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「鈴木越後」直伝、江戸幻の羊羹

 今回の北陸巡りの最大の目的、幻の羊羹(ようかん)との出会いを忘れていた(笑)。詳しく書くと、かなり長くなるので、今回はほんのデッサン程度にしたい。ようかんにんやで。

煉り羊羹のルーツを求めて京都・伏見「駿河屋(するがや)」を訪ねたのは約1年半前。関白秀吉がその初代に作らせたという紅煉り羊羹の正体は、結局のところ、最後の最後までベールに包まれたままだった。

寒天を使った煉り羊羹が初めて登場したのは寛政年間(1789~1801年)の江戸・日本橋と言われる。喜太郎という和菓子職人が一般に売り出したところ、大評判を呼び、そこから煉り羊羹が江戸の人気和菓子になっていった。この喜太郎というお方、元は幕府の菓子司「鈴木越後(すずきえちご)」で修業を積んだ人らしい。
          鈴木亭② 
          幻の羊羹を求めて

さてさて、この「鈴木越後」こそ、煉り羊羹の最高峰だった。「江戸買物独案内(えどかいものひとりあんない)」(江戸時代のガイドブック)で料理屋も含めた美味いもの番付で「東の大関」にランクされている。当時は横綱の地位はなく大関が最高位だったので、つまりは江戸の美味いものナンバー1ということになる。「鈴木越後」の煉り羊羹は高根の花で、同じように格の高い「金沢丹後(かなざわたんご)」(幕府御用達の菓子司)の煉り羊羹でさえ、まがい物扱いされたほど。
          鈴木亭① 
          鈴木越後の直系

村長にとって、その「鈴木越後」の煉り羊羹は幻の羊羹だった。一体どんな味だったんだろう? タイムマシンでもない限り、それを賞味することは不可能・・・と思っていたが、羊羹を取材するうちに、その流れを汲む煉り羊羹が北陸・富山市に存在していることを知った。それが慶応2年(1866)創業の「鈴木亭」だったのである。
          鈴木亭⑤ 
          歴史の面影

ここの初代が江戸・日本橋の「鈴木越後」で15年間修業し、暖簾分け同様に「鈴木亭」の屋号をもらい、故郷の富山に戻り、直伝の煉り羊羹を作り、さらに独自の「杢目羊羹(もくめようかん)」を考案、売り出し、今も老舗として暖簾を下げているという情報を摑んだ。

すぐに電話したところ、たまたま五代目が電話口に出て、「昔のままの作り方という意味では、『枠流し』があります。鈴木越後の羊羹に近いかもしれません」とおっしゃった。その数日後、電車に飛び乗り、富山へ向かった、というわけである。
          鈴木亭④ 
          江戸が見える

途中省略。その「杢目羊羹 枠流し」(一棹700グラム 税別1300円)は想像を超えていた。当の五代目が多忙にもかかわらず、時間を取ってくれた。予想外の展開。

作り方は秘中の秘なんです。テレビが一度取材に来たときも作っているところはお見せしませんでした。うちの初代が鈴木越後の煉り羊羹に白インゲンで杢目(もくめ)を付けたんです。その加減がとても難しい。『鈴木越後』は小豆羊羹なので白インゲンは使っていないはずです。それでも作り方は想像ですが、そう変わっていないと思います」
          鈴木亭① 
          ついに目の前に
          鈴木亭④ 
          この存在感

生ものなので賞味期限は1週間。ウマズイめんくい村に持ち帰って、包みを解くと、つややかで見事な小倉色が現れた。ずしりと世界を引き込むような重厚。そこにきれいな白インゲンの杢目が入っていた。生の素朴と洗練が緻密に煉り込まれているよう。北海道産小豆の風味と蜜がうっすらとにじみ出ている。
          鈴木亭⑦ 
          慌ててはいけない

虎屋の煉り羊羹「おもかげ」より少し大きい。これで1300円は驚きに値する。

包丁で切り、日本橋「さるや」の黒文字で口に運ぶ。あまりのきめ細やかさとねっとり感。甘さは思ったほど甘くはない。寒天と水飴が絶妙に隠れている。こしあんのベースに白インゲンの風味。素朴と手の温もり。上質の塩気がほんのり。オーバーではなくこれほどの煉り羊羹はそうはないと思う。遠く江戸の粋を想う。あきらめていた世界が舌の上でスーッと溶けて行く。ふくよかな余韻と後味のよさ。
          鈴木亭⑧ 
          胸が高まる
          鈴木亭12 
          お見事
          鈴木亭13  
          きめ細やかさ

まさに想像以上の味わいで、夢の時間はあっという間に終わった。

おまけ。その後、四分の一だけ残して6日間、空気にさらしておいた。少しずつ表面が白く糖化し、佐賀の小城羊羹や日光「ひしや」(悲しいかな閉店してしまった)のような状態にしてからさらに賞味してみた。
          鈴木亭② 
          6日後
          鈴木亭11  
          表面が糖化
          鈴木亭⑦   
          江戸を想え

ザラッとした歯触りとその後から来る、濃いきめ細やかさ。五代目が「それはそれで楽しめるはずです」とも話していた。「江戸時代の方が保存の関係で砂糖を多く使っていたと思いますね。当時の羊羹は、今のものよりもっと甘かったと思いますよ」とさわやかに笑った。

本日の大金言。

現代人より江戸時代の方が舌が肥えていたと思う。その中で「鈴木越後」は頂点にいた。あきらめていた夢の世界のシッポくらいは摑んだのでは、と思いたい。ここからさらに旅が始まる・・・はずであるが、さて。





                       鈴木亭10 




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プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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