「埼玉の佐野ラーメン」13年目の味

 本日は埼玉で見つけた「佐野ラーメン系」の醤油ラーメンをご紹介しよう。札幌ラーメンや博多ラーメン、喜多方ラーメンなどのラーメン有名地帯に比べて、関東のラーメン王国・佐野系を看板に掲げるラーメン屋が少ない。佐野ラーメンファンの彦作村長にとってこれは一つの謎である。水の問題、青竹手打ちのややこしさ、インパクトなど、あれこれ考えられるが、首都圏に同じ系統の喜多方ラーメンの看板が結構多いことなどを考えると、さらに謎は深まる。どこかに佐野ラーメン包囲網があるのかもしれない。

だが、村長の知る限り、埼玉・久喜市菖蒲にある「栄ラーメン」だけは、埼玉でも旨い佐野系のラーメン店として、ラーメン好きの間でも評価が高い。2001年にオープン、店主は佐野の有名店で修業したらしい。今年で13年目。村長はこの店にはたまに顔を出す。醤油ラーメンが看板で、確かに全体的な印象は佐野系だが、手打ち極太麵は、平均的な佐野ラーメンよりもかなり太い。むしろ、喜多方ラーメンに近いと思う。最初にこの店に来たのは10年ほど前。まずまずのインパクトだった。

           栄ラーメン① 
           佐野ではなく埼玉
           栄ラーメン② 
           メニューの工夫

久しぶりに村長はポンコツ車をぷかぷかさせて、菖蒲モラージュのすぐ先にある一軒家の「栄ラーメン」の暖簾をくぐった。カウンター席とテーブル席がある。BGMはボサノバが流れていた。カウンター席に案内され、「醤油ラーメン」(680円)を頼んだ。佐野では醤油ラーメンはせいぜい600円なので、かなり強気の設定と言える。ちょうど正午だったので、どんどん客が入ってくる。この繁盛ぶりはめでたい。

           栄ラーメン④ 
           この勇姿

10分ほどで、大きめのドンブリに入った「醤油ラーメン」がやってきた。大きいチャーシューが2枚、刻みネギ、メンマというシンプルな佐野系の構成。スープは半透明で、醤油の色は薄め。佐野系にしては多めの脂がキラキラ浮いている。その下には極太の縮れ麺がゆったりと控えていた。旨そうな匂い。

まずはスープ。佐野系は鶏がらと魚介系の主張が強いが、ここではむしろ豚骨の風味を強く感じた。その分、まろやかなコクと肉系の旨味が出てきている。すっきりではなく、むしろこってり。手打ち麺はつるっとしていて、コシもほどよい。これまで何度か柔らかすぎてうどんのようだと思ったこともあったが、今回はちょうどいいコシの入り方。どうやら出来不出来があるようだ。
         
           栄ラーメン⑦  
           青竹手打ち麺
           栄ラーメン⑧ 
           スープの美味
           栄ラーメン⑨ 
           柔らかいチャーシュー

煮豚チャーシュー2枚は豚バラとたぶん肩肉。薄めでデカい。箸でつかめないほど柔らかく、トロトロ好きにはたまらない。メンマはシコッとしていて、まずまずのレベル。麺のボリュームは平均的な佐野ラーメンよりも多い。スープの旨味が光る。佐野以外でこれだけの味を出していることが、13年もの間、埼玉で人気店の座を守り続けている秘密でもある。もはや出来不出来は許されない。東京、大阪にもデリケートな佐野系の旗が翻る日も近い。村長はそう確信した。イケイケ、佐野ラーメン!


本日の大金言。

値段も背脂のギトギトもどんどん高く多くなっているラーメン戦国時代にこそ、佐野ラーメンのシンプルは受けるのではないか、と勝手に思う。




                       栄ラーメン10 

スポンサーサイト

老舗割烹の「900円かきフライ」

 東京・兜町のペンギン村周辺にはいい店が多い。昼めし時ともなると、サラリーマンやOLで行列ができる店もある。彦作村長は、以前から目を付けていた「割烹 辰巳(たつみ)」の逸品「穴子天丼」(900円)に狙いを定めた。「割烹 辰巳」は昭和26年創業の老舗料理屋で、その古い見事な店構えは神田須田町(旧連雀町)を思い起こさせるほど。一見敷居が高そうだが、ランチタイムは狙い目で、村長でも入れる。

           辰巳① 
           茅場町の老舗

会報誌の編集作業の合間を見計らって、午後1時ちょい前に滑り込んだ。行列の時間は終わっていたが、6人掛けのカウンター席と4つほどのテーブル席は埋まっていた。しばらく待つ。5分ほどで、白木のいいカウンター席に案内された。「穴子天丼」を頼もうとしたが、「穴子天丼は金曜日だけなんですよ」と女性スタッフが申し訳なさそうに言った。何ということだ。曜日を間違えてしまった!

           辰巳② 
           意外な穴場

すぐに頭を切り替える。ここはフライも美味いはず。今が旬の「かきフライ」(900円)にシフトチェンジ。カウンターの奥が厨房になっていて、三代目の主人が揚げる軽やかな音といい匂いがそこはかとなく漂ってくる。12~3分で、広島産のかきフライとご飯がやってきた。味噌汁、キュウリのお新香も。さすが割烹という隙のない盛り方で、5個のかきフライの横には千切りキャベツとポテトサラダが控えめに寄り添っていた。

           辰巳③ 
           隙がない
           辰巳⑤ 
           レモンを絞る

タルタルソースとレモンもしっかりと控えている。かきフライはコロモがしっかりと付いていて、レモンを絞ってからかじると、ガサガサと崩れ落ちるように、村長の口内で身持ちを崩した。ジューシーで新鮮な濃厚。海の香りが鼻に抜ける。妖艶な美女のよろめき。そんな表現をしたくなるほど、カラッと揚がったコロモの崩れ方が特徴的。ギュッと詰まった海のミルクがほとばしる。かきの大きさがまちまちなのが面白い。

           辰巳⑦ 
           タルタルソースを絡めて
           辰巳⑨ 
            この瞬間がたまらない

タルタルソース、ソース、醤油の順で、旬のかきフライを食べて行く。村長はかつては醤油派だったが、いまではそれぞれの特徴を味わうようになっている。邪道かもしれないが、3種のソースを混ぜて味わうのも好みである。炊き立てのご飯はほどよい固さで、つややかさがさすが割烹というものだった。みそ汁も付け合わせのポテトサラダも申し分ない。

全体として、割烹の王道を行くほどよいきれいな職人芸。ボリュームはイマイチだが、そこを期待する方が間違っているとも思う。隣りの若いOLは「カレイ煮付」(800円)を旨そうに食べていた。ご飯はお代わりもできる。そのOLは、しっかり2回もお代わりをしていた。日本のウォール街のOLかもしれない。村長は驚きと尊敬のまなざしで、そのOLをチラッと盗み見した。ミラクルひかると似ていた。村長も身持ちを崩したくなった。


本日の大金言。

老舗割烹のランチは狙い目である。普段行けない雰囲気とプロのワザを比較的安く楽しめる。あまり関係ないが、割烹着の小保方さんは今どうしているのか、気になる。





                         辰巳10 

名物「助平屋」の焼きまんじゅう

 「まるで南極だよ。雪かきに来てほしい」
先日の大雪で上州の被害は相当なもの。村民2号の大叔母から、そんなSOSが来ていた。このところ多忙だった彦作村長は、ポンコツ車を飛ばして、大叔母の家へと急いだ。大雪から10日ほど経っているのに、家の周りは根雪で、身動きができないほどだった。ぎっくり腰の身体にムチ打って、何とか根雪を片付け、出入り口を確保すると、すでに午後3時を回っていた。

「ああ、これで買い物にも行けるし、カラオケにも行ける。ありがとう」
大きく手を振る大叔母を後にして、ウマズイめんくい村の一行は、太田市方面へと急いだ。ここにある焼きまんじゅうの老舗「助平屋(すけべや)」でお茶しようと思ったからだ。焼きまんじゅう一筋創業95年という群馬の中でもかなりの老舗である。
「店の名前が助平だなんて、ヘンでしょ? 昔からそうなのよ」
「何か特別に美味そうな予感がする」

           助平屋① 
           おお助平屋!
           助平屋② 
           暖簾をくぐると・・・

例幣使街道の木崎交差点からすぐのところに「助平屋」の木の看板が見えた。「焼きまんじゅう」の真っ赤な幟(のぼり)も上州らしい。古民家風の一軒家で、紺地の暖簾をくぐると、大きな木のテーブルと4人掛けのテーブルがいくつか、まるで水戸黄門の世界にでも紛れ込んだようだった。券売機で「焼きまんじゅう(みそだれ)」(1本180円)と「辛みそだれ焼きまんじゅう」(1本200円)を買い求めた。お茶はセルフサービス。

          助平屋④ 
          昔ながらの炭火焼き

奥が厨房になっていて、昔美人が2人、炭火で大串を刺した焼きまんじゅうを焼いているところだった。焼きそばも美味そうだった。いい匂いが鼻先に漂ってきた。夕方なのにお客がどんどん出入りしては「焼きまんじゅう」をパクついていた。群馬県民と焼きまんじゅうは切っても切り離せないというのは本当のようだ。

            助平屋⑤ 
            辛みそだれ(手前)とみそだれ(向こう側)

10分ほどで、目の前に皿に乗った2種類の「焼きまんじゅう」がドンと置かれた。竹の大串に1本あたり4個の焼きまんじゅうが、食欲中枢を刺激する香ばしい匂いをジュウジュウと放っていた。味噌ダレが醤油のようにほどよく焦げて垂れていた。それを別の竹串で取り外していく。村民2号は手慣れたもの。

           助平屋⑦ 
           あわてるな、1個ずつ外していく

「これこれ。これがたまらないわ」
村民2号がふうふうしながら、まずは「みそだれ」にかじりつく。村長も続く。ねっとりしたかなりの甘だれで、それがふっくらと焼けた小麦だけのまんじゅうとよく合う。
「ここの味噌ダレは砂糖の他に水飴も入れてるのよ。このこってりが人気の秘密で、そこが好き嫌いの別れるところなの」

「辛みそだれの方がインパクトがあるな。単に唐辛子をまぶしただけ。アバウト過ぎるのが、わかりやすくていい」
「でも、この唐辛子代がプラス20円というのはちょっとねえ」
「サービスにしてくれたらもっといい。でも、スケベな感じはしないなあ」
「店名の由来は、まんじゅうが焼くとすぐに膨れる。つまり、お腹がすぐ大きくなるに引っ掛けて、スケベにしたらしいわ。上州のユーモアよ」

           助平屋⑨ 
           甘みそと唐辛子
           助平屋⑧ 
           香ばしいふわふわ

「この味噌ダレ、気に入った。村民2号から教えてもらうまで、焼きまんじゅうのどこが美味いのかわからなかったけど、今は違う。これは欧州のパン文化に匹敵する日本の小麦粉文化の粋だと思う。インドのナンにだって負けない。上州食文化の凄味を世界遺産にしたいくらいだ」
「でしょ? 上州の偉大さがわかるでしょ? 栃木や茨城と一緒にしないでほしい」
「秘密のケンミンショーの見過ぎだよ」
「日本のへそは上州にあり」
「その下が問題」
「・・・・・・」


本日の大金言。

焼きまんじゅうはスケベである。焼きまんじゅうはエロティックである。この素晴らしさはどこか曼荼羅の世界に通じている。





                        助平屋12

ダジャレ予報士と超B級オムライス

 昨晩は日本プレスセンターで友人の気象予報士・富山勝さんの退職慰労パーティーが盛大に行われた。「本業の気象予報よりもダジャレの方が上手いかも」という不思議な才能の持ち主で、駆けつけた有名作家、メディア界の重鎮、友人らが、富山さんの「新しい門出」を祝福した。彦作村長も二次会まで参加して、終電をあわや逃すほど酩酊してしまった。噂によると、羽目を外し過ぎて、自宅に到達できなかった人もいたらしい。その前の前の晩、銀座で暴漢に襲われ、かすり傷を負った渓流斎さんも、その時、かなり酩酊していたらしい。昔メーデー、今メーテー。京都の調布先生やスウェーデンの瘋癲北欧先生はご無事だろうか?

           むさしや① 
           いつも行列

さて、本題。退職慰労パーティーに行く前に、村長はニュー新橋ビル1階にある「むさしや」で、遅いランチを取ることにした。午後4時を過ぎていた。「むさしや」は明治18年(1885年)創業の古い洋食屋で、安手のカウンター席のみというスタイルを守り続け、銀座の「ジャポネ」と並び称されるほど。スパゲティナポリタンやオムライスなど「昔ながらのボリュームと味」は、B級グルメの世界では天然記念物的な存在で、ランチタイムなどは行列が延々とできる。

           むさしや② 
           シンプルなメニュー

午後4時過ぎなので、まさか並ぶことはあるまいと思ったが、甘かった。たった7席ほどのカウンター席は空きがなく、さらに6~7人並んでいた。村長は「オムライス」(700円)を頼むことにした。15分ほど待って、「次のオムライスの方」と呼ばれて、カウンター席に腰を下ろした。女将さんらしい女性と男性スタッフ2人。家族経営なのかもしれない。フライパンでチキンライスを作っている職人芸を見ながら、隣の客の「ナポリタン」(650円)の恐るべき量にやや動揺する。数分後、いい匂いとともに「オムライス」がやってきた。

           むさしや⑤ 
           おおっと
           むさしや⑥ 
           B級の横綱ァ~

オムライスは薄い卵焼きとその上にかかったケチャップが、あの懐かしいオムライスそのものだった。軟弱なふわとろオムライスなど敵ではない。さらに驚くべきは、脇役のスパゲティのあまりのボリューム。ヘタすると、それだけで一人前という盛りのよさ。それだけではない。キャベツの千切りが山を作っていた。なぜかキュウリの漬け物が、箸休めのように添えられていた。わかめの味噌汁付き。

           むさしや⑦ 
           言葉はいらない
           むさしや11 
           秀逸なチキンライス
           むさしや⑧ 
           これが脇役?

スプーンでまずはひと口。バターとトマトケチャップの圧倒的な風味が口中にぐわんと広がる。チキンライスが秀逸で、細かいニンジンとタマネギ、鶏肉、それにグリーンピースが、よく火の通ったライスの一粒一粒を引き立てている。浅草の「洋食ヨシカミ」のフライパンのワザに引けを取らないと思った。値段はこちらの方が断然安い。

脇役のスパゲティは多分作り置きで、具がほとんどない。ややパサついてもいる。メーンがオムライスなので、それはそれで致し方ない。というより、これこそB級の王道、B級の横綱格ではないかと思った。キャベツの千切りのマヨネーズが少ないことや、トマトケチャップもやや少ないことなど、メーンのオムライスの前では些細なことに思えてしまう。味噌汁が絶妙なことも忘れてしまいそうになる。

          むさしや10 
          半分まで到達


このあまりに懐かしいボリュームと味こそがすべてなのだ。ふと富山さんが新しい名刺に「季節の旅人」と打ち込んだことを思い出した。「ダジャレもうまい天気予報士」とはしなかった。そうか、富山さんはオムライスなのだ。メーンを忘れない、その立ち位置こそが過去から未来へとつながっていく鍵なのだ。彼の未来は「むさしや」にある・・・・。多分誰も同意しない、あまりに強引なこじつけとともに、満腹のお腹を押さえながら、村長はヨタヨタとプレスセンターへと向かうのだった。


本日の大金言。

敷居の高さと低さ。カウンターだけのあまりにシンプルなB級の世界。そこから次の季節が見えてくるはずである。

 



                       むさしや12

北千住「ごちゃまぜそば」の夜

 東京・兜町にあるペンギン村でややこしいデスクワークを終えた帰り、彦作村長は北千住で途中下車することにした。午後7時を過ぎている。
「何か美味いものはないかいな。クン、クン、クン」
寒風の中、最近ハマっている宿場町通りをブラ歩きしていると、「麵屋 炙り(あぶり)」の看板が目に入った。隣はカレー屋。麺にするか、カレーにするか迷ったが、「まぜそば」が値段的にもビジュアル的にも魅力的だった。この店は3年ほど前にオープン、北千住でも指折りの「ラーメンの旨い店」として定着しつつある。「無化調」というのも、ある種の志しを感じる。難点はいちいち説明書きが多いこと。

           麵屋炙り② 
           北千住の穴メン
           麵屋炙り 
           まずは食べろ?

12席ほどのL字型の木のカウンターのみ。広々とした明るい今風の店内。BGMにはアメリカンポップスが流れ、2人の男性スタッフがチャーシューを炙り、麺をゆでていた。つけ麺も旨そうだが、予定通り券売機で「まぜそば」(680円)のボタンを押し、カウンター席に腰を下ろした。印象としては、最近多いラーメン屋さんの流行のタイプだな。

スープや麺、チャーシューに至るまで、素材選びから作り方までのこだわりをこれでもかと書いている。「本物はさり気ない」ではなく、過剰なまでの自己PR。村長の苦手な世界だが、待つこと12分ほどで、「まぜそば」がやってきた。大きめのドンブリに湯がいたもやし、キャベツ、刻みネギ、タマネギの姿も見える。厚めの炙りチャーシュー、さらに魚粉がどっかと乗っかっていた。その下には中太というより、かなり太い小麦色の麵が控え、旨そうな湯気を放っていた。その下の醤油だれ。すべて自家製と表記してあった。

          麵屋炙り③ 
          ギトギトではない
          麵屋炙り④ 
          うむむむ
          麵屋炙り⑤ 
          どんどん混ぜる

「まぜそば」は混ぜて食べるもの。村長が思い切って混ぜると、濃厚なダシの匂いとともに、太麺が飴色に変化していった。豚骨、鶏ガラよりも煮干しや鯖節など魚介類のほうが強めの印象。まずはひと口。魚粉の効果なのか、まろやかな濃厚が口中に広がる。これまで村長が食べた「まぜそば」や「油そば」ほど脂っぽくない。味も思っていたよりも濃くない。麺はコシがしっかりしていて、もっちり感がある。モヤシ、キャベツ、ネギ、それにタマネギの甘みが、醤油だれとよく絡まっている。メンマもいい。よくできた秀才型の「まぜそば」。

           麵屋炙り⑧ 
           モチモチ感
           麵屋炙り⑨  
           秀逸な炙りチャーシュー

炙りチャーシューも注文してからわざわざ網で炙っているところなど、悪くない。全体的なボリュームもこの値段を考えると、店のポリシーとレベルの高さを感じる。だが、何かが足りない。村長は目の前の七味唐辛子と酢を加えてみた。さらにかき混ぜる。すると、もっさりした味がギュッと締まって、いいアクセントが生まれてきた。「これは案外イケる」と思った。まるで浅田真央のフリー演技のように、何か吹っ切れた旨みに変わっていった。

          麵屋炙り10 
          唐辛子と酢

「まぜそば」が「ごちゃまぜそば」に変身したことで、村長の中で1+1が3になったのかもしれない。これはむろん、村長の好みの問題ではある。金メダルでも銀メダルでもないが、将来楽しみな店を見つけたと思った。村長は八割の満足感とともに、寒風の中を次の河岸へ移動することにした。いい気なものである。


本日の大金言。

ごちゃごちゃ言うな。ごちゃごちゃ混ぜろ。見る前に食べろ。すべては食べてから始まるのである。


                      麵屋炙り11 


東銀座、魔法の「B級コッペパン」

 かつてエンターテインメント新聞社が東京・築地にあった頃、彦作村長にとって気になる惣菜パン屋があった。昭和2年(1927年)創業の「チョウシ屋」という店で、コッペパンにコロッケやハムカツ、トンカツを挟んだ実にシンプルなスタイルなのに、昼飯時などいつ行っても行列で、ようやく買えると思った瞬間、「売り切れました。すいません」ということも何度かあった。

場所は東銀座3丁目で、歌舞伎座の裏手に当たる。村長はその頃、よく築地から銀座までを散策した。「チョウシ屋」の前の行列を見るたびに、このシンプルなコッペパンサンドが何故これほど人気があるのか不思議だった。

東京会館でペンギン村の例会があるついでに、久しぶりに、この不思議な「チョウシ屋」に立ち寄ることにした。紅色の生地に黒文字で「元祖コロッケ チョウシ」と書かれた独特の幟(のぼり)が翻っている。時刻は午後4時過ぎ。昼飯時は混み合うことがわかっていたので、その時間を避けることにしたのだった。

           チョウシ屋1  
           ここが銀座だって?
           チョウシ屋② 
           昭和のまま

銀座とは思えない、下町の惣菜屋のような店構えは昔のままだった。駄菓子屋のような雰囲気。この時間なのに4~5人ほど並んでいた。手書きのメニューが入り口に張られていて、コロッケ、ハムカツ、メンチ、豚カツの4種類しかない。単品でも買えるが、パンに挟むことができる。村長は、「コロッケパン」(280円)と「ハムカツパン」(280円)を頼むことにした。

           チョウシ屋③ 
           魔法のコッペパン

店内に入ると、目の前が揚げ場になっていて、いい匂いが充満していた。3代目(?)の主人らしい男性が客の注文後にパン粉に包んでラード油で揚げる。それをシャレた割烹着姿の女将さんがコッペパンに挟むというスタイル。食パンを選ぶこともできる。村長はむろんコッペパンを選んだ。ゆうに30センチはありそうな見事なコッペパンに、女将さんがマスタード(マーガリン入り?)を塗り、コロッケとハムカツを載せ、特製ソースをかける。ただそれだけ。野菜も何も入っていない、実にシンプルな直球勝負の、恐るべきコッペパン。

           チョウシ屋④ 
           コロッケのシンプル
           チョウシ屋⑤ 
           ハムカツのシンプル

その夜、ウマズイめんくい村に持ち帰って賞味となった。懐かしい紙袋にくるまれたコロッケとハムカツのコッペパンは、何よりもコッペパン自体の旨さが際立っていた。柔らかさとふくよかさに軽く驚く。コロッケは揚げてからしばらく経っているのに、真っ白いじゃがいもがほくっとしていて、挽き肉、それにかすかにタマネギの甘みが口中に広がってきた。ソースとマスタードがいい具合に寄り添う。何も足さず、何も引かず。

           チョウシ屋②  
           87年が詰まってる?B級の傑作
           チョウシ屋⑤ 
           不思議な魅力

ハムカツは中のハムが2枚、こちらもどう見てもただのハムカツにしか見えないのに、コッペパンと一緒にかじると、まろやかな旨みがどこかから加わって、実にうまい。どこかに何か隠し味があるに違いない。だが、それを見せるほど、「チョウシ屋」のワザは単純ではない。何しろ87年も銀座でB級の暖簾を守り続けているのだ。

「こんなに単純なのに絶妙なくらいにうまいわ。キツネにでもつままれているみたい。不思議ねえ」
辛口の村民2号も首をかしげる。

銀座の中心の裏通りにかような、よき時代の下町の惣菜パン屋が生き残り、近くのサラリーマンやOLの熱い支持を受けていることにある種の感動を覚えながら、村長は、遠い日を想うのだった。


本日の大金言。

銀座は奥が深い。だが、チョウシ屋のような、昭和初期の銀座の庶民的な面影を残す店は少ない。銀座が高いブランドだけではないことを身をもって教えてくれる。





                      チョウシ屋①

恐れ入谷の元祖カツカレー

 本日はカツカレーの話である。元祖カツカレー、については諸説あるが、彦作村長はこれまで、今や定説になっている東京・銀座「スイス」が昭和23年(1948年)に始めたものとばかり思っていた。当時、「スイス」の常連客だった巨人軍・千葉茂さんの発案で「トンカツとカレーを同時に食べれるように」作られたというものだった。そのストーリーは多分本当だろう。

バカ言っちゃあいけないよ。カツカレーを最初に始めたのは、浅草の『河金』で、銀座『スイス』が始める30年も前にすでにメニューにして評判を呼んでいたんだよ。大正7年(1918年)、洋食屋台からスタートした初代河野金太郎が国際劇場近くに店を出して、このカツカレーを河金丼と名付けた。これが元祖カツカレーで、『河金』は凄い人気だったてえ話だ」
老舗出版社の編集者がなぜか江戸弁になって、彦作村長にまくしたてた。調べてみたら、大筋その通りだった。

           河金① 
           「とんかつ 河金」

その浅草『河金』はすでに廃業していた。だが、その初代のお孫さんが浅草からほど近い入谷で『河金』の暖簾を守っていることを、その編集者から聞いて、村長は長靴のまますっ飛んだ。日比谷線入谷駅から言問通りに出て1分ほど、やや寂しげに『とんかつ河金』の暖簾が下がっていた。村長の好みの世界。

暖簾をくぐると、2人用テーブルが二つ、右手には小上がりがあり、そこにもテーブルが二つ。奥が厨房になっていて、そこに店主の姿が。今どきの小ぎれいさはない。メニューはとんかつ中心で、面白いことに、量が匁(もんめ)で表示されていた。ウケ狙いではなく、当時のスタイルを頑なに守っていることがすぐに理解できた。好感。出されたお茶を飲みながら、目的の元祖カツカレー「河金丼」(750円)を頼んだ。とん汁(100円)も付けてもらう。

           河金② 
           おお河金丼!

注文してから作るようで、肉を叩いている音、卵に付けて、パン粉をまぶし、油で揚げる軽やかな音。丁寧な作り方。12~3分ほどで、ドンブリに入ったカツカレー「河金丼」がやってきた。旨そうな匂いが控えめに立ち上る。ルーがたっぷりっとかかったトンカツの下には千切りキャベツが敷かれ、その下のご飯の盛りはそれほど多くはない。

           河金③ 
           元祖カツカレー「河金丼」

カレーのルーは神田・神保町「キッチン南海」のようなギタギタした黒ではなく、どんよりとしたキツネ色。小麦粉とカレー粉の素朴な風味で、まったりとしたやさしい味だった。その下のとんかつは肉が驚くほど柔らかい。脂身がない。脂身好きの村長には少々物足りないが、コロモのサクサク感といい、ルーのまろやかさと実によく合っていた。ご飯はつややかに立っている。物足りなさを補う旨味。その底力。

           河金⑤ 
           ルーととんかつの歴史
           河金⑥ 
            ライスがいい

本物は控えめである、と村長は改めて思った。店主は昭和25年生まれ。初代・河野金太郎のお孫さんで、作り方からすべて初代の味を守っているという。同じ入谷で兄も『河金』の暖簾を下げて、初代の味を受け継いでいることもわかった。

村長は思い切って、「元祖カツカレー」の話を切り出した。
「どうして元祖カツカレーをもっと宣伝しないの?」
「元祖は浅草にあったおじいちゃんの店ですよ。ここは暖簾分けした店だから、元祖とは言えないよ。作り方は受け継いでいるけどね。ここは昭和43年に始めたんですよ。『河金支店』としてね。元祖のおじいちゃんはずっと昔に亡くなってるしね」
時折、下町の江戸っ子のシャイが顔をのぞかせる。
村長はいい料理人に出会ったことと、いいものを食べたことに感謝したくなった。胃袋がB級の美味で一杯になった。

           河金11 
           河金支店の江戸文字

本日の大金言。

歴史は時々ウソをつく。もう一つの真実は、表からは見えない裏側に潜んでいることも知るべし。



                       河金⑨ 

本モロコと絶妙「クロックムッシュ」

 京都にお住いの調布先生から、驚きの情報がもたらされた。
「あのね、埼玉の加須というところに京都の高級料亭が使う本モロコの養殖場があること、あーたご存じ?」
「京都の高級料亭? し、知りませんよ。ナマズなら知ってるけど」
「そんじゃあねえ、鈴木養魚場というところだから、ポンコツ車で一度行ってみてはいかが?目からモロコですよ、ぐひひっひ

雪が大分溶けてきたので、ウマズイ村の怪しい一行は、その鈴木養魚場を目指した。加須というより茨城・古河市に近い場所に「鈴木養魚場」があった。鈴木養魚場は高級魚の琵琶湖産本モロコが減少して危機的な状況の中、それを養殖していて、業界では注目の存在だった。店舗販売もしていて、ウナギのかば焼きや本モロコの佃煮なども売っていた。

食堂がないのが残念だが、村民2号が「調布先生ってどこでそんな情報を仕入れるのかしら」と不思議がる。
「BS放送らしいよ。毎日、地方紙も含めて新聞13紙、雑誌8誌を隅から隅まで読み、BS放送はもちろんネット情報から、近所の八百屋のおばはん情報まで独自の情報ネットワークがあるらしい。人間エシュロンというコードネームもあるらしいよ」
「へえー」

           ヌーベルクラシック① 
           「カフェ ヌーベルクラシック」

そんな会話をしているうちに腹の虫がキュッと鳴いた。城下町でもある古河市まで足を伸ばしてランチすることにした。「カフェ ヌーベルクラシック」といういい雰囲気のカフェに入った。村民2号がすでにこの店の情報を仕入れていた。特にコーヒーとサンドウィッチが美味いらしい。
「ヌーベルクラシック(新しい古典)」とはまるで調布先生の世界ではないか。マスターはヘンな奴に違いない。

           ヌーベルクラシック③ 
           サンドウィッチである

ウッディーなジャズが流れるモダンでクラシカルな店内。テーブル席に座って、村長はメニューの中から「クロックムッシュ(ベーコン・チーズ、ツナ)」(650円)を選んだ。村民2号は「エビとアボカドのサンドウィッチ」(650円)。それぞれ「ブレンドコーヒー」(450円)も頼んだ。この「クロックムッシュ」が思っていたよりも美味かった。フライパンでキツネ色にこんがり火が通った薄い食パン、その中のベーコンとチーズがいい具合にとろけそうになっていた。ツナ好きの村長は、マヨネーズとタマネギを合わせた手づくりツナペーストの絶妙さに感心。地場の野菜も新鮮だった。ピクルスも美味。

          ヌーベルクラシック⑥ 
          クロックムッシュさま
          ヌーベルクラシック⑧ 
          絶妙ツナペースト
          ヌーベルクラシック⑨ 
          言葉はいらない
           ヌーベルクラシック⑤ 
          こちらは「エビとアボカドのサンドウィッチ」
          ヌーベルクラシック10 
          はみ出るボリューム

「こんな田舎町にこんなレベルの高い店があるとは。マスターは多分団塊世代だな。愛想がない。スピーカーも趣味的で、何もかも手抜きがない。トイレもきれいだったよ」
「サンドウィッチは厚切りのイギリスパンを使っていて、トーストしている。具もボリュームがかなりあるわ。この内容だと値段的にも高いとは言えない。何よりコーヒーが本物。コーヒー好きの私が言うんだから間違いないわ。器もチェックしたらジノリよ。ひょっとして調布先生はここのマスターとも地下でつながっているかもね」
「京都と古河公方か。あり得る、あり得る。あっ、今、西の方からクシャミが聞こえたぞ」
「まさか・・・・」


本日の大金言。

埼玉のへき地から京都の料亭。食材の道はどこでどうつながっているのか、現代の日光街道は水面下に潜っているようだ。




                        ヌーベルクラシック12 







新橋・小川軒のノア・ショコラ

 小川軒のレイズン・ウィッチの長年のファンである彦作村長にとって、たまに行く東京・新橋の「巴里 小川軒」は特別な場所でもある。エンターテインメント新聞社時代から、「相手に喜ばれて、格調があって、何より比較的安い」の三条件を満たすのが、このレイズン・ウィッチだった。5個入りで600円。相手によっては門前仲町・梅花亭のきんつばにする。どちらも千円以内でほとんどの相手が喜んでくれる手土産だった。

           小川軒② 
           東京・新橋「巴里 小川軒」

ペンギン村の編集会議の帰り、村長は久しぶりに夕暮れの「巴里 小川軒」を覗いてみた。すぐ向こうにあの電通ビルがそびえ立っていた。何故かちょっと感傷的な気分になってしまったが、店に入った瞬間、村長の胸が高鳴った。相変わらず女性客が多い。定番のレイズン・ウィッチ(5個入り)を一つと、村長の目をくぎ付けにした「ノア・ショコラ」(5個入り1680円)を買い求めた。少々高い買い物だったが、このノア・ショコラが絶品だった。
 
           小川軒④ 
           隠れた逸品

ウマズイめんくい村に帰った翌日。よく鼻の効く村民2号が目を星にしながらネコ足でやってきた。鋭すぎる。
「早く試食しましょ。小川軒、久しぶりね」
紅茶を入れ、レイズン・ウィッチを食べた後、ノア・ショコラを箱から取り出した。

           小川軒 
           この包装

見た目は小さなブラウニー(チョコレート菓子)だが、セロファンの包みを取ると、その精緻な世界が現れてきた。横から見る。生チョコレートの層が真ん中に伸びていて、さらにフランス産ラズベリー(木いちご)のジャムがルビーの川のように流れている。それにゴロッとしたクルミが惜しげもなく露出していた。うーむ。

           小川軒⑤ 
           ノア・ショコラ(手前)とレーズン・ウィッチ
           小川軒② 
           濃厚と複雑なしっとり
           小川軒⑥ 
           ま、ひと口

「この濃厚でしっとりとしたチョコレートと柔らかな生地はさすが小川軒、と言いたくなるわ」
ラズベリージャムが意外に効いてる。口に入れた途端、生チョコの風味がすごい。酸味の効いたラズベリーがそれにいいアクセントを付けている。さらにクルミの食感と風味が立ち上がってくる。レーズン・ウィッチについては今さらいうことはないけど、このノア・ショコラは村長にとっては新しい発見だな。脳がシビレそうになる」
「ずっとシビレていれば? 美味いけど、値段が安くはない。だから、第二のレイズン・ウィッチにはなれないわよ」
「1個320円強か。ビンボーになった村長にはちょっとぜいたくすぎたかな」
「当たり前でしょ。ご褒美として年に1回くらい味わうくらいがちょうどいいんじゃない?
「1年に1回かあ。まるでバレンタインデーだな。でも1年後、生きてるかなあ」
「大丈夫、もしそうなっても私が代わりに食べてあげるから」
「・・・・・」


本日の大金言。

初代・小川鉄五郎が新橋に洋食屋「小川軒」を創業したのは明治38年(1905年)。レイズン・ウィッチ作りに着手したのは東京オリンピック後。どうやら昭和50年代に初めて店頭に出たようだ。定番の味に辿り着くには、長い年月とたゆまぬ努力が隠れている。




                  小川軒⑧ 

埼玉・市場食堂の「マグロ漬け丼」

 魚市場好きの彦作村長が埼玉・北春日部にある「さいたま春日部市場」まで足を延ばした。ここの市場食堂にB級の美味い店がある、というシンジケートの情報を入手していたからである。その名も「食堂 秀子」。「さいたま春日部市場」は埼玉では有数の市場で、魚市場ばかりでなく野菜市場などもあり、いわばミニ築地市場みたいな存在。「食堂 秀子」は口の超えた市場関係者が朝めしや昼めしを食べにやってくるところ。

「営業時間は午前6時から午後2時まで」と聞いていたので、村長は朝の野良仕事を早めに切り上げて、午後1時半に何とかポンコツ車を滑り込ませた。駐車場は広く、むろん無料。何故かヤマダ電機とスーパー「マルヤ」が隣接している。市場はすでに取引がすでに終わっていて、シャッターを下ろした店が並んでいた。市場の匂い。「食堂 秀子」を探す。歩いていた市場関係のおばさんが「ああ、あの角を曲がると、すぐ見えるよ。あそこは魚がうまいよ。市場だから当たり前だけどな」そう言ってガハハと笑った。

           秀子① 
           あった、市場食堂「秀子」

「秀子食堂」はすぐにわかった。隣は食事もやっている喫茶店。紺地の暖簾をくぐると、簡素なテーブルが雑然と並び、小上がりも見えた。40~50人は入れそうな広さ。この時間なのにほぼ満員状態だった。メニューの多さに目を見張った。築地にもこれほどのメニューを出す店は記憶にない。「カキフライ定食」(800円)、「マグロブツ定食」(680円)、「カレーライス」(480円)、「ラーメン」(420円)などなど。村長はその中から、この店の人気ナンバーワン「マグロ漬け丼定食」(780円)を注文した。

           秀子⑨ 
            これだこれだ

セルフサービスのお茶を飲みながら、待つこと10分ほど。アルミのお盆に乗った「マグロ漬け丼定食」が登場した。見事なバチマグロの漬けがどっかと乗ったドンブリに軽く驚く。下が見えない! 大半は赤身だが、中トロも混じっていた。数えてみたら11枚。これが市場食堂のコスパというものだろう。刻みネギが中央にデンと乗り、多めのワサビが添えられていた。マグロの下には大葉の姿も。埼玉の春日部郊外で市場食堂の原点を見る思い。こうでなくっちゃ。小鉢二つとみそ汁付き。

           秀子③ 
           この勇姿
           秀子⑤ 
           言葉がない

主役のマグロ漬け丼は、マグロが新鮮なのが色と光沢からすぐにわかった。大きさも厚さも文句がない。まずは豪快にひと口。タレがいい。ダシのよく効いた醤油ダレで、甘すぎず辛すぎず。わさびを付けて、ご飯ごと口に運ぶ。ご飯にはタレがほどよくかかり、ご飯自体の美味さは特上ではないが、タレが素晴らしいためか、B級の幸せ感がジワジワと押し寄せてきた。

           秀子⑥ 
           マグロの鮮度
           秀子⑧ 
           タレとご飯とわさび

漬けとタレとご飯が次第に三位一体となって、恍惚状態の村長にささやきかける。
これが市場食堂のドンブリちゅうもんやでえ。築地は観光化され過ぎや。その上値段が高すぎる。今や市場食堂の醍醐味は地方にあるんやでえ」
なぜか関西弁だが、細かいことは気にしない。あっという間にかっ込んで、箸を置くと、店を仕切っていた白髪の女性が片付けにやってきて、「カキフライ定食もうまいですよ」とひと言。秀子さん? 「いえいえ、私は只のパートです」「秀子さんってどなた?」「さあ、私も知りません」。不思議な会話となってしまった。最後の最後に秀子の謎がドンブリの底に残ったのだった。


本日の大金言。

市場食堂のもう一つの楽しみ。それは、そこに来る人たちの顔にある。どこか懐かしい、日焼けした顔。生の表情。人間が確かにそこにいる。



                        秀子14

「品切れのうぐいす餅」で春の予感

本日は、和菓子のゲット・ラッキー。 埼玉・春日部で見つけたうぐいす餅の話である。埼玉の県庁所在地であるさいたま市に比べて、春日部は影が薄い。クレヨンしんちゃんの街でもあり、多くの芸能人やプロスポーツ選手を輩出しているというのに、街を歩くと、人通りが少ない。昨年春、ロビンソン百貨店が西武百貨店に変わり、街のいたるところに、かつて日光街道の宿場町として栄えた名残がある。隠れた名店も多く、美味い店や和菓子屋も揃っている。

           青柳① 
           あらら春の予感が・・・

彦作村長はこの春日部という街が好きで、クレヨンしんちゃんになった気分で、たまにあちこちを飛び跳ねたりする。クレヨンしんちゃんというより、クレヨンじっちゃん。で、東口のブロンクス通りで、「うぐいす餅」の看板が目に入った。創業明治33年(1900年)の「御菓子司 青柳本店」である。そうか、もううぐいす餅の季節か。桜餅とともに春を感じさせる季節の生菓子。ここには喫茶コーナーもある。迷わず、ダイブ! だが、草餅や桜餅があるのにうぐいす餅(1個136円)は売り切れていた。ゲット・アンラッキー。

           青柳11 
           青柳本店
           青柳12 
           うぐいす餅、売り切れ!

頭を切り替えて、喫茶コーナーに座り、メニューの中から「白玉あんみつ」(550円)を頼んだ。BGMはクラシックが流れている。前面がガラス張りで、見晴らしがよく、植樹もきれいで、春日部文化の奥の深さを感じる。「注文を受けてから白玉を作りますので少々お時間がかかります」という表記。これは期待できるかも。10分ほどで「白玉あんみつ」がやってきた。朱色の陶器の器。自家製の黒蜜。お茶も付いていた。

           青柳③ 
           白玉あんみつ登場
           青柳⑤  
           特製黒蜜をたらーり

白玉は6個。中央にはこしあん。赤えんどう豆、寒天がその下に控えていた。こしあんは雑味のないきれいなこしあんで、甘さは控えめ。赤えんどう豆は固めで、塩気がやや強め。寒天はごく普通。黒蜜をかけて食べると、フツーに美味い。白玉はつるりとしていて、まずまずの美味さ。人形町「初音」の白玉と比べると、横綱と関脇くらいの差があると思った。「初音」が美味過ぎるのかもしれない。

お茶を2回も入れ直してくれ、店の気配りはさすが老舗と感心した。食べている間に、何人もの客がうぐいす餅を買いにやってきて、売り切れていることを知ると、残念そうに立ち去って行った。村長は、中満足のままレジで支払いを済ませようとして、店の人に「うぐいす餅、食べたかったなあ」と言ってみた。すると奥から、「あっ、いまちょうど出来上がったところです。よかったら」という女将さんらしい声。ゲット、ラッキー! テーブルにUターン。

           青柳⑧ 
           あきらめていたうぐいす餅が・・・
           青柳⑨ 
           出来立ての美味

これが実に美味だった。出来立てということもあるかもしれないが、たっぷりとかかったきな粉、餅の柔らかさ、雑味のないこしあんが見事な調和を作っていた。人気なのがすぐにわかった。品のいい絶妙な美味さ。女将にあれこれ聞いたら、「餅(もち粉)は埼玉産のもの、きな粉は国産、あんこは毎日作っていて、十勝産のものを使っています。素材にはかなりこだわってるんですよ」という。つい3個お土産に買ってしまったほど。こいつは春から・・・で、締めに一句。
     春告鳥やスッカラカンの空青し


本日の大金言。

アンラッキーの後にはラッキーが潜んでいるかもしれない。失望するのは早すぎる。




                         青柳10 


仰天の立ち食い屋で「冷たい肉そば」

 「西新橋にぶっ飛んだ立ち食いそば屋があるの知ってますか? 村長が腰を抜かす姿が見えるようです(笑)」
彦作村長の食べ歩き好きの友人から挑発的なメールが届いた。
先日は「雲林坊 秋葉原店」の汁なし担担麺で度肝を抜かれたばかり。やれやれ、とつぶやきながら、村長は兜町のペンギン村に行く用事のついでに覗いてみることにした。今週はどうやら、肝試し週間になりそうだ。

友人が教えてくれた立ち食いそば屋「そば処 港屋」は調べてみたら、行列のできる店として、知る人ぞ知る店だった。行列は嫌なので、午後2時を回った頃、店の住所がある愛宕一丁目交差点角あたりを探したが、立ち食いそば屋らしい看板はない。電話して住所を聞くと、「あなたが立っているところが店です。看板がないのでよく見てください」という返事。目の前にはコンクリート打ちっぱなしの建物があるだけ。何やらシュールな世界に紛れ込んでしまったような気分。

          港屋 
          ここはどこ?

しばらくキョロキョロしていると、サラリーマンが数人、長方形に切り取られた何やら怪しげな暗がりから出てきた。ツマヨウジをくわえている人もいる。それが「そば処 港屋」の入り口だった。シュールすぎる。この店の店主は村長以上に変な奴であることは間違いない。

          港屋① 
          看板もない入り口?

アリスの穴のような、入り口をくぐると、モダンなバーのような照明を落とした空間。中央に黒御影石のような巨大な四角いテーブルがあり、その周りを20人くらいの客が取り囲むように「立ち食い」していた。奥がオープンな厨房になっていて、男性(店主?)と女性スタッフが2人、忙しそうに働いていた。別世界の立ち食いそば屋としかいいようがない。

          港屋② 
          冷たい肉そば、ドヤ顔の登場
          港屋⑤  
          絶句

前の客に並んで、この店の一番の売り「冷たい肉そば」(850円)を注文した。ちなみにもりは600円。メニューは少ない。村長は10分ほど待たされて「2番目の方」と呼ばれ、お盆に乗った「冷たい肉そば」を受け取った。大きなドンブリに刻み海苔(のり)が山となっていた。白ゴマも火山灰のようにかかっていた。ツユの入った器、それに生卵とそば湯付き。

          港屋⑥ 
          牛肉が現れた

ただのコケオドシかもしれないぞ。村長は油断せずに、箸で山のような刻み海苔をかき分けた。斜め薄切りの長ネギが層になっていた。さらにその下には薄煮した牛肉が現れ、さらにその下には本命のそばの姿が。そばは地黒の田舎そばで、口に運んだ途端、ゴワゴワした食感で、そのあまりのコシの強さに驚く。多分、外側の皮まで挽いた挽きぐるみで、そばの量は普通の1.5倍はありそう。ツユは驚くほどの濃さで、ラー油が入っていた。出汁の存在を打ち消す強烈な甘辛さ。

           港屋10  
           ゴワゴワした田舎そば
           港屋11 
           生卵が救い?

これは体によくない。そう思いながら、この恐るべきそばと格闘していると、どうしたわけか、次第に「案外美味いかも」と思い始めてきた。生卵をツユに入れると、まろやかさが出て、脳内にエンドルフィンがにじみ出てくるのがわかった。箸がどんどん進む。ついに完食。食べ終わった後、しばし呆然としてしまったほど。

我に返って、この店の店主が何者か、調べてみた。元銀行マンで、2002年に脱サラ開業したことがわかった。そば屋の経験はゼロだったらしい。元バンカーが仕掛けた立ち食いのバンカーにハマってしまったということか。三ノ輪の「角萬」の冷や肉が無性に懐かしかった。


本日の大金言。

立ち食いそばの世界にも新しい波が押し寄せている。アイデアが勝つか、職人が生き残るか。村長はむろん、職人を応援する。




                         港屋12 

ラーメンの街・佐野の味噌まんじゅう

今回は、ラーメンの街・佐野で見つけた隠れ逸品「味噌まんじゅう」について。エンターテインメント新聞社時代に、彦作村長は、暇を見つけては東京・有楽町駅前にある交通会館1階の「むらからまちから館」をよく覗いた。ここは全国各地の物産を扱っているアンテナショップで、毎月人気ランキングも付けていた。その時にいつも人気ベスト5以内にいたのが「新井屋の味噌まんじゅう」だった。「まんじゅうこわい」の彦作村長が頭の隅で気になっていた和スイーツだった。

            新井屋② 
            見事な和蔵

ポンコツ車で上州に行ったついでに国道50号を佐野市街で下りた。「新井屋の味噌まんじゅう」を賞味してみようと思ったからだ。2時間まで無料の駐車場に車を置いて、歩いて本町へと向かうと、例幣使街道沿いに、見事な蔵が見えてくる。それが「新井屋 本町店」だった。中に入ると、味噌まんじゅうは3種類(つぶしあん、こしあん、白あん)で、それぞれ1個84円だった。見た目は地味系。他に味噌プリンなどもある。創業は昭和4年(1929年)。味噌まんじゅうはその時からのもの。

            新井屋③ 
            隠れた逸品?

昭和4年といえば、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落、世界恐慌への引き金となった年でもある。芥川龍之介が「ぼんやりした不安」と書いて自殺したのは、その約2年前である。という前置きはさておき、世界も日本も騒然となり始めた頃に、新井屋の味噌まんじゅうは誕生した。

村長はあの司馬遼太郎が佐野の駐屯地で陸軍少尉として終戦を迎えたことを思い出しながら、味噌まんじゅうを3種類買い求めた。多分、司馬遼太郎もこの味噌まんじゅうを食べたかもしれない。ウマズイめんくい村に持ち帰って、品評会となった。

           新井屋③ 
           まんじゅうこわい?

まずはつぶしあんから、だね。味噌が皮に練り込まれていて、それが食べるといい風味となっている。味噌の主張はそれほど強くない。ほのかに味噌を感じるくらい。黒糖も加えた皮は薄くてしっとりしている。つぶしあんは北海道の物を使っていて、甘さは強すぎず弱すぎず。美味いまんじゅうだと思う。1個84円という値段もコスパ的にはいい」
「あんこが濃いのは黒糖を加えているからかな。塩加減も効いている。もう少し味噌の主張を出してもいいのでは。味噌好きの私としては、その辺が少し物足りない」

           新井屋④ 
           つぶしあん
           新井屋⑥ 
           こしあん

「そこは加減が難しいところだけど、村長は、こしあんの方が好みだな。こしあんはあっさりとしていて、きれいな余韻が残る。柏屋の薄皮饅頭と似ている」
「私は白あんが好み。やや濃いめの白あんで、味噌が入った皮との相性がいい。いっそのこと味噌あんにした方がいいのでは、と思うほどよ」

           新井屋⑨ 
           白あん

「全部食べ終わって、交通会館で人気が高いのはわかったよ。味噌まんじゅうが生まれた年はその後の歴史を考えると、大変な年だった。それでもこの味噌まんじゅうは残って、これからもきっと残るだろうな。安倍首相の発した言葉は多分残らない。それどころかいつか来た道をまた辿るきっかけを作った首相として、歴史に名をを残すかもしれないぞ」
「このところの一連の動きを見ていると、確かに心配ねえ・・・」
何ということだ。ミソのないオチになってしまった。


本日の大金言。

困った時は味噌まんじゅうを見る。皮とあんこ。そのバランス。メディアが伝える皮だけの政治家を選ぶと、あんこが見えなくなる。あんこのない皮だけの日本なんてまっぴら御免だ。





                        新井屋④

恐るべきガード下の「汁なし担担麺」

 「アキバのはずれにメイド付きのスープカレーの旨い店がある」というB級シンジケートの情報を頼りに、その店に行くと、すでにランチタイムは終わっていた。予定時間よりも20分も早く「もうお終いです。夕方5時以降にいらっしゃってください」と素っ気ない応対。ゲットアンラッキー。こんなこともあるさ、と頭を切り替えて、須田町2丁目のガード下周辺をウロウロしていると、「汁なし担担麺」という文字が飛び込んできた。「雲林坊(ゆんりんぼう)」という看板。担担麺と麻婆豆腐の専門店だった。いかにも辛そうな雰囲気がぷんぷんと漂ってきた。捨てるカレーあれば拾うカライあり。

           雲林坊 
           拾う神あり(雲林坊秋葉原店)

10席ほどのL字の対面式カウンターのみ。目の前が厨房で、紺のキャップに白シャツのイケメンが3人、忙しそうに働いていた。午後2時過ぎなのに、ほぼ満員だった。担担麺の本場、四川省成都では担担麺と言えば汁なしと相場が決まっている。自販機でその本場の担担麺に雲林坊独自のアレンジを加えたという「汁なし担担麺」(800円)のボタンを押した。この店のイチオシのメニューのようで、他の客も汁なし担担麺を食べていた。麻婆丼とセットにしている恐るべき女性もいた。

           雲林坊13 
           本場の汁なし担担麺
           雲林坊②  
           待てば海路の日和あり?

10分ほどで、「汁なし担担麺」がスーッと置かれた。白い磁器のモダンな器。一瞬目が点になった。乾いた土砂がどっかと出されたようだった。うーむ。よく見ると、豚肉のそぼろをベースに、刻みネギ、ピーナッツ、松の実、白ゴマなどが混じっていた。さらによく見ると、成都の花椒(山椒の一種)や黒胡椒が雪のように降り積もっていた。脇に置かれた小松菜がなければ、これが食べ物とは思えない。

           雲林坊④ 
           土砂の山?
           雲林坊⑦  
           病み付きになる?

その下には全粒粉の太麺が控えていた。さらにその下、一番底にはラー油の海が隠れていた。うむむうむむ。混ぜる。どんどん混ぜる。湯気が立ち上がり、香辛料の複雑な香りが同時に立ち上がってきた。旨そうないい匂い。最初のアタックは恐るべきものだった。口に入れた途端、花椒とラー油プラス何かが怒とうの攻撃を仕掛けてきた。オーバーではなく舌がシビレてしまったのだ。初めての体験。あわてて水を飲む。 

         雲林坊10 
         混ぜると凄味が・・・
         雲林坊11 
         辛党にはたまらない光景だが・・・

シビレの麻痺の中で、村長の味覚が狂ってしまった。何という事態。全粒粉の太麺のモチモチ感と医食同源という中華の根本思想がぐるぐる頭の中を回る。美味いのかマズイのかを超越した世界。だが、この恐るべき汁なし担担麺が本物であることは実感としてわかった。隣りの二人組の客が「これだよ。こんなうめえ担担麺は九段店とこの店だけだよ。病み付きになる」としゃべる声が聞こえた。唇のあたりが真っ赤だった。

実をいうと、村長は辛いのが苦手である。軽くチャレンジのつもりで入ってみた。だが、そんな言い訳は許されない、圧倒的な辛さ。村長の様子を見ていた店のイケメン君が同情したのか「言っていただければ辛さは調節できるんですよ」と苦笑い。完敗。グ、グヤジイ~。


本日の大金言。

激辛を超える超辛の世界。そこには自分の甘さを舌の先から戒めるほどの曼荼羅の世界が待っている。ひょっとして飛び切りの座禅修業かもしれない。





                      雲林坊12 




懐かしい下町の立ち食いそば屋

 東武スカイツリー線でふと曳舟(ひきふね)駅に降り立った。東京スカイツリーの喧騒もここには及んでいない。永井荷風の「墨東綺譚(ぼくとうきたん)」の舞台になった玉の井も近く、深沢七郎が今川焼き「夢屋」を開いたのもこの曳舟駅前である。時代に取り残されたような下町の雰囲気は悪くない。村長の魚眼レンズの目に一軒の立ち食いそば屋が映った。うむむ、うむむ。

           そばはち② 
           この雰囲気

「揚げ立てお好み天ぷら そば・うどん・ラーメン・カレーライス・かきあげ天丼」と派手に書かれた日除け屋根の看板、その下の紺地の暖簾、提灯・・・それが「そばはち」だった。「曳舟名物」という文字も見えた。この流行遅れの満艦飾はどこか懐かしい。ガラガラと引き戸を開けて中に入ると、店内は予想外に狭く、カウンター席が6つだけ。姐さんと言いたくなるような細身の中年女性がちらとこちらを見た。

           そばはち③ 
           手書きのメニュー

目の前には「しょうが」「なす」「いんげん」「かきあげ」「げそ」「ソーセージ」など揚げ立ての旨そうな天ぷらが10種類ほど並んでいた。券売機はない。村長は口頭で姐さんに定番の「かき揚げそば」(370円」を頼んだ。余計なことはしゃべらない。茹で置きのそばを湯がいてツユの入ったどんぶりに入れ、かき揚げを乗せ、刻みネギを乗せる。気色の悪いマクドナルドスマイルと対極の世界。

          そばはち⑤ 
          江戸の立ち姿?
          そばはち⑨ 
          素材は確かである

「かき揚げそば」は余分なものがない。いい色に揚げられたかき揚げはサクッとしていて、食べた瞬間、これがこの店の売りだとわかる。具は長ネギ、タマネギ、干しエビ、春菊など。そばはグレーがかっていて、黒い星も点々としている。コシはなく、やややわらかめの食感。そば自体に感動はない。ツユは見た目が濃いが、カツオの出汁が効いていて、意外にあっさりしている。天ぷらとツユが小ざっぱりとしているのがいい。量も多くはない。外観の満艦飾との落差がむしろ心地よい。一味唐辛子をかけると、いい辛みが口中に広がる。

          そばはち⑦ 
          手繰ってたぐって

気を付けたいのは、出てきたらすぐに食べること。かき揚げにすぐにツユが浸食してきて、形が崩れてくる。村長は写真を取っているうちに、最高の旨味の瞬間を逃してしまった。しまった。江戸前のそばは食べるではなく「たぐる」だった。姐さんがちらとこちらを見た気がした。

村長はきれいに平らげた後に、ふと会話したくなった。だが、話す隙がない。
「店はいつ頃から?」
「創業35年ですよ」
それを聞き出すのが精いっぱいだった。その素っ気なさはむしろ心地よい。村長の怪しい風体を考えると、むしろその方が自然である。腹七分で外に出ると、深沢七郎が今川焼きを焼いているような気がした。デジャビュ。


本日の大金言。

さびれた下町の生活感。そこには経済成長主義や強欲な市場原理主義からは見えない世界がある。そこにこそ未来の鍵があるかもしれない。




                         そばはち⑧ 

東京駅の孤独なB級ドッグ

 テレビCM界の天皇と言われた人のお墓参りの帰り、久しぶりに東京駅ナカをウロウロした。数年前とは驚くべき変貌である。まるで巨大なデパ地下のようで、浅草の東京ソラマチにしても、この手の365日カーニバル的な店舗展開が今の流れのようだ。テレビをひねっても躁状態。一年中躁状態を演出していて大丈夫か? やや躁鬱傾向のある彦作村長にとっては嫌いな世界ではないとはいうものの、反動が気になる。ノースコーストのレストラン街で美味いもの探しをしていると、「ホットドッグの進化系 東京スタイル」というくすぐるようなポスターが目に入った。客がひっきりなしに押し寄せている。「東京DOG」という店だった。

           東京ドッグ13 
           シャレた店構え

調べてみたら、JR東日本の子会社が3年前に始めたテイクアウトもできるホットドッグの専門店で、ちょっとしたイートコーナーもある。「ローストビーフ」とか「海老とアボカド」などいろんな種類のホットドッグが並べられていた。村長は比較的安い「十文字鶏の唐揚ドッグ」(390円)を頼むことにした。人気ナンバー3と表示されている。このドッグだけ「東京駅」と焼き印されていたのも気に入った。小腹を満たすのにちょうどいい量。紅茶(プラス150円)も注文。

           東京ドッグ11
            東京駅の新名物?
           東京ドッグ③ 
           焼き印がいい

ほとんど待たずに、透明なパック包装で人気ナンバー3のホットドッグが手渡された。コンビニ感覚。「冷めても柔らかい」という岩手県産のブランド鶏の唐揚げが5個。パンは胚芽パンで、レタスとホワイトマヨネーズが敷かれていた。唐揚げには甘辛ダレがかかっていた。観光客らしい家族連れが休憩していたり、旅行客やビジネスマンも行き来している中、簡素なテーブルに座って、人気ナンバー3をパクつくことにした。この孤独感がいい。

            東京ドッグ④ 
            小腹にいいボリューム
            東京ドッグ⑦ 
            冷めても美味い?

パンは予想よりもしっとりとしていて柔らかい。十文字鶏の唐揚げは悪くはないが、想像通りの味。確かに冷めても柔らかいが、冷めても美味いとは表示してないのだから、嘘はついていない。昔のコンビニのレベル。冷たい唐揚げはいただけない。せめて温めてから出すべきだろう。むろん、冷めた料理が好きな人もいるので、それは好みの問題でもある。とはいえ、「ホットドッグの進化系 東京スタイル」というより「ホットドッグの退化系 東京スタイル」と言いたくなる。

だが、このあまりにB級のドッグが、次第に村長の心に化学反応を起こし始めた。この冷めた現実から立ち上がってくるリトル彦作の姿が見えてきた。雑踏の中の孤独なグルメによって、予想外の感情がわき起こってきたのだ。寒風の中で、胸の中のリトル彦作がこう言うのだった。

「情けない。おまえがボクの未来の姿だなんてガッカリだよ。いい気になってるんじゃねえよ。冷めたホットドッグだって、食べれるだけいいじゃないか。第一、そこそこ美味いんだろ? 値段を300円くらいにしてほしいというならわかるけど、ああ情けねー」
何ということだ。この感情のリセットこそが東京DOGの新しいスタイルなのか。東京DOG、恐るべし・・・。


本日の大金言。

東京駅ナカには夢と失望とビジネスが埋まっている。仮想と現実が交差する何者でもない場所で、自己確認するのもたまにはいい。





                      東京ドッグ10 


縁起がいい?新橋の粋「豆大々福」

 東京・新橋はサラリーマンの街として有名だが、江戸末期から花柳界のあった場所でもある。柳橋や深川では相手にされなかった薩摩と長州の志士(気取り?)たちが、こぞって新橋に出入りし、明治になると、東京の中心となった。新橋という地名も明治になって正式に採用され、日本初の鉄道も新橋ー横浜間だった。街を歩くと、その文明開化の名残がところどころに見え隠れする。

彦作村長はこの新橋が好きで、ビルの谷間にいい佃煮屋や洋菓子屋、料理屋が潜んでいたりする。むろん妖しい店も点滅している。清濁併せ飲んだ街というのも村長の好みである。エンターテインメント新聞社時代の友人と細密画のイラストレーター氏と約半年ぶりに「はらぺこ」で一杯やることになり、新橋駅から道草しながら内幸町方面へと歩いていると、「御菓子司 文銭堂本舗」の雰囲気のある看板が見えた。「文銭最中」で知られる和菓子の老舗である。飛び込むっきゃない。

           文銭堂① 
           文銭堂本舗

創業は昭和23年(1948年)だが、東京でも知る人ぞ知る指折りの和菓子屋。老舗の風格を備えている。「縁起の良い 豆大々福」という墨文字と朱文字が「早くおいでなさいよ」と流し目を送ってきた。豆大々福だって?感じの良さそうな店長に聞いてみた。
「豆大々福って何ですか?」
「この時期だけ普通の豆大福より一回り大きい豆大福を豆大々福という名前で出しているんですよ」
いい煎茶を出してくれながら、かような説明を聞く。粋な計らい。すぐに3ケ入り(510円、税別)を買い求める。

           文銭堂③ 
           春から縁起がいい?

見た目から原宿・瑞穂と護国寺・群林堂の中間のような見事な豆大福で、「本日中に召し上がってください」と念を押される。つきたての餅と北海道十勝産小豆のつぶしあん。近くのカフェで紅茶を飲みながら、こっそり試食してみた。よい子の皆さん、マネしてはいけません。

          文銭堂⑤ 
          紅茶と豆大々福さま
          文銭堂⑥ 
          おおっという発見

まず杵でついた餅の柔らかさと伸びがいい。ぎっしりと詰まったつぶしあんは甘めだが、口に入れた途端、いい小豆のふくよかな風味がふわりと広がった。赤えんどうの輪郭がしっかりしているのもいい豆大福の特徴で、豆大福番付の三役に入るスグレモノと言わざるを得ない。唯一、甘めなのが好みの別れるところ。

          文銭堂① 
          どないでっか?
          文銭堂⑤ 
          言葉は不要どす

それから約6時間後、ウマズイめんくい村で残りの2個を賞味してみた。皮はやや固くなっていたが、美味さはそのままを維持していた。村民2号が食べ始めたら、ひと言も発しないで、ぺろりと平らげた。やや上気した表情で感想を述べた。
「これは美味いわ。群林堂に全然負けていない。出来立てはもう少し餅が柔らかかったと思うと、一緒に新橋まで付いていけばよかったわ。縁起が良い、というのも気に入ったわ」
「苦難が続くウマズイめんくい村にもようやく春が来そうな気がしてきた。今度は文銭最中を買いに行こうっと」
「村長は一文無しのくせに」
村民2号の手からぴゅっと四文銭が飛んできた。


本日の大金言。

豆大福の美味しい季節である。京都にお住いのグルメ先生が、以前、東京の豆大福は赤えんどうが柔らかすぎてダメ、とおっしゃっていた。ふむ。




                      文銭堂⑦ 

消えゆく北千住の宝「石黒の飴(あめ)」

 今回は「かどや」の槍かけだんごと並んで、東京・北千住で彦作村長が愛する「石黒の飴(あめ)」をご紹介しよう。下町の面影が色濃く残る宿場町通りを荒川方面に向かってしばらく行って、左横の通りに入ると、三丁目の夕日のような光景に出会う。昭和にタイムスリップしたような豆腐屋や佃煮屋や八百屋も見える。その中でひときわ異彩を放つのが「石黒の飴」である。映画のセットではありません。本物の歴史が息づいている。

          石黒のあめ② 
          この佇まい

白いペンキ塗りの古い看板には「石黒のあめ」と大きく書かれている。今ではほとんど見ることができなくなった木枠のケースに色とりどりの手作り飴が並べられている。黒飴やべっこう飴、きなこ飴という手書きの文字が見える。100グラムいくらの量り売りで、こうした昔ながらの飴屋は東京でもひょっとして残っているのはここだけかもしれない。その安さにも驚く。

          石黒のあめ③ 
          昭和のまま

以前、彦作村長の気の置けない仲間たちと北千住ツアーをした時に、ここに案内して、ほとんど全員が目を見張り、お土産に好みの飴を買っていった。今回村長は、「きなこ飴」(100グラム150円)と「梅干飴」(100グラム120円)を買い求めた。べっこう飴を買いたかったのだが、売り切れていて、前回も買い逃したことを女将に話したら、世話好きな下町言葉でこう言った。
「それじゃあ、梅干飴がいいわよ。べっこう飴と中身は同じだから」
「えっ、梅干味じゃないの?」
「形が梅干のようだから、梅干飴って言うのよ。中身は同じなのよ」

           石黒のあめ⑤  
           ただ者ではない
           石黒のあめ⑥ 
           タコ糸で切っている

そのうち当主らしいご高齢の男性が出てきて、あれこれ雑談となった。創業は昭和8年(1933年)。飴は毎日昔と同じ銅鍋で作り、タコ糸で一つ一つ切っているという。飴によってはハサミも使う。こうした昔ながらの飴づくりをしている店は昔は都内に20軒ほどあったらしいが、今では「ウチともう一軒くらいしかないようだ」とか。黒糖は沖縄西表島の最上級の黒糖を使い、きな粉も「たまや」のものを使っているという。

           石黒のあめ② 
           シャレている

ウマズイめんくい村に帰って賞味した。ハサミで一口サイズに切られた「きなこ飴」は村長の好みで、自然で素朴なきな粉の風味が口中に広がる。何も足さず何も引かず。大正・昭和の庶民のささやかな楽しみを凝縮したような味わい。柔らかく歯に絡むその自然な旨みはやはり上級の物だと思う。「梅干飴」はタコ糸で切った跡がくっきりと見え、味はべっこう飴そのもの。透明で日にかざすとキラキラする。懐かしい上質の味。

           石黒のあめ④ 
           きなこ飴の存在感
           石黒のあめ⑦ 
           きらり梅干飴

「値段は20年前のまま。消費税が上がっても値段は変えないよ」
「店は私たちの代でもうお終い。あと何年できるか」
後頭部に女将と主人の言葉が突き刺さっている。


本日の大金言。

たかが飴、されど飴。下町の飴屋の言葉を日本のトップの言葉に重ねてみる。この国が危ない。



                   石黒のあめ①

節分の奇祭と門前のうどん

 「埼玉の加須に350年以上続いている面白い節分会(せつぶんえ)があるんだけど、行ってみない? 凄いらしいわよ。で、その門前にいいうどん屋があるらしいのよ。鯰(なまず)の天ぷらも名物なんだって」
村民2号が小鼻をぴくつかせて、彦作村長の好奇心をくすぐった。

           岡村屋16  
           鬼追い豆まき式(總願寺にて)

関東三大不動にも数えられる「不動ヶ岡不動尊 總願寺(そうがんじ)」の鬼追い豆まき式は350年以上の歴史を持ち、燃え盛る長い松明(たいまつ)を持った赤鬼が總願寺本堂の回廊を駆け回るという全国でも珍しい行事。その後に年男年女が豆まきを行う。一度見てみたいと思っていた村長は、加須うどんと鯰の天ぷらという餌にも引きつけられ、電車で加須へと向かった。

          岡村屋①     
          加須うどんの老舗「岡村屋」

鬼追い豆まき式が行われるのは3回だが、どうせ見るなら午後8時半からの夜の部がいい。少し早めの午後7時に總願寺に着くと、すでに多くの見物客が場所取りしていて、露店の活気とともに、お祭り気分で盛り上がっていた。急がば回れ。ウマズイめんくい村の怪しい一行は、門前にある「岡村屋」のノレンをくぐることにした。創業が江戸中期という加須うどんの中でも老舗中の老舗のうどん屋さん。いい佇まいである。 

          岡村屋④ 
          おおっと

店内は混み合っていたが、たまたま席が二つほど空いていた。そこに腰を下ろして、メニューの中から「鯰(なまず)天ぷら」(550円)と「野菜天盛り合わせ」(700円)、それに「うどん(もり)」(500円)を頼んだ。地酒「純米吟醸 浮城」(300ミリリットル 600円)もしっかり頼んだ。節分のぜい沢。  鬼がいるときの洗濯。

           岡村屋⑨  
           いい節分だっぺ

10分ほどで「鯰天ぷら」と「浮城」が登場。これが美味だった。コロモはカラリと揚げられていて、中の鯰の切り身はカレイのように白く、淡泊できれいな味わい。うなぎとも違う、柔らかな食感で、淡泊の中に、密度の濃いまったり感がある。

「鯰を食べたのは初めてだけど、川魚の臭みが全然ないわ。予想外に美味い。天つゆより塩で食べた方が美味いんじゃないかしら」
村長も鯰の天ぷらは初めてだよ。あの顔が想像できないほど、気品のある淡麗な味だな。野菜天も盛りがいい。多分ごま油で揚げているんじゃないか。うどん屋の天ぷらとは思えない。この店の天ぷらの実力は相当なものだと思う」
「コロモの付け方と素材がいいんじゃないかしら? 田舎の天ぷらにしては上出来だとは思う」
「このローカルなB級の美味は、座布団3枚の京都の調布先生も2枚の渓流斎先生も多分わからないだろうな。ケッケッケ

そんな品評をしてると、もりうどんがやってきた。ほろ酔い加減を見計らって、出してくるあたり、老舗の気配りはマル。

            岡村屋⑥ 
           鯰天ぷら(奥は野菜天盛り合わせ)
           岡村屋⑧ 
           鯰のムムムの美味

もりうどんは色が白く、太さがまちまち。一本が驚くほど長い。 田舎の手打ちうどんの計算されたワザで、口に入れた途端、小麦粉の風味が緩やかに立ち上がってきた。コシはそれほど強くない。讃岐うどんと伊勢うどんの中間のような食感。胃に優しそうなうどん。つゆは鰹よりも煮干しが強めで、色は濃い目だが、かえしはほどよい。甘過ぎず辛過ぎず。
「うどんは田舎の素朴なうどんって感じ。伊勢うどんに近いかな。つゆは私の好みだわ」
「うどんに思ってたほどの感動はない。それ以上に天ぷらがいい。鯰の天ぷら、恐るべし」

           岡村屋11 
           加須のもりうどん
           岡村屋13 
           素朴なうどん

ちょうどいい時刻になって、ほろ酔いのまま總願寺の境内に行く。鬼追い豆まき式が始まった。歓声とともに赤鬼が松明を持って現れた。後ろには剣を持った青鬼、こん棒を持った黒鬼が続く。火の粉が夜空を焦がす。鬼は誰だ?鬼はどこから来て、どこに行く?心の中の内なる鬼を自覚する人が果たしてどのくらいいるのか? そこからすべてが始まるのではないか。豆が村長に向かって飛んできたような気がして、村長は頭を抱えるのだった。鬼はァ内ィ~。


本日の大金言。

鬼は外、福は内。どんな悪人でも多分同じことを願っている。その行事が毎年2月3日に行われる。不思議だ。




                       岡村屋15

浅草・老舗洋食屋のヤキメシ

 このところ、なぜか東京・浅草によく足を運ぶ。今回は隣村の友人夫妻と表通りから裏通りのブラ歩きを楽しむことにした。基本の浅草寺でお参りしてから、喧噪(けんそう)を避けて、千葉屋の大学芋を買って、徳太楼できんつばを包んでもらって、喫茶ピーターでコーヒーと田舎じるこを賞味する。ざっとこんなディープなコースだったが、ランチをどこにするか、迷った。「洋食屋がいい」という女性陣の声で、最終的に2軒に絞った。

           浅草            
           基本の浅草寺

永井荷風が通った「アリゾナキッチン」にするか、池波正太郎も愛した「洋食ヨシカミ」にするか。どちらも老舗の洋食屋で、そう安くはない。決め手は、昭和26年(1951年)創業以来の、目の前で数人のコックがフライパンを操る見事なワザが見れる方を取った。土曜日ということもあって、「洋食屋ヨシカミ」の前は10人ほどが名前を呼ばれるのを待っていた。村長にとっては約10年ぶりのヨシカミ。「うますぎて申し訳ないス!」という有名なキャッチコピーが「いつも待たせて申し訳ないス!」に見えた。

           ヨシカミ 
           老舗の矜持
           ヨシカミ② 
           行列覚悟

「30~40分ほどの待ち時間です」と言われたが、たまたま回転がよかったのか、20分ほどで入れた。入った瞬間、7~8人ほどのコック帽姿のコックさんが立ち上る炎とともに、見事な手つきでフライパンを動かしている姿が目に飛び込んだ。これだこれだ。ヨシカミでしか見れない老舗洋食屋のレアな光景。だが、オープンカウンター席は満杯で、奥に続くテーブル席に案内された。

           ヨシカミ③  
           狙い目のゾーン

赤のチェック柄のテーブルクロスも悪くない。池波正太郎のように日本酒でビーフシチューとかビーフカツレツと行きたいところだが、このところの村の財政事情もあり、この店の隠れた逸品「エビ入りヤキメシ」(1250円)を頼むことにした。村民2号と友人夫妻は「ハンバーグステーキ」(1100円)とライス((350円)を注文。混み合っているのにスタッフの女性の対応は悪くない。

           ヨシカミ1  
           エビ入りヤキメシ

ナイフとフォークとスプーンが置かれ、15分ほどで「エビ入りヤキメシ」がやってきた。浅草の老舗の洋食屋のいい雰囲気はまだ生きている。何より「ヤキメシ」という言葉の響きがたまらない。チャーハンでもなくピラフでもなくヤキメシ。ある種「頂点のヤキメシ」としか言いようがない。さいの目切りのハム、マッシュルーム、タマネギ、、エビ、グリーンピースと具は実にシンプル。だが、ひと口口に入れ途端、フライパンで焼かれた絶妙なライスが立ち上がってくる。味付けは多分塩とオイスターソース、それにかすかに醤油の風味。唸りたくなる味で、ライスの一粒一粒がコックの魔法にでもかかったように、輪郭がくっきりとしていて、タマネギの甘みとその他の具が絡んでくる。

           ヨシカミ⑦ 
           うむむむ
           ヨシカミ⑧ 
          わっはっは

 だが、ボリュームは以前食べたときよりもやや物足りなく感じた。
「ハンバーグはさすがという味で、ソースもハンバーグもポテトサラダもいうことないわ。ライスもいい」
「昔ながらの浅草の洋食屋の実力は衰えていない。ただ、もう少し一部でも安くならないものか。たとえばヤキメシとか、カレーライスとかオムライスとか」
「ハヤシライスなんてあまり作らないんだって。店としてはビーフシチューとかステーキをもっと食べてほしいという思いがあるようよ。浅草の老舗洋食屋の悩みってとこね」
「それでも客が押し寄せるんだからスゴい。そのうち、うますぎて申し訳ないス、の横に小さく、待たせて高くて申し訳ないス、って入れるかもな」
「まさか。そういう客は他の店に行けばいいのよ。ヨシカミは雰囲気から何からすべて込みの値段なのよ。浅草洋食文化の無形文化財なんだから」
「とても池波正太郎にはなれない」
「当り前でしょ。池乃めだかにだってなれないわよ」
「・・・・・・」


本日の大金言。

古きよき洋食屋のワザ。それを守るには客もお賽銭が必要なのである。かしわ手。


                        ヨシカミ12 


プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

最新記事
カテゴリ
彦作のつぶやき
最新コメント
月別アーカイブ
カレンダー
01 | 2014/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 -
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR