目算が狂った「鯖寿司」最高峰の夜

「京都に来たら、末廣の鯖寿司は外せませんな。ちょっと値段は張るけど、それだけの価値は十分あります」
京にお住いのグルメ目利きの調布先生がかつてこう言ったことがある。
「でも、買ったその日に食べてはいけませんよ。一日置いてからの方がうまくなる。でも、鯖は足が速いから気を付けなされ。イッヒッヒ」

         末廣ノレン 
         日本の鯖寿司の頂点

「末廣」は江戸時代は天保年間に創業。鯖寿司の最高峰として、京都の沈み込むような闇の中で「創業当時のままの製法」を守りながら、「京寿司」の灯りを点しつづけている。このところ財政事情が緊迫しつつある彦作村長と村民2号は念のためにガイドブックを見て、値段をチェック。「さばずし 1850円」と書かれていた。3000円は覚悟していたが、1850円! 村長と村民2号は手を取り合って、すぐに予約の電話を入れた。「1本、お願いしまーす。夕方の6時に取りに伺いまーす」。

その日の夕飯は、どこか居酒屋にでも入って、おばんざいを楽しむつもりだった。
「夕飯は予算は3000円まで。お銚子は一本以内。わかってるわね」
宮仕えを終えて以来、村民2号の「無駄遣い撲滅運動」が厳しさを増している。村長の稼ぎが悪いので、それも致し方ない。末廣の鯖寿司は一日置いて、翌日の楽しみにするつもりだった。

                末廣③ 
        老舗のまさかの佇まい

寺町二条の「末廣」を探し当てる。ボーっとしていると通り過ぎてしまうほど、小さな店構え。入口に灯りが置いてあり、紺地に白抜き文字で「末廣寿司」と書かれたノレンが下がっている。いい佇まいだが、何だか下町の鯛焼き屋みたい。「いなりずし 770円」という実物のケースもどこか安っぽい。老舗の京寿司屋とはとても思えない。

「入口は狭くて質素、しかし奥が深い」
彦作村長が独り言のようにつぶやく。京都の知恵と伝統をここも守っているということなのかもしれない。
「村長、ちょっと変よ。さばずし3700円って書いてあるわよ。ガイドブックと違うんじゃない?」
「うむ」
中に入ると狭い空間の左手に小さな質素なテーブルが二つあり、右手が厨房のようだ。
「お待ちしておりました」
「おいくらですか?」
「3700円です」
「1850円では?」
「はっ? ああ、それは半分のお値段どす。店では半分でもお出ししてます」
「・・・・」
                末廣⑤ 
         一本3700円ナリ

空が落ちてきた。夕暮れなのに真っ暗だった。
「なんで、半分で結構ですって言わなかったのよ」
「予約しておいて、それはできないよ。それにしても何というバカ。末廣の鯖寿司がそんな値段で買えると思った浅はかさに付ける薬はない」
「もう、見栄っ張りなんだから。夕飯のおばんざいは中止。ホテルに戻ってこの鯖寿司で夕飯にしましょ」

頭を切り替えて、コンビニで一番安い冷酒を買って、調布先生も太鼓判の棒ずしを賞味することにした。よく考えてみれば、これこそ最高のぜいたくではないか? 目の前の見事な竹の皮にくるまれた鯖寿司を見ながら、茶碗に冷酒を注ぐ。
3700円分の思いを込めて、竹の皮をそっと開ける。見事な鯖の棒ずしが横たわっていた。鈍く青光りした鯖は厚い部分でゆうに1.5センチはあろうかと思えるほど。それが半透明な最高峰の昆布「求肥(りゅうひ)昆布」にくるまれている。見事な姿態と表現するしかない。少し前の松坂慶子みたい。

         末廣⑥ 
         鯖は読んでまへん

         末廣⑦ 
         なんという厚み、存在感

ひと口。酢と塩加減がほどよい脂の乗った鯖、やや甘めの酢飯、柔らかい昆布。うまいにはうまいが、最初の印象は酢と塩が効きすぎているかな、だった。日本酒でノドを洗い流しつつ、またひと口。次第に口の中で1+1+1が絶妙に溶け合ってきて、それが3になり、4、5となっていくのを実感する。鯖臭さがまったくない。  

「うまいわ。鯖の甘みと酢飯の甘さがこれだけマッチしているのは凄いと思う。これまで食べた鯖寿司とはひと味は違う。店の人は今日中にお召し上がりくださいって言ってたけど、調布先生の言葉を信じて、少しだけ明日まで取っておきましょ」
「そうしよう。全部で12切れあるから、3切れだけ取っておくことにしよう」

        末廣11  
        こちらは真ん中あたり

        末廣10 
        こっちは尻尾の方。薄い?

「だけど、醤油くらい付けておいてほしいなあ。電話で予約した時は付けておきますと言ってたのに。醤油好きの村長としては少し悲しい」
「私は醤油は付けない方がうまいと思うわ。でも、忘れるのはよくない。そこだけサバを読まれた」
「・・・・・」

翌日、取リ置いた3切れを賞味。調布先生のアドバイスは正しかった。味がまろやかみを増していた。足の速い夏はどうかと思うが、今の季節から冬にかけては一日置いた末廣の鯖寿司は絶品だと思う。
「ギリギリが一番うまいんです。フグの肝もぎりぎりだからうまい。危ないと紙一重のギリギリ。それが旨いものに対する義理と作法というもんです。ギリと義理は大事にしないといけませんよ。ヒッヒッヒ」
調布先生の茶渋のような声が、鯖寿司の中から聞こえてきた、ような気がして、彦作村長は大きなくしゃみを二つした。



本日の大金言。

海のない京都のなれずし文化はここまで洗練されている。末廣の鯖寿司。ガイドブックに鯖を読まれないようにすることもこっそり教えてくれる。


            末廣① 
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プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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