タリーズ「卵サンド」の朝

 タリーズは便利なのでたまに利用する。スタバやドトールなどとともにほとんどの都市にある。スイーツ類が意外に美味い。と前置きしてから・・・。
          タリーズ 
          早朝の甲府駅前

早朝、山梨・甲府でいい喫茶店を探し、美味いコーヒーでモーニングとシャレ込もうと思った。山梨県の県庁所在地。だが、駅周辺を歩いても歩いても、「これは」という喫茶店が見つからない。ひょっとしてこの辺りは喫茶店不毛地帯なのか? 街の人に聞いても、たまたまなのか「あるにはあるけど、時間が早すぎるよ」という反応。時刻は午前9時過ぎ。空は高く、懐は低い。
          タリーズ① 
          救いの神?

仕方なく、甲府駅南口に戻って、「タリーズコーヒー」に入ることにした。今回テーブルに乗せるのは、ここで食べたモーニングセット。「NEW」と書いてあったもの。女房と畳とモーニングはNEWに限る(こらこら)。
          タリーズ② 
          当たりか

「オリジナルエッグサンドセット」(ドリンク付き 580円=税込み)である。写真が美味そうだった。ドリンクはブレンドコーヒーを選んだ。スタッフの対応がいい。

「タリーズは山梨県ではここだけなんですよ。駅ビルの中と2店舗だけ」

スタバは山梨県内に10店舗もあるというのに、タリーズがここだけとは・・・。その言葉に何故かシンパシーを感じた。「鳥取にはスタバはないが、スナバがある」と名言を残した鳥取県知事をつい思い出した。山梨にはタリーズがある
          タリーズ③ 
          ハズレか

さて、この「オリジナルエッグサラダサンド」が微妙だった。卵は分厚かったものの、コンビニのサンドとさほど変わらない、冷蔵したもの。隣の男はホットドッグを食べていたが、温めてあり、火が通っていた。いい匂い。後悔が頭をかすめた。

気を取り直してパッケージを取ると、食パン一枚分に関東風の潰したゆで卵が挟んであった。その黄色と白の厚みがすごい。中央部は優に3センチはありそうなくらい分厚い。これは期待できそう・・・。
          タリーズ④ 
         卵ペーストの厚み!
          タリーズ⑥ 
          手前と奥

だが、後ろはなだらかに消えていた。上げ底? 盛り上げ? いやいやこれはそういうもので、それでも十分に卵のボリュームはある。見た目のインパクト。さすがタリーズ、と感心の方が上回った。
          タリーズ⑦ 
          ヨダレが・・・

苦味の効いたブレンドをひと口飲んでから、ガブリと行く。食パンはほどほどに柔らかい。続いて卵ペーストの濃厚な風味が押し寄せてきた。かすかに柚子コショウの香り。塩分がかなり強い。食パンにはマヨネーズとマーガリンが塗ってあるようだ。もう少し塩を抑えてほしいが、ま、安いので文句は言えない。
          タリーズ⑧ 
          こ、これは・・・

ふと甲府は武田信玄の本拠地だったことを思い出した。上杉謙信から塩を送られた、というエピソードもある。それで塩を大サービスということか? いやいや、他のタリーズも同じはずだから、そんなはずはない。

つまりはこういう味なのだと思い直す。エッグと塩加減。添加物もコンビニ並み。むろん好みの問題もある。チェーン店という特性もある。スタッフの感じがいいことがいい後味になっているが、ホットドッグかベーコンツナにすればよかったとやや後悔。7割の満足度で店を出ると、炎天の下、武田信玄像がこちらをにらんでいた。青菜に塩、いや枯れ菜に塩・・・。

夏枯れの路地影となる迷い猫

本日の大金言。

モーニングに期待しすぎてはいけない。時間と安さ、それに便利さ。それで十分だと思う。少欲知足、色即是空、塩分補給。





                  タリーズ⑨ 



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立食いの別格「かき揚げそば」

 兜町ペンの夜の会合の前に、時間があったので、立食いそばに寄って、小腹をなだめることにした。

夕暮れ前の楽しみ。茅場町9番出口を出たすぐのところ。シックなビルの一階に赤い枠の入り口。モダンな佇まい。ここが立食いそばの最高峰の一つ、ということを知っている人は案外少ない。「十割蕎麦 たかね」の木の看板が渋い。
          たかね① 
      東京立食いそばの頂点?
          たかね
                                   モダンな入り口

日本橋界隈にはいい立食いそば屋が多い。日本橋そばよし、よもだそば、一心たすけ・・・この「十割蕎麦 たかね」は使っているそばが国産十割という点が少々違う。十割を売りにする立食いそばチェーンもあるが、そば粉は中国産だったりする。
          たかね③ 
          やや高めだが・・・
          たかね② 
          いい雰囲気

入り口には石臼挽きの器械が置いてあり、そこから挽きたての十割そばを提供する。昼どきはとっくに過ぎているので、客は少ない。カウンタ席が11~12席ほど。右側が板場になっていて、場所柄もあるのか、渋い高級感もある。BGMはモダンジャズ。券売機で、定番の「天ぷらそば」(税込み600円)を押した。
          たかね1  
          天ぷらそば、登場
          たかね2 
          器もシャレている

これが絶品としか言いようのない代物だった。十割そばのためか、立食いにしては時間がかかる。時間にして6~7分ほど。呼ばれて渡し口まで行くと、黒と赤の漆器ドンブリに大きな、いい揚げ色のかき揚げが屹立していた。ポエム。下のそばが見えない。

このかき揚げが秀逸で、カラッとした歯触りがつゆに浸っていてもグズグズにならない。玉葱、人参、ニラ、小海老・・・それにイカゲソがさり気なく織り込まれている。
          たかね⑦ 
          この壮観

二度揚げしているそうで、その食感の素晴らしさは、村長がこれまで食べたかき揚げの中でもベスト5に入る(柔らかいかき揚げの好きな人には合わない)。細切りしたイカゲソの食感が絶妙な効果を生んでいる。ほのかに塩味が付いていて美味。奥能登の秘伝の塩を使用しているとか。
          たかね11 
          このこだわり
          たかね12 
          国産十割とは

穏やかな、かつお・さば節の出汁の効いたつゆも立食いのレベルを超えていると思う。十割そばは平打ち太麺で、思ったほど黒くはない。ボソッとしたやや固めの歯ごたえで、そばの風味が確かに口中を駆け巡る。本音で言うと、少し疑っていたが、「国産十割蕎麦」というのもうなずける。
          たかね5 
          江戸の粋?

600円という舌代は、そばよしやよもだそばなどと比べると高いが、食べ終えるとその満足感が疑念を上回る。立食いと一括りにして言っていいのか、とさえ思ってしまうほど。ボリュームも満足のレベル。オープンしたのは3.11のあった2011年4月だが、店名を「蕎麦まえだ」から「たかね」に変えている。高値の蕎麦・・・などではない。立食いのレベルがここまで来ている、そのことを実感させられる、東京の隠れた名店の一つだと思う。

本日の大金言。

立食いの世界(屋台)は江戸時代からの伝統でもある。一方に高級化したそば屋があり、一方に江戸からの伝統の「屋台そば」がある。その中でもチェーン店と個店がある。個店の立食いには志を感じる。



                 たかね13 

炎天下「あずきかき氷」に並ぶ

 東京・浅草演芸ホールに行ったついでに、あまりに暑いので、かき氷を食べたくなった。個人的にかき氷は「あずき」に限る。

浅草にはいい店が多い。どこに行こうか、迷った末に「浅草浪花家」の五文字が頭上にぴかぴか浮かんだ。考え方一つで炎天も悪くはない。かき氷が美味くなる。
          浪花家① 
          本日も行列

国際通りに出て、京阪ホテル方面へと向かうと、行列。むろんアリさんの行列ではない。ざっと見たところ17~8人。基本的に行列は嫌いだが、猛暑の中、げんなりしながら待つのも悪くはない。「浅草浪花家」はこの時期はたい焼きよりかき氷に人が群がる。浪花家は今やかき氷の名店にもなっている。客の半分以上が若い女性で、カップルも多い。つまり今どきの光景。
          浪花家② 
       待てば海路の日和あり

席数が少ないので、待ち時間が長い。結局、炎天下1時間近く待つことになった。汗が毛穴から噴き出している。ポエムな状況とも言える。

浅草浪花家がオープンしたのは平成22年(2010年)。たい焼きの元祖と言われる、麻布十番「浪花家総本店」から暖簾分けされた形。当初はメニューにかき氷はなかったが、翌年にはラインナップに登場している。現在のふわふわ山盛りかき氷ブームの草分けの一つでもある。
          浪花家④ 
          メニューの一部

「宇治金時」(税込み700円)も頭をかすめたが、ここはやはり原点の「あずき」(税込み600円)に限る。浪花家のあんこは好みに近い。600円という舌代も最近の異常高値から見ると、良心的だと思う。あっ、もう一つ・・・トッピングで「つぶあん」(プラス100円)を頼むことも忘れてはいない。
          浪花家⑤ 
         絶景かな~

テンコ盛りのふわふわあずき氷がやってきた。見事な景色。富士山の頂上には粒のしっかりしたあずきがゆったりとテカっている。横には別皿のあずき。それに砂糖水もしっかり控えている。「甘さが足りなかったら、お好みでこのシロップをかけてください」(女性スタッフ)。いい心掛け。
          浪花家⑧ 
          天国に近い場所

氷のふわふわ感と歯に滲みない柔らかさが心地いい。氷は「氷屋さんの純水の氷を使ってます」とか。スプーンで崩しながら食べ進むと、中央部にあずきの層が現れた。うむ。底にもあずきの海。つまり三層のあずき! あずき氷のトリプルクラウン! こうでなくっちゃ。
          浪花家⑨ 
          驚きの三段構え

浪花家のあんこは粒がしっかりしていて、それでいて中身が実に柔らかく炊かれている。大納言小豆のように見えるほど、粒つぶが大きい。甘さがかなり抑えられ、塩気が効いている。8時間銅釜じっくり炊いてます、というのもあながちウソではない。
          浪花家10 
          あずきの秀逸
          浪花家2 
          たまや~
          浪花家6  
          究極のあずき氷

小豆は北海道十勝産、砂糖は上白糖(以前聞いたときにそう言っていた)。トッピングのあずきを加え、さらにシロップを回しがけしながらどんどん食べ進む。目を閉じると、天国が近づいてくる。これほどのあずき氷はそうはないと思う。目白の「志むら」と双璧ではないか。

すっかり食べ終えると、結露で曇ったガラスの器の向こうに行列が見えた。こちらは天国、向こう側は炎熱。もっとも今だけ天国だが。お土産にたい焼きを買おうか迷った。ほとんどビョーキだよ。

本日の大金言。

天国は長続きしない。求めても来るものではない。今を楽しむ。禅の極意の一つ。だが、なかなかうまくいかない。あずき氷と煩悩は似ている気がする。






                   浪花家7 




原新宿「大衆食堂のカレー」

 カレーライスかライスカレーか。神田神保町「まんてん」のライスカレーは昭和の匂いのする、ライスの上にカレールーがたっぷりとかかった正統派ライスカレーだった。創業が昭和56年(1981年)と思ったほど古くはない。

所用で久しぶりに新宿に出たついでに、JR新宿東南口を降りて、知る人ぞ知る大衆食堂「長野屋」で遅いランチを取ろうと思った。ここのカレーライスがこれまた輪をかけて「昭和」なのである。そこだけセピア色。
          長尾廼家1 
          新宿歴102年

創業が驚くなかれ大正4年(1915年)。ある意味、新宿の主みたいな大衆食堂。この年、京王線(京王電気軌道)がようやく新宿に乗り入れている。たった102年前のこと。
          長野屋③ 
          たまりまへん

102年後。時代に抗い続けているような、古いビルの一階(自社ビルでもある)。入り口の煤けたようなサンプルケースもポエム。猛暑の中、紺地の暖簾をくぐって、中へ。雑多な活気。昼からビールをあおるサラリーマン3人組、お水風の若い女性、競馬新聞片手のオヤジ・・・煙草の煙も違和感なく立ちのぼっている。
          長野屋④ 
       国際都市のメニュー

メニューの数は多い。水が来ると同時に、目的の「カレーライス」(税込み620円)を頼んだ。「カツカレー」とともに、この店の裏名物。つい最近、100円値上げしたようだ。けしから・・・と言いかけて、おばはん店員と目が合って、次の言葉を飲み込んだ。この店の歴史を考えれば、620円でも許される・・・と思う。
          長野屋⑤ 
          正座して食え

目の前には水の入ったコップとステンレスのスプーン。10分ほどの待ち時間で、白い磁器皿に乗ったカレーライスがやってきた。ここはカレーライスではなく、ライスカレーだろう、そう言いたくなったが、またおばはん店員と目が合ったので、言葉を飲み込んだ。
          長野屋⑦ 
          平身低頭?
          長野屋⑥ 
          あるようでない世界

懐かしい黄土色のカレールーが全面を覆っていた。福神漬けがちょこんと隅に置かれている。見た目は神保町「まんてん」とよく似ている。時代を考えると、神保町の方が真似したのかもしれない。

まずはひと口。ねっとりとした、コクのある甘めのカレールーで、玉ネギがじっくりと煮込まれているのがわかった。多分、甘さは玉ネギから来ている。豚肉は小さ目のものが脂身を付けたまま隠れている。白い脂身がお宝のように輝いている。
          長野屋⑨ 
          コクと甘み
          長野屋10 
          豚肉もあるでよ

ライスは柔らかめで、シンプルなルーと絶妙に合ってる。スパイシーな辛さはない。素朴なコクが口内に残る。ボリュームは思っていたほどはない。
          長野屋11 
          昭和の絶品

あっという間に平らげる。ボリューム的には大盛りかカツカレーにした方がよかったかな、という思いがよぎった。支払いの時に、おばはん店員とまた目と目が合ったので、一言二言。笑うと愛らしかった。
          長野屋13 
          残りの福?

「カレーは自家製でしょ?」
「もちろんよ。物凄い量の玉ネギを入れて煮込んでるよ。カレー粉は銀座ナイルのものを使ってる。だから旨いんだ、フフフフ」

おばはん店員の口元から白い歯が見えた。赤い口紅が、そのまま戦後の新宿の魅力につながっているようだった。

本日の大金言。

ライスカレーかカレーライスか、一緒に盛られたのがライスカレーで、別々に盛られたのがカレーライスとも言われる。だが、戦前はほとんどライスカレーだったようだ。昭和39年(1964年)東京オリンピックあたりから、「ライスカレー=ダサい、カレーライス=シャレている」に変化していったという説もある。ただライスカレーがほとんど死語になっているのが面白い。


                  長野屋12 

山車祭りと絶妙「イカ天丼」

 謡曲ご老公から「久喜提燈祭り 天王様」に誘われ、埼玉・久喜市へポンコツ車を走らせた。ニッポンの夏はええのう。昼は七基の人形山車が出て、夜は提燈(ちょうちん)山車となる。京都・祇園祭にはとてもかなわないが、知る人ぞ知る関東でも有数の山車祭りである。
          久喜提灯祭り④ 
        祇園祭ではありません
          久喜提灯祭り③ 
          ポエムやで
          久喜提灯祭り⑤ 
          いい眺め

ひと昔前、夜の提燈山車は見たことがあるが、昼の人形山車は初めて。七基の山車が狭い市内を勇壮に巡る。観光客も多く、古式にのっとって氏子と半纏(はんてん)姿の老若何女が山車を引く。フトコロ事情で祇園祭に行けないが、これはこれで楽しめる。何故か美女が多いのもありがたい。
          そば処柳屋① 
          いい店構え

ご老公の行きつけの蕎麦屋でランチとなった。久喜駅西口前の「そば処 柳屋」。久喜では老舗のそば屋で、百年以上の老舗とか。いい雰囲気の暖簾をくぐると、地元の顔役やら観光客らがビールを飲みのみ、デカい声で盛り上がっていた。クルマなので飲めないのがグヤジイ。
          柳屋② 
          コスパ、マル

ここの「おすすめ」、「イカ天丼」(税込み650円)を頼むことにした。そば屋のどんぶりは実はハズレが少ない。そばよりも旨いこともある。ご老公はざるうどん。「揚げ物は時間がかかりますよ」と女性店員。「かまいませんよ、いくらでも待ちますよ」と村長。

あちこちで「遅いなあ。日が暮れちまうよ」ブーイングが聞こえる。お祭りの日のそば屋はこういうもんだと納得。20分ほど待たされて、「イカ天丼」がやってきた。みそ汁と白菜の浅漬け付き。
          柳屋⑤ 
          絶景かな
          柳屋⑥ 
          美味の山

この「イカ天丼」がスグレモノだった。デカめのイカ天が4つ、どんぶりを覆っていた。さらにナスとピーマン。見るからにカラリと揚げられていて、タレのかかり具合が「おぬし、できるな」と語り掛けたくなるほどのレベル。甘辛のいい匂いが「わっしょい、わっしょい」と立ち上がってくる。
          柳屋10 
          コロモとイカ
          柳屋11  
          思わず絶妙・・・

見た目通りの味わい。コロモのカラッとした歯ごたえと、厚めのイカが実に柔らかい。紋甲イカだと思う。タレはやや甘めで、味りんの風味が口中から鼻腔へと抜ける。味りんをもう少し抑えた方が好みだが、これはこれで悪くはない。口内もお祭りに突入。
          柳屋13 
          当たり

ご飯はほどよい固さで、タレのかかり具合が絶妙。みそ汁と白菜の浅漬けは控えめで、主役のイカ天の引き立て役に徹している。ナスとピーマン天も控えめ。計算されたワザ。ここにも職人がいる。
          柳屋14 
          意外な発見
         
どんどん箸がすすむ。途中、七味をかけて、さらに風味を楽しむ。食べ終えると、結構お腹がきつくなった。大いなる満足感。かような場所で、かようなスグレモノどんぶりに出会ったこと。この内容で650円という舌代にも脱帽。謡曲ご老公と天王様に心の中でお礼を言うことにした。

本日の大金言。

「久喜提灯祭り 天王様」は天明3年(1783年)、浅間山が大噴火したとき農作物が全滅したことで社会不安が広がり、豊作を祈願したことが始まりとか。234年の歴史がある。お祭りには深い祈りがある。平成29年も気になる。



                                                               柳屋15 

「十割霧下そば」の満足度

 3年前の夏、戸隠そばで人気の行列店でぼっち盛りを堪能したときに、「あんな遠くまでわざわざ行列をしに行くより、長野市内にいいそば屋が一杯ありますよ」と妙な忠告を受けた。忠告は素直に受けるのが村の流儀でもある。

で、今回。長野市内で「お代官様、美味いそば屋を教えてくだせえ」と5人ほどに聞いてみた。観光案内所、ホテルのフロント、それに品のよさそうな眼鏡のおばはん3人組。その結果、駅前の「ぼっち」と「大善」がよさそうだった。

だが、「ぼっち」はその日は貸し切り。で、大通りを善光寺に向かってトボトボ歩くことにした。牛ではなく、蕎麦(そば)に引かれて。汗が毛穴から吹きだしている。炎天下は歩くに限る。時刻は午前11時すぎ。
          大善① 
          霧下そば十割!

その途中、右手に「十割そば 大善(だいぜん)」の看板が見えた。レトロな店構え。信濃町産「霧下そば」の文字も見えた。そばの中でも最高峰に位置する「霧下そば」。時間が早いせいか、行列はない。すぐに暖簾をくぐることにした。
          大善② 
          いい雰囲気

店内は暗めで、清涼な活気に満ちていた。善光寺の参道で、観光客も多そう。客がどんどん増えてきた。普通なら期待できそうもない場所だが、これが高レベルの十割そばだった。
          大善6 
          メニューの一部

並盛が600円(税込み)とかなり安め。少し迷ったが、数量限定の「二色盛り」(同850円)を選んだ。待ち時間は10分ほど。板そばのような木の器がいい。そこに十割そばと更科そばが小さな山を作っていた。つゆと薬味のネギ、それに漬け物が添えられていた。蕎麦はかなりの細打ち。シンプルでいい景色。
          大善1 
          限定二色そば
          大善⑤ 
          そばの香り

まずは十割霧下そば。つゆを付けずに口中に運ぶと、冷たい素朴な風味が風を作った。寒暖の差の激しい黒姫山山麓で育った霧下そば。十割なのでコシというより、凝縮した歯切れ。少しの間その風味を楽しんでから、つゆにスッと付ける。
          大善⑦ 
          十割そば
          大善4 
          絶妙な調和

甘すぎず辛すぎず。つゆの美味さに舌鼓。聞くと、三か月熟成させたかえしだそうで、鰹の出汁がじわりと効いている。

一番粉を使った白い更科そばは、きれいな風味が清流を思わせる。個人的には挽きぐるみが好みだが、この更科の洗練はこれはこれで悪くない。
          大善11 
          更科そば
          大善5 
          清流の一番粉

見た目は量が少なく見えるが、山となっている分、見た目以上にボリュームがある。そば処信州には美味しいそば屋が数多くあるが、この信濃町の霧下そばもかなりのレベルだと思う。戸隠のぼっちそばとはまた違う静かな感動。
          大善12 
          そば湯の旨み

帰り際、若い店主と雑談したら、店は平成14年創業で「まだ15年ほどです」とか。「大善」という店名は「父が大相撲の大善と関係があったことと、善光寺と大門から二文字を取って付けた」そう。すがすがしい気分で外に出る。頭上の炎天。もう一軒行こうか、ソフトクリームでも食べようか、大いに迷う。善光寺に詣でてから、考えようっと。

本日の大金言。

信濃町は小林一茶の出身地。青梅に手をかけて寝る蛙かな。腹に手をかけて昼寝の迷い猫(豚児)。





                  大善13 


池田満寿夫とクリーム栗あんみつ

 何ということだ。信州・松代にある「池田満寿夫美術館」がこの7月いっぱいで閉館してしまうとは。理由は入場者数の激減など経営上の都合のようだ。ファンでもあり、ほんの少しだが、仕事でかかわったことのある村長としては悲しすぎる。

竹風堂松代店の敷地内に開館したのが1997年(平成9年)。この年の3月8日、池田満寿夫は突然のように63年の生涯に終止符を打った。死因は愛犬に飛びつかれて転倒、そのまま天国へと旅立った・・・などと伝わったりもしたが、実際は少し違うようだ。少し前に脳こうそくで倒れて、入院生活を繰り返していたらしい。竹風堂の先代が池田と交友があり、その縁で亡くなったその年に開館している。
          池田満寿夫美術館⑥ 
      閉館する「池田満寿夫美術館」

つまり今年は没後20年。その記念の年に閉館とは。今回の信州の旅の大きな目的の一つが、「池田満寿夫美術館」だった。入り口のポスターには没後20年の企画展が「~12月5日(火)」となっているくらいで、閉館は突然の出来事だったことがわかる。
          池田満寿夫美術館① 
          悲しい入り口

それにしても稀代の才能・池田満寿夫の名前が功績以上にフェードアウトされていくのはなぜか? 遺作となった「美貌の青空」を観ながら、今だ正当に評価されない(と思う)、その無念の思いを想像する。芸大に三度も落ち、最初に認められたのは日本ではなく、海外だったこと(ビエンナーレ展版画部門国際大賞)など。

青空にすら濃厚なエロスを投影するMASUOの視線を想いながら、「竹風堂松代店」の暖簾をくぐる。客は少ない。竹風堂は小布施に本店があり、栗菓子の老舗として知られている。
          竹風堂① 
          竹風堂松代店

暑かったこともあり、「クリーム栗あんみつ」(税込み777円)を頼むことにした。これが予想以上の絶品だった。以前、小布施本店で「栗あんしるこ」を賞味したことがあるが、それよりもこちらの方が気に入った。
          竹風堂② 
          これこれ
          竹風堂③ 
          ええのう
          竹風堂④ 
          向こう側のエーゲ海
          竹風堂⑤ 
          ポエム!

寒天、果物、求肥(ぎゅうひ)はフツーの美味さ(洗練されている)だが、国産栗を使った主役の栗あんと蜜煮した大栗が秀逸。素朴な甘さといい栗の風味といい「小布施堂」といい勝負だと思う。

自家製のアイスクリーム(バニラ)がいい出来で、その冷たい新鮮な風味が鼻腔へと抜けていく。栗あんとの相性もいい。意外だが、小さ目の赤えんどう豆の塩気が、目立たないところで全体を引き締めている。
          竹風堂⑦ 
          秀逸な栗あん
          竹風堂⑧ 
          飛び込みたい
          竹風堂⑨ 
        秀逸なアイスクリーム
          竹風堂10 
          寒天のエロス

突然、池田満寿夫が甘党だったか、気になった。「コロンブスの卵焼き」(目玉焼きに上からソースをかけただけのドンブリ)など、自分でもユニークな料理を楽しんだことは知っているが、甘党だったかどうか。栗あんみつを食べたかどうか。「池田満寿夫美術館」の運営会社でもある竹風堂に聞いてみた。あまりにおバカすぎる展開だが。
          竹風堂13 
        MASUOはいずこへ?

「さあ、そこまでは知りません。特に聞いたこともありません」

何ということだ、池田満寿夫が遠い。青空が目に染みる。だが、村長は確信している。いつかMASUOが再評価される、と。「日本で」を超えて、世界で。

本日の大金言。

今回は「池田満寿夫に捧ぐ。」になってしまったが、書店に行ってもほとんど絶版。版画はもちろん、陶芸、小説、映画とピカソを思わせる世界を切り開いた一人の筋金入りの、多彩な芸術家をどうか忘れないでほしい。一ファンより。



                 竹風堂14

驚きの発見「チャボかつ丼」

 東京・三鷹時代の友人たちと一泊温泉旅行へ。夜遅くまでドンチャン騒ぎでへろへろ。翌朝、二日酔いのまま、信州・下諏訪まで足を運んだ。

目的の一つは塩羊羹の元祖「新鶴屋(しんつるや)」。ここでしか買えない塩羊羹で、以前知人からいただいた折、そのグレーグリーンの姿とあまりの美味さに腰を抜かしそうになった。で、これは店まで行くっきゃない、となったわけである。
          諏訪大社秋宮 
          諏訪大社秋宮

そのレポートは後日として、今回テーブルに乗せるのは、下諏訪駅からすぐのところにある「食堂 チャボ」。今回の小旅行で最大の発見が、この小さな食堂である。かような場所にかような食堂が存在していることに、うれし涙が数滴出かかったほど。アルコールが混じった涙だが。
          食堂チャボ① 
          いい食堂の気配

下諏訪駅を出て、諏訪大社下社秋宮へ歩き始めたら、すぐ右手に、何とも言えないセピア色の食事処が見えた。夕暮れ前。それが「食堂 チャボ」だった。通り過ぎてから気になって、引き返し、黒地の暖簾をくぐると、白衣の老夫婦がいた。

「すいません。昼はもう終わって、夜は5時からです。あまり長い時間はやってませんけど」(女将さん)
           
当たりの予感。で、夕方6時過ぎに再訪。テーブルが三つほど。壁にはメニューの木札が下がっている。品数は多くはない。小さいながら、隅々まで神経が行き届いた、こだわりの店と感知できた。客は他に家族連れが一組だけ。
          食堂チャボ② 
          メニューは多くない
          食堂チャボ③ 
          隠れ名店?

創業は昭和46年(1971年)とか。ポークのソースかつ丼にも惹かれたが、一番人気という「チャボかつ丼」(税込み750円)を頼むことにした。

「チャボ」という店名からチキンが目玉の食堂。チャボかつとは、チキンカツのことだとわかった。つまりはチキンカツのソースかつ丼。注文と同時に奥の厨房で、トントンという音とともに、油で揚げる軽やかな音が聞こえてきた。
          食堂チャボ④ 
          言葉がない

待ち時間は15分ほど。見事な、甘辛の自家製ソースにくぐらせた、揚げたての巨大チキンカツがドンブリを覆っていた。ひと目で本物、とわかった。いい匂いが立ちのぼっている。その下にはキャベツの千切りが見える。豆腐のみそ汁と、キュウリの浅漬け。隙がない。
          食堂チャボ⑤ 
          美味の山
          食堂チャボ⑥ 
          このボリューム

最初のひと噛みで、そのコロモのカラッとした歯ごたえ、ソースの絶妙、肉の柔らかさ、肉汁の余韻・・・すべてが1.2倍の美味さ。炊きたてのご飯は柔らかめで、タレのかかり具合がほどよい。肉の厚さは1センチほどで胸肉中心だが、柔らかくて上質。食べながらため息が出るほど。
          食堂チャボ⑧ 
          静かな感動
          食堂チャボ11 
          まさかのソースかつ丼
          食堂チャボ12 
          どんどん食べ進む
          食堂チャボ14 
          プロがいる

静かな感動が波のように舌から全身へ。妙な例えだが、地方の草相撲を見に行ったら、大関高安が相撲を取っていたような、そんな感動と言ったらいいのか。

キュウリの浅漬けの美味さも書いておきたい。意地悪な目線でアラ探しをしたが、残念ながら見当たらない。かような場所に飛び切りの老いたプロがいる。憑かれたように箸がすすむ。イッツ、オートマチックだよ。参りました。
          食堂チャボ10 
          恐るべき一品

食べ終えると、老店主にひと言、お礼を言いたくなった。

「チキンはチャボですか?」
「チャボは固すぎて使えないですよ。フツーの鶏肉です。元々はチキンソースかつ丼って言ってたのに、いつのまにかお客さんがチャボかつ丼って言い始めて、それが定着したんですよ。誤解する人が多いですけど(笑)」

「感動しました。長野は駒ヶ根のソースかつ丼が有名ですけど、下諏訪にこういう店があったとは、想像だにしてませんでした。恥ずかしながら」

「昔からずっとこのメニューです。常連さんが付いてくれて、それで何とかこの年まで続けて来れました」

中央ばかり見ていると、世の中を見間違う。諏訪大社とともに、こちらの神様にもそっとかしわ手を打ちたくなるのだった。

本日の大金言。

地方にはいい店が隠れている。中央より地方。そこにいぶし銀が埋まっている。口先だけのアベノミクスより、舌先のアジノミクス。



                  食堂チャボ15 



銀座木村屋を超える?桜あんぱん

 本日はあんぱん好きのおバカなお話。

5年ほど前、東京・有楽町駅前にあるアンテナショップ「むらからまちから館」(交通会館1F)で、この桜あんぱんと出会い、そのあまりのボリュームと美味さに驚いた。で、翌週、本店のある栃木・佐野までポンコツ車を飛ばした。ナカダの桜あんぱん。風にはためくノボリに心意気を感じた。

当時は1個120円で、ほんのり塩気のあるこしあんを酒種のパン生地がふっくらしっとりと包んでいた。それにさくらの香り。「銀座木村屋を超えてる」とまで思った。木村屋と同じ、酒種で発酵させたパン生地、北海道十勝産小豆を使用したこしあんの圧倒的な量と美味さに素直に脱帽した。へその部分に塩漬けの桜の花びら、というのも木村屋を連想させた。
          ナカダ 
          ナカダのパン!

そのナカダが店をリニューアルさせたと聞いて、久しぶりにポンコツ車を飛ばした。佐野という地方都市にかようなあんぱんが存在することに、ある種の希望を見出していた。むろん個人の勝手な思い込みかもしれない。

5年前の思いは悲しいかな、色褪せていた。店はきれいになって、この5年間で、ナカダのあんぱんはTVや雑誌などでも取り上げられ、それにつれて、販路も拡大したようだ。めでたいことには違いない。
          ナカダ1 
          ときめき
          ナカダ③ 
          あれっ?

価格が1個144円(税込み)になっていたのは時勢で、仕方がない。だが、残念なのはひと回り小ぶりになっていたこと。ボリュームも大きな武器だと思うのだが。
          ナカダ⑥ 
          高いレベル
          ナカダ⑨ 
          いい匂い
          ナカダ⑧ 
          もっちり感
          ナカダ11 
          愛が割れる

フツーに食べれば、フツーに美味い。並のあんぱんよりも美味い。ここは押さえておきたい。だが、以前の感動が来ない。あのローカルの星、とまで思った桜あんぱんはどこへ? シェーン、カムバック・・・正直に言うと、そんな心境に陥った(古すぎる)。
          ナカダ13 
          こしあんと生地
          ナカダ14 
          夢の残り

「商売だから仕方ないでしょ。第一、私が思うに美味さは変わらないわよ。村長の舌がヘンなのよ」
「かもな。でも確認の意味で佐野のグルメ知人に電話してみたんだ。彼も確かに昔より小さくなったと言ってたよ。ま、ナカダは今や関東でも人気の店になったからね。仕方ないよって笑ってた」

昔むかし、銀座木村屋の桜あんぱんを凌駕する、とまで書いた村長としては、ここはひと言小さな声で訂正しなければならない。まだ銀座木村屋の桜あんぱんを凌駕する可能性はゼロではない、と。複雑な心境だが、ハローグッバイ・・・5年間の愛をこめて。

本日の大金言。

彼は昔の彼ならず。あんぱんも昔のあんぱんのままではない。進歩か退化か、それは「見えざる神の手」が決める、なんてね。







             ナカダ10 




「日本一親子丼」の味わい

 東京・永田町で利根川会議があり、その合間を縫って、久しぶりに赤坂周辺をうろつくことにした。時間が思っていたほどない。それに空模様が怪しい。蒸し暑さで体中がべとついている。台風が近づいている。

さすが赤坂、美味そうな店が多い。チャーハンの名店に行こうと思ったが、ちょうど昼時で長い行列。こんな日は行列はごめんだ。みすじ通りの途中で、「日本一親子丼」の立て看板が見えた。日本一親子丼だって? そのあざとさが気に入った。
          はやし 
          うーむ

ノボリまで立っていた。「すみやき料理 はやし」。赤坂山王会館ビルの4階。狭いエレベーターで上がることにした。有名店のようで客は多い。だが、午後1時近くなっていたためか、並ぶほどではない。

まさかの世界。赤坂の中心部の小さなビルの4階にかようなレトロの世界があるとは。調べてみたら、「すみやき料理 はやし」は創業が昭和39年(1964年)、つまり東京オリンピックがあった年。半世紀を超える歴史。
          はやし② 
          まさかの世界

ランチメニューは「親子丼」のみ。それも「少なめ」850円、「普通盛り」950円、「大盛り」1050円から選ぶ。恐るべき強気の一本勝負。赤坂という場所柄を考えると、それほど高くはない。

岐阜・飛騨高山の古民家を移築したという室内は、囲炉裏があり、自在鉤(じざいかぎ)が下がり、天井のすすけ具合も時代劇のセットのよう。ビッグハットのTさんもこっそりここに来ているに違いない。
         はやし13 
         ここは飛騨高山?
         はやし③ 
         お新香と鶏スープ

冷たい麦茶をガブと飲んでから、「普通盛り」(税込み950円)を頼んだ。待ち時間は12~3分ほど。まずお新香と鶏スープが来て、いい匂いとともにメーンの「日本一親子丼」がやってきた。陶器のドンブリ。
          はやし⑤ 
          ときめき

蓋がないのがやや残念(丼物は蓋を取る時の楽しみがある)。だが、ふわとろ卵のまんだら模様はマル。中央に張りのある色味の濃い生の卵黄が乗っていた。ふわとろの海に小さめの鶏肉がコロコロ隠れているのがわかる。ネギと三つ葉、それに刻み海苔。色彩の濃淡が悪くない。
          はやし⑥ 
          レベルの高さ

鶏スープをひと口飲んでから、木匙でグイと掬うと、いい匂いと湯気が立ち上がってきた。炊き立てのご飯がやけに白い。人形町「玉ひで」のような過剰なつゆだくではない。それを口に運ぶ。      
          はやし⑦ 
          ご飯のツヤと白さ

味付けは濃いめ。甘すぎないのがいい。鳥肉は胸肉が多く、弾力から見て、ここの売り物の大和鶏ではないと思う。フツーに美味い。卵の黄身を崩す。ドロリとした鶏の夢が痛ましく流れ出す。それが味わいにさらに滑らかさを加える。痛ましいけどポエム。
          はやし⑨ 
          ポエム
          はやし10 
          鶏肉がコロコロ

卵は多分3個使っている。ご飯が意図してだろうが、固めに炊かれている。鶏スープはあっさりし過ぎていて、もう少し深味が欲しい気がする。お新香はフツーの美味さ。ボリュームは多くもなく少なくもなく、ちょうど良い。大食漢は大盛りを頼んだ方がいいかもしれない。
          はやし11 
          胸肉?

全体としてレベルの高い親子丼だとは思うが、茅場町「鳥ふじ」や新橋「末げん」と比べると、それを超えているとは思えない。「日本で二番目の親子丼」くらいにしとけば、ユーモアもあっていいと思うのだが。おばさんスタッフの対応はとてもいい。「千住で二番」の北千住「大はし」の大将の顔が浮かんだ。帰りに途中下車しようかな。

本日の大金言。

親子丼の元祖は人形町「玉ひで」というのが定説。明治中期に、客がしゃも鍋の残りをご飯にかけた食べたのが始まりと言われているが、当初はメニューには出さなかったらしい。あまりにがさつだったため。それが今や丼物の中心の一つにまで出世している。賄い料理がブームになるなど、敷居の低い料理に案外旨いものが多い。



               はやし12 








「本棚カフェ」の森に沈む

かつて絹織物の街だった桐生からの帰り、古都・足利に立ち寄ることにした。目的は「カフェ杏奴(あんぬ)」

東京・新宿区下落合にあったカフェで、3年ほど前に故郷の足利に移転。いわばUターンカフェだが、「杏奴(あんぬ)」という店名は森鴎外の次女の名前。ちなみに長女は作家の森茉莉(もりまり)。店主が森鴎外のファンのようだ。
          杏奴 
          東京⇒足利物語

市の中心部通り2丁目(旧国道50号線)沿いへ。古いビルの一階に「カフェ杏奴」と書かれた白いスタンド看板が見えた。アンティークないい雰囲気。店構えから、どこかヨーロッパの小さな町の匂いが漂ってきた。
          杏奴① 
          よき文化の気配

今回テーブルに乗せるのはここで食べた「謹製ポークカレー」。「謹製(きんせい)」とはあまりに懐かしい言葉。「心を込めて丁寧に作りました」という意味。店主は言葉の感覚に優れているようだ。

入り口はそう大きくはないが、一歩店内に足を踏み入れると、長くて奥行きのあるユニークな空間。意外に広い。両側が書架(本棚)になっていて、そこに全集などの古本がずらりと並んでいた。ビートルズ本や平凡パンチも表紙も見える。中央の広いスペースにゆったりと木のテーブルがいくつか。目を閉じると本棚の森の中にでもいるような気分。
          杏奴④ 
          まさかの世界
          杏奴1 
          落ち着く
          杏奴③ 
          メニューの一部

時計の針が1970年代のまま。趣味のいい仕掛けがさり気ない。コーヒーのいい香りがかすかに流れている。村民2号の小鼻がぴくぴく動いた。気に入った時のシグナル。

感じのいいママさんに「ポークカレー」(税込み700円)を頼んだ。村民2号は「チキンカレー」(同)。コーヒー(プラス200円)を頼むのも忘れない。自家製黒みつ寒天付き。自家製マドレーヌも頼もうと思ったが「すいません。売り切れちゃいました」。
          杏奴⑤ 
         ポークカレー、登場
          杏奴⑥ 
          空から森へ

12~3分ほどの待ち時間で「ポークカレー」がやってきた。ミニサラダと自家製福神漬け・ラッキョウがきれいに盛りつけられていて、小さな器もシャレている。
          杏奴⑦ 
          丁寧なカレー

ポークカレーはママさん手づくりの欧風カレーで、豚三枚肉と玉葱がいい具合に煮込まれている。ルーは緩め。ライスとともに口に運ぶと、やや甘めだが、スパイスがかなり効いている。ボリュームはほどほど。飴色の多めの玉葱が特に気に入った。絶妙な煮込み方。
          杏奴⑧ 
          スパイシー
          杏奴⑨ 
          秀逸な玉葱
          杏奴10 
          あーんぬ

「チキンカレーはかなりのものよ。ポークカレーよりも当たりかも(笑)。ミニサラダも美味。福神漬けとラッキョウが薄切りで、これも気に入ったわ。ボリュームも女性にはちょうどいい」
「食後のコーヒーは?」
「ネルドリップで淹れた、本格的なものよ。さすが足利ね。こんないいカフェが隠れていたとは」
「マドレーヌが売り切れていたのがちょっと残念。次回はそれを食べなきゃ」
          杏奴14 
          自家製黒みつ寒天
          杏奴15 
          コーヒーの味わい

隣りの席の着物姿の美女が面白い人たちで、趣味で和服を着て、街を歩いているそう。しばし雑談。一人はシンガー、一人は陶芸家でもあり、偶然の出会いとはいえ、改めて古都・足利の奥の深さを思い知らされたのだった。

本日の大金言。

1970年代はまだ紙の時代だった。インターネットなど欠片もなかった。その数十年後に情報の伝達が紙からデジタルに大きく変化するなんて誰が予想しただろう? 手ざわり感が仮想の世界へ。コンピューターに支配される世界。人類はどこに向かっているのか。たまには本物の手ざわりの文化に沈んで、目を閉じて自己確認するのもいい。




プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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