旬の「いちご大福」失望と希望

 このシーズン「いちご大福」は避けて通れない。昭和60年前後に彗星のごとく登場、いまや和菓子界のスターの位置を確実なものにしている。短期間にこれだけ日本人の舌を魅了した和生菓子は少ない。それまでいちごと大福をくっ付けるなどという発想は皆無だった。コロンブスの卵、だと思う。

で、本日は東京・北千住「喜田家」のいちご大福と埼玉・「道の駅いちごの里よしみ」のいちご大福を取り上げようと思う。この二つを選んだのはたまたま、である。まずは北千住の喜田家。エンタメ新聞社時代から、村長は北千住マルイ地下にある「喜田家マルイ店」を贔屓(ひいき)にしていた。ここの豆大福のファンだったからである。
         喜田家③ 
         喜田家マルイ店
         喜田家① 
         人気のいちご大福

「春限定! いちご大福」の文字に惹かれて、「1個270円(税込み)」と値段はかなり高めだが、3個買い求めた。「本日中にお召し上がりください」とのことで、ウマズイめんくい村に持ち帰って、夜遅くの賞味となった。とちおとめを丸ごと一個使っているが、ここの特徴はいちごを餅でくるむのではなく、中央へその部分にどっかと乗っけていること。ビジュアル的にはイケてる。
         喜田家⑥ 
         いいビジュアル
         喜田家⑦ 
         絶景かなァ~
         喜田家⑧ 
         へそとヘタ

だが、ひと口食べた瞬間、大いなる失望に襲われた。時間が遅かったせいもあるかもしれないが、まず餅が思っていたよりも固い。あんこはつぶしあんで、ほどよい甘み。悪くはないが、豆大福のようなあんこ自体の風味が感じられない。どうしたことか? 村長の舌がおかしくなったのか? しかも、たまたまなのかいちごもへたがきれいに取れていない。
         喜田家10 
         いちごの鮮度
         喜田家11 
         つぶしあん

「私は十分に美味いわよ。村長がぜい沢すぎるのよ
村民2号は美味そうに食べている。だが、と村長は思う。店の人が「今日は工場がお休みです」と話していたことがひっかかる。かつてあれほど美味い豆大福を作っていた喜田家の味とは思えない。期待が大きかった分、失望も大きいということか?  今や足立区を中心に「16店舗あります」と急成長している。職人の気配が薄れてはいないか、大いに気になる。
         よしみ 
         いちご大福や~い
         いちごの里よしみ 
       売り切れてなかった

次に賞味したのは、「道の駅 いちごの里よしみ」で買ったいちご大福。やや小ぶりで3個390円(税込み)。1個当たり130円。去年行ったら、「売り切れ」だったこともある。いちごの里なので、期待値は高い。だが、こちらもウマズイめんくい村に持ち帰って賞味したら、期待したほどではなかった。3個の内、中央の1個は喜田家と同じスタイルで、いちごが上に乗っかっていた。あんこは白あん。餅は柔らかかったが、肝心のいちごがやはりヘタがきれいに取れていなかった。わざと残しているにしても、興醒めだと思う。
         よしみ② 
         トリオ・ザ・いちご大福
         よしみ③ 
         白あん(左)と粒あん(右) 
         よしみ④ 
         見事な世界?
         よしみ⑥ 
         こちらは白あん

いちごはとちおとめで、鮮度は悪くない。もう一種類の餅で包んだいちご大福を賞味した。こちらが正統派のいちご大福。ガブリと行くと、餅の柔らかさといちごのジューシーさがまずまずマッチしている。だが、こしあんの量が村長にはやや不満。バランス的に少ないと思う。

去年はこちらが売り切れだったので、仕方なく隣りにあるJA吉見直売所に飛び込んだ。そこで見つけた3個入り380円(税込み)の味が忘れられない。宣伝もせず、地元の「Berry」という小さな店が作ったいちご大福だった。それが餅の柔らかさといい、つぶしあんの風味といい、絶妙な美味さだった。いちごのヘタもきれいに処理されていた・・・。
本物は案外、人知れず隠れている。結論は早すぎるかもしれないが、看板はアテにならないということだってある。


本日の大金言。

いちご大福の元祖は新宿住吉町の大角玉屋と言われる。昭和60年に考案したと言われるが、他に「ウチが元祖だ」という店もある。わずか30年ほどで、今やいちご大福はどこにでも置いてある。値段もまちまちで、高いから美味いとは限らない。


                  よしみ⑦ 


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三島由紀夫が絶賛したマドレーヌの味

 京都にお住いのグルメ先生からいただいた京都・村上開新堂のマドレーヌを賞味したことがきっかけで、伊豆下田の伝説のマドレーヌを何としてでも賞味したいという思いが募ってしまった。下田でしか買えないという希少マドレーヌ。思い込んだら止まらない。下田までポンコツ車を走らせようかと思ったが、諸事情で行けず。思い切ってそのマドレーヌの老舗「日新堂菓子店」に電話してみた。

すると、「宅配もできますよ。でも、今混んでまして、1週間ほどお待ちいただくことになりますが」というお返事。否も応もない。「マドレーヌ10個とレモンケーキ5個詰め合わせ」(税込み2800円)を頼んだ。送料と手数料がプラス1074円かかるのは大きな負担だが、この店を愛した作家・三島由紀夫が「日本一のマドレーヌ」と絶賛したという話も伝わっている。マドレーヌの頂上(?)に行くにはこのくらいの出費はやむを得ない。そう思うことにした。
         日新堂①  
         伝説のマドレーヌ

そしてとうとうその日がやってきた。包装をとくと、村上開新堂と同じような気品のある白い箱が現れ、さらにしずしずとフタを取ると、左右に丸型のマドレーヌが二列、それに中央にレモンケーキが一列現れた。三島由紀夫は昭和39年から自決した年の昭和45年まで、毎年夏、下田の東急ホテルで執筆活動をし、そのたびに日新堂菓子店のマドレーヌを買いに来ていたという。
         日新堂② 
         ついに目の前に

創業は大正11年(1922年)で、当初はせんべい屋さんだった。「それからカステラを作って、それが評判となりまして、昭和36年からマドレーヌを作り始めたんです。三島先生は気さくな方で、マドレーヌとプリンをよく買いに来てくださいました」(日新堂菓子店)。三島由紀夫はフランスの作家マルセル・プルーストを尊敬していて、不朽の名作「失われた時を求めて」は、マドレーヌの香りから遠い過去の記憶を呼び起こされる大長編がスタートする。

三島も頭のどこかにプルーストのマドレーヌがあったはずである。その本場の流れを汲むマドレーヌ。一個がかなり大きめ。測ってみたら、直径75ミリ、厚さ30ミリだった。きつね色のこんがりと焼かれた表面からいい匂いが放たれている。アルミカップをはがすと、卵とハチミツ、それにバニラの香りが魔法のようにふわりと広がった。黄色みが強く、一個一個ていねいに焼き上げたことがわかる素朴な凝縮感・・・。
         日新堂⑤ 
         素朴ないい匂いが・・・
         日新堂⑥ 
         頂点のマドレーヌ?

小さなフォークでまずはひと口。意外とぼろぼろと崩れ落ちそう。だが、口中に入れた瞬間、素朴で上質な甘みと新鮮で絶妙な香り。辛口の村民2号が「ホント素朴ねえ。風味が何とも言えない。口どけがとってもいいわ」と唸った。
         日新堂⑦ 
      牛乳とバターを使っていない
         日新堂4 
         素朴な手作り

村長は予想を超える素朴さにやや拍子抜け。村上開新堂のような洋酒の香りやしっとり感がほとんどない。「バターや牛乳を使ってないんですよ」(同店)のことだが、食べ進むうちに味わいの奥深さといい余韻が潜んでいることがわかってきた。レモンケーキもこの店の売りで、こちらも同じくらいの歴史がある。天然のレモンを絞ったレモンクリームが表面をコーティングしている。こちらの方がアクセントがあるが、好みの問題かもしれない。
         日新堂⑧ 
         こちらはレモンケーキ
         日新堂⑨  
         天然の世界

渓流斎さんもブログで「驚くほど美味いんです。ホントですよ」と書いていたが、村長の好みはむしろ洋酒の効いた村上開新堂。単なる酒好きの自己弁護かも・・・と書いたところで、そう言えば、三島由紀夫の小説の中で、食べ物の描写の印象が薄いことが思い起こされた。和菓子好きの夏目漱石や藤沢周平、池波正太郎ような本当に食べることが好きだという印象がない。人工的な三島由紀夫が、この素朴なマドレーヌを「日本一」と絶賛した意味が少々気になってきた。

本日の大金言。

マドレーヌの最高峰の旅が新たに始まる。このシンプルな焼き菓子の中に詰まった「遠い記憶」を辿ってみるのも案外面白いかもしれない。


                日新堂11

シェフの独創「ソースカツカレー」

 中学時代のちょいワル友人と昼飯を食べることになった。村長のブログをたまに読んでくれているようで、電話口で「あんた知ってっかな? 上町にあるセンチュリーホテルの2階にいい店がある。そこで12時半に待ち合わせよう」。彼は両親の介護のために大手ゼネコンを定年前に退職、会津若松に舞い戻ってきた好漢でもある。
          復興住宅① 
       復興公営住宅の音(城北町で)

時間があったので、人通りの少ない市内をぶら歩き。市内にいくつかあった仮設住宅は取り壊され、代わって復興公営住宅が順次建設中だった。会津若松は大熊町からの避難民が多く、役場の出張所もある。この5年間がつい頭をよぎる。空の青さは変わらないのに、何が変わったのか? 現実が重くのしかかる。政治屋の空疎な言葉のツケが気になる。

指定された店は「カフェレストラン フランセーヌ」だった。会津らしからぬシャレたレストランで、正午半だというのに客が少ない。村長は目に止まった「ソースカツカレー」(税込み880円)を頼むことにした。会津はソースかつ丼四大メッカ(他は長野・駒ヶ根、群馬・桐生、福井)の一つで、これまで何度かこのブログでもご紹介してきた。だが、ソースカツカレーとは珍しい。ここのオリジナルかもしれない。期待半分で待つ。
          フランセーヌ 
        フランセーヌに到着
          フランセーヌ① 
        カツかマケルか

12~3分ほどで、白い磁器皿に盛られたソースカツカレーがやってきた。見事なとんかつが一枚、6つに切られてどっかと乗っていた。その裾野にはカレー、それもほうれん草カレーがなみなみと広がっていた。カレーの上に生ミルクがデザインカプチーノのようにほうれん草(?)を描いていた。初めて目にする光景。手抜きがない。シェフの腕が思ったよりもすご腕かもしれない。
          フランセーヌ② 
          これは・・・の世界

とんかつの下には千切りキャベツがたっぷり敷かれていて、やや甘めのソースがほどよくかかっていた。とんかつはフライパンで焼いているそうで、パン粉のサクサク感が上質。「福島産ロース豚肉」が柔らかくて肉汁感があり美味。肉の厚さは1センチほどで、会津ソースかつ丼の有名店と比べると薄めだが、むしろこのくらいの厚さのほうがとんかつを楽しむにはちょうどよい。
          フランセーヌ③ 
          手抜きがない
          フランセーヌ④ 
          とんかつの旨さ
          フランセーヌ⑥ 
          ほうれん草カレー
          フランセーヌ⑤ 
          会津産千切りキャベツ

カレーは細かく刻まれたほうれん草が十分に煮込まれていて、まろやかでやさしい味わい。辛さがやや足りないが、それはソースかつとのバランスを考えた結果だと思う。スープは卵スープで、こちらは特筆するものはない。

ライスは固めに炊かれていて、ほどよくかかったソースだれとキャベツとのバランスが悪くない。とんかつをカレーに付けて食べたり、ライスと一緒に食べたり、楽しみが重層的になり、この「ソースカツカレー」が上手く行ってることがわかる。
          フランセーヌ⑨ 
          ニュースターだべ
          フランセーヌ10 
          よってらんしょ

「このソースカツカレーはオリジナルでしょう?」
スタッフに聞いてみた。
「ええ、ウチのシェフが5~6年前に考案したものです。それが評判よかったので、うちの看板メニューにしようと思ってます」
「すご腕のシェフだねえ」

880円という価格設定も内容を見ると高くはない。だが、客の数が少ない。会津の隠れたニュースターの課題は知名度と風評被害かもしれない。ソースかつ丼が1000円以上する店が多い中、今回の会津の旅で得た収穫の一つは「ソースカツカレー」の発見だった。ちょいワル友人に感謝することにしよう。

本日の大金言。

NHK[八重の桜」から約3年。戊辰戦争で大きな打撃を受け、3.11では福島全体がさらに大きな打撃を受けた。長州出身のどこかの首相の「福島の復興なくして日本の再生なし」「(福島第一原発の)状況はコントロールされている」言葉のマジック。ネタばれだと思うが、真実に迫らない大手メディアの真実も気になる。



                  フランセーヌ11 



ソースかつ丼超える?「カレー焼きそば」

カレー焼きそばと言えば、「ソースかつ丼」に続けとばかりに会津若松が売り出し中のB級グルメだが、全国的には知らない人も多い。祖先が会津藩足軽だった村長でさえソースかつ丼は知っていたが、カレー焼きそばを知ったのはここ数年のこと。元祖と言われる「トミーフード」(昭和50年創業)をはじめ、いくつかの暖簾をくぐったが、悲しいかな「これはいいね」というカレー焼きそばにまだ出会っていない。
         鶴ヶ城③ 
       鶴ヶ城の桜の開花はまだ先

戦国武将・蒲生氏郷の墓所で手を合わせた後に、市内をブラ歩きしていると、いつの間にかすっかり日が落ちていた。夕飯をどこで取るか、これが重大問題で、そばにするか郷土料理にするか、あるいははたまたイタリアンにするか、途中、和菓子屋で買った串ダンゴを食べながら歩き回ること1時間半ほど。
         蒲生氏郷墓所 
         蒲生氏郷墓所「五輪の塔」

神明通りからちょいと入った花見小路で「くるくる軒」の看板が見えた。地元で人気の中華食堂。意味もなくくるくる好きの村長のハートを射止めるに十分の店構えで、歴史は35年ほど。暖簾をくぐると、カウンター席とテーブル席があり、右手が厨房になっていて、そこに濃紺のキャップをかぶったややご高齢のシャレ者店主が黙々とライパンを操っていた。いい雰囲気。
         くるくる軒 
         くるくる軒だって?

醤油ラーメン(570円)にしようか、それとも珍しい会津牛乳らーめん(660円)にするか、いやいやチャーハン(650円)にするか、大いに迷った。まずは地酒の冷酒を頼むことにした。女将さんに「生酒 末廣」(税込み540円)を頼むと、すぐに白菜の漬物がスッと出され、生酒がやってきた。白菜の漬物は会津では基本のアテで、これが浅漬けで実に旨い。
         くるくる軒③ 
       白菜の漬物と地酒

メニューとしばしニラメッコ。地味に表記してあった「カレーやきそば」(同700円)を頼むことにした。麺が「生麺から茹で上げています」との女将のひと言が決め手となった。どこかのように蒸し麺ではない。わざわざそれをうたっていないさり気なさがいい。これが当たりだった。
         くるくる軒② 
         メニューとニラメッコ

12~3分ほどかかって、カレー焼きそばがやってきた。会津ラーメンの基本、平打ち太麺の焼きそばとたっぷりかかったカレーがいい匂いを放っていた。そのボリューム。まずは焼きそばの部分を口中へ。最初のアタックはゴマ油の風味。それがふわっと立ち上がる。その後に続く生太麺のモチモチ感。味付けは多分塩とオイスターソース、それに具のキャベツと豚肉のバランスが絶妙で、これだけでも十分に美味。神田・神保町の焼きそばの人気店「みかさ」(ここも生麺を使用)と十二分に渡り合える旨さだと思う。
         くるくる軒④ 
         クールな組み合わせ
         くるくる軒⑤ 
         カレー焼きそば
         くるくる軒⑦ 
         生麺の秀逸
         くるくる軒10 
         豚肉の美味

カレーはむろん自家製で、こってり感とほどよい辛さが焼きそばの旨さを邪魔しない。それどころか、むしろ焼きそばの風味に新しい、濃厚な風を送り込んでいる。これまで村長が食べたカレー焼きそばの中では一番の味わい。キャップをかぶった高齢の店主の腕が本物と実感できた。余分な説明がないのもいい。プロの味わい。
         くるくる軒⑧ 
         食べてみてくなんしょ

支払いを終えてから女将に店名の由来を聞いてみた。「お客がくるくるという願いと、その昔に主人(店主)が修業したレストランの名前がくるくるだったんです。それを店名にしたんですよ」とか。いつも頭の中で何かがクルクル回っている村長のイメージとは違ったが、くるくるの語感は悪くない。朝が来て、夜が来て、また朝が来て、それがクルクルと続く。世界はクルクルでできている・・・。

本日の大金言。

3月12日会津若松からライブ中継された「NHK明日へのコンサート」は、スマップの司会でも大きな話題を呼んだが、観客のほとんどは福島(会津)以外だったらしい。村長の聞いた範囲では、地元で抽選で当たった人はほとんどいなかった。東北復興支援変じて、スマップ復活支援でもあった? 


                  くるくる軒11 

王子駅前「明治堂」のカレーパン

 ひな祭りの日に逝去した歌人でもあった叔母の線香あげに会津まで行くことになった。ベトナムでひどい食中毒に遭い、告別式に参列できなかったため。懐具合が少々寂しいので、東京・王子駅前からJR高速バスで行くことにした。ポンコツ車を飛ばすよりもはるかに安い。午前11時45分発。ランチをどうしようか、悩んだが、すぐ近くに知る人ぞ知る老舗べーカリー「明治堂」があることを思い出した。明治22年(1889年)創業、都内でも有数の老舗べーカリー。

「あそこのカレーパンは絶品ですよ。森下の『カトレア』に負けませんよ」
王子に住む食通の知人がそんなことを話していたことを思い出した。明治創業の下町の老舗パン屋は期待できる。 
          明治堂2 
          指折りの老舗ベーカリー

早めに行って、北口から近い「明治堂」を探す。「ほりぶん」の交差点を右に曲がると、赤とガラス張りが印象的なモダンなパン屋が見えた。1階がベーカリーで、2階がカフェ。だが、祝日はカフェがお休み。ベーカリーが開いているだけでもラッキーと思わなければならない。
          明治堂① 
          ここはパリ?

かなりの数のパンが香ばしい匂いを放っていた。ハード系からデニッシュ系、調理系まで驚くほどの数。「今日は祝日なのでこれでも少ないです。平日は150~160種類は作ってるんですよ。焼き立て作り立てがウチのポリシーなんです」女性スタッフの応対が小気味いい。

「人気ナンバー1 カレーパン」(1個税込み160円)が売り切れになっていて、ガッカリしていると、「あと5分ほどで揚がりますよ」とスタッフ。むろん待つことに。カレーパンの他に「こしあんぱん」(1個同150円)と「ツナフランス」(1個同160円)も買い込んだ。その間、どんどん客が増え、多分地元の客だろう、ほとんど大量に買い込んでいく。すごいパン屋さんだと肌で理解できた。
          明治堂② 
          人気1位カレーパン
          明治堂③ 
          おっ、こしあんぱん
          明治堂④ 
          驚きのツナフランス

揚げ立てを食べたかったので、高速バスの停留所で「カレーパン」を賞味することにした。青空レストラン、も悪くない。紙袋に入ったカレーパンは楕円形で大きめ。手に持つとずっしり感。パン生地の外側のカリカリ感がとてもいい。伸びやかでもっちり感がかなりある。中のカレーは濃い色で量も多い。挽き肉と小さく角切りにしたジャガイモ、溶け込んだ玉ネギのバランスがいい。
          明治堂⑤ 
          青空レストラン

こってり感とスパイシーさがよき時代の本格的なルーを感じさせてくれる。焦がした小麦粉とカレー粉の香りがほのかに余韻として残っている。村長が食べたカレーパンの中でもベスト5に入る旨さ。
         明治堂⑥ 
         絶妙なカレーパン
         明治堂⑦ 
         揚げ立て

高速バスの最初の休憩所「羽生パーキング」で、こしあんぱんとツナフランスを賞味した。こんがりといい焼き色のこしあんぱんはケシの実がかかっていて、パン生地の柔らかさとこしあんのきれいな甘みがマル。あんこの量も多い。上質のあんぱん。
          明治堂⑧ 
          あーんパン
          明治堂⑨ 
          たまらん
          明治堂10 
          めっけもの
          明治堂11 
          ツナの量!

ツナフランスには驚いた。ソフトフランス生地もいいが、中のツナのボリュームが凄すぎ。ほとんどツナだけで、つなぎのドレッシング油の存在すら薄い。圧倒的なツナとソフトフランスパンの存在。これで160円とは安ゥ~だが、あえて個人的に言わせてもらえば、せめてタマネギを加えてマヨネーズをもう少し入れてほしい。とはいえ、大いなる満足感が村長の胃袋を支配した。日本はええのう。いざ、彼岸の会津へ。

本日の大金言。

銀座木村屋総本店は明治2年創業、森下「カトレア」は明治10年、関口フランスパンは明治21年、明治堂は明治22年創業。東京で4番目に古い。新宿中村屋がその後明治37年創業。明治ははるか遠くなりにけり。しかし、そのパン職人の足跡は今の時代もこれからも貴重な財産である。


               明治堂12 




焼き立て三笠山パンケーキの味

このところ、江戸年間の和菓子屋について調べ物などで東京・日本橋に来る用事が増えている。今回はずっと楽しみにしていた神楽坂の敏腕編集者M氏と切り絵作家K氏と久しぶりに懇談するため。エンタメ新聞社時代からの付き合いで、多忙なM氏に合わせて、きのう土曜の夜に待ち合わせた。

開始時間には少々時間があったので、日本橋三越前のコレド室町2の向かい側にある「文明堂カフェ」に立ち寄ることにした。狙いは以前から賞味したいと思っていた「焼立て三笠パンケーキ」(税込み780円)。注文を受けてから三笠山(どら焼き)の生地を焼き始めるのが売り。飲む前の小腹に入れるのにちょうどいい。甘味中毒者の密やかな楽しみ。
          文明堂カフェ① 
        東京文明堂日本橋本店

午後4時過ぎだというのに6人ほどが並んでいた。すべて女性。ポエムな光景。これは期待できそう。名前を書いて待っていると、女性スタッフがやってきて「お一人様でしたら、カウンター席でよかったらどうぞ」と飛び越し入店となった。ツイテル。
          文明堂カフェ16 
          文明堂カフェどす
          文明堂カフェ② 
          ここでしか食べれない
                                   文明堂カフェ⑦ 
                            注文後に焼き始める

テラス席とテーブル席が60ほどあり、その9割は女性客だった。カウンター席は目の前が厨房で、やや落ち着かない場所だが、目の前で三笠山の生地でパンケーキを焼いているところだった。鮮やかな手つきに見とれているうちに、注文した「焼立て三笠パンケーキ」がいい匂いを発しながらやってきた。白い磁器皿にパンケーキが3枚。その上に北海道産大納言小豆を煮詰めた小倉色のあんこが乗っていた。
          文明堂カフェ③ 
          焼き立て
          文明堂カフェ⑤ 
          あんことの恋
          文明堂カフェ④ 
          裏を見ちゃイヤ~ん

さらにホイップクリームと抹茶アイス、イチゴとブルーベリーが添えられていた。別注文したオリジナルコーヒー(プラス390円)をひと口飲んでから、ナイフとフォークを使ってまずはパンケーキをひと口。いい焼き加減と風味で、小麦粉と卵、ハチミツの風味が口中に広がった。もっちり感。隠し味に醤油と日本酒を入れているようで、それが意外に効いている。

「大正時代の三笠山と同じレシピで焼いてるんですよ」
「そりゃすごいね。竹久夢二が食べたかもしれないね」
「入り口の絵は伊東深水なんですよ」
          文明堂カフェ⑥ 
          大納言小豆

女性スタッフの対応が小気味いい。次にあんこを乗せてガブリと行く。あんこはかなり甘めで、大納言のしっかりした形が濃密な歯触りとなっている。水飴が粘着度を増しているようで、文明堂の三笠山と同じ味。村長はもう少し甘さを抑えてふっくら感があった方が好みだが、これはこれで文明堂の味わいだと思う。
          文明堂カフェ11 
          乗せる楽しみ
          文明堂カフェ14 
          あ~ん

ホイップクリームとあんこ、それにイチゴを乗せたり、ブルーベリーも乗せたりと様々な組み合わせを楽しむ。最も気に入ったのは抹茶アイスとあんことイチゴの組み合わせ。抹茶の冷たさとイチゴが焼き立てのパンケーキに意外に合う。あんこのしっかりした甘さが「どうどす、しびれますやろ」と村長のツボに攻勢をかけてくる。最高の美味さではないが、関脇クラスの美味さ。
          文明堂カフェ12  
          イチゴ一会?
          文明堂カフェ13 
          新たな恋の行方

その後、丸善近くの料理屋で見事な肴をつつきながら鳥取の地酒を飲み、話が弾んだ。黄金の時間はあっという間に終わる。気がついたら午後10時。「一期一会だと思って日々を暮らす」。京都にお住いのグルメ先生の金言が村長の脳裏にクルクルと点滅するのだった。

本日の大金言。

日本橋は江戸初期から商業の中心地だった。魚河岸があり、鰹節問屋や刃物屋、薬種問屋、呉服屋、それに「鈴木越後」などの和菓子屋もやがて暖簾を下げる。どうにかしてタイムスリップしたい。



                 文明堂カフェ15 


究極のうどん、日本橋で「伊勢うどん」

 久しぶりに伊勢うどんを食べたくなり、東京・日本橋に行ったついでに三重県のアンテナショップ「三重テラス」に立ち寄ることにした。ベトナムで猛烈な食中毒に遭い、それ以後胃の調子がイマイチということもある。鯨飲馬食は控えねばならない。空を見上げてはため息をつき、足元を見ては心が揺らぐ。「究極のコシのないうどん」伊勢うどんが脳裏にピカピカしている。イケイケ、伊勢うどんさま・・・。
          三重テラス① 
          三重テラスで伊勢うどん

伊勢うどんの凄味と美味さについてはこれまで何度か取り上げてきたが、元々は人気エッセイストの石原壮一郎さんから教えてもらった世界である。石原さんは伊勢うどん大使も務め、ユニークな活動を続けている、村長の敬愛する人物の一人。エンタメ新聞社時代は10年くらいの長きにわたって、コラムを連載していただいた縁もある。

その石原さんが東京で味わえる本格的伊勢うどんとして勧める一つが「三重テラス レストラン&カフェ」。とはいえここで食べれるのはカフェタイムの午後2時半から5時までの間、2時間半のみ。ギリギリに三越本店の斜め向かいの三重テラスに滑り込む。カフェレストランは暖簾の奥にある。
          三重テラス1 
          この奥の世界

時間が時間なので、客は少ない。「伊勢うどん」(税込み500円)は、みなみ製麺、かいだ食品、ヱビス.カンパニーの3タイプから選択するシステム。3つを同時に食べ比べしたいところだが、哀しいかな胃袋にその余裕はない。たまたま来ていた常連客が勧める本場伊勢市のみなみ製麺のうどんを選んだ。残りの2社は松阪市と鈴鹿市だそう。ついでに「有精卵」(同100円)も頼むことにした。
          三重テラス② 
          メニューやでぇ

伊勢うどんは茹でる時間が長い。そのため15~6分ほどの待ち時間で、黒い陶器皿に乗った伊勢うどんが湯気を立てながらやってきた。ドンブリでないのが少々残念。やはりここは妙にモダンにせずに、ドンブリで行くべきだと思う。有精卵は黄身だけで、見るからに美味そう。
          三重テラス④ 
          これだけ?

湯気を立てるうどんの上に万能ねぎがパラパラとかかり、一見「何だい、これだけ?」と拍子抜けするかもしれない。だが、それが伊勢うどんの罠なのである。奥行きが底知れない、摩訶不思議な世界が隠れているからだ。真っ白いうどんの下には黒々としたタレが隠れている。タレはたまり醤油をベースに鰹節、いりこ、昆布などの出汁を加えたもの。
          三重テラス⑤ 
          ふっふっふ

箸を割って、かき混ぜる。いい匂いが曼荼羅状に広がってくる。ふてぶてしさと紙一重のぶっ太いうどんをまずはひと口。タレは甘めで、絶妙に美味い。出汁の効き方がとてもいい。何よりもうどん。異様なまでのもっちり感とおよそコシとは無縁の不思議なうどんで、400年以上の歴史がこのシンプルな奥深い世界に詰まっていると思うと、正座して食べたくなる。
          三重テラス⑥ 
          かき混ぜると・・・
          三重テラス⑦ 
          出汁が立ってくる
          三重テラス⑧  
          無腰の凄味

「あんたはん、そないに尖(とん)がってはいけまへんでえ。もっと楽くうに、楽くうに。正座だなんて冗談はおよしになってえ」
裃(かみしも)を脱いだ伊勢うどんがそう囁きかける。うどんにコシは必要ないかもなあ、などと思いたくなる旨味の効いた深い味わいだと思う。
          三重テラス⑨ 
          有精卵のトッピング

有精卵を加えて、混ぜ混ぜしてから、さらに口中に運ぶと、新鮮な卵の香りが鼻腔に抜けていく。さらにまろやかさが増すが、村長は卵を加えない方が好み。ボリュームがやや少なめだが、今の村長にはそれがちょうどいい。食べ終えると、伊勢神宮の方角に向かって参拝したくなった。早く胃袋が戻りますように。

本日の大金言。

コシのない伊勢うどんの世界は貴重だ。まだまだうどん=コシ派の力は強大だ。コシの刀をぎらつかせる最近の風潮の対極、無腰の伊勢うどんの世界こそ人類の理想郷かもしれない。頭の固いキミ、思い込みの強すぎるキミ、月に一度くらい伊勢うどんを食べて無腰になるのも悪くないかも。


                 三重テラス12 

春日部の宝?無化調ラーメンの新星

 クレヨンしんちゃんに会いに埼玉・春日部までポンコツ車を飛ばした。西武百貨店が先月一杯で閉店してしまったこともあるのか、街を歩いていてもどこか寒い。春日部はいい街なのに、ローカル都市の哀愁が漂っている。クレヨンしんちゃんの姿は見えなかったが、もう一つの目的の「麺や豊」の暖簾をくぐることにした。
         麺や豊① 
         気になっていた店

東口から歩いても近い。「自家製麺 中華そば」の看板が見えた。一軒家の中華そば屋で、隣りには何故か俳人・加藤楸邨の旧居跡がある。以前から気になっていた店で、今どき「自家製麺 中華そば」の看板を堂々と掲げるのはそうはない。「麵や豊」の店名の看板よりも目立つ。この手の店は当たりかハズレか極端になると、経験から思う。
         麺や豊② 
         こだわり

時刻は午後1時50分。入り口にはスープのこだわりや自家製麺のこだわりなどが書かれていた。ハズレの予感。店内はやや暗めでカウンター席とテーブル席があり、カウンター席の対面が広めの厨房になっていた。時間が時間なのか、客は3人しかいない。店主は40代くらいか、雰囲気のある無口な男で、女性スタッフが一人、それが感じのいい対応だった。BGMはジャズ。一見、今どきのラーメン屋。券売機がないのがすがすがしい。
         麺や豊③ 
         メニュー
         麺や豊11 
         こだわりの証明?

メニューの中から「中華そば」(税込み720円)を選んだ。「細麺になさいますか、太麺になさいますか?」「太麺でお願いします」。待ち時間は長めで15分ほど。いい匂いとともに白い陶器のドンブリがやってきた。
         麺や豊④ 
         匂いの期待

スープはかなり濃い目の醤油スープで、大きな長方形のチャーシューとぐるりと長い一本のメンマが印象的。それに小松菜と刻みネギが浮いていた。このスープが曲者で、カエシ(醤油)がかなり強めだが、口に運んだ途端、コクがじゅわりと滲み込んできた。表面に脂の膜がうっすらとがあり、豚ガラかと思ったら、「いえ、豚骨は使っていません。鶏ガラです」(女性スタッフ)とか。
         麺や豊⑥ 
         スープの奥行き

国産鶏ガラを中心に宗田ガツオやうるめイワシなどの魚介類の出汁、アサリの出汁まで加えて、「研究に研究を重ねて辿り着いた味です。化学調味料は一切使っていません」とか。カエシの濃さが好みの別れるところ。
         麺や豊⑦ 
         麺まで自家製

自家製の太麺は縮れもあり、もっちり感がほどよくある。埼玉産と北海道産小麦を使い、手もみで仕上げているそうで、そこまでのこだわりもなるほどと納得するいい食感と風味だと思う。先日賞味した群馬・桐生市の無化調自家製麺の超人気店よりも村長の好みはこちら。
         麺や豊3 
         オメーン!
         麺や豊⑧ 
         チャーシューの実力

チャーシューは厚く大きめで、多分肩ロースで、ほろほろと柔らかい。メンマも悪くない。店は3年半になるそう。こういう店が春日部に誕生していたことがうれしい。
         麺や豊⑨ 
         一本メンマ

一滴も残さずにやや濃いめのスープを飲み干すと、入り口の窓の向こうにクレヨンしんちゃんの姿がちらりと見えた気がした。口中にはかすかに柚子の香り。今どきの店なのに、どこか地に足の着いたいい店を発見した気分。オラオラ、西武がなくなっても、春日部には豊ちゃんがいるゾォ~・・・。

本日の大金言。

ラーメンはもはや一つの宇宙だが、本物とまがい物が混在している過渡期だと思う。自然に淘汰されていくとは思うが、客の舌も問われている。人気店=美味い店とは限らない。



                   麺や豊10

備前焼個展と不思議なマドレーヌ

 久しぶりに花のお江戸の中心部へ。天空の城にお住いのグルメ先生を囲んでのメディア仲間との飲み会に出席するため。開始のゴングは午後6時だが、その前に、銀座5丁目「備前焼専門店ギャラリー 夢幻庵」に足を運ぶことにした。
              曽我尭展① 
              「曽我尭作陶展」の会場へ

備前焼の新進陶芸家、「曽我尭作陶展」(~16日まで)の案内をもらっていたからだが、村長は彼の焼く備前焼のささやかなファンでもある。小皿や小鉢は気に入っていて、日常的にも愛用している。今回の作品は昨年11月に窯出ししたものだそう。1年前にも見ているが、さらにいい味わいが備わってきていることを確認できた。
              曽我尭展③ 
              新進陶芸家の世界
              曽我尭展② 
              いい景色

飲み会はグルメ先生の磁力で、いつものように楽しい、刺激的な会合になったが、帰りしなグルメ先生から手渡されたのが、村上開新堂(京都)のマドレーヌだった。以前、糸電話で「あーた、知らないの?」と聞いていた噂のマドレーヌで、京都でしか手に入らないもの。その時に村長は悔し紛れに「へえー、それぜひ食べたい」などと無理やりお願いした記憶がある。それを覚えていてくれたに違いない。酔っぱらって、代金を払い忘れてしまったが。
              村上開新堂① 
              マドレーヌの極致か

ウマズイめんくい村に持ち帰って、翌日、二日酔いのまま賞味することにした。白地のシンプルなデザインの包みを解くと、趣味のいい正統派洋菓子の箱に貝殻の形のマドレーヌが6個詰まっていた。税込み1280円ナリ。一個に換算するとかなりのお値段。パッケージを取ると、何とも言えないいい香りがふわーっと花開いてきた。
              村上開新堂③ 
              見事な焼き色

調べてみたら、村上開新堂は1907年(明治40年)創業の、京都で一番古い洋菓子屋。池波正太郎もこの店を愛していたらしい。寺町にあり、クッキーがとくに有名だが、このマドレーヌは35年ぶりの新作だそう。ややこしいことに、村上開新堂は東京・一番町にもある。こちらは完全会員予約制の上に、紹介がないと買えない。フランス料理レストランもあり、皇室御用達の店でもある。こちらの創業は1874年(明治7年)創業。京都店よりも古い。
              村上開新堂⑤ 
              焦ってはいけない

どういうことか、村長なりに整理してみる。もともとは京都にあった村上家(明治天皇の食事係)が明治天皇の東遷に伴って、東京にやってきた。そして宮内庁から洋菓子技術習得を命じられる。それが村上開新堂の初代で、洋菓子専門店の始まりのようだ。京都はその初代の甥っこで、初代の下で洋菓子修業をして後、京都に戻り、同じ「村上開新堂」の暖簾を出したようだ。それが明治40年。
              村上開新堂⑧ 
              上空より
              村上開新堂⑥ 
              横目より
              村上開新堂⑨ 
              裏側より

グルメ先生によると、東京・一番町の方は敷居が高く、京都の方は誰でも買えるそう。とはいえ京都寺町でしか売られていない。目の前にあるマドレーヌは口中に入れた瞬間、甘い、複雑なしっとり感が広がった。新鮮な卵とバターの香り、バニラ、アーモンド、さらに洋酒の香りが混然一体となって鼻腔から頭頂部へと抜けていく。オーバーではなくため息が出るほど美味い。村民2号もため息をついている(こちらのため息は半ばあきれ顔が混じっているが)。焼き菓子マドレーヌの極致の味わいかもしれない。
              村上開新堂⑦ 
              た、たまらん
              村上開新堂14 
              凝縮の味わい
              村上開新堂2 
           ロマネコンティの香り?

東京・一番町に電話してみた。「京都の店とは別経営です。味も違います。レストランは完全予約制で会員の紹介がないと入れませんが、併設している『山本道子の店』でしたら、紹介がなくても買えます。マドレーヌもそちらで売ってます」という応対だった。

京都・寺町にも電話した。「どなたでもお買いになれます。バラ売りもしてます。東京の方も『山本道子の店』なら、会員でなくても買えるようです。どちらもごひいきに」柔らかな応対。何という京都の奥の深さ。京都、恐るべし。天空からひっひっひの有難い声。グルメ先生に感謝しなければ。

本日の大金言。

マドレーヌはフランス発祥の焼き菓子。貝殻型と丸型がある。伊豆下田にもあの三島由紀夫が絶賛したマドレーヌがある。こちらは丸型。渓流斎ブログでも紹介されているが、次は下田まで行かなければ。


                          村上開新堂13 





いい事ばかりはありゃしない

 本日は東日本大震災からから5年目。この5年間何をしてきたか、じっと26センチの足裏を見つつ、黙とうすることにする。3分間・・・。

5年前の今日、村長は東京・紀尾井町の老舗出版社の一階喫茶室にいた。エンタメ新聞社で最後の仕事と位置付けた「100コマコミック大賞」設立の相談を兼ねて、友人の敏腕編集者と雑談していた。午後2時46分、グラグラと横揺れで来た。最初はすぐに収まると高をくくっていたが、まさかそれがその後未曾有の被害を生むことになるとは・・・。

いかんいかん、ベトナムのことを書くはずがつい脱線してしまった。近いうちにまた東北に行ってくるので、3・11後については合わせてレポートしたい。「どうせまた空振りに終わるんでしょ」村民2号が猫足で近づいてきて、ボソッと言った。メコン河クルーズの船頭おばはん並の絶妙なつぶやき。グヤジイ・・・。
              ホーチミン市夜 
     ラストナイト!(マジェスティックホテルの前で)

さて、ホーチミンで食べた「バインセオ」について。ベトナム風お好み焼きと呼ばれることが多いが、小麦粉ではなく米粉でココナツミルクを加えて薄く伸ばし、その中にモヤシや鳥肉、緑豆などを挟んだもの。ベトナム南部の家庭料理で、むしろクレープに近い。店によって中の具は違ってくるようだ。
              ベトナムハウス① 
       民族楽器トルンの女性(ベトナムハウス前で)

村長が食べたのはドンコイ通り「ベトナムハウス」のもの。この店の料理がもっともベトナムらしかった。一つが悠に30センチはある。デ、デカイ! それが半分に折られている。一人前が14万9000ドン(約745円)。店のスタッフがナイフとフォークで切り込みを入れてくれた。レタスなど生の野菜と香菜類がどっかと添えられている。この店のメニューには「バインセオ」とは表記されていず、「フライドベトナムパンケーキ」とか「お好み焼き」とか表記してあった。これは返って興ざめだが。
              ベトナムハウス③ 
            バインセオとご対面

薄い皮はパリパリしていて、中の具はモヤシがやたら多い。それが生っぽい。それに鶏肉と海老、ライスなど。それを本来なら野菜で包んでから甘いたれヌクチャムに付けて食べる。だが、村長は「生野菜にはくれぐれも気をつけるように」とベトナム狂いから注意されていたことを思い出し、香菜もレタスもほんの少ししか使わなかった。
              ベトナムハウス④ 
              デカくて薄い
              ベトナムハウス⑤ 
              ヌクチャムに付けて
              ベトナムハウス10 
              鶏肉と野菜のフォー
              ベトナムハウス⑧ 
              シーフードサラダ

味はかなりの薄味で、悪くはないが、期待が大きかった分、こんなものかという程度だった。その分、「鶏肉と野菜入り麺(フォー)」(9万900ドン=495円)が美味かった。やさしい塩味のスープとひらひら麺が素朴な味わい。デザートに頼んだ「プリン」(5万9000ドン=295円)も、昔の不二家のプリンのようで素朴に美味い。
              ベトナムハウス13 
              プリンで締め

とにかく都合5日間食べに食べまくったホーチミンだが、帰国後に天罰が下った。天使の一撃を食らってしまったのだ。ベッドとトイレの往復。3日間ほぼポカリだけで、何も口に入れずに呻吟。村民2号はぴんぴんしているのに、村長だけの異変。
「いい気になってふざけてばかりいるから、よ。神さまはちゃんと見ているのよ。3・11のために斎戒沐浴したと思えばいいじゃない?」
「そう思うことにするよ、グスン・・・」

本日の大金言。

いい事ばかりはありゃしない。清志郎が生きていたら、原発の現状をどう歌っただろう? 「サマータイムブルース」でその後を予言していた。3・11の23年前、1988年にこの歌が発売されている。恐ろしいほどの予見力である。


                          ベトナムハウス12 

白ワインに映るホーチミンの夜

 ホーチミン市滞在約5日間の間にかなり食べまくった。それをすべて書くことは取りあえず止めにした。2~3年は住まないと、とてもこの巨大な胃袋の街の尻尾すら捕らえることはできそうにない。ドンコイ通りのある1区だけでも歩き回っただけで大小合わせてものすごい数のレストランが存在することがわかる。さらにベトナム人は「起業」がフツーに行われていて、それはバイク一台の出店だったりする。もはや銀河系の星の数。
                    ホーチミン市内①  
              オレ、企業家

現地ガイドによると、ホーチミン市のサラリーマンの月収は平均約3万円とかで、さらにボーナスが年に一回(旧正月=テト)一か月分ほど出るそう。昭和40年(1965年)当時の日本のサラリーマンと同じくらいの年収だろう。就職できない人や脱サラ志向の強い人は「起業」する。路上でフォー(麺類)やジュースを販売するのも「起業」で、ミトーの町に行く途中のバスの中から、照りつける太陽の下でそうした光景をいたるところで見た。
              ホーチミン市内④ 
              光と影の濃度
              名所④ 
              エネルギーが走る

ホーチミン市は暑いので、サラリーマンは弁当を持参することはほとんどないそう。暑さですぐに悪くなるためと外食が安いことがその理由。外食が一般的で、それ故にバイク一台でできる食べ物の「起業」が多くなるとか。小回りとたくましさ。生きることに四の五の言ってられないという事情もあるかもしれない。

バイクはベトナム人の足で、中古が約300ドル(約3万4500円)ほど。一番人気は日本のホンダで、ヤマハやスズキのマークも多い。クルマも多く、金持ちのベンツが悠然と走ってる光景も見た。新宿や大阪のような高層ビルも建築されていて、街中のちょっとした路地の昔ながらの貧しい生活との陰影が強烈。光と影の濃度が日本とは違い過ぎる。
              チャオカフェ 
              チャオ・カフェ

さて、村長がホーチミン滞在中に気に入って二度ほど通ったレストランが「チャオ・カフェ」。ビザなどイタリアン中心だが、ベトナム料理もある。客は欧米人がやたら多い。村民2号がベトナム料理の香辛料(香菜類)にやや閉口して、夜ぶら歩きしている最中にグエンフエ通りで見つけた店。
              チャオカフェ③ 
              欧米人のメッカ?
              チャオカフェ① 
              ピザのメニュー

ここの白ワインが気に入ってしまった。グラスワインが8万ドン(約400円)。ピザは「ローストチキンピザ」(12万5000ドン=約625円)を頼み、ケーキ類も美味そうだったので、デザートとして「ティラミス」(6万ドン=300円)と、すっかりハマってしまった「ベトナムミルクコーヒー」(アイス6万5000ドン=325円)も頼んだ。
              チャオカフェ④ 
              デザートメニュー
              チャオカフェ⑤ 
              亜熱帯のオアシス

ワイングラスが本格的なボルドータイプでデカい。開放的で、夜の熱気と活気が流れ込んでくる店内で飲むと、その冷たさとやや酸味のある華やかな果実味がひりひりしている口中に染み入ってくる。多分ソーヴィニヨンブランだと思う。
              チャオカフェ⑦  
              ローストチキンピザ

17分ほどでチャーミングな女性スタッフが、「ローストチキンピザ」を運んできた。ここでは急いてはいけない。木製の皿の上のピザは直径30センチはある。ナポリタイプのパリパリしたピザで、ピザソースとチキン、それにタマネギの甘みがいいアクセントになっていて美味。生地はもっちりではなくザクッとしていて、素朴な小麦の香りが広がってくる。白ワインとの相性がいい。
              チャオカフェ⑧ 
           無性に食べたくなる
              チャオカフェ10 
              かぶりつけ
              チャオカフェ11 
              ティラミス

「ティラミスはデカすぎるくらいだけど、6層になっていて、イメージ通りの本格的ティラミスって感じ。クリームチーズのこってり感がたまらないわ。でも、カロリーが気になるわ」
「フォーも食べたいね。通りのバイクの光の波とざわめきも気に入った。明日も来よう」
「それよりここにずっと住んじゃえば? 大丈夫よ、村長なら。私は帰るけど」
「・・・・・・」


本日の大金言。

ホーチミンの中心部の夜も熱気にあふれている。どこか大阪と似ている。ホーチミンは近い将来、東南アジアの拠点の一つになると思う。


                          チャオカフェ15

名古屋おばはんとホテルの朝食

 今回の旅で想像以上だったのがホテルの朝食。バイキングスタイルだが、その驚くべき種類の多さと一つ一つの旨さに目を見張らされた。香港、上海、シンガポール、パリ、ミュンヘン・・・村長の海外体験はそう多くはないが、そのいずこと比べても、ホーチミンの朝食は特筆すべきものだと思う。
                     リバーサイドホテルから 
          ホテルの窓から(午前7時)

宿泊したのはあのマジェスティックホテルの近く、ルネッサンスリバーサイドホテルサイゴンである。通りを挟んでサイゴン川がゆったりと流れる様子が見える。ドンコイ通りも近い。早朝からバイクの大群の通勤が始まっている。気温はすでに30度は超えているだろう。朝食は午前6時からと早い。場所は一階のレストラン。
              ルネッサンスリバーサイドホテル 
              いいホテルだった

7時半に行くと、60代くらいのアメリカ人かオーストラリア人夫婦が順番待ちしていた。アオザイ姿の女性スタッフにルームナンバーを聞かれて慌てて「シックス・トゥ・ワン」何とか答える。「シックス・ナイ・・・」と口走らなくてよかった。

朝のすがすがしさを縫うようにいい匂いが漂っている。客の半分以上は欧米人で、残りは日本人か中国系か。バイキングは日本のシティホテルと基本的にそう変わらないが、種類の多さと深みがひと味違うと言わざるを得ない。ポイントポイントに面白い工夫がある。ベトナム料理はもちろん、フランス料理と中華料理が中心で、日本の巻き寿司まであった。なぜか牛乳がないのだけが残念(スキムミルクはある)。
              リバーサイドホテル 
            村長の最初の一皿
              リバーサイドホテル① 
              これで充分・・・

村長はパンの美味さに目を見張った。パンコーナーだけでパン屋が十分開けそうなくらいの種類がある。焼き立てのクロワッサン(2種類)、カンパーニュ、ライ麦パンはもとより、ホカッチャやドイツパンまである。しかもバゲットや大麦パンなどはパンナイフと布ナプキンが置いてあり、自分で好きなだけ切り分けられるようになっている。天然酵母なのは言わずもがな。ブリオッシュなど小さなパン菓子の種類もざっと見たところ20はある。
              リバーサイドホテル② 
              パンの美味さよ

たまたま隣りの席にいた名古屋から来たという二人組おばはん(多分50代)が凄かった。口と舌と手を休みなく動かし続け、村民2号とすっかり打ち解けていた。

「コックがその場で作ってくれるバインミーとワッフルが美味いわよ。ワッフルは自分でも焼けるのよ」

そう言ったかと思うと、ワザワザ焼き立てのものを持ってきてくれた。メチャウマ。きれいな身なりでスリム。ヒマを見つけては世界中を二人で食べ歩いているとのたまっていた。
              リバーサイドホテル⑥ 
              ワッフルの一片

「ベトナムはこれで2回目だけど、何を食べても旨かったわ。ダナンもよかったわよォ。今日午後の便で帰るから、最後の朝食も食べまくるわよ」
村長と村民2号が一皿食べる間に、3回は新しい皿を持ってきた。ベトナム人のエネルギーにも驚かされたが、名古屋おばはんのエネルギーにも驚嘆した。旦那は何をしているのだろう? 隣り合わせてから20分以上になるが、口と手が一向に止まりそうにない。村長まで皿の上にいるような気分になってくる。
              リバーサイドホテル⑤ 
                                 バインミー

欧米人が意外に少食な中(高齢者が多いせいか)、名古屋おばはんのたくましさが目立つ。日本の将来は案外大丈夫と確信した。
「ホント、バインミーが美味いわ。小さなソフトフランスパンのベトナム風サンで、ベーコン、チキン、ビーフン、レタス、キュウリ、ニンジンが入ってるわ。薄味なのがいいわ」
村民2号がコーヒーをお代わりしながら、名古屋おばはんが勧めたバインミーを美味そうに頬張っている。ウマズイめんくい村も案外大丈夫かもしれない。村長は色とりどりのフルーツを前にしながら、しばらくの間、都合3人のおばはんの口元に見とれていた。カンパイ。

本日の大金言。

世界の鍵を握ってるのは確かにウーマン!かもしれない。女は今に生き、男は今から逃げようとあがく。「男類、女類、猿類」などと言ったのは誰だったっけ?


                           リバーサイドホテル⑦ 












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メコン河のつぶやきと風船餅

 「ディズニーランドみたい!」
メコン河ジャングルクルーズの途中で、東京から来たという女子大生二人組が無邪気に叫んだ。卒業旅行だそう。親しくなった村民2号が「確かに。ディズニーはここの真似をしたのかしら」とうなずく。村長はこの女子大生二人組をひそかにPUFFYちゃんと呼んだ。由美と亜美に似ていたからだ。
              メコン河② 
            メコン河で乗船
              メコン河① 
              支流でジャングルクルーズ

舞台はメコン河の支流。熱帯樹が密集する中を前後二人のおばはんとオッサンが一本のパドルを器用に操る。帰ってくる小舟とあちこちぶつかりながら、何とかバランスを保っている。だが、そのたびに小舟が左右に大きく揺れる。冷や汗が出かかる、おばはんとオッサンの表情が真剣そのもので、観光コースとはいえ、このクルーズがそれほど安全だと安心していれないことがわかる。黄土色の河の底の泥に潜む巨大ナマズは何思う?
              メコン皮② 
              予想以上に揺れる

メコン河は全長4023キロ、長さは世界10位だが、雨季の水量はアマゾンに次ぐ世界2位の巨大河川で、チベットを源流として、中国雲南省、ミャンマー、ラオス、カンボジアなど5か国にまたがる。すぐ下にピラニアがいないだけでも幸せだと思うしかない。村長は船首のおばはんのすぐ後ろ。このおばはん(といっても初老だと思う)が曲者で、時折、パドルを操る手を止めて、村長の方を振り向いてはフウーッとため息をつきながら、哀しそうに微笑む。汗が光っている。村長も微笑み返す。ベトナム戦争終結当時、このおばはんは何歳だったんだろう? ロバート・キャパの写真が頭をよぎる。
                 
              メコン河④ 
              メコン河

その微笑とため息には大変な労力と生活のかかった長い日々が見て取れる。いい気な観光客など立ち入れない世界。しばらくして、深いため息と同時に何事かつぶやいているのがわかってきた。目は合わせない。最初、それは「ちゃぷちゃぷ」と聞こえ、村長も「おー、ちゃぷちゃぷ、波ちゃぷちゃぷ、アイ・アンダースタンド」などとほとんど無意味に調子を合わせていたが、突然、それは「チップ、チップ」と言っているのではないか、と気づいた。聞こえるか聞こえないくらいの微妙なつぶやき。絶妙なタイミング。村長はこのおばはんの技に敬意を表したくなった・・・・。完敗です。
              ミト―② 
              わははランチ(メコンレストストップ)

メコンデルタの町ミトーでランチとなった。メコン河クルーズでは定番の店で、一日1000人~1500人の観光客の胃袋を満足させている。「メコンレストストップ」という店名で、ここで食べたランチコースも悪くなかった。ホーチミン料理の実力をここでも確認することとなった。ちなみに一見したところ客の約半分は欧米人。残りは日本人とアジア人。中国人は意外に少ないと感じた。
              ミトー③ 
           アオザイはセクシーだ
              ミトー④ 
              巨大レストラン

野菜スープから始まって、魚のすり身揚げ(チクワと似ていた)、エレファントイヤーフィッシュの姿揚げ(メコン河ティラピアで味は鯛そっくり)、焼き海老、揚げ餅ボール、ミトー風スープ麺、フルーツ、お茶(ハス茶)というコース。むろん、地元でも人気のビール「333」(4万5000ドン=約225円)もしっかり頼んだ。これは別料金。
              ミトー⑥ 
              このコースなのだ
              ミトー⑦ 
              ワシもビール飲みてえ

村長が最も気に入ったのは揚げ餅ボール。ベトナム語ではティンテイエン。むしろ「風船餅」と表記した方がピッタリくる。米粉をココナッツオイルにつけて餅のようにし、それを油をたっぷり引いた中華鍋で少しずつ膨らませていったもの。コックの腕が必要。もうもうと立ちのぼる煙の中で、次第に風船のように丸く膨らんでいくさまは見ていても心躍る。
              ミトー⑤ 
              風船餅のワザ
              ミトー10 
              モスラの卵?
              ミトー11 
              ハサミでチョキチョキ
              ミトー13 
              日本の餅みたい
              ミトー15 
              タレは3種類

女性スタッフがハサミで上手に切り分けると、底の部分が餅になっていた。外側はカリカリ。薄甘い味が付いていてそのままでも美味いが、3種類のタレで楽しむとその美味さがさらに引き立つ。ミトー名物で、村長も初体験の味わい。世界と同じように料理の世界も驚くほど広い。この他にもいろいろ付いて、バス代も込みで3000円(福春プラン=オプション)というのは安いと思う。悠久のメコン河とつぶやきおばはん、そして風船餅・・・村長の心もメコンの空とともに風船となった。

本日の大金言。

メコン河には850種以上の淡水魚と流域には6000万人以上の人類が生活しているそう。だが、ここにも自然破壊とダム建設の波が押し寄せつつあるようで、経済成長と人間も含めた生態系の問題が差し迫っている。メコンは沈黙するのみだが。



                        メコン河⑦  






ついに来たぞ!ホーチミン最初のランチ

 一週間のご無沙汰でした。お口の恋人、です(気色悪るう~)。思い立って、ベトナム・ホーチミン激安ツアーに行って来ただ。ベトナム狂いの友人から「ホーチミンに行かずして食を語るんじゃねえ」と言われ続けてきたこともある。ベトナムは小国ながら、あのアメリカとその後は中国と戦って、多大な犠牲を払いながら、唯一勝った国でもある。それだけで凄い民族だとわかる。
              ホーチミン像  
              ホーおじさん(人民委員会庁舎前)

1986年(昭和61年)から始まったドイモイ(刷新)が成功して、経済が物凄い勢いで成長している国で、旅行前にベトナム狂いに電話すると、「行ってみるとわかるけど、エネルギーがぐつぐつ煮立っているようで、戦後の日本の高度成長期みたいだよ」。そして最後にひと言「食中毒には気をつけるように」。ケッ、食中毒が怖くて食べ歩きなどできるものか、内心毒づく。ちなみにホーチミン市の人口は約822万人(2015年現在)。
              ホーチミン市内③ 
              ベンタイン市場
              ベンタイン市場③ 
           生命力がみなぎっている
              ベンタイン市場 
              市場の外側が魚市場

前置きはこのくらいにして、ホーチミン市到着後、最初に食べたランチを取り上げたい。気温35度、湿気を含んだムッとくる暑さと抜けるような青空。それに噂に聞いたバイクの恐るべき数・・・。午前中はJTB現地ガイドの案内で市内の名所を一通り。その後、待ちに待ったフリータイム。頭の中でぶら歩きのゴングが鳴る。中心街ドンコイ通りから市民劇場を右に見ながら、タンソンニャット通りに入ると、右手にビビビとくる小さなレストランが。それがベトナム家庭料理の店「フーンライ(ジャスミンの香り)」だった。
              フーン・ライ① 
            フーンライ、最初のランチ

「お客がいそうにないわよ。シンとしてるし、やめた方がいいんじゃない?」とやや不安げな村民2号。
一階から螺旋階段になっていて、店は2階にある。どこかフランスの影響を感じさせる。店に入ると、ジャズシンガー、ヘレン・メリルが流れていた。腕時計を見ると12時46分。日本との時差は2時間。日本は今ごろ午後2時46分あたり。
              フーンライ③ 
              ビールが美味くて安い
              フーンライ④ 
              日本語表記も

ここで食べたものを列挙する。まずはビール。ベトナムはビールが安くて美味い。青島ビールのような「サイゴンスペシャル」(3万4000ドン=日本円約170円)、前菜として「盛り合わせ 揚げ春巻き4本、生春巻き2本、ハスの茎サラダ(19万4000ドン=約960円)、メーンとして「シーフードチャーハン」(12万8000ドン=約640円)。最後に「ベトナムミルクコーヒー」(ホット=約195円)。
              フーンライ⑥  
              黄金タイム

まずベトナムのビールがホントに美味いことを確認した。麦芽とホップだけのピルスナータイプで、日本のビールよりもピュアな味わいで、暑さに火照った咽喉を「チャオムン(ようこそ)」と囁きながら通り抜けていく。快感。最初の一口で、ベトナムがホントに世界でも有数の美食の国かもと期待感が膨らんだ。
              フーンライ10   
              前菜の盛り合わせ

生春巻きは日本で食べるものとそう違いは感じなかったが、揚げ春巻きが気に入った。表面のカリカリ感と中の豚肉が美味。付けダレは2種類用意され、甘い梅酢のようなものと味噌ダレのようなもの。これが実にイケる。ホーチミン料理は全体的に甘いが、味噌ダレ風は深みがあり、村長の口に合った。ビール一本追加する。
              フーンライ12 
              メチャウマ
              フーンライ15 
            揚げせんべいに乗せて

シーフードチャーハンは特筆もの。ライスのパラパラ感が絶妙で、具は海老、イカ、ニンジン、青ネギ。味付けはあっさりしていてやや物足りないほど。だが、別皿のヌクマム(魚から作ったベトナム醤油)をかけると、味が魔法のように変化した。美味い! ホーチミン料理は基本的に薄味で、そこからそれぞれ好みで薬味やタレを楽しむ。食事後のベトナムミルクコーヒーは練乳の甘さが心にまで浸みる。スタッフの対応のよさも印象に残った。支払いは日本円でもオーケーで、合計2190円だった。
              フーンライ16 
              絶品のシーフードチャーハン
              フーンライ18 
              魔法の魚醤ダレ
              フーンライ19 
              完敗どす

「ホーチミン料理がこんなに美味いとは想像以上だわ。ベトナム航空の機内食もよかったし、これからが楽しみだわ」
村民2号の明るい声が、けだるくシックな店内に響くのだった。

本日の大金言。

JTBの明るい現地ガイドがベトちゃんドクちゃんの話をした。その時だけ、目がうるんでいた。表面上は見えないが、ベトナムの傷跡は深い。





                            フーンライ221
プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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