ソバ界の大異端「角萬の冷や肉」を13年ぶりに食らう

 地下鉄日比谷線・三ノ輪駅の改札口を出る。カッと照りつける太陽の下を彦作村長が浅草方面へトボトボと歩く。手打ちそば「角萬」に行くには、このトボトボが欠かせない。

村長が初めて「角萬」に行ったのは、約13年ほど前。吉行淳之介や野坂昭如といった戦後を代表する「異端の作家」と交流を持ち、野坂昭如の「エロ事師」のモデルともいわれた粋人・吉村平吉さんが、ある会の主催で「吉原を案内してくれる」という。彦作村長にも声がかかって、参加した。30人近く参加していたように記憶している。小雨が降っていた。すっかりさびれた吉原を歩いた後、「角萬」へと流れ込んだ。

吉村さんは平成17年(2005年)3月に84歳で亡くなっているから、この時70を超えていたはずだ。「この人が吉村平吉か」。70年代から80年代にかけて、「話の特集」や「面白半分」などで、主に風俗エッセイを書いていた。ナマの吉村平吉さんは、年齢的なものもあったのか、疲れているようだった。

「廓話(くるわばなし)」を淡々としゃべって、それが面白かった。「原色の街」の吉行淳之介が一目置くのもよくわかった。話が終わって、ふと佇む痩せた姿にどこか悲哀があり、それがまたある種の雰囲気を醸し出してもいた。しばらくして、時折、何か独り言のようにつぶやく。一体何をつぶやいているのか気になって、さり気なく近くに行ってみた。 

「大したことねえや」
確かにそう聞こえた。「タイシタコトネエヤ」。何かに向かって、静かに吐き捨てるようにつぶやく。一体、何に向かってこの言葉を吐いたのかはわからない。しかし、彦作村長にとって、この言葉は耳の底に残り、ある種の呪文となった。プレッシャーがかかる局面に出会ってしまった時などに、「タイシタコトネエヤ」とつぶやいてみる。すると、心が少し軽くなるのだった。

吉村平吉さんは竜泉に住んでいたから、「角萬」にはよく来ていたのかもしれない。角萬のソバは普通にイメージされるソバという代物とはまるで違っていた。ぶっ太くて、ごつくて、黒々としていて、しかもお世辞にもうまいとは思えなかった。讃岐うどんをそばにした感じ、とでも言おうか、しかも手打ちなので、不揃いでもある。硬い蕎麦がきをとりあえずうどんかきしめんのようにして、そのままどんと出されたような、何とも形容しがたい、この世にこんなソバが存在するのか? そんな根源的な問いかけをしたくなる衝撃的な出会いだった。

誰かが「ここのソバは元々は博労が食っていたんだよ。それと吉原に繰り出す前の客とか帰りの客とかが栄養を付けるために食った。だからこんなにぶっ太いんですよ。のっかってる肉も昔は馬肉だった。そば粉は信州産のホンマもんですよ」
冗談か本当なのかよくわからなかったが、そんな話がもっともらしく聞こえるほど、常識外のソバだった。

「ウマズイめんくい村」の村長に就任してからというもの、頭の片隅に、ソバ界の大異端児「角萬」には行かなくちゃ、という思いがあった。折りしもある老舗出版社の敏腕編集者から「久しぶりに浅草で暑気払いでもしませんか?」という誘い。悪い話ではない。で、そのついでに13年ぶりに足を延ばしたというわけである。

あれれ、所在地に行くと、こぎれいなノレンと店構えのそば屋が。こんな感じではなかったけどなあ。通りを行く人に聞いても、三ノ輪周辺にはここしかない、と断言する。


         角萬① 


一人の近所のおばさんが、「あっ、10年ほど前に建て替えたんですよ。確かに昔は木造で古い建物でしたよ。今は代も変わってしまいましたからね」

ようやく納得。中に入って、定番の「冷や肉(冷やし南蛮)」(950円)を注文した。時間が午後3時を過ぎていたので客も少なく、6~7分ほどで少々ブッキラボーな女の店員が、「はいッ」と持ってきた。

きしめんのような平打ちのソバの上にザク切りの長ネギとうまそうに煮た豚肉がのっかっていた。ソバというよりうどんと言った方がピッタリきそうなところは伝統を継承していたが、昔ほどのインパクトはなかった。小ぎれいになってしまったとでも言おうか、量も普通のソバ屋よりは多いが、圧倒的だった昔のイメージではない。


         角萬② 


食べてみると、うまい。
多分かつぶしで取ったダシが効いている。醤油ベースの汁は見た目よりもまろやかで、甘すぎず辛すぎず、不揃いでぶっ太いソバとよく絡み合う。多分薄めのダシ醤油で煮た豚肉が絶品。そこに長ネギがちょうどいい具合に合いの手を入れる。うまい。

昔は「こんなに無愛想でぶっ太いソバがこの世に存在するのか」という事実に衝撃を受けたのに、「こんなに食べれるソバになってしまったとは・・・」。
ばんえい競馬の馬が、代替わりしてアラブ馬に変化してしまったような、とでも言おうか。むろん、おっさんの感傷に過ぎないことはわかっている。しかしなあ。

真夏だというのに、村長の胸を秋風が抜けていった。外に出ると、遠くにスカイツリーが見えてきた。



本日の大金言。

「角萬」のソバはこの世のありようを教えてくれる。「ぶっ太いソバがあってもいいじゃないか。グラスの底に顔があってもいいじゃないか」と。金がなくても女性にもてなくても、いいじゃないか。


         角萬③ 
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プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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