ん?南青山で冷製ペスカトーレうどん

 「日本のワイン」の試飲会に出かけたついでに、久しぶりに東京・南青山周辺を散策することにした。日本でも有数のおしゃれな街・南青山。ウマズイめんくい村とのあまりの落差を感じながら、数年前に、この近くで「なかなか治らない腰痛」の治療を受けたことを思い出した。三国連太郎や嵐のマツジュンなど有名人も通っていた神がかり的な整体師だった。紹介してくれたのは出版社の編集者。治療は10秒ほどで、あっという間に終わる。だが、それが意外に効いた。保険がきかないために治療費はそれなりにかかったが、何度か通ううちに、効果が薄れてきた。村長には合わなかったということか。結局、20回ほど通って、止めた。彦作村長は、この時期、バカみたいに腰痛の治療師巡りを繰り広げていた。

          sんきち② 
          南青山のB級グルメ

腰痛はまだ治らない。時計を見ると、午後3時を過ぎていた。まだ昼飯を食べていなかった。美味い店はないか、有名なカフェやレストラン、和食屋などをピンポイントで探したが、「青山値段」で、いずこも高い。スマホ情報を放棄することにした。さらに歩く。青山通りに面して、「冷製ペスカトーレうどん」の文字が見えた。写真が旨そうだった。冷製ペスカトーレうどんだとお?「夏メニュー 数量限定」という文字も。「カレーうどん専門店 せんきち」だった。値段が安いのがいい。うどんと腰痛。どちらもコシが大事というのも何かの縁かもしれない。ここに決めた。

         せんきち② 
         夏限定のこれにしようっと

テーブル席に座って、「冷製ペスカトーレうどん」(780円)なるものを注文した。ペスカトーレはイタリア語で「漁師」という意味だとか。もともとは地中海の漁師料理で、魚介類とトマトソースのパスタ。10分ほどで白い磁器皿に盛られた「レペスカうどん」がやってきた。スパイシーないい匂い。過剰な期待はしなかったが、トマトソースの赤と色鮮やかなナス、ブロッコリー、トマト、イカ、ムキ海老が「なめんなよ光線」を放っていた。

         せんきち③ 
         ウロンな奴め

意外だが、ホントに「ペスカトーレ」だった。うどんが実はパスタの一種だったこともよくわかった。パスタがうどんの一種という言い方もできるが。よく考えれば、パスタもうどんも中国がルーツで、パスタは「東方見聞録」のマルコ・ポーロがクビライ・カーンの元から祖国ベネツィアに持ち帰り、それが発達したもの。南青山で東西の融合。

         せんきち④ 
         東西の融合
         せんきち⑦ 
         日本のパスタ?

トマトソースは濃厚な酸味と旨味、それに甘みがあり、それが細めの平打ちうどんとよくからむ。コシが意外にあり、もっちり感とつるりとした食感が悪くない。野菜と魚介類も多い。ナスの鮮度がいい。イカなどの魚介類も冷凍のものを使っているが、全体としてはいい味が出ていて、あまり期待していなかった分、村長には想像以上の旨さだった。スタッフの女性に聞いてみると、「今年初めて出したメニューです。夏の間だけの数量も限定のメニューなんですよ」とか。値段を考えると、そう文句は言えない味だと思う。コストパフォーマンス的に80点の満足感。

         せんきち⑧ 
         スパイシーなトマトソース

この店はあの牛丼の吉野家の新ブランドで、都内を中心に10店舗ほどで展開中とか。外食産業も立ち止まっていては生き残れない時代で、「冷製ペスカトーレうどん」とはよくもまあ考えたものだ。マルコ・ポーロが生きていたら、どういう感想を述べるだろう。「黄金の国ジパング」は間違いで、「アイデアの国・ジパングでした」とでも書き直すかもしれない。あるいは「借金の国・ジパング」・・・。



本日の大金言。

アイデアや発想に行き詰まりはない。「冷製ペスカトーレうどん」に日本の可能性を感じる。日本のワインもがんばっている。B級の未来は明るい。




                     日本のワイン①
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まさか?こんな場所に隠れ一軒家のそば処

まだ7月だというのに蝉が鳴いたり、豪雨で家が流されたり、鯨が上がったり、一体全体日本の気候はどうなってるんだ。テレビでニュースを見ながら、彦作村長がボヤいていると、村民2号が忍び寄ってきて、彦作村長の耳元でささやいた。時刻は正午ちょい前。
「ねえ、お・い・し・いそば屋さん、い・か・な・い?」
「もうすぐ人類の天下が終る。そうとしか思えん。次はゴキブリの時代がやってくるぞ」
「そば通の友達の情報で、埼玉の久喜市の郊外に一軒家で面白いそば屋さんがあるんだって」
「ゴキブリとそば・・・。やっぱりそばを取る」
「そうこなくっちゃ。毎日ムシムシしてるし、村長も虫干ししなきゃ」

いつものようにポンコツの愛車をぷかぷか吹かして、久喜市郊外の「そば処 さとかた」を目指した。栗橋文化会館イリスのすぐ近くだった。広い自宅を改装してそば屋にしたというその店は、看板がなければ気づかずに通り過ぎてしまうほどの隠れた店だった。最近一軒家のそば屋が増えている。そば好きが高じて脱サラして、自宅で「そば屋」を開業する。だが、その中に老舗のそば屋をしのぐようないい蕎麦を出す店もある。ここはどうか?

         さとかた12 
         庭園もある自宅そば屋
         さとかた④ 
         いい雰囲気である

紺地の暖簾をくぐって中に入ると、右手に椅子のテーブルが3つ。左手が一段高い板の間になっていて、そこには大きいテーブルが4つほど。床の間には掛け軸や生け花があり、和のいい雰囲気。いい感じの女将さんとお手伝いの女性がいて、板の間に案内される。メニューの中から、「もりそば」(630円)とかき揚げ(単品210円)を注文することにした。村民2号は「野菜天もりそば」(890円)。メニューには「なまずの天ぷら」(580円)や「子鮎の天ぷら」(550円)など珍しい一品料理もある。夜にもう一度来たくなる。

         さとかた⑤ 
         イケてる

15分ほど待つと「かき揚げ」「もりそば」「野菜天もりそば」の順でやってきた。挽きたて、打ちたて、茹でたての3たてをモットーにしているようで期待感は十分。もりそばはやや緑がかっていた。福井県丸岡産の玄そばの抜き実を石臼挽きしたものという。時期によって常陸秋そばを使ったりもする。「その時に一番うまい玄そばを使うようにしています」とか。かなりのこだわり。

         さとかた⑥ 
         いい風味
         さとかた⑦ 
         レベルの高さ

まずはつゆを付けずにひと口。エッジの立った細打ちの二八そばは十二分にコシがあり、この時期にしては風味もいい。色合いからして多分二番粉か。つゆは辛めで、カツオと昆布の風味以上にかえしの醤油の強さを感じる。このあたり、好き嫌いが別れると思う。村長は気持ち甘めの方が好みだが。かき揚げはカラリと揚げられていて、タマネギと人参、それにかぼちゃの千切りが入っていた。これがとてもいい。天つゆは甘めでそれを付けると実に旨い。東京でこのレベルの蕎麦屋だったら、2割くらいは値段が高いのではないか。

         さとかた⑧ 
         絶品のかき揚げ

「ここでそば屋を開業して11年目だって。やっぱりご主人はそば好きが高じて会社を早めに辞めたんだって」
トイレから帰ってきた村民2号が、女将から仕入れた話を開陳する。
「これだけ旨いそばでこの価格はマルよ。最近こだわりを売り物にした蕎麦屋の値段がどんどん高くなっているでしょ。もり一枚1000円なんて冗談じゃないわ。高くてうまいのは当たり前よ。私はここ気に入ったわ。どう?」
村民2号の鼻が1センチほど高くなった。



本日の大金言。

美味しいそば屋が増えているのはいいことだが、古くからやっているそば屋さんの奮起も促したい気もする。



                     さとかた11 

ガパオライスのち隅田川花火

 先週末は刺激的でおもしろい一日となった。約3年ぶりに隅田川花火を仰ぎに行くこととなった。3年前まではある作家の接待を兼ねて、大ボスのカバン持ちで、ぜい沢にも料亭の屋上で約12年間、ほとんど毎年約2万2500発もの花火を楽しんでいた。その作家はすでに亡くなってしまったが、彦作村長は、いつもアヒルの水かき状態で、本当のところは夜空に打ち上がる「一瞬の美の世界」を楽しむ余裕などほとんどなかった。帰りは鎌倉のご自宅まで送ったこともある。宮仕えだったとはいえ、「まことに人生、一瞬の夢」である。

         ライカノ① 
         読めないが、ライカノ

花火が打ち上がるのは午後7時。押上周辺は混むので、それまでの時間を彦作村長は北千住散歩で潰すことにした。ツマミや飲み物の買い物をしなければならない。時計を見ると、午後3時ちょい前。まだ時間は十分ある。ふと、「タイ料理 ライカノ」の看板が目に入った。一度は行ってみたい店だった。本場タイ料理を楽しめる店として、千住っ子の間でも知られつつあるレストランである。3時まではランチタイム。滑り込みセーフ。

          ライカノ 
          タイ料理、恐るべし

中に入ると、見事なチーク材のテーブルが10ほど。タイの音楽がBGMとして流れ、天井煽がゆったりと回っている。奥が厨房になっていて、コック姿の店主らしいタイ人の姿も見えた。タイにはまだ行ったことはないが、そこはタイだった(あらら)。3時ちょい前だというのに6組ほど客が食事を楽しんでいた。若い女性が多い。旨い店には女性が集まる、というグルメの法則が頭をよぎった。シメシメ・・・。

ランチメニューから「パッカパオカイダウ」(スープ付き790円)を選んだ。牛ひき肉とホーリーバジル炒めご飯という説明書き。タイでは定番メニューの一つで、日本では一般的に「ガパオライス」という名称で知られた料理でもある。ガパオとはしそ科のホーリーバジルの意味だとか。香辛料がどのくらい強いか、それも楽しみだった。

         ライカノ コップ  
         錫のコップ!

まず冷たい水の入った錫(すず)製のコップが登場。タイは錫の産地なので、よく考えると、驚くことではないのだが、なぜか心ときめいてしまう。次に大根やキクラゲ入りのスープ。塩味だが、旨い。続いて、ガパオライス(簡単なのでこちらの名称を使うことに)がやってきた。メインの牛ひき肉と赤のパプリカ、タマネギ、それにホーリーバシルが醤油とオイスターソース、それにニンニクなどで炒められ、いいテカリでスパイシーな匂いを発散している。食欲中枢がガバォと刺激される。

         ライカノ③ 
         ガパオライス(パッカパオカイダウ)
         ライカノ④  
         不思議な旨さ

さらに、油で揚げた目玉焼きが、炊き立てのタイ米のライスの上に乗っかっている。デリカシーが感じられない。まずはスプーンで具の方をひと口。予想よりも辛さはない。かなり濃い味で、塩が効き過ぎと思われるほど。だが、ライスを併せて食べたら、その濃い塩分がすーっと消えて行った。う、うめえ! それは「タイ米はおいしくない」と思い込んでいた彦作村長にとっては甘い一撃だった。パラっとしているが、噛むごとにふくよかな甘みがにじみ出てくる。ウエットな日本の米とは別の旨さ。うーむ。濃い具とのバランスが、意外なほど絶妙なことに驚かされる。

          ライカノ⑤  
          あーん

目玉焼きも塩が強い。しかし、食べ進むうちに、それが旨味に変わっていく。不思議な変換。
「この塩は何使ってるの?」
店の人に聞いてみると、ニヤリとして、
「秘密です」
謎はタイの微笑の奥へと消えて行った。

タイ料理、恐るべし。彦作村長はその数時間後、友人宅の屋上で隅田川花火を見上げていた。夜空を彩る花火に一瞬インラック首相の微笑が重なったりした。まことに人生、一瞬の花火。打ち上げは30分ほどで突如大雨に襲われ、中止となってしまった。何ということだ。まことに人生、一寸先は闇・・・。



本日の大金言。

花火のように生きたい。そう念じながら、ハツカネズミのようにペダルをこぎ続ける。時々アルコールを注入しながら。




                 隅田川花火

これは夢か?「小豆のせアイス最中」

 暑気で風景が揺れる中、浅草雷門から吾妻橋方面へとぶらり歩きをしていると、「最中アイス250円」という文字が飛び込んできた。砂漠にオアシス。吸い込まれるように近づくと、それが「甘味処 西山」だった。創業が嘉永五年(1852年)という老舗中の老舗だった。不覚にも彦作村長はこの店のことを知らなかった。「梅園」や「舟和」などは有名で、店舗展開も広げている。「梅園」浅草本店の「最中アイス」も賞味したことがあるが、少々期待外れだった。

         西山⑧   
         甘味処「西山」

京都でも本物はひっそりと暖簾を守り続けている。「亀末廣(かめすえひろ)」などはデパートからの出店要請を未だに拒否し続けているという。
「派手に観光客相手の商売をしてるのは、ホンマモンの京都ではありまへんでえ」
京都のグルメ仙人・調布先生が口をへの字にして、かつてそう語ったことを思い出す。

「甘味処 西山」もそういう店かもしれないぞ。店内は「あんみつ」など喫茶コーナーになっていて、そこでも食べれるが、ウマズイめんくい村の財政事情もあり、店頭で売っている安い方の「最中アイス」にしようかと思った。ふと確認すると、「小豆のせアイス最中」(350円)という別メニューが写真入りで目に入ってしまった。抹茶アイスの上に美味そうなあんこがどっかと乗っかっているではないか。うーむ、むむむむ。 

          西山① 
          しばし見とれる

「あのう、この抹茶アイスを小豆アイスに変えてもらうことはできますか?」
小豆マニアの村長としては、ダメモトでそう言ってみた。
「はい、大丈夫ですよ。たまにそういう方もいらっしゃいます。値段も同じです」
優香みたいな女性スタッフが、嫌な顔を一つせずに、最中(もなか)に小豆アイスとあんこをどっかりと乗せて、「はい」と手渡してくれた。下町の江戸しぐさ。

         西山④ 
         これは夢か?

これは夢ではないか? あんこは見事な色ツヤの粒あんで、この店が只者ではないことが見て取れた。入り口の縁台に腰を下ろす。パリッとした最中、小豆アイス、あんこの二階建てのお姿にしばし見とれてしまう。我に返ってから、まずはあんこをひと口。小豆の風味がふわりと立ち上がってきた。甘さはかなり控えめで、塩がほのかに効いている。あえて言うと塩あん。これが絶品だった。

         西山⑤ 
         言葉はいらない

調べてみるとあんこの作り方が半端ではなかった。京都の老舗と同じように、一粒一粒手作業で選別することからあん作りを始めていることがわかった。東京の老舗でもここまであん作りを徹底している店は少ないのではないか。それを代々伝えている。

          西山⑥ 
          クリーミィーな小豆アイス

小豆アイスも甘さを抑えて、まろやかなでクリーミィーな小豆アイスに仕上げている。彦作村長はこれだけの店を知らなかったことに、あんこマニアとして少々恥ずかしさを覚えていた。穴があったら入って溶けてしまいたい。私は小豆アイスになりたい。炎天下で正直そう思った。バカにつける薬はない。



本日の大金言。

犬も歩けば棒に当たる。村長も歩けば、たまにはいいことがある。発見は歩くに限る。




                  西山⑦ 



浅草で味わう「青森煮干し中華そば」

 夏の浅草は風情がある。仲見世をそぞろ歩く浴衣姿の若い女性の姿と青い目の観光客。中国系観光客も多い。スカイツリーがあってもなくても浅草は浅草である。炎天下の午後2時過ぎ、その中に混じって、彦作村長が完全お上りさんスタイルで「うめえ店はないかいな」とあちこちをクンクンと嗅ぎまわっている。「浴衣女の 後ろ姿の 金魚草」などとくだらぬ一句をひねったりして。

         浅草① 
         夏はこれっ!ナツコレ!   

仲見世周辺で「青森煮干中華そば」という看板が視界に入った。東京・赤羽で「自家製麵 伊藤」の煮干しラーメンにハマった経験のある村長のセンサーが反応した。「中華そば つし馬」という店だった。昭和レトロのわざとらしい店の作りが気にはなったが、「一日30食限定 バリ煮干しそば」という不思議なメニューが「おいでおいで」したのだった。

           つし馬2 
           看板の先には何がある?

青森煮干しラーメンは最近、ラーメン好きの間で少しずつ注目度を増している。歴史は古く、大正時代から、主に津軽地方で煮干しや焼干しを使った和風味の醤油ラーメンが出されていたという。東京・王子に煮干しラーメンの店を初めて出した「中華そば屋 伊藤」系は源流は秋田だが、煮干しを前面に出している点は共通している。どこかに蕎麦屋のテイストがある点もひょっとしてルーツは同じかもしれない。

          つし馬① 
          昭和レトロだべえ

店内はカウンター席とテーブル席。そう広くはない。メニューは多くない。いい兆候である。「青森煮干しそば」(中盛り750円)も気になったが、ここはやはり「一日30食限定」の「バリ煮干しそば」(中盛り750円)。「バリ」とは「いっぱい」という意味だそう。つまり煮干しが一杯という意味。それと豚骨を煮出したスープと融合させているようだ。化学調味料は使用しないというのもこの店のポリシーのようで、これは案外、当たりかもしれない。

          つし馬④ 
          うーむの煮干し世界

12~3分で「お待ち~」とやってきたのは、小さめの中華ドンブリに目いっぱい入った、懐かしい色の中華そばだった。濃い。醤油が出過ぎているのではないかと思われるほどのスープ。厚切りの豚バラチャーシューは喜多方ラーメン「坂内食堂」のチャーシューのよう。それが3枚。細切りのメンマも濃い。新鮮な刻みネギがどっかり乗っかっている。煮干しのいい匂いが半径1メートルを支配していた。うーむ。思わず唸りたくなるほどの縄文的なグルメな世界。

         つし馬⑥ 
         どこか和風の麵
         つし馬⑧ 
         深いスープ

その濃いスープは、口に含むと意外なまろやかさで、多分煮干しの酸味だろう、素朴でどこか懐かしい旨味をじわりじわりと滲みだしてきた。黄色みの強い麵は中太ストレートだが、むしろ細麺に近い。ひょっとしてそば粉も入れているのではないか、そう思ってしまうほどの和風のコシと歯切れの食感。悪くない。麺の量は多いが、バリスープとの相性がよく、吸い込まれるように食べてしまった。チャーシューの柔らかさとメンマのコリッとした歯ごたえが、よく考えられ練り込まれたたラーメンであることを即座に教えてくれる。全体として上手くまとまった中華そばだと思う。88点の満足度。

          つし馬⑨ 
          チャーシューとメンマの愛

調べてみたら、この店はとんこつラーメンの名店「田中商店」の系列だった。青森と九州。縄文食文化の点と線。どちらかというとDNAが縄文系の彦作村長が惹きつけられた理由がわかった気がした。



本日の大金言。

太宰治や寺山修司も故郷の青森煮干しラーメンについて書いているという。どちらも浅草には縁が深い。浅草で青森煮干しラーメンを賞味するのも何かの縁かもしれない。




                    つし馬11 

久しぶりの再会、究極「ひやかけそば」

 エンターテインメント新聞社時代の友人と挿絵画家先生とで西新橋「はらぺこ」で痛飲。この店のことは以前このブログでも書いたが、旨くて安いを地で行く彦作村長にとってはありがたい店だ。作家高杉良さんの最新作「第四権力」の舞台の一つにもなっている。外に出ると、すでに夜9時半を回っていた。痛飲するとよくあることだが、仕上げに麺類を食べたくなる。

「銀座の流石(さすが)に行こうよ。流石のそばで仕上げて、きれいに解散しよう。そうだ、それ以外にない」
友人は銀座の「流石」の常連でもあり、酔っぱらうと必ずと言っていいほど、「流石に行こう」とわめき出す。
「いい店だし、村長も好きな店だけど、そう安い店ではない。財布も気になる。酒類は止めて、仕上げのそばだけにしようよ。あそこのひやかけそばは特別に旨い。村長の食べたそばの中でももっとも衝撃的だったなあ。よし、今夜の締めは流石のひやかけそばに決定!」

         流石② 
         ひやかけそば!

村長も「銀座・流石」にはかつて何度も足を運んだ。神田で伝説的な蕎麦屋だった「いし井」の流れをくむ蕎麦屋さんで、徹底してつなぎは水だけという生粉打ちにこだわっている。「流石」という店名も「いし井」の流れをくむという意味もあるそう。江戸前の極細手打ち十割そば。酔っ払い4人が千鳥足で銀座一丁目の「流石」に向かった。

          流石① 
          久しぶりの流石琳

「流石 琳(さすが りん)」という暖簾。うどんもメニューに加えていた。今や東京でも超人気店になっていた。女性店主の藤田さんは近くに「蕎麦 流石」も開いている。そば通ならほとんどの人が知っている伊豆・修善寺の「朴念仁(ぼくねんじん)」も同じ経営。久しぶりに地下のテーブル席に腰を下ろして、「ひやかけそば」(1050円)を頼んだ。酔っ払った友人はそばを食べずに純米酒と肴を頼んでいる。ビョーキは治っていなかった。村長も仕方なく(?)付き合う。

         流石③ 
         酔っ払い4人組の逡巡
         流石④ 
         来た、ひやかけそば
         流石⑦ 
         このシンプルの凄味

「ひやかけそば」がやってきた。これだこれだ。一見、ただの冷たいかけそばだが、禅のようなシンプルの中に研ぎ澄まされたこだわりが詰まっている。極めて細い手打ちの10割そばが、いい出汁の冷たいつゆの中で泳いでいる。以前のまま。小皿には薬味のおろし。まずひと口。江戸前の極細10割そばはコシがしっかりしていて、蕎麦職人の技術の確かさを感じさせる。水だけのつなぎでこれだけ細く打つにはかなりの熟練が必要で、天才蕎麦職人の流れを汲んでいることが実感できる。

         流石⑥ 
         すばやく食べるべし

冷たいつゆは関西風の薄味で、かえしと出汁のバランスが相変わらず絶妙と言わざるを得ない。あっという間に食べ終えてしまう。最後の一滴まで飲み干す。うめえ。これでもう少し安かったら、言うことはないのだが、銀座という場所柄と素材のこだわりで「蕎麦では儲けが出ない」という。友人はまだ飲むのをやめない。挿絵画家先生もお手上げ状態。久しぶりの「流石」のひやかけそば。階段を踏み外しながら地上に出ると、満天の星だった。財布が軽くなっていた。



本日の大金言。

そばはもはや高級料理。一方に立ち食いそば屋があり、一方に高級そば屋がある。Tシャツとブランドスーツ。そのどちらも楽しむ。それが理想だが、ぜいたくな理想ではある。




                      流石⑨ 




東京駅ナカ、涙の「立ち食いカツ丼」

 エンターテインメント新聞社時代、彦作村長の中継基地の一つが東京駅だった。丸の内駅舎が復元される以前から、駅ナカはデパ地下のように次々と小ジャレた店やレストランがオープンしていった。いつも利用していた京葉線口も本屋やカフェやスイーツ店やドラッグストアなどが営業し始めていた。その中で、彦作村長がふらりと入って食事を楽しんだのが「いろり庵きらく」だった。立ち食いそば屋である。安くてうまかった。そばはもちろんだが、カツ丼やカレーライスも立ち食いのレベルを超えていたと思う。

         きらく① 
         久しぶりの「いろり庵きらく」

夏バテ気味の彦作村長は、花の銀座に足を運んだついでに、久しぶりに「いろり庵きらく」のカツ丼を食べたくなった。汗を拭き拭き、動く歩道を使わずに、東京駅ナカでも遠くにある京葉線口まで歩いた。村長の夏バテ対策は歩くに限る、である。冷たいものではなく熱いものを食べる、である。

「いろり庵きらく」を訪れるのは約1年半ぶりだった。この道を何度通ったことか。様々な思いが頭をよぎるのは仕方がない。「辞めた会社には近づくな」。尊敬する上司だったエッセイストの川北義則さんの戒めである。ま、会社からは二駅ほど離れているからいいだろう、と思い直してのセンチメンタルジャーニーかもしれない。

         きらく⑨ 
         この派手さは悪くない

1年半ぶりの立ち食いそば屋は少々厚化粧になっていた。店構えは同じだが、入り口に派手なメニューが目を引きつける。「キムラ君、はじめました」とか「今年も登場!肉盛りつけそば!」とか意味不明のキャッチコピーが。「キムラ君」とはキムチとラー油(それに納豆)を乗っけた冷しそばのことらしい。それでキムラ君。自販機で「カツ丼」(500円)を押し、注文口でチケットを出す。「少し時間がかかりますけど」店員が無表情に言う。「構いませんよ」と村長。時間がかかるということはこれから揚げるということで、期待できる。そう思ったからだ。

         きらく③ 
         ありゃりゃ、うーむの世界
         きらく④ 
         ま、食っておくんなさい

だが、5分も待たずに出来上がった。見た瞬間、少々がっかり。卵がふわりとしていず、タマネギも少ない。全体的に以前のような、見るからに旨そうな雰囲気が漂ってこない。彼は昔のカツ丼ならず。立ち食いだからあまり文句を言ってはいけない。そう思い直して、ひと口。味が濃い。カツはそれなりに厚くて、揚げたて風ではある。だが、醤油が濃すぎる。ダシがほとんど効いていない。これはたまたまなのか。それともこのベタな関東風の味が売りなのか。ご飯も特筆するものがない。あの感動ものだったカツ丼はどこへ行ってしまった? 花はどこへ行ってしまった?

         きらく⑤ 
         肉の厚み
         きらく⑥ 
         ご飯の薄み

「ここはそばを食べなきゃ。そばはまあまあだよ」
隣の客がそう話していた。見渡せば、カツ丼を食べているのは彦作村長だけだった。これなら「小諸そば」とか「名代富士そば」のカツ丼の方が上だと思う。値段も少し安いし。立ち食いそば屋をこよなく愛する彦作村長だが、この味の変化にはついていけそうもない。それとも彦作村長が変わってしまったのか? 目からも汗が出てきそうだった。自分の思い込みのバカさ加減に付ける薬はない。よく考えたら、そういうことかもしれない。よく考えなくともそういうことかもしれない。



本日の大金言。

たかがカツ丼、されどカツ丼。B級の立ち食いカツ丼を甘く見てはいけない。


                      きらく⑧ 

「風立ちぬ」と「カレーせいろ」うどん

  参院選は自民党の圧勝で公明党と合わせて「76」もの議席を獲得、日本はいよいよ後戻りのできないゾーンに突入した。宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観てから数時間後、ある種の感動に包まれた頭で、NHK大河ドラマ「八重の桜」を見る。ついに落城のシーンだった。村民2号は上州生まれなのに泣いている。「風立ちぬ」と「八重の桜」。どちらも時代という巨大で荒々しい風に翻弄され、打ちのめされ、やがてそこから立ち上がろうとする個人を描いている点が共通していると思う。個人は弱い。だが、最後は個人に戻ってくる。風と桜・・・。

その時代の風が大きなうねりの予感をはらんで、今、まさに吹こうとしている。風はどこへ向かっているのか? 時代状況が幕末や戦前と似ている気がする。長州出身の安倍首相の頭の中には何があるのか、参院選の結果がどういう風を呼ぼうとしているのか。彦作村長は提灯(ちょうちん)だけは持つまい、と密かに決意している。ぎっくり腰だが、会津藩一足軽の末裔として。

          古代蓮② 
          古代蓮は知っている

「ねえ、古代蓮(はす)、見に行かない?」
投票を終えた後、村民2号が青空を見上げながら言った。
「行田の? うむ。古代蓮を見て人類の歴史を思うのも悪くはない」
彦作村長はいつものようにポンコツ車を飛ばして、埼玉・行田の古代蓮の里へと向かった。目的はもう一つ。そこからクルマで20分ほどの手打ちうどんの名店「由す美(よしすみ)」。そこのカレー汁うどんを食べてみようと思ったからだった。

          由す美① 
          知る人ぞ知る「由す美」
          由す美② 
          メニューは多くはない

「駐車代500円は高すぎる。古代蓮というより誇大蓮だよ」
ブツブツ言いながら、「由す美」に到着。正午を少し回っていた。白地の暖簾をくぐって入ると、すでに5組ほど先客がいた。コンクリートの床に長い木のテーブル。板の間の座敷もある。シャレている。村長は「つめたいうどん」の中から「カレーせいろ」(800円)を注文、村民2号は「ごま汁うどん」(630円)を注文した。「せいろ」という言い方は普通はそばを指すのだが、ここではうどんのようだ。メニューにそばはなかった。「カレー汁うどん」と言わずに「カレーせいろ」。このわかりにくさは期待できる。

          由す美③ 
          「カレーせいろ」の風が吹く
          由す美④ 
          ただ者でないうどん

待つこと15分ほど。普通のうどん屋よりも待ち時間が長い。これも期待できる。やってきた「カレーせいろ」は黄色みがかった見事な太めの手打ちうどんだった。つややかな、オヌシただ者ではないな、と言いたくなるうどん。まずはカレーを付けずにひと口。つるりとした食感ともっちりしたコシの強さが秀でている。うどんのいい風味も立ち上がってきた。マル。カレーのつけ汁につけて食べると、濃厚でダシのよく効いたカレーの風味が絶妙な旨味を運んできた。基本はそば屋のカレー汁。必要以上に甘くないのがいい。せいろうどんとの相性はかなりのレベルと言わざるを得ない。風に立ち向かう職人芸。ここにも堀越二郎がいる気がした。

          由す美⑦ 
          カレーのつけ汁の絶妙
          由す美⑧ 
          豚肉もご覧のとおり

よき豚肉と長ネギが多めに入っている。食べた後に嫌な後味がないのは、化学調味料を使っていないからだと思う。うどんは北海道産と群馬産とオーストラリア産をブレンドして使っているという。これだけのうどんはそうは出会えないと思う。
「ごま汁もおいしいわ。値段も高くはない。気に入ったわ」
「カレー汁はあと50円安くしてくれたら言うことはないんだが・・・」
「せこすぎるわよ。晩酌のビールを第三のビールにすれば済むことよ」
「・・・・・・」
外に出るといつものスコーンとした青空。カネ去りぬ、いざ、生きめやも。



本日の大金言。

風に踊らされずに生きるにはどうしたらいいか? なよ竹の節も悪くはないが、竹自身になること。折れないしなやかさ。それが出来れば苦労しないのだが。





                      由す美10 

湯島「みつばち」の大納言氷あずき

 ジリジリと暑い日が続く。先日、作家の浅田次郎さんがパーティーの席上で、「7月にこんなに暑い日が連続して続くことは日本の歴史の中でも珍しいこと」と話していたが、何か人知の及ばないところで大きな異変が起きているのかもしれない。3.11をきっかけに、何かが変わった気がする。そんなことを考えながら、彦作村長は「猛暑はかき氷に限る」と、東京・湯島の甘味どころ「みつばち」に足を運ぶことにした。「みつばち」は創業が明治42年(1909年)の老舗で、小倉アイスを初めて作って売りだした伝説の甘味屋でもある。

          みつばち① 
          湯島みつばち

村長はこの店の「豆かん」や「あんみつ」が大好きで、思い出しては立ち寄ったりしていた。夏は「小倉アイス」や「氷あずき」」を無性に食べたくなる。北海道十勝産の大納言小豆を使った絶妙な甘さと美味さは、例えば「虎屋」などよりもはるかに手ごろな値段で、敷居が高くないところも村長の好みだった。

          みつばち② 
          ま、入っておくんなさい

午後3時。気温は30度を優に超えていた。体感温度は38~9度あたり。人気店なので店は混み合っていた。6つほどのテーブルにはカップルが2組、それに女性だけのグループ。そこに怪しい姿の彦作村長が汗をぬぐいながら滑り込む。すぐに「氷あずき」(600円)を注文した。

          みつばち③ 
          言葉も凍る?

10分ほどで見事な錫(すず)めっきの器に盛られた氷あずきがやってきた。元々が氷屋だったこともあり、ここのかき氷の氷はきめが細かくて氷自体に艶(つや)がある。銀色の冷たい器に富士山のように盛られたかき氷。そのふもとの部分に北海道十勝産の大納言小豆がどっかりと横たわっていた。大納言小豆は一つ一つが煮崩れしていなく、まるで濡れ甘納豆のよう。

          みつばち④ 
          この大納言!
          みつばち⑤ 
          たまらん!

銀色のスプーンで崩すと、下から糖蜜がにじみ出てきて、ひとすくい口に運ぶと、冷たい甘味が口中に至福の世界を作る。うむ、これだこれだ。夏はこれに限る。大納言小豆はほどよい甘さで、潰していない分、風味がストレートに伝わってくる。たまたま向かい側に座っていた品のいい初老の婦人が話しかけてきた。
「お好きなんですねえ。氷に黒蜜をかけても美味しいですよ」
「ここの小豆はいいですね。黒蜜をサービスで置いているのも気が利いている。東京下町の粋なんでしょうね」
婦人としばし甘味談義。こういうシチュエーションが成立するのも湯島という場所柄かもしれない。

          みつばち⑥ 
          黒蜜をかける

食べ終えると、体全体が氷窟(ひょうくつ)になったようだった。自然のクーラー。外に出ると太陽がガハハと照りつけていた。うむ。日本の夏はこうでなければいけない。そう思いつつ、村長には引っかかるものがあった。大納言の量が以前より少なくなった気がしたからである。単なる思い違いかもしれないが、はてさて。



本日の大金言。

湯島みつばちの器のファンも多い。氷あずきを錫めっきの器で出す。ガラスもいいが、金属のキーンとした冷たさと雫(しずく)の世界のぜい沢。下町の老舗ゆえのさり気ないこだわりを楽しむのもたまにはいい。




                     みつばち⑧ 


織田作之助も通った不思議なカレー

 カレーライス! これほど日本人の天才的な「変換能力」を象徴する大衆料理はないかもしれない。源流のインドから日本に渡るうちに、およそ本場のものとは似ても似つかないものになってしまった。しかも、それが戦後日本のB級グルメのスーパースターとして現在も燦然と輝いている。偉大なるラーメンとカツ丼とカレーライス! 

と言い切ってしまってから、彦作村長はハタと考え込んでしまった。日本のカレーライスの原点とも言うべき、奇妙で不思議なカレーに出会ってしまったからだ。さいたま新都心の「コクーン新都心」をいつものようにふらふら歩いていると、「せんば自由軒」というレトロな洋食屋が目に飛び込んできた。「創業明治43年」という看板。どうやら本店は大阪のようで、ここはその支店のようだ。

          自由軒① 
          大阪の古き洋食屋

調べてみると、確かに「自由軒」の創業は明治43年(1910年)で、大阪で初めての西洋料理店という歴史のある洋食屋さんであることがわかった。ここの名物が「インディアンカレー」で、あの戦後の無頼派作家・織田作之助も通った店だった。エンターテインメント新聞社時代にお世話になった藤本義一さんもこの店のカレーのことを書いている。これは入るっきゃない。

         自由軒⑨ 
         レトロな店内

明治から大正、昭和にかけてのレトロな雰囲気が店内に漂っていた。「インディアンカレー」〈780円)は創業当時の味を再現しているという。店は大阪中心で首都圏には埼玉のここともう一店しかないようだ。それは村長が知っているカレーとはまるで違っていた。戦後のジャガイモやニンジンや豚肉の入った日本式カレーライスとも違っていた。

          自由軒⑤ 
          これがカレー?

ドライカレーをおじや風にしたカレーとでも表現したらいいのか、とにかく写真をご覧いただきたい。盛り上った中央部分に凹みがあり、そこに生卵がお月さまのように乗っかっていた。なんというお姿か? これが創業当時の自由軒のオリジナルカレーライスだって? まさか・・・それをを理解するまで少々時間がかかった。インディアンカレー(インド人のカレー)とはよくもまあネーミングしたり、である。大阪人は昔からぶっ飛んでいる。 

          自由軒⑦ 
          予想外の旨味

「最初はそのままお召し上がりください。それから混ぜ混ぜしてお召し上がりください。さらにソースをかけて食べてみてください。ちょっと辛いかもしれませんが、おいしいと思います」
紺地のレトロな制服姿のウエートレスの説明に従って、村長はひと口ふた口と食べ進む。スパイスが意外に効いていてそれがカレーのルーの甘みを引きたててくる。ドライカレーにルーを加えフライパンでさらに混ぜ合わせるという作り方で、牛肉とタマネギしか具は入っていないようだ。辛さはそれほどでもない。カレーのおじやのような食感だが、意外に旨い。

          自由軒⑥ 
          ソースを混ぜ混ぜ
          自由軒⑧ 
          不思議なカレー

生卵とウースターソースを加える。また混ぜ混ぜ。濃厚なまろやかさがさらに加わる。うーむ。そう唸りたくなる不思議な味わい。だが、多分、このぐちょぐちょ感が苦手という人も多いかもしれない。特に白黒をはっきりさせたがる関東では。彦作村長は正直にこれはイケる、と思った。ぐちょぐちょなのにライスが立っている。辛みと甘みとスパイス。これが三位一体となって曼荼羅の世界へと村長を誘うようだった。これはB級の一つのサミットではないか。あと100円安くしてくれたら、もはや言うことはない。ここから日本のカレーライスの歴史が始まったとしたら? 彦作村長は日本人の変換能力にただただ脱帽するのみだった・・・。



本日の大金言。

カレーライスかライスカレーか。そんな論争が昔あったが、カレーはもはや日本のオリジナル食文化になったと思う。カリーではなくカレー。





                      自由軒11 

京都・祇園祭の絶妙寒天菓子

まだまだ暑いので、京都から一服の涼風をお届けすることにしよう。

京都は本日も祇園祭一色である。 16日の宵山(よいやま)から17日はいよいよクライマックスの山鉾巡行に移ったが、悲しいかな、彦作村長は妙な暑さの中、へき地のウマズイめんくい村でこのブログを書いている。そんな哀れな村長のもとに京都のグルメ仙人から祇園祭が生んだ珍しい和菓子が届いた。と書くといかにもだが、本当のところは先日の京都への旅で仕入れたものである。

        廣永① 
        祇園祭のもう一つの楽しみ

一見羊かんのようだが、銀紙を切ると、現れたのはぷるるんと表現したくなるような不思議な寒天菓子だった。冷蔵庫で冷やして食べると特に美味い夏の冷菓で、元々は祇園祭の菊水鉾のお茶会のために作られた献上菓子である。それが御菓子司・亀廣永(かめひろなが)の「したたり」(1竿1050円)だった。40年ほどの歴史の、京都では比較的新しいお菓子だが、古くからあるような錯覚に陥るほどの絶妙な和菓子職人の粋を感じさせる。材料は砂糖、黒糖、水飴、和三盆、寒天だけ。それが濃厚な蜜と独特の弾力を秘めた一本の寒天菓子に変身する。

        廣永② 
        不思議な羊かん菓子?
        廣永④ 
        祇園が透けておまス

「したたり」という命名の通り、琥珀(こはく)色の透き通ったボディーから甘い黒蜜がしたたる。村民2号が真っ先にこの味わいにハマった。
「口に入れると溶けるよう。冷たくて美味。この黒蜜感は何とも言えないわ。高級なゼリーのような、上等な葛切りのような絶妙な弾力で、それが口の中で崩れていく。かなりの甘さだけど、後味もいい。言葉にならない・・・あわわわわ」
「辛口の村民2号がそこまで惚れこむとは、真夏のミステリーだよ」
賞味期限は10日ほどだが、1日で冷蔵庫から消えてしまった。村長は濃厚な芳醇と表現したくなるこの寒天菓子を、最初はそれほど美味いとは感じなかった。小豆が入っていないことが不満だった。だが、村民2号があまりに美味いというので、もう一度食べてみたら、猛暑の後押しもあったかもしれないが、絶妙な美味さを感じた。したたりでばったり。
 
         廣永③ 
         ま、まずはア~ン


調べてみると、素材へのこだわり方が半端ではなかった。黒糖は沖縄波照間島産、和三盆は阿波産、砂糖はざらめ、さらに寒天はコシが強い丹波産を使っているそう。それに水がすごい。「京都の地下水を使わんとあかんのです」とインタビューで2代目が語っている。したたりは京都の地下水へとつながっていたのである。かないまへん。降参どす。かつては祇園祭の期間中しか作らなかったが、評判が評判を呼んで、今では一年中買えるようになった。京都、またも恐るべし。



本日の大金言。

祇園祭の由来は貞観11年(平安時代)に大流行した疫病を鎮める目的で八坂神社に66本の鉾を納めたことが起源だそう。貞観といえば、東日本大地震と同じくらいの規模の大地震が起きた時期でもある。時代状況がどこか似ている。





                 したたり①

上河内SAの意外なソースカツ丼

 高速道のPAやSAがどんどん進化している。魅力的な品ぞろえとフードコート。福島・猪苗代湖半でウマズラ組の同級会を終えた彦作村長は二日酔いの頭でプカプカと東北道を東京方面へと上った。馬齢を重ねるのも悪くはない。鏡で自分を確認するように旧友を見る。先生を見る。「思い出の渚」が流れる。思えば遠くへ来たもんだ。

       猪苗代②  
       磐梯山周辺は0.13マイクロシーベルト
       上河内① 
       鏡石は0.20だった
       那須高原SA① 
       那須高原は0.16

途中、久しぶりにガイガーカウンターで放射線量を測ってみた。磐梯山のふもとは0.13マイクロシーベルト。首都圏とあまり変わらない。須賀川に近い鏡石PAは0.20。那須高原SAは0.16。もちろんこれは一つの参考例である。この数値をどう見るか、それが問題だ。

あの「3.11」から2年4か月以上経つのに依然として、流れ出た放射能は減りそうもない。しかもそれは現在進行形でもある。原発再稼働を主張する人は原発周辺に居住してから言ってほしい。切実にそう思う。安全なところにいて主張する奴に気をつけろ。少なくともそれが未来へのモラルだと思う。心からそう思う。言ってることよりやっていることを見る。人間観察の原則を改めて思う。

        上河内⑦ 
        上河内SAで昼メシだ

宇都宮の一つ手前、上河内SAで昼メシを取ることにした。腹が減っては運転はできぬ。シャレた那須高原SAなどの人気SAと違って、ここは家族的な雰囲気のSAだった。フードコートも働いている店員は中高年が多く、どこか大衆食堂の匂いがする。それ故の手作り感がドンブリからうまそうな雰囲気を醸し出していた。彦作村長は「ソースカツ丼」(700円)を注文することにした。
ここの名物「宇都宮餃子」も頼もうかと迷ったが、財政事情から断念。カナジイ。

       上河内③ 
       ソースカツ丼!

「少々お時間がかかりますけど」
おばさん店員が申し訳なさそうに、そうのたまった。
「急ぐ旅ではない。お気遣い召されるな」
と村長。時間がかかるということは、きっとトンカツもこれから揚げるということだろう。カツ丼は揚げたてに限る。期待半分。

        上河内④ 
        揚げたて

15分ほどかかって、番号を呼ばれた。ここの豚肉は那須三元豚を使用していて、ソースカツ丼は厚切りのロースカツ。それだけで「ハズレ」の可能性は少ないと村長は見ていた。お盆に乗った「ソースかつ丼」は想像通りだった。ワラジほどは大きくはないが、ドンブリのほぼ4分の3をこんがり揚がったロースカツが支配していた。やはり揚げたてだった。下に千切りキャベツが多めに敷かれていた。パセリもちょこんと乗っかっていた。このソースカツ丼は会津や信州駒ヶ根と同じスタイル。ちなみに福井や桐生のソースかつ丼はキャベツが敷かれていない。

        上河内⑤ 
        絶景である

ロースカツは厚さは8ミリくらい。会津や駒ヶ根ほど分厚くはないが、薄くもない。ちょうどいい厚さだった。肉と油とソースだれのいい匂いが村長の鼻腔をくすぐる。ソースだれは甘さが控えめ。会津のように甘くはない。肉は脂身が少ない。彦作村長はもう少し脂身があった方が好みだが、これはこれでありだと思う。肉はほどよい柔らかさ。ご飯は普通。みそ汁とつぼ漬けがいい合いの手を打っている。これで700円というのは昨今の情勢を考えると、満足できるレベルだと思う。

        上河内⑥ 
        キャベツとご飯

モダンな那須高原SAで期待外れ続きだった彦作村長は、この大衆食堂風のフードコートに好感をもった。比較的安くて旨い。過剰な作為がない。この上りSAは鬼怒川温泉の「あさやホテル」の運営だという。何でもかんでも小ジャレた都会風にすればいいというものではない。ちなみに磐越自動車道の磐梯山SAも穴場だと思う。



本日の大金言。

SAの魅力はやはり地場産のものだろう。高くてきれいより安くて旨いもの。すべてに通じることだが、見た目にダマされてはいけない。




                    上河内⑨ 

磐梯もちと粗挽きもりそばとの格闘

 彦作村長はポンコツの愛車を吹っ飛ばして、懐かしい「ウマズラ組」の同級会に出席するために、会津磐梯山のふもとにある「リステル猪苗代」へと向かった。すぐ近くに会津藩の藩祖・保科正之(ほしなまさゆき)公を祀(まつ)る土津神社(はにつじんじゃ)がある。NHK大河ドラマ「八重の桜」で会津藩を悲劇へと導くきっかけともなった「会津家訓(あいづかきん)」はこの保科正之の遺言と言われている。

        土津神社① 
        会津家訓の源「土津神社」

歴史にイフはないが、もし保科正之が幕末の会津藩にいたら、会津の悲劇は避けられたのではないかと思っている。薩長との政治的謀略戦に引けを取ることはなかったのではないか。今ではないものねだりだが、保科正之と松平容保では悲しいかな能力と決断力に差があり過ぎる。保科正之の時代状況と幕末の時代状況の大きな変化。それに対応できなかった松平容保と当時の会津藩首脳の責任の大きさを思う。これを結果論として片付けることは簡単であるが。

祖先が会津藩足軽だった赤羽彦作は「あなたの8代後の御殿様は、最初の判断ミスが祟って、3000人とも言われる死者を出すきっかけを作ってしまった。同情するべき点もあるが、どんな言葉を並べようと、トップとしての責任はまぬかれない」そうつぶやきながら、土津神社で手を合わせた。

        三城②  
        昼めしは「三城」へ

昼めしどき。彦作村長は猪苗代湖畔、野口英世記念館の隣にある古民家風の「旅食房 三城(さんじょう)」に入ることにした。「磐梯力もち」という看板が見えたからである。ここは餅と蕎麦の店で、「会津米を使った餅」と「会津のかおり」という蕎麦品種を使った石臼挽きの10割そばが売り物。村長はまず、「三色もちセット」(あんこ、おろし、ずんだ=640円)を注文した。

        三城⑥ 
        磐梯もちトリオ
        三城⑦ 
        このコシは凄すぎ

10分ほどで三色もちが登場。餅はコシが強く、固めだが、強い粘りを持っていた。まるで山本八重のような餅だった。村長はまずあんことおろしを賞味した。ごくごく普通の旨さで、特別の感動はない。あんこはいいとしても、餅が固すぎると思う。観光地の餅ってこんなもん?ずんだにはさらにがっかり。仙台で食べたずんだはもっと旨かった。ずんだの煮込み方が足りない。そのためとろみもコクもない。「何言ってんだ?これが会津のずんだだべし」と怒られそうだが、かつて会津若松市内にあった「城屋」の餅はもっと絶品だった。比べようもない。

        三城10 
        限定粗挽きもりそば
        三城13  
        黒い星がたまらない

口直しに「限定 粗挽きもりそば」(1皿780円)を頼んだ。店の女性スタッフの感じはとてもいい。厨房で打ちたてのそばを茹でる気配がある。これは期待できそう。やってきたそばは田舎蕎麦のような焦げ茶色で、黒い星が点々としていた。太くもなく細くもなくのしっかりとした打ち方。口に入れると、コシの強さが伝わってきた。まさに粗挽き。ゴワゴワした食感。つゆは昆布とかつおの出汁が効いていて、返しはそれほど強くない。甘みが少なく、むしろさっぱりした薄味。その分、素朴で強いそばとの相性はいいとは言えない。そこは好みが別れるところで、時期が時期だけにそば粉の香りも今一つ。

        三城12 
        ずずっと行ってくなんしょ

全体としては会津のぶっきら棒な10割そばで、まずまずの旨さ。この周辺はそばの産地でもあり、新そばの季節にもう一度来ないとここの旨さはわからないかもしれない。その頃には「八重の桜」の舞台は京都に移っているはず。彦作村長は八重の末裔が待つウマズラ組の同級会へと向かった。



本日の大金言。

会津藩の悲劇を思うとき、松平容保と西郷頼母のその後を思わざるを得ない。さらに、松平春嶽と徳川慶喜のその後についても。歴史は残酷だが、結果から遡って見ることも時には必要である。



                     土津神社② 

女が走る東京・茅場町の仰天パン

 京都から近江の旅を終えた彦作村長は、久しぶりに東京・兜町の秘密ペンクラブの会合に顔を出した。その途中で気になる光景を目撃した。時刻は昼食どき。「ベニヤ」というパン屋さんの前に長蛇の列ができていたのである。しかもほとんどが女性だった。近くのOLがピラニアのごとく(失礼)、群がっているように見えた。何だ、こりゃ? 会議が終わってから、その「ベニヤ」をのぞいてみた。すでに夕方になっていた。

        ベニヤ⑤ 
        夕方のベニヤ

「ベニヤ」は惣菜パン中心のパン屋さんで、テレビや雑誌などに取り上げられることもあるご近所でも評判の店だった。陳列棚はすでに空っぽだった。彦作村長が仕方なく佇んでいると、可愛らしい女性店員が、「あっ、1個だけ残ってます。よかったら」と言いながら、巨大な、そう表現するしかない、信じられなほどビッグな惣菜パンを運んできた。それが噂の「パリジャン」(380円)だった。1個で何と875キロカロリーと表示してある。875キロカロリーだとお? 

        ベニヤ② 
        巨大パン、最後の1個

ウマズイめんくい村に持ち帰ると、村民2号が目を見開いて、「すごいわねえ」とため息。まずは大きさを測定する。長さ24センチ、幅10センチはある。厚さも8センチは優にある。重さ450グラム。パンはソフトな生地のフランスパンとも言うべき香ばしいもので、「ベニヤ」が力を入れて焼き上げている自家製パンだった。小麦の風味がとてもいい。

        ベニヤ⑦ 
        ワニではありません

その間に挟まれている具は、厚切りのトマト、きゅうり、レタス、ハム、チーズという重量級のスター。しかも、マヨネーズが恐ろしいほどたっぷりかけられている。唐辛子の赤味も入っている。村長がこれまで見た惣菜パンの中で、これほどのボリュームは初めて。ティナ・ターナーとビヨンセを合わせてもこれだけの迫力は出ないだろう。人類が初めてマンモスに出会った時の衝撃、といえば近いかもしれない(意味不明)。とまあ、そのくらいの驚きだった。

        ベニヤ⑧ 
        この圧倒、このマヨネーズ!

ナイフで四つに切って、気合を入れて、がぶっと行く。最初の印象はパンのうまさだった。小麦のいい風味と甘みともっちり感が口内に押し寄せてくる。すぐ後から、トマトとハムのジューシーさがにじみ出てくる。圧倒的なマヨネーズの存在感。チーズ、きゅうり、レタスの絡みもマヨネーズによって後押しされている。マヨネーズ好きにはたまらない味覚の世界。だが、苦手な人にとってはこれは苦痛かもしれない。村長はマヨネーズよりもタルタルトソースの方が好みなので、その割合を変えてくれたら、評価はもっと高くなるのだが・・・。このボリュームで380円という価格を考えると、そうぜい沢も言えない。

        ベニヤ12 
        四つに切ってもデカい
        ベニヤ10 
        ガブリと行け!

「うまいけど、カロリーが心配。野菜が多いのも女性の心をつかんでいるかもね」
「パリジャンを1個買ってきてそれを2人で分ける。3人で分けてもいい。その分昼メシ代が安くなる。これを一人で1個食う女性は少ないんじゃないか?」
「村長は女の本性を知らない。パリジェンヌではなくパリジャンなのよ」
「ン・・・コワ~」

         ベニヤ 
         売れ筋ランキング

「ベニヤ」の惣菜パンは種類が実に多く、しかもバラエティーに富んでいる。すべて自家製の焼き立てパンを使い、値段も安い。焼き立てパンとB級のうまさに徹した戦術と戦略。そのあたりがOLの心と胃袋をギュッとつかんでいるのは確かだ。うまくて安いところに女性あり。彦作村長は改めてこのグルメの鉄則を噛みしめるのだった。



本日の大金言。

ビジネス街の昼食戦線は激化の一途。安くてうまいが当たり前になりつつある。その先に何があるか?




                      ベニヤ11 

超レアな「はちみつ最中アイス」

暑い。こう暑いと、南極へでも逃亡したくなる。ペンギンになりたくなる。だが、悲しいかな人間を辞めることはたぶん不可能である。炎天下の松阪市内を歩き回りながら、彦作村長は、一服の涼風を求めていた。有名な松阪牛の「和田金」の前を通り過ぎて、しばらくふらふら歩いていると、「蜂蜜屋さんの最中アイス」という提灯(ちょうちん)が視界に入った。ハチミツ屋のモナカアイスだとお? アイスクリームには目のない彦作村長だが、蜂蜜専門店のアイスなんて食べたことがない。「松治郎の舗(みせ)」という茶色の日除けノレンが老舗の風格を漂わせていた。即決!

        松治郎① 
        炎天に蜂蜜屋のアイス!

「サーティーワン」のナッツトゥユー好きの村長だが、東京・湯島「みつばち」の小倉アイスなど和のアイスにも一目置く。「松治郎の舗」は大正元年創業という養蜂園直営の店で、湯島「みつばち」に劣らぬ歴史を持っていた。松阪も奥が深い。店内は自社製造の蜂蜜や関連商品も売られていた。アイス売り場は手前にあり、その奥には畳敷きの立派な小上がりがあり、そこで最中アイスを食べることができる。

        松治郎④ 
        うーむ、うむむむ

村長はきな粉、抹茶、黒ゴマなど4種類あるアイスの中から、一番人気の「はちみつミルク」(1個300円)を選んだ。「卵黄は一切使用しておりません」とか「三重県の牧場の生乳を使っています」とか「はちみつとロイヤルゼリーが入っています」とかこだわりが説明されていた。最中の皮まで「新潟産のもち米を一枚一枚手焼きしてます」と説明書き。説明よりも中身と実際の味が大事という彦作村長は、少々辟易(へきえき)しながら、店員さんから、紙に包まれた「はちみつミルク」を受け取った。そのまま畳の小上がりに移動する。

        松治郎⑤ 
        シンプルなこだわりや如何に?
        松治郎⑦ 
        うまい貝?そう貝

アイスは最初の一口が勝負である。それでイエスかノーかがわかる。最中の皮は貝殻の形で、軽やかだった。パリッとしていて、しかもサクッとしていた。香りもいい。その奥の本体、はちみつとバニラのアイスは意外にもあっさり味。だが、次の瞬間、その後ろからコクがじわじわと押し寄せてきた。うーむ。国産蜂蜜専門店の看板はダテではなかった。高原の涼風のような蜂蜜のいい香りがふわりと立ち上がるのがわかった。いい感じだった。

        松治郎⑥ 
        あっさりとコク

量的にはサーティーワンのレギュラーサイズで、多くもなく少なくもない。300円という価格設定も高くもなく安くもない。だが、それ以上に、大正元年創業の養蜂店直営の最中アイスというポジショニングが気に入った。店は松阪の本店の他に伊勢おはらい町店のみ。「はちみつ最中アイス」はここに行かないと味わえない。この超レアさは悪くない。松阪牛は高すぎて手が出ない。その分、超レアなアイスを発見して、一服の涼風を味わった。限りあれば吹かねど花は散るものを心みじかき春の山風。ペンギンよりもミツバチの一生、である。



本日の大金言。

アイスクリームとかき氷。日本の猛暑にはこの二つは欠かせない。溶ける前に食べよ。





                     松治郎⑧ 

350円の仰天、松阪の牛すじどて煮

 三重県松阪市は彦作村長が追い求めている戦国武将・蒲生氏郷が造った街でもある。駅前の「東横イン」にワラジを脱いでから、村長はふらりと夕涼みに出た。ホテルのフロントに旨い店を聞くと、地図を手渡されて、いくつか紹介された。すぐ近くの鳥料理の居酒屋「だるまや」に行こうとも思ったが、観光客らしきグループで賑わっていた。へそ曲がりの彦作村長はこういう流れには背を向けることにしている。

        松阪②  
        松阪城の石垣

あちらこちら歩き回ることにした。すでに夕暮れが忍び寄っていた。村長はセンサーをフル回転させて、旨くて安い隠れた名店はないか、自分の足で路地裏から路地裏へと歩き回る。ビビビが来ない。原点に戻る。ふと、人気の「だるまや」の隣の居酒屋が気になった。「すずやん」という看板。「牛すじのどて煮」というメニューが旨そうだった。ネットで調べても店の名前はほとんど出てこない。350円というあまりの安さも気になる。大阪風なのか名古屋風なのか、はたまた松阪風なのか。

          すずやん① 
          この店構えやいかに?

思い切って入ることにした。外の派手さと対照的に中は狭い。しかもカウンターだけ。椅子も6つしかない。客も他に一人だけ。女主人が明るいキャラで「いらっしゃい」と声をかける。うむ。メニューを見ると「枝豆90円」「塩だれキャベツ150円」「すじポン350円」とか驚くべき安さ。この段階で味は期待半分だった。

          すずやん② 
          安いと旨いの境界線
          すずやん⑦    
          うーむの世界

生ビール(390円)と「牛すじのどて煮」(350円)、それに「塩だれキャベツ」(150円)を頼んだ。正直、値段から見て、「牛すじのどて煮」はハズレだろうな、と思っていた。だが、目の前に出された瞬間、むむむに変わった。手づくり感と牛すじ肉の旨味がストレートに伝わってきたからである。ごろっと煮込まれた牛の塊が8~9個ほど。いい醤油色でタマネギとともに飴色の小さな美味ワールドを作っていた。口に運ぶ。何という柔らかさ。すじ肉というよりこれは内臓に付いた肉と言った方が近い。甘辛の加減がとてもいい。

          すずやん④                   言葉はいらない

「この牛って、ひょっとして松阪牛?」
「まさか。松阪牛だったら、この値段ではとても出せませんよ。三重牛なんです。同じ黒毛和牛なのに、三重牛になると、値段がグンと下がるんですよ。特別なルートで安く仕入れているんですよ。それを時間をかけてじっくりと炊いているんです」
「これは驚くねえ。村長は東京の老舗居酒屋の煮込みを結構食べているけど、値段も含めて、これほどの煮込みはそうはない」

          すずやん⑥        
          三重牛すじ肉さま~

村長は隠れた名店を発見した気分だった。酔った勢いで、味の秘密を聞くと、味りんと醤油、砂糖、それに鰹だしを加えているとあっけらかんと教えてくれた。この開放性も気に入った。料理の腕によほど自信があるのだろう。店は開店してから丸3年だそう。そのうちにイケメンの主人が来て、さらに話が弾む。赤ワインにぶっかき氷を入れた「カチ割り赤ワイン」(390円)も初めての体験だった。このあたりでは普通の飲み方だそう。

「牛すじのどて煮」をお代わりして、「カチ割り赤ワイン」もお代わり。ガイドブックには載っていない、自分の直感と足で見つけた素晴らしき居酒屋の夜は、こうしていつまでも続くのだった。



本日の大金言。

本当にいい店はガイドブックやメディアから離れたところにある。それを見つける楽しみ。見つけたときのうれしさ。これ以上のものはない。



                    すずやん⑤ 




日本でここだけ?立ち食い伊勢うどん

 旅の目的の一つ三重県松阪市に降り立った彦作村長は、観光事務所に行くことにした。ここで「うまい店の情報」を仕入れるつもりだったが、観光用のB級グルメや松阪牛の情報ばかりで、村長が欲している隠れた情報は出てこなかった。表通りの情報なんてこんなものかもしれない。テレビなどマスコミ情報やネット情報を半分以上信じない村長にとって、残された武器は自分の目と足しかない。

伊勢まで足を延ばす時間がない村長は松阪で伊勢うどんの店はないかと探すことにした。暑い。いくつか候補が上がったが、値段が安くはない。一人の地元のオヤジが「あっ、駅に立ち食いの伊勢うどんがあるでえ。安くて意外にイケる。行ってみたらどないや?」という情報を教えてくれた。立ち食い、伊勢うどん、安い。決まった。ウマズイめんくい村の基本理念にも通じている。

         汽笛亭② 
         まさかの伊勢うどん

JR松阪駅の構内。そこに紺地のノレンが下がっていて、「汽笛亭」という店名が見えた。入ると、10人くらいしか入れない狭いカウンター席のみ。中高年の男性が2人働いていた。お世辞にもきれいとは言えないが、旅情を刺激するある種のわびしさが気に入った。旅はこの感覚が大事である。松阪だけに「肉うどん」(390円)が人気1位だそうだが、村長は「伊勢うどん」(250円)を注文した。立ち食いで伊勢うどんというのは、日本広しといえども、ひょっとしてここだけではないか?

        汽笛亭10  
        伊勢うどんめっけ!

伊勢うどんは「かいだ食品」のうどんを使っていた。三重県産の小麦と天然水にこだわった、いわば地元の正統派うどん店のものである。タレもかいだ食品のもの。悪くない。

伊勢うどんは村長の知人のコラムニスト・石原壮一郎さんが「伊勢うどん友の会」を結成して、コシのない伊勢うどんの普及に力を入れている。村長も何度か東京で伊勢うどんを食べてみたが、コシのないうどんがこれほど旨いものだとは正直思ってもみなかった。「うどんはコシ」といううどん界の常識を打ち破った伊勢うどんの柔らかな衝撃。コシなんてなくてもいいのだ、という多元的世界観はあらゆるものに通じるかもしれない。そう考えると、伊勢うどんは今後の日本の味覚におけるコペルニクスになるかもしれない。いや、それ以上の可能性すら感じる。角を立てない、必要以上にコシを持たない平和共存的まろみの世界・・・。

        汽笛亭④ 
        熱々の伊勢うどんが・・・

極太の伊勢うどんを熱湯でじっくりと湯がいて、釜揚げのようにしてから、たまり醤油のタレを入れたドンブリに入れる。湯気が立ち上がる。青ネギを乗せて出来上がり。250円の伊勢うどん。これだこれだ。東京ではこの倍はする。立ち食いさまさま。箸でもっちり感一杯の極太うどんを濃厚なタレにからませる。みるみるうどんが黒に近い醤油色に染まっていく。

        汽笛亭⑤ 
        むむ曼荼羅の世界
        汽笛亭⑥ 
        底の特製ダレに絡ませる
        汽笛亭⑧ 
        コシのない妙味

ひと口。タレは東京で食べたものより甘みが控えめ。それでもカツオと昆布の風味は十分ある。うどんは当然ながらコシがなく、もっさりしている。もっちりというよりもっさり。もう少しふにゃふにゃ感ともっちり感があった方が村長の好みだが、250円ではぜいたくは言えない。それでも伊勢うどんの独自の世界は堪能することができた。コシのない世界、無コシの世界も案外悪くはない・・・。


本日の大金言。

そもそもうどんにはコシが必要という一元的価値観がどこから来たのか? 伊勢うどんの予想外の旨さは常識の危うさに警鐘を鳴らす。常識を疑え、伊勢うどんはフニャフニャとそうつぶやいているようにも思える。考えすぎかもしれないが。





                      汽笛亭⑨

近江日野牛の超B級「牛肉丼」

気の置けない面々と 京都の上七軒にある広東料理「糸仙」で、極上の夜を楽しんだ彦作村長は、翌日、近江日野へと向かった。「糸仙」は予約しないと入れないほどの隠れ人気店で、花街だった上七軒の名残りを色濃く残す町家づくりの店構えは、とてもここが中華料理屋とは思えない。値段も思ったほど高くはなく、何より、肉だけの「酢豚」や「春巻き」など村長がこれまで食べた広東料理とはひと味違っていた。繊細な職人芸の京風広東料理。路地裏の隠れた名店と言わざるを得ない。この店についてはいつか本格的にご紹介しようと思う。さて、近江日野!

          糸仙① 
          ちょいと上七軒・糸仙

近江日野は戦国武将・蒲生氏郷の出身地で、江戸期には近江商人を輩出している。薬や日野椀の生産・販売で賑わった過日の面影はないが、ここで彦作村長が賞味したのは、岡崎レストランの「牛肉丼」(1050円)。松阪牛と同じ但馬牛の子牛を直営牧場で育て上げた近江日野牛の専門レストラン。地元で「岡崎」と言えば、一目置かれる旨い店である。

        岡崎③ 
        近江日野牛の岡崎に到着!

「あのう、牛肉丼だけでも、よろしいですか?」
すき焼きやステーキなどの高価なメニューを見ながら、村長がおずおずと、しかし厳かを装って言った。
「全然かまいません。どうぞご遠慮なく」
若いスレンダーな女性ウエイトレスがなぜかクスッと笑う。気に入った。暑かったので、白ワイン(グラス630円)まで注文してしまった。

        岡崎① 
        財布と相談・・・

時刻は夕方6時ちょっと前。広い店内には地元の家族連れやカップルが多い。それだけでこの店が地元に愛されていることがわかる。12~3分ほどで冷えた白ワインとともに「牛肉丼」がやってきた。みそ汁、ひじきの小鉢、漬け物も付いていた。牛丼で1050円というのは吉野家や松屋に慣れ親しんだ村長から見るとかなり高い。だが、主役の肉がまるで違った。近江日野牛の格付けは黒毛和牛最上級のA-5。しかも柔らかくてまろやかな雌牛を使用している。あまり関係ないが、人類と同じで牛の世界もオスの立場がどんどん下がっている。

        岡崎④ 
        いい匂いとともに牛肉丼!
        岡崎⑥ 
        ハアハアハア・・・

薄切りなので肉の部位はわからないが、噛むと柔らかさと旨味がじわりと染み出てくるよう。醤油と砂糖のバランスがよく、ほのかな甘さが肉の旨味とともに余韻として口中に残る。メニューの中で一番安い牛肉丼でも、さすが近江日野牛である。玉ねぎとシラタキと青ネギの合いの手も上質のすき焼きと同じもの。タレ(割り下)は多めで、ほっこりしたご飯も悪くない。自然で柔らかな味わい。

        岡崎⑨ 
        説明はいらない

どんどん箸が進む。近江日野牛のボリュームは1050円ということを考えると、これで儲けが出るのか心配になるほど。東京で同じものを食べたらおそらく倍の値段は取られると思う。合い間にシャルドネの国産ワインを流し込む。牛もワインも国産のぜい沢。戦国の世を想いながら、こうして命の洗濯をしている我が身。ぎっくり腰でもノー天気に旅できる世界に足を向けては寝れないなあ、村長はそう思いながら、レジに向かって立ち上がった。草履ばきの素足が汚れていた。



本日の大金言。

買い手よし、売リ手よし、世間もよしの「三方よし」の精神。近江商人のルーツは牛肉丼にも生きている。





                    岡崎11 







アワやの滑り込み、澤屋の絶妙「粟餅」

 京都に来た目的の一つが北野天満宮前の「粟餅所 澤屋」の粟餅(あわもち)を食べること。天和2年(1682年)創業と言われているが、寛永15年(1638年)発行の「毛吹草」に洛中名物として記載されていることから、実際はもっと古いと言われている。店舗を広げず、北野天満宮前で三百数十年もの間、細々と手づくりの粟餅を出し続けている、信じがたい老舗である。日持ちしないので最低でもその日中に食べなければならない。一番のぜい沢は、作りたてを店内で賞味すること。

彦作村長は焦っていた。友人たちとの楽しい珍道中に時を忘れてしまい、気づくと午後4時を回っていた。村長の胸の赤ランプが点滅し始めていた。「午後5時まで。なくなり次第終了」という情報が頭をよぎっている。友情よりも澤屋の粟餅!村長は中座して、四条河原町からタクシーを使うことを決断した。念のため電話を入れる。「4時半まで入れますやろか? お土産で作っておきまひょか。それでどうですやろ?」「わかりました。もし間に合ったら、中で食べさせてください」そんなやり取り。


          澤屋② 
          あわやタッチアウト!

有名誌の元女性編集長も澤屋の粟餅に強い興味を示し、タクシーに同乗。割り勘にすれば安くなる。澤屋に到着したのは4時35分。ともすると通り過ぎてしまいそうなほど目立たない古い木造2階建の店舗。「あわ餅所」という看板と「澤屋」の暖簾がさり気なく歴史を感じさせる。半分店内で食べることをあきらめたが、「どうぞ、中でお食べください」とお茶を出してくれた。タッチアウトにならずに、滑り込みセーフ!

          澤屋④ 
          何という風情

店内は見事な木目のテーブルが6つほど。それほど広くない。白衣の12代目の主人とたぶん女将さん、それに息子さんだろうか13代目(?)が手作業で粟餅を作っていた。目の前には木の桶が置かれ、搗(つ)きたての黄色い粟餅を見事な手さばきであんで包み、丸めて行く。「一皿550円」(きな粉2個、あん3個)。それが目の前にやってきた。うーむ。こしあんときな粉のミラクルな世界か。北野の奇跡か。これだこれだ。

          澤屋⑧ 
          粟餅一皿どす

まずはこしあんをひと口。甘さが抑え気味のこしあんと搗きたての粟餅の柔らかな感触が口中の粘膜に張り付いてくるよう。すべての表現が馬鹿バカしくなるほど素朴に美味い。シンプルな深み。シンプルな豊饒。そんな表現すら陳腐である。村長がこれまで賞味した中でもこれは別格だと思う。粟餅の黄色がこれほど魅力を放射するとは・・・これは反則ではないのか。

         澤屋⑥ 
         うむむむ
         澤屋⑦ 
         粟餅の奇跡・・・
         澤屋10 
         きな粉の奇跡・・・

きな粉は細長い二本の粟餅の上にたっぷりとかかっていた。竹ようじで口に運ぶと、さわやかなきな粉の香りが鼻腔をくすぐり、砂糖のシャリッとした食感とともに、柔らかな粟餅が三位一体で素朴な感動を運んでくる。どちらかというときな粉の苦手な村長だが、これは素直に美味い。あっという間に一皿平らげてしまった。夢のような時間は終わった。一皿の幸せ。かような店が時を超えて、かような自然体で存在している。改めて京都の底知れない深みを思った。



本日の大金言。

アワを食う美味さ。北野大茶会を開いた豊臣秀吉はこの粟餅を賞味したのだろうか? 時代的に合わないが、秀吉がもし賞味していたら、女狂いは半分減っていたかもしれない。




                     澤屋③

京都イノダコーヒ本店のモーニング

 京都から近江へと長旅をしてしまった。タイムマシンの旅。村長にとっては大きな発見がいくつかあった。その成果はおいおいレポートしていくことにしよう。金欠気味の村長は新幹線を使わずに深夜バスを利用した。京都に着いたのは朝7時ちょい前。京都タワーホテル隣のビルの地下にある銭湯に入ろうと思ったが、3時間後に昔からの面白い仲間と会う約束になっている。時間はあるようでない。お腹もすいていた。

銭湯を断念して、村長はワラジ姿で三条烏丸まで歩くことにした。京都は歩くに限る。地下鉄やバスなどは近年の乗り物に過ぎない。目指すはかの有名な「イノダコーヒ本店」である。「コーヒー」ではなく「コーヒ」。この妙なこだわりが村長の好みでもある。画家でもあった猪田七郎が昭和15年(1940年)に開いた京都の老舗コーヒー屋。ここのモーニングを賞味してみようと思い立ったのである。京都の主の調布先生などは「あんなとこ、行ったらあきまへんで。店を広げ過ぎで、東京・大丸にもある。店ちゅうもんは広げたらあかん」と妙に説得力のあるアドバイスをしている。だが、これでイーノダ。

          イノダコーヒー本店② 
          本店の店構え

店構えは火事で焼けた後、平成12年(2000年)にリニューアルしたものだが、京都の町家の雰囲気を漂わせる重厚なもの。奥が喫茶コーナーになっていて、木の茶色と白を基調にしたインテリアは京都のモダンを感じさせる。天井が高い。その広いスペースにテーブルがゆったりと置かれている。喫煙コーナーと禁煙コーナーに分かれていて、まだ午前7時半なのに、禁煙コーナーは満席だった。老舗ホテルのラウンジのような雰囲気。地元の文化人風のグループ、いかにも観光客のグループ、熟年のカップルなどが朝のコーヒーとサンドウィッチなどを楽しんでいる。

          イノダコーヒー本店④ 
          グッモーニング!

村長はここの名物でもある「ビーフカツサンド」(1730円)につい目が行ったが、値段を見て、我慢がまん。「京の朝食」(ジュース、サラダ、ハム、パン、コーヒー付き1200円)を注文した。1200円は安くない。7~8分ほどで赤いチョッキのウエイトレスが白磁の大きな洋皿に乗ったモーニングを運んできた。コーヒーの香りが深い。聞くと「コロンビアの真珠です」とか。「砂糖とミルクを入れますか?」という聞き方もイノダコーヒならではのもの。「いや、ブラックで」と村長。村長のTシャツも黒だった。

          イノダコーヒ本店 
          うーむ
          イノダコーヒー本店⑥ 
          むむむ

スクランブルエッグと黄とアスパラの緑、ニンジンの朱色、マッシュポテトの白、プチトマトの赤、鮮やかなオレンジ、それに厚めのハムとキャベツの千切り。パンはクロワッサン。それほど珍しくはないモーニングの光景だが、すぐにそれが浅はかな見たてであることがわかる。口に運ぶと、野菜と果物の鮮度に軽く驚かされる。一つ一つが際立っている。オーバーな表現ではなく「この瞬間がウチらの一番おいしいときどすえ」とつぶやくのである。感心したのはニンジンのグラッセ(甘露煮)。柔らかさと硬さ、それに甘みのバランスが絶妙というしかない。

         イノダコーヒー本店⑨ 
         ニンジンのグラッセ
         イノダコーヒー本店12   
         素材選びに感心
         イノダコーヒー本店13
 
          マッシュポテイト!

これであと200円ほど安かったら、言うことはない。朝7時からモーニングを味わえるのはこの本店だけとか。支店との味の違いはどれほどあるのかわからないが、池波正太郎がこの本店のビーフカツサンドに一目置いていたことなどを思うと、やはり本店こそが原点の味ではないかと思う。コーヒーではなくコーヒ本店の深い味・・・。



本日の大金言。

人気が出るほど原点の味を維持するのは難しくなる。その浮世の法則を打ち破ることができたら、本当の意味で「これでイーノダ本店」となるはずである。ン?



                      イノダコーヒー本店14 


プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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