人気駅弁、厚岸の「かきめし」
旅に出ると、駅弁を食べたくなる。だが、今や旅に出なくても、「駅弁フェア」などで、人気の駅弁を食べることができる。とはいえ、なかなか手に入りにくい駅弁もある。北海道根室本線厚岸(あつけし)駅の「かきめし」もその一つ。1917年(大正6年)創業の氏家待合所の「かきめし」弁当は駅弁大会などで必ずと言っていいほど上位に入る駅弁だが、村長はこれまで食べたことがない。
行列の向かう先
JR青梅線拝島駅で人だかりができていたので、覗いてみると、「駅弁大会」だった。北海道カニめしや富山鱒ずしなどに混じって、氏家待合所の「かきめし」(税込み1080円)が並べられていた。緑色の、あの地味なパッケージ。村長にとってはまさかのかきめし。行列に並んでゲット。こいつは立冬から縁起がいいわい。
駅弁大会が・・・
めっけ!
賞味期限は約一日なので、ウマズイめんくい村に持ち帰って、賞味することにした。駅弁はフタを取る瞬間が一番わくわくする。だが、緑の表紙を取ると、透明なプラスチックの蓋が現れ、やや興醒め。昔のように経木のフタというわけにはいかない。これは仕方がない。
ようやくゲットしたが・・・
その下に広がるかきめしは、あのかきめしだった。醤油と味りんで煮込んだ見事な牡蠣(かき)が4つ、駅弁の胸のあたりに旨そうに並んでいた。まさに海のミルク。そのお姿はエロティックでさえある。厚岸の牡蠣はオホーツクの冷たい海水と淡水が入り混じる場所で養殖しているために、実が厚くふっくらしていて旨味が凝縮していているという。一年中牡蠣を出荷できるのは日本では厚岸だけだそう。
フタを取ると・・・
割り箸でそれをまずはひと口。醤油と味りんのバランスがいいのか、柔らかく煮込まれていて、牡蠣自体の旨みが生かされている。薄味の中の凝縮感。ほのかな甘み。
エロティックな光景
その下の炊き込みご飯はつややかで、じわじわと「うまそー光線」を放っていた。牡蠣の煮汁で炊き上げたもの。ひじきがいいアクセントになっている。見た目の濃さと違い、炊き込みご飯は穏やかな薄味で、牡蠣の煮汁が一粒一粒に滲み込んでいて、実に美味。よく見ると、つぶ貝やアサリも入っていた。一見単調に見えるが、複層的な旨味。
ミルク感たっぷり
つぶ貝とあさりも
どないでっか?
たくわんとフキの煮付けが箸休め。ふと、シイタケ煮がないことに気付いた。村長の好きなシイタケ煮の姿がないのは哀しいが、どんどん箸が進み、あっという間にきれいに平らげてしまった。ほどよいボリューム。食べ終えると、木箱ではなく、発泡スチロール製の器がさめざめと残っていた。夢の跡。駅弁に昔の木の香りと手触りを求めるのは単なる郷愁かもしれない。
「あれっ、私の分は? 残してないなんてひどいわ」
お茶をズズズと飲んでいる村長に、会合から帰ってきた村民2号がすっくと立っていた。秋ナスとかきめしは嫁に食わすな・・・。
本日の大金言。
駅弁はローカル線とともにある。現地に行かずして、郷愁を求めてはいけない。

行列の向かう先
JR青梅線拝島駅で人だかりができていたので、覗いてみると、「駅弁大会」だった。北海道カニめしや富山鱒ずしなどに混じって、氏家待合所の「かきめし」(税込み1080円)が並べられていた。緑色の、あの地味なパッケージ。村長にとってはまさかのかきめし。行列に並んでゲット。こいつは立冬から縁起がいいわい。

駅弁大会が・・・

めっけ!
賞味期限は約一日なので、ウマズイめんくい村に持ち帰って、賞味することにした。駅弁はフタを取る瞬間が一番わくわくする。だが、緑の表紙を取ると、透明なプラスチックの蓋が現れ、やや興醒め。昔のように経木のフタというわけにはいかない。これは仕方がない。

ようやくゲットしたが・・・
その下に広がるかきめしは、あのかきめしだった。醤油と味りんで煮込んだ見事な牡蠣(かき)が4つ、駅弁の胸のあたりに旨そうに並んでいた。まさに海のミルク。そのお姿はエロティックでさえある。厚岸の牡蠣はオホーツクの冷たい海水と淡水が入り混じる場所で養殖しているために、実が厚くふっくらしていて旨味が凝縮していているという。一年中牡蠣を出荷できるのは日本では厚岸だけだそう。

フタを取ると・・・
割り箸でそれをまずはひと口。醤油と味りんのバランスがいいのか、柔らかく煮込まれていて、牡蠣自体の旨みが生かされている。薄味の中の凝縮感。ほのかな甘み。

エロティックな光景
その下の炊き込みご飯はつややかで、じわじわと「うまそー光線」を放っていた。牡蠣の煮汁で炊き上げたもの。ひじきがいいアクセントになっている。見た目の濃さと違い、炊き込みご飯は穏やかな薄味で、牡蠣の煮汁が一粒一粒に滲み込んでいて、実に美味。よく見ると、つぶ貝やアサリも入っていた。一見単調に見えるが、複層的な旨味。

ミルク感たっぷり

つぶ貝とあさりも

どないでっか?
たくわんとフキの煮付けが箸休め。ふと、シイタケ煮がないことに気付いた。村長の好きなシイタケ煮の姿がないのは哀しいが、どんどん箸が進み、あっという間にきれいに平らげてしまった。ほどよいボリューム。食べ終えると、木箱ではなく、発泡スチロール製の器がさめざめと残っていた。夢の跡。駅弁に昔の木の香りと手触りを求めるのは単なる郷愁かもしれない。
「あれっ、私の分は? 残してないなんてひどいわ」
お茶をズズズと飲んでいる村長に、会合から帰ってきた村民2号がすっくと立っていた。秋ナスとかきめしは嫁に食わすな・・・。
本日の大金言。
駅弁はローカル線とともにある。現地に行かずして、郷愁を求めてはいけない。

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