スウィーツ界の新しいヒロイン「あわまんじゅう」の衝撃

 ラーメンと蔵の街・喜多方を後にした赤羽彦作村長は、いよいよ旅の目的の一つ、会津若松市に入った。ここは彦作村長のルーツでもあり、尊敬する戦国の英傑・蒲生氏郷が造った街でもある。まず、彦作村長が真っ先に向かったのは「あわまんじゅう」の店・小池菓子舗飯盛山分店。本店は会津柳津にあるが、この「あわまんじゅう」こそ彦作村長の大好物なのである。

                あわまんじゅう① 

福島では柏屋の「薄皮饅頭」が有名で、彦作村長も大好きだが、このあわまんじゅうには及ばない。あわ(粟)と餅で作った皮はせいぜい2日しか持たず、中に入ったこしあんも添加物がない。そのために保存が利きづらいというのが難点だが、そのうまさについては、赤羽彦作村長が太鼓判を押す(それがどうした?という声もあるが)。
この問題さえクリアすれば、薄皮饅頭や最近ブームのかりんとう饅頭を超える人気を集めると心底思う。170年の歴史があるのに、会津周辺以外で「あわまんじゅう」を知っている人はきわめて少ない。なんという損失、なんという怠慢!

「村長、だいしょうぶ? 卒倒しそう。あわくって卒倒なんてシャレにならないわ」
デリカシーを理解しない美熟女の村民2号の毒矢が飛んでくる。
「170年ほど前、円蔵寺が大火に遭ってしまい、そのときに二度と大火にアワないように、という願いも込められているんだよ。このあわまんじゅうには、ね」
「ウマズイめんくい村の台所は火の車だから、村長にはあわまんじゅうが合ってるかもね」
グスン、村民2号がアワと消えてくれないものか。

          あわまんじゅう② 

話は戻る。蒲生氏郷は40歳という若さで病死してしまうが、その死には謎も多い。戦場においては先頭に立って敵陣に斬り込むスケールの大きな武将であり、秀吉に切腹を命じられた千利休の七哲の筆頭に数えられた文化人でもあった。利休の死後、氏郷はその子息・少庵を会津にかくまい、それがやがては千家再興へとつながっていった。

千家が表千家と裏千家に分かれて現在もなお存続しているのも、こうした蒲生氏郷の機転と胆力なしにはなかったと言っても過言ではない。「麒麟児」とあだ名された氏郷がもう少し長生きしていたら、その後の歴史は変わったかもしれない、という声があるのも事実である。若くして織田信長に目をかけられ、その期待がいかに大きかったかは信長の次女・冬姫を正室として与えられたことでもわかる。

近江(滋賀県)に生まれ、信長の死後、豊臣秀吉に仕えた。戦場往来を繰り広げ、伊勢松ヶ島(三重県松坂市)12万石に移り、その後、徳川家康と伊達政宗の抑えとして、会津92万石の領主となった。会津には約5年しかいなかったが、その間、会津に楽市楽座を起こすなど産業の発展にも尽し、現在の会津の商業と文化の基礎を作った人でもある。

彦作村長は紅顔可憐な(?)幼少のころ、毎年正月の10日に神明通りと大町通りで行われる「十日市」が大好きだった。県内でも最大の市で、露天商や夜店がひしめき合い、そこに商店も特別セールを行い、通りは猫一匹入り込むすきがないほど賑わった。わくわくしながら寅さんのようなテキヤの怪しげな口上も聞いた。ブリキの飛行機売りの「ヨーロッパからハーラッパ」などという意味不明の売り口上も今では懐かしい。

その十日市は蒲生氏郷が起こしたと言われる。そこでの幼少期の彦作村長の大きな楽しみが「あわまんじゅう」だった。年に一度、柳津からの出店で、あわまんじゅうを蒸して実演販売していた。その温かい水蒸気と何ともうまそうな匂いが、見物人でごった返す通りに「さあ、おいでおいで」とささやく。それはおいしい魔笛のようだった。

家に帰って包みを解いて味わったあの絶品のうまさ!その当時は、年に一度しかなかった「あわまんじゅうデー」。その黄色いつぶつぶに包まれた「甘い至福」が数十年の時を超えて、今、まさに、目の前にある。10個入り(840円)を買って、縁台に座って、ゆっくりと包みを解く。

              あわまんじゅう④ 

なぜかムフフ、という笑いがお腹の底から出てくる。
「何だか気色悪い~。目がウルウルしてる」

村民2号が何といおうと、彦作村長は、あわまんじゅうしか眼中にない。蒸した粟と餅の黄色いつぶつぶの皮がさわやかな高原の香りを発している。軟らかい。割ると、中から、北海道産小豆で作ったうまそうなこしあんが顔を出す。まるでロンドン五輪水泳女子銀メダリスト・鈴木聡美のようだ。
口に入れると、粟餅とこしあんが絶妙なバランス。脳内エンドルフィンが噴き出してくる。古くて、新しい、さわやかな風が脳天を突き抜ける。何という幸せ! 生きててよかった~。

「救急車、呼んだ方がいいかしら」
村民2号の声が、どんどん遠くなっていった。代わりに天国特派員の村犬チャイの声が、聞こえてきた。
「犬も食わない村民ゲンカだ。もう、ついていけませんワン」



本日の大金言。

「あわまんじゅう」に賊軍の汚名を着せられた会津藩の運命を辿らせてはいけない。ラーメン界の幸楽苑のように、狭い会津から世界に飛び出せ。スウィートの星になれるのだから。


             あわまんじゅう③ 




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プロフィール

赤羽彦作村長

Author:赤羽彦作村長
あの!エンターテインメント新聞で記者、デスク、編集プロデューサーとして活躍。思うところあって、原発で揺れるヤポネシアを辺境から見つめ直すべく、イカダを組み、オンボロ旗を揚げ、組織を脱出。荒海に乗り出す。「B級うまいものの宝島」を目指して、櫂をガタガタと漕ぎ出すことにした。一か八か泥船となるか、間違って宝船となるか?
特に麺類と和菓子にはうるさい。「舌の上から斜めに世界を見る」などとほざいている。はっきり言ってバカの3乗である。年齢不詳。乙女座、AB型。村民を募集している。

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