない 「伊勢うどん」はこのブログでも何度か取り上げたが、この正体不明の柔らかさと醤油だれのうまさは食べてみなければわからない。コラムニストの石原壮一郎さんが、昨年7月に「伊勢うどん友の会」を立ち上げ、「このギスギスした世の中が少しでもブヨブヨになることを願って、太くてやわらかい伊勢うどんスピリッツを追求していきたい」と宣言。以来、東京にも「伊勢うどんを食べれる店」が少しずつ増えて、メディアの注目度もブヨヨ~ンとアップしてきている。

その「伊勢うどん友の会」から、連休中に「一日限定の伊勢うどんカフェを開きます」という案内が届いた。場所は東京・西荻窪の「KISS CAFE」。これは行かずばなるまい。彦作村長はギックリ腰の身体をヨロヨロと立ち上げ、杉作・・・じゃなかった美熟女の村民2号の介護付きで出かけることにした。会津B級グルメの旅で歩きすぎて、酸素吸入器が必要なくらいだった。

         伊勢うどん① 
         東京で伊勢参り?

西荻窪駅から歩いて5分ほど。「KISS CAFE」の前は人だかりができていた。行列の最後尾に並んで、ようやく店内に入ると、混み合っていた。だが、さすが伊勢うどんの世界。ギスギスしたところはなく、「ま、ゆっくりのんびりいきまひょ」みたいなある種の譲り合いがあちらこちらに「陽だまり」を作っているようだった。朱塗りのドンブリから伊勢うどんの湯気がうまそうに湯気が立ち上がっている。たまり醤油のいい匂いが鼻腔をくすぐる。石原壮一郎ファンなのか比較的若い世代の女性客も多い。

          伊勢うどん⑤ 
          期待が高まる

カウンター内には割烹着姿の「伊勢うどんガールズ」(石原さん命名?)が4人ほど忙しそうに客をさばいていた。村長と村民2号はメニューの中から定番の「伊勢うどん」(400円)を注文した。ふと見ると、手ぬぐいを頭に巻いて、Tシャツ姿の妙なオッサン(失礼)がいた。石原壮一郎さんの生もの! 奥にある厨房と客席の間を行ったり来たり。天下のコラムニストが料理人兼ドンブリの運び屋(?)までやっている。「石原さ~ん、おいしいわよ~」あちこちからピンクの声援も上がったりしている。石原さんそのものが伊勢うどんに見えてきた。無コシの自然体。入り口も出口もない、無重力の世界。その柔らかな洒脱(しゃだつ)の世界。

         伊勢うどん④ 
         あら、石原さ~ん

伊勢うどんの歴史は古い。江戸時代以前にすでに伊勢市を中心として「味噌のたまりをからませたうどん」文化があったという。江戸時代に入ってからは「伊勢参り」の参拝客相手に釜揚げうどんをたまり醤油と一緒に出す店が出始め、混み合ってもスピーディーに出せ、しかも味わい深い現在の伊勢うどんのスタイルが出来上がっていったという。

          伊勢うどん⑥ 
          この自然体

湯気とともに伊勢うどんがやってきた。カツオだしがよく効いた醤油ダレが朱塗りのドンブリの底で「ようおいでやしたなあ。ま、ゆるりとしていきなはれ」とささやいているようだ。刻んだ青ネギがかかっているだけ。その実にシンプルな姿。

          伊勢うどん⑦ 
          醤油だれと絡ませてっと・・・
          伊勢うどん⑨ 
          コシのないすご味が・・・

ぶっとくてもちもちした熱々のうどんを底の醤油ダレに絡ませる。口に運ぶ。まるでコシというものがない柔らかな衝撃がじんわりと五臓六腑に滲み入ってくる。うどんに絡みついた醤油ダレのほどよい甘み。ストレスというストレスが次第に溶けていくようだ。なぜかジョン・レノンの「イマジン」と「ラブ」が聞こえてくる。伊勢うどんとジョン・レノン。案外、面白いテーマかもしれない。

         伊勢うどん12 
         至福のカンショク

「村長、しっかりしてよ。目がとろんとしてるわよ」
村民2号の声で現実に引き戻される。
「コシがなくてもこんなにうまいうどんがあるということに改めて驚くわ。来てよかった。でも、ただ一点。青ネギが少なかった」
村民2号がボソッと言った。
「省アオネギーというのも伊勢うどんの世界なんじゃないか」
村長のくだらないダジャレがドンブリの底に沈んでいった。


本日の大金言。

伊勢うどんは哲学的でもある。コシ中心の世界観を一瞬にして相対化してしまう。こんなうどんは他にない。


               伊勢うどん② 

何と38代目「五郎兵衛飴」奇跡の味

 会津B級グルメの旅も最終日。「八重の桜」で盛り上がる会津だが、今年は例年にない大雪で、街中は閑散としている。今回の美味いもの探しの旅で彦作村長が何としても会いたかったのは、「五郎兵衛飴本舗」のご当主。「五郎兵衛飴」は驚くなかれ800年以上にわたって代々ほとんど同じ味を守り続けている「会津の至宝のスイーツ」である。現在の当主は38代目。無形文化財に選ばれてもおかしくはない奇跡的な飴菓子と言ってもいいと思う。

          五郎兵衛飴⑥ 
          会津でも知る人ぞ知る味

会津でもその存在はベールに包まれている。その存在すら知らない人も増えている。飴と言っても、水飴を柔らかく固めたむしろゼリー菓子に近い食感で、彦作村長は子どもの頃、五郎兵衛飴を口にできるのは年に一回くらいで、それもお金持ちの親戚が手土産に持ってきてくれた時だけだった。透明なオブラートにくるまれた琥珀色(こはくいろ)の五郎兵衛飴を口に入れ、噛むと、ゼリーのような食感とともに甘くていい麦芽の香りが口の中いっぱいに広がった。
 
          五郎兵衛飴①  
          包装も昔のまま

会津若松駅前にある店で6個入り(350円)を三つ買う。箱詰めは18個入りで1050円。日本中探しても極めて少ない歴史的な老舗なのに値段を低く抑えている。店舗展開を広めようともしない。連綿と昔ながらの味と手作業の製法を守り続けている。

         五郎兵衛飴② 
         オブラートにくるまれている

「ご当主はいらっしゃいますか?」
「ここにはいません。38代目はここから遠く離れた製造所にいるんですよ。行仁町(ぎょうにんまち)というところにいるんです。そこで、作っているんです」
品のいいおばあちゃん店主が教えてくれた。

住所を頼りに行仁町を目指す。歩くこと40分ほど。雪と氷に足を取られて腰を打ったり足をひねったり、道を間違えたりしながら、ようやくの思いでたどり着くと、そこは目立たない隠者が住むような作業場だった。たまたま休みの日にも関わらず、38代目五郎兵衛さんがわざわざ出てきてくれ、「せっかく遠くから訪ねてくださったので」と言いながら、古文書などを見せてくれた。若くてダンディーな38代目だった。会津の基礎を作った戦国武将・蒲生氏郷の直筆の書状や御判板(城内通行証)を見せてもらい、あまりの感動に涙が出かかった。

          五郎兵衛飴38代当主 
          38代目ご当主とついにご対面

飴づくりは午前3時ころからスタートする。もち米と麦芽を合わせて、それを丹念に煮詰めて、寒天と合わせる。それを乾燥させて、手で切り取り、一つ一つ手作業で包装するという。気の遠くなるような作業。これを800年以上も代々受け継いでいるという。源義経が奥州・平泉に都落ちする途中に立ち寄り、その際にこの飴を食べたという記録も残っているという。

「その時代に寒天があったかどうかはわかりませんが、少なくとも、江戸年間からは同じ作り方をしてます。歴代藩主や白虎隊もこの五郎兵衛飴を食べたようです」
さり気なく、気の遠くなる話を披露してくれる38代目。山本(新島)八重もこれを食べていたに違いない。綾瀬はるかにもこの奇跡の味を食べさせたい。時空を超えたうまいもの探しの旅・・・。

          五郎兵衛飴③ 
          5センチ四方の宝石?
          五郎兵衛飴⑤ 
          固めのゼリーのよう

ウマズイめんくい村に帰ってから、久しぶりに「五郎兵衛飴」を賞味する。赤い包装も昔のまま。味も昔のまま。透明なオブラートにくるまれた琥珀色の五郎兵衛飴。そのゼリー状のあまりにきれいな飴菓子の灯が連綿と続いている奇跡を想う。何より、彦作村長が敬愛してやまない蒲生氏郷もこれを食べていたのかと思うと、実に実に不思議な気分になるのだった。


本日の大金言。

会津は戊辰戦争の敗者というイメージが強いが、それはほんの一面に過ぎない。「五郎兵衛飴」がそれを教えてくれる。


                 五郎兵衛飴①

まんじゅうの天ぷらと地酒の相性

 「秘密のケンミンンSHOW」で取り上げられて以来、「まんじゅうの天ぷら」は会津の摩訶不思議な郷土料理として知られることになってしまった。そりゃそうだ。アンコの入ったまんじゅうを天ぷらに揚げて、それを醤油に付けて食べるなんて、東京や他の地区の感覚から言ったら、冗談としか思えない。

しかし、彦作村長の幼少のころは、まんじゅうの天ぷらはお盆など冠婚葬祭のときに出されたもので、決して常食していたわけではない。第一、コロモが一杯付いているうえ、あまりいい油を使っていなかったこともあってか、それほど美味いものではなかった。むしろ油が気になって、2~3個食べると気持ち悪くなったりしたものだ。

          喜平④ 
          いい店構え

一面雪に夜のとばりが下りるころ、会津若松駅前の「喜平そば屋」のノレンをくぐった。にしんの山椒漬けと地粉100%の十割そばで地酒を飲もうと思ったからだ。田舎家造りのいい雰囲気の店だった。他に客は一人しかいない。

          喜平③ 
          これははずせない

会津の郷土料理「にしんの山椒漬け」(450円)と「にしんの天ぷら」(300円)を注文、それからおもむろに「会津娘 純米酒」(1合500円)を頼んだ。
「あっ、まんじゅうの天ぷらがあるわよ。1個90円。これも2個お願いします!前から一度食べてみたかったんだ」
村民2号がうれしそうに店主に追加注文した。彦作村長にとっても約20年ぶりのまんじゅうの天ぷらだ。

          喜平⑤ 
         自家製にしんの山椒漬け

「にしんの山椒漬け」はNHK大河ドラマ「八重の桜」のロケで来た綾瀬はるかも食べてみて「うめえでねえがし(うまいわ)」と言ったらしい。このエピソードは神明通りの小料理屋の店員さんから仕入れた話である

「喜平そば屋」のものは、彦作村長がこれまで食べた「にしんの山椒漬け」の中でも上位に入る美味さだった。身欠きにしんを山椒の葉と一緒に醤油と酢と砂糖少々のタレに漬け込み、1週間ほど寝かす。海のない山国ならではの知恵の産物だが、これが地酒によく合って、実に美味い。

         喜平⑦ 
         おぬし、できるな

「まんじゅうの天ぷら」は秀逸だった。昔のあの救いのないもっさりしたイメージとは違った。コロモがカラッとしていて、茶まんじゅうのこしあんは甘さがかなり控えめ。品のいい味で、上等な一品と言ってもおかしくないほど。
「天つゆにつけてもいいし、お醤油につけても意外とおいしいですよ」
と店主。

         喜平⑧ 
         意外や地酒に合う・・・

地酒「会津娘」はやや辛口で奥行きもある。まんじゅうの天ぷらは意外だが、肴(さかな)としても協調している。イメージではまんじゅうの天ぷらを肴に一杯はあり得ない。だが、現実にトライしてみると、絶妙に合ってくるのだ。甘さが薄い分、天ぷらのサクサク感がいい食感となって、「会津娘」とミニハーレム状態をかもし出してきた。うーむ、何ということだ。不思議な味覚の世界と言わざるを得ない。

         喜平⑨ 
         仕上げの十割そば
         喜平11 
         太さと風味の合体

仕上げに「もりそば」(650円)。つなぎは水だけという十割手打ちそばで、かなりの太切り。コシが強く、口に入れた途端、会津産そば粉の風味が立ってきた。歯触りのもっちり感がいい。
「これは私の好み。ツユがちょうどいい甘さで、カツオの出汁が効いている。わさびが粉ワサビなのがちょっと残念だけど、この値段でこれだけの味はそうはないと思うわ」
村民2号が「これぞ会津の味」を堪能した満足顔で、彦作村長にそっと伝票を渡すのだった。



本日の大金言。

いい店を発見すると、世界がワルツを踊り始める。会津の場合は民謡になるが。


                     喜平12 

一子相伝、脳がとろける「冬の水ようかん」

東山温泉にノレンを下げる羊羹(ようかん)一筋 「松本家」といえば、会津では知る人ぞ知る特別な存在である。文政2年(1819年)創業。湯治場として知られていた東山温泉で湯治客相手に田舎ようかん(水ようかん)を売り始め、次第にそれが「あまりに美味い」と評判を呼んだ。東山温泉は幕末には土方歳三が傷を癒した温泉で、彼もこの水ようかんを食べた可能性は高い。

松本家の凄いところは、当時の味を守り続けていることと、店舗を増やさないということだろう。200年近く東山温泉から動いていない。会津若松駅ナカに少量だけ置いているが、あっという間に売り切れになってしまう。一子相伝、今どき珍しいようかん一筋の、手づくりにこだわる店なのである。

                松本家① 
        2個しか残っていなかった

彦作村長は幼少(ガッキー)のころに、この水ようかんを初めて食べたときの感激を忘れない。細長く長方形に切られた水ようかんは乳白色の膜にくるまれたような、きれいな小豆色で、小豆のつぶつぶが星雲状に散りばめられていた。口にした途端、ほのかな甘みとともに小豆の風味がすっくと立ち上がってきた。オーバーではなく「この世にこんなに美味いものがあるなんて」と目を閉じて数秒間天上の世界をさまよったほどだった。以来、串だんごと並んで、彦作村長にとっては「特別な存在」となった。

          松本家④  
          ワオー!ふたを開けた瞬間

その水ようかん。駅ナカで「5本入り」(保存ボックス付950円)を何とか手に入れて、ウマズイめんくい村に持ち帰って、久しぶりの賞味となった。小豆、砂糖、寒天、塩しか使用していない「生もの」なので早めに食べなければならない。
発泡スチロールの四角い箱を開けると、透明なビニールに包まれて、松本家の水ようかんが横たわっていた。縦に切り込みの線がうっすら見える。いきなり妙齢の美女の寝室に入り込んだみたいな錯覚に陥る。

          松本家⑥ 
          粒あん入りは珍しい

日光の水ようかんをはじめ長方形の有名な水ようかんはこしあんがほとんど。だが、松本家は小豆が粒のまま散りばめられている。小皿に1折取り分けて、改めて見つめる。何というみずみずしさ。水ようかんは夏の甘味というのが常識だが、冬の水ようかんというポジションは珍しいと思う。福井などにも同様の形の冬の水ようかんがあるが、黒糖入りのこしあんである。

          松本家11  
          この透明感

見ているだけで生つばが出てくる。小豆の粒つぶが妙な食欲をそそる。寒天の量が多めで、それが色合いを透明感のあるものにしている。まずひと口。寒天の食感が強い。いい小豆の風味が口中に広がる。甘さがかなり控えめ。小豆の粒つぶ感が心地いい。だが、しかし・・・昔のあの感動がよみがえってこない。遠い記憶では天上のうまさだった。美味いことは美味い。それなのに、脳天がシビレるような感動が湧き上がってこないのだ。なぜだ? 何が起きたのだ?

         松本家10 
        あの感激が・・・

「村長の口が肥えたのよ。昔は他に美味いものが少なかったでしょ。刷り込みの記憶が大きすぎたのよ。特に村長は思い込みが強すぎる人だから」
「あの水ようかんは帰らざる河なのか。ノーリターン、ノーリターン・・・」
「ノータリーン、ノータリーン」
アホ顔の村長とモンローとはほど遠い村民2号の噛み合わないデュエットがいつまでも続くのだった。



本日の大金言。

記憶の中の味覚。それを追い求めるより目の前の味覚を追え。それがB級グルメ道なのである。




                松本家② 

会津ソースかつ丼の大いなる謎

 雪の会津若松市内を滑ったり転んだりして歩きながら、村長は「会津ソースかつ丼」のことを考えていた。長野県駒ケ根市や群馬県桐生市など「ソースかつ丼」のメッカはいくつかあるが、会津のソースかつ丼がいつ誕生したのかさえ実ははっきりしていない。23店舗が加盟する「伝統会津ソースかつ丼の会」でも、大正起源説や昭和(戦前)起源説を併記しているほどだ。

          会津若松駅② 
          いざソースかつ丼へ

それ以前に「ソースかつ丼」自体の起源についても諸説あり、「わが方が元祖だ」「いやいやうちの方がもっと古い」という論争があるくらいだ。ソースだけに出どころが問題ということか。確実な記録が残っていないこともあり、結局のところ真相は「藪(やぶ)の中」といわざるを得ない。

「会津ソースかつ丼」の特徴は千切りキャベツが敷いてあること、肉の量が他地区のものと比べて驚くほど厚いこと。さらに会津米(ほとんどがコシヒカリ)を使用していることの三つだろう。以前このブログで取り上げた「美由希食堂」のソースかつ丼もドンブリからはみ出るほどの分厚いとんかつで、完食するのに苦労するほどだった。

         いとう食堂① 
         伝説の味とは?

村長が今回向かったのは行列のできる超人気店「いとう食堂」。営業時間が午前11時30分から午後2時までのたった2時間半のみ。会津若松駅から4~5キロほど離れた本町の住宅街にある。ここは精肉店を経営していたご主人が「美味いとんかつを研究」しているうちに、ついに肉屋をやめて食堂に切り替えてしまったという伝説の店でもある。会津産コシヒカリを使い、豚肉は研究の末に行き着いた新潟産の極上肉を使っている。今回の旅でこの店は外せない。

開店前からすでに8人ほど並んでいた。入り口は田舎の古い食堂の雰囲気。中に入ると、7人ほどしか座れないカウンター席。狭い。
「相席になりますけど、いいがし(よろしいですかの意味)?」
夫婦で営んでいるようで、奥さんらしい女性が、申し訳なさそうに村長と村民2号に話しかける。
「さすけね(大丈夫ですの意味)」と村長。

         いとう食堂11 
         こんなメニューも

奥が和室になっていて2部屋。そこに腰を落ち着けてから「かつどん(ソース)」(1000円)を注文した。厨房から主人が揚げるとんかつの軽やかな音といい匂いが漂ってくる。注文してから作り始めるために待ち時間は20分ほど。その登場の仕方は強烈だった。ドンブリのふたからトンカツがはみ出ている! ふたを取ると、分厚いとんかつが6切れ。厚さは優に2センチはあるのではないか。それが見事な色。なめこの吸い物と大根の醤油づけが脇に控えている。まるで横綱白鵬の土俵入り。

         いとう食堂③ 
         おおっと、横綱の土俵入り

ひと口、がぶりと行く。柔らかい。ヒレ肉のようだが、ロース肉だという。ジューシーな肉汁が口中に広がる。「サシ(脂身)がこれだけいいのは新潟産のこの豚肉だから。試行錯誤してこの肉にたどり着いたんですよ」とご主人。ソースはいくつかのものをブレンドしている。甘めでリンゴ酢のような柔らかな酸味のソースがピンク色にも見える分厚い肉の味を引きたてている。キャベツは多めで、それがやや柔らかめに炊かれた会津産コシヒカリとの間に入って、絶妙な間合いとなっている。

          いとう食堂④ 
          何という圧巻

「これだけのボリュームがあるのにどんどん箸が進む。大根の醤油漬けにも感心するわ。自然なうまみで、とてもいい箸休めになってる。でも、なめこのお吸い物は具が多すぎて、もう少しシンプルな方がいいと思う」
村民2号がお腹のロースを叩きながら品評する。

         いとう食堂⑤ 
         柔らかな肉汁が・・・
         いとう食堂⑦ 
         キラキラ会津産コシヒカリ

「1000円という値段は安くはないけど、食べると納得せざるを得ない。会津ソースかつ丼の最高峰だろうな。で、何ゆえに会津ソースかつ丼はこんなに分厚い肉なのか。あれこれ考えたけど、この雪の深さと関係があるんじゃないか? 会津では雪はロマンではなく厳しい現実でもある。ここから逃げたいけど逃げられない。我慢することが日々の生活とつながっている。どこかで爆発したい。しかし、ならぬことはならぬ。そのエネルギーがある日ソースかつ丼へと向かった。どうせなら他が真似できないことをやってやろうじゃないか。それがこのマーベラスなソースかつ丼の原動力となったのではないだろうか」
「会津の鬱屈した思いと志しがギュッと分厚く詰まっているというわけね」
「戊辰戦争では負けたけど、ドンブリ戦争では絶対に負けないぞ。屯田(とんでん)でも勝つぞ。トンカツだあ。そういうメッセージかも。エイエイオー!」
「・・・・・」



本日の大金言。

会津の真髄はソースかつ丼にあり。ドンブリのふたは古代からのドカ雪である。そこからはみ出る志し。それが会津ソースかつ丼なのである。


                    いとう食堂⑨ 


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会津カレー焼きそばって何だ?

なぜか NHK大河ドラマ「八重の桜」などで盛り上がる会津。祖先が会津藩士足軽の赤羽彦作村長はこのところ妙なブームになっている「祖国」のことが気にかかっていた。

で、久しぶりに草鞋(わらじ)をはいて会津へ旅に出ることにした。杉作、じゃなかった村民2号が付いてきた。今年は例年にない大雪で、鶴ヶ城(若松城とはいわない)も一面雪景色だった。「八重の桜」のポスターと幟(のぼり)が街中に目立っていた。桜が散ったらどうするんだろう?心配になるほどの熱の入れよう。

                会津① 
          雪の鶴ヶ城

最初に草鞋を脱いだのは「元祖カレー焼きそば」の店「トミーフード」。野口英世青春広場の中にある小さな、見方によっては、質素すぎる、まさにB級の店だった。カレー焼きそばは「ソースかつ丼」に続く会津の名物とかで、「会津カレー焼きそばの会」まで誕生して、Bー1グランプリ優勝を目指しているという。15店舗が加盟して「会津カレー焼きそば」を売り出そうと目論んでいる。

          カレー焼きそば①  
          元祖カレー焼きそばの店

「トミーフード」は約37年前の昭和50年に焼きそばにカレーをかけるという独創をスタートさせた元祖。うろ覚えだが、彦作村長が幼少の時代にはなかった「会津名物」である。隣がラーメン屋さんで、ここも「カレー焼きそば」をメニューに出している。ガラガラッと(そんな気分)入り口をあけると、すぐカウンターになっていて、椅子が4つしかない。先客がいて、「ここは狭いので隣にどうぞ」と明るく案内される。時計を見ると午後2時15分。ラストオーダーが2時半なので、ギリギリに間に合った。

          カレー焼きそば③ 
          カレーのルーがかかっている

迷うことなく「カレー焼きそば」(500円)を注文。ラーメン屋との共有スペースに座って、7~8分ほど待っていると、来ました、来ました。あれっ? フツーのソース焼きそばにカレーが少量かかっているだけ。よく見ると、豚のひき肉と玉ねぎ、ニンジンが入ったカレー。この見た目のシンプルな愚直さが実は奥深いのかもしれない。そう思い直す。何せここは会津なのだ。綾瀬はるかが鉄砲をぶっ放す会津なのだ。「ならぬものはならぬ」の会津に「あってはならぬ」ものがあろうはずがない。

          カレー焼きそば⑤ 
          何という天才的な?組み合わせ
          カレー焼きそば⑥   
          カレーと焼きそばの出会い

ひと口。うーむ。二度蒸しした焼きそばはそれだけではどうってことはないように思えた。問題はカレーのかかった部分。やや甘口のカレーとソース焼きそばの相性は悪くない。ソース焼きそばの世界にカレーが侵入してきて、それが意外な絶妙を生んでいる。
ソース焼きそばにカレーをかけるというアイデアは会津にしかないのではないか? ある意味では「実に安直な」、別の意味では「コロンブス的な」アイデア。盆地と雪国という土壌がこの独創を生んだ背景にあるのかもしれないぞ。会津が生んだ天才学者・小室直樹ならこのカレー焼きそばのひらめきを食べた瞬間に理解したかもしれない。盆地、雪国、カレー焼きそば。この連想がスムーズである。

          カレー焼きそば④ 
          安いことはいいことだ?

「500円という安さがいいわ。野菜が多いのも会津の誠実さを感じる。有名な石巻焼きそばに勝るとも劣らないわ。A級ではなくB級のうまさ。店によって作り方も味も違うらしいわよ。隣のラーメン屋さんはゆでた麵を使って値段ももう少し高め。ここは出来合いの蒸した麵を使っているみたいね。そこが元祖の味わいということね」


「質素でシンプルということは大事なことかもなあ。B級ということの意味をよく知っている。『八重の桜』で田中土佐の役を佐藤B作が演じているのも単に福島出身だからということだけではなく、会津はB級の星なのだというメッセージかもしれないなあ。これからは日本もB級で行こうじゃないかとね」
「意味がわからない。そんなくだらないことばかり言ってるから、村長はいつまでたってもB級なのよ」
村民2号がスペンサー銃を構えた。縮み上がる。村長は火縄銃をそっと用意した。


本日の大金言。

長州出身の安倍首相は背伸びしすぎではないか。反動が心配だ。会津のカレー焼きそばを是非に味わってもらいたい。


                   カレー焼きそば⑧

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賞味期限2日の超レア限定「生ういろう」

 東京駅八重洲にある「おいでませ山口館」(山口県観光物産センター)。祖先が会津藩足軽の赤羽彦作村長にとってはあまりに因縁の深い「長州藩の出城」である。世が世ならば、白刃を交えていたかもしれない。だが、彦作村長は長州にはある種の尊敬の念を抱いている。薩摩と並び幕末にあれだけ優秀な人材を輩出したことは、敗者の美学からいっても、一目置かなければならない。0か1の世界ではなく「ウマズイの世界」である。

         ウイロウ③ 
         いざ長州の出城へ

敵情視察ならぬ美味視察でふらりと立ち寄った。すると、レジのすぐ近くに「限定50個 生外郎(なまういろう)1個105円)」の文字が視野に入った。老舗・御堀堂(みほりどう)の生外郎。限定50個だとお? よく見ると、小さな長方形の外郎が行儀よく並べられていた。10個ほどしか残っていなかった。

          ウイロウ④ 
          希少価値?

「生ういろうって珍しいね。うまいのかな?」
単刀直入におばさん店員に聞いてみた。
「本当においしいですよ。山口の外郎(ういろう)はわらび粉を使っていて、食感が全然違うんです。名古屋とか他の外郎は米粉とか小麦粉を使用してるけど、山口の外郎は毛利の殿様も愛食していたくらいうまいんです」
「へえー、高杉晋作なんかも食ってたのかな。限定50個というのがすごいね」
「東京ではここでしか買えないんですよ。しかも月曜日だけ。50個しか入らない。入ると、すぐ売れちゃうんですよ」
「白外郎と黒外郎と抹茶外郎をそれぞれ2個ずつちょうだい」
「生なので明日までには食べてくださいね。絶対うまいですよ」
長州おばさんと甘いエール交換をしながら、「おいでませ山口館」を後にした。

         外郎① 
         3バカ大将ではない
     
さっそく試食となった。「白外郎」は小豆味、「黒外郎」は黒糖味、「抹茶外郎」は言わずもがな抹茶味。村長は実のところ外郎が苦手である。うすら甘くてボヨヨ~ンとした正体不明の食感がとてもうまいとは思えない。羊羹(ようかん)は大好きだが、外郎(ういろう)に愛を感じたことはない。

          外郎② 
          白外郎の見事なバディー
          外郎④ 
          黒外郎は黒糖入り
          外郎⑦ 
          深い抹茶色

1個の大きさは小さい。長さ65ミリ、巾35ミリ、厚さ15ミリほど。小豆マニアの村長が真っ先に手を伸ばしたのは「白外郎」。竹の子皮模様の包みを開けると、内側は銀紙になっていて、そこにこしあんのうっすら練り込まれた外郎が「おいでませ」と身を横たえていた。きれいで品のある美女の姿態に心が躍った。ひと口。もちもちしていて柔らかい。それでいてつるっとしていて、名古屋などの外郎とは明らかに違う食感。かすかにこしあんの風味。甘さは控えめで品がいい。それが口の中で溶けていく。やや物足りなさも感じるが、これがわらび粉の食感なのか、期待していなかった分、予想以上のうまさ。

         外郎③ 
          食感が独特

「黒外郎」は黒糖が練り込まれていて、これも結構イケる。毛利の殿様はこの黒外郎が特に好きだったそう。「抹茶外郎」も深みのあるいい色と風味で、蒸し菓子のよさを引き出している。幕末だったら、口にしただけで、「会津の恥だ、下郎!」と言われて袈裟懸けに斬られたかもしれない。そう考えると、今こうして生きていることの幸せに感謝しなければなるまい。



本日の大金言。

室町時代に中国から渡ってきたといわれる外郎(ういろう)。外郎の語源は官僚の名称の一つとか。長州出身の安倍首相もこれを食って対中国政策を練るといいかもしれない。


                ういろう 
プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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